ダイヤモンドより硬く輝いて

歌さぶろう

第9話 決意


「ユウキ、トラヴィス…?あれ?ノールドじゃないの?」

「さ、さぁ…わたくしも何が何だか…」

  家の外で2人の少女が話をしている。僕も家の窓から見聞きしていた。
…相手も異世界転生者で、師匠も異世界転生者!?…あ、いや、師匠に関しては前から怪しい部分があったからあんまり驚かなくてもいいか。だが…『ユウキ』とは…?






 …そう、ユウキ。但馬 結城(たじま ゆうき)がオレの名前だった。だが、この世界に来て家族のように接してくれたのが、オレの師匠であったノールド・トラヴィス。彼の死後、その名を受け継ぎ、英雄として立ち回ったのだ。

「…で?もう終わりかのう?」

 喉に剣先を突き当てられたまま、シンは動かない。

「…………」

「今なら命までは取りはせん。おとなしく帝国へと帰り、バカな侵攻をやめるんじゃな」

「…負けてない」

「む?……ッ!?」

 目の前のシンの魔力が増大していく、周囲の者が肌でビリビリと感じる程のものであった。そしてその魔力には覚えがあった。

「…魔王の、魔力…ッ!?」

「負けてないんだ!!」

「グッ…う…」

 シンの体を中心に衝撃波が走り、体勢を崩される。

「言っただろう、神を超える力だってな。行くぞ!」

 シンは地面に拳を叩きつける!すると叩きつけられた場所から地面に黒い影達がズルズルと現れる。現れた影達はそれぞれ人型となり、ノールドへと襲いかかる。

「くっ…1人1人が!ええい!なんて強さじゃ!」

「そりゃあそうさ、その影達は俺の魔法属性の分身、1人ずつがそれぞれの魔法属性を持っているのさ!」

 …1人だけでも勝ち目はない戦いだった。それが今や6属性+本体の7人…これで勝ち目は完全に潰れた。だが、あの子が…ケントが逃げるまでは…!

「オラァ!」

「ぐあぁぁぁぁぁ!!」

 6体に気を取られ、本体からの直撃を受け、ケントが魔法の練習台にしていた岩に叩きつけられ、血を吐く。

「今度こそトドメだ、俺の女をいびったんだ、覚悟してもらおう!」

(…もはや…これまでか、ケントや…この世界を、頼む…)

 立ち上がれず痛みに疲れ、目を閉じた。ザッ、ザッとあのクソガキの近づく足音が聞こえる。だが…もうひとつ。走り寄る足音が聞こえる…!

「やめろぉぉぉ!!」

 その叫び声は聞き覚えがあった。何故来たのだ、何故逃げなかったのか、その少年は我が前に立ち、震えながら両手を広げ、制止を促す。

「…ケン…ト…お前、なぜ…」

「だ、大丈夫だよ、師匠!ぼ、僕が守るからっ…!絶対、絶対守るからっ…!」

 我が前に立つ少年は今、誰が見ても怯えていることが分かるくらいに足がガクガクと震え、歯はガチガチと小刻みに音を立て、肩を上下させて呼吸するほどであった。

「お、お前なんか!怖くないぞ!くらえ黒曜弾!」

 右の掌の先から魔力を帯びた黒曜石を発射するが、相手はいとも簡単に弾いてしまう。

「君は…地属性のようだね?しかし使える魔法は…よく分からない岩石系かな?驚いた。そんな魔法、俺は知らないな」

「これは、僕の…僕と師匠の魔法だ!」

「へぇ…でも、弱すぎて話にならないね、やれやれ…俺が鍛えてあげようか?」

「誰がお前なんかに教わるもんか!僕は師匠からまだまだいっぱい、いろんな事を教わるんだ!師匠じゃなきゃ嫌だ!」


 …嬉しかった。こんな状況でもケントが守るために立ちはだかってくれただけでも嬉しかったが…自分でないと嫌、か…

「お願いだよ!立ってよ、師匠!僕、まだ師匠にお礼も何も出来てないんだよ!魔法教えてくれたことや、街での買い物の仕方、値切り方、薬草の摘み方、罠だらけの洞窟実習、それに…まだまだたくさん!」

あぁ、本当は怖いのだろう。自分よりも何倍も、何万倍以上も強い相手が目の前にいて、更にその力の恐ろしさも目の前にしたというのに、それでも立ちはだかっている。なんて、なんて勇気の持ち主なんだろうか…。




 怖かった。僕の足はガクガクだし、さっきから心臓の鼓動が早い。
 飛び出してみたのはいいが、どうすればいいか分からない。僕の魔法は効かないし、相手は師匠と同じくライトスピードが使える。担いで逃げても絶対に追いつかれる。

「どいてくれないか?今なら君を見逃してあげるよ」

 …見逃す…か、師匠と一緒に見逃してくれたら嬉しいけど、そうはいかないんだろう。
 どうする、何か打開策は…!と、辺りを見渡す。目の前にはシンとかいう僕と同じく異世界から来た人、離れたところに帝国兵、そして、2人の少女…黒曜弾は効かない。だが、今ある手の中で1番マシな手ではある!

「つ、次の黒曜弾は恐ろしいぞ!」

咄嗟に嘘をつく。精一杯の抵抗だ。

「や、山くらい簡単に吹き飛ばせるんだからな!お前は無事でも、あの女の子達や兵士がどうなっても知らないぞ!」

「…俺を脅すのか、それもレムリアやリィラを傷つけると…?もうちょっとマシな嘘をつくんだな…今の嘘は、嫌いだ」

 そう言って剣を振りかぶられる。足がすくんで動けない。いや、避けたら師匠に当たる!避けるものか、避けるものか!!

「死ね!」

 剣が振り下ろされる。あぁ、今度こそ僕は終わったんだな…そう思っていた…だが、

「ぐぅ…ぉぉお…」

「…そん、な」

 目の前には師匠が立っていた。師匠は僕を庇ったのだ。

「なんで、なんでです!師匠!」

「…へ、へへ…弟子に守られている師匠なんて、カッコ悪い、じゃろうが…それに、お前さんが死ぬにはまだ、早すぎる…」

 師匠はフラフラとしながらも立ち続けていた。

「…もうちょっと、無理、してみるかのぅ…」

「ふぅん、弟子への想いで立ち上がる、か…熱血漫画みたいで暑苦しいな…そうだ、ならお望みの暑さで倒してやる…メテオッ!」

 上から巨大な火球が迫ってくる!こんなの、今の師匠じゃ…!

「…ダーク・ポケットォ!」

 空間にぽっかりと黒い穴が出来る。火球の半分が削れ、穴へと吸い込まれる。残りの半分は、こちらへと飛んではくるが、おそらくは威力は先程よりは低いだろう。

 すると師匠はボロボロの手で僕を抱え、ライトスピードを唱え、シンから距離を取る。

「…ありがとうな、ケントや」

「…師匠!」

師匠は敵を見据えながら、いつものような話し方で、僕に語りかける。

「じゃがなぁケント…流石に今のワシでは彼奴には勝てん。逃げても逃げた先まで追って来よる」

「じゃあ…どうすれば…」

「…お前さんが助けに入ったということは、ワシの名乗りも聞いておったな?」

「…はい。師匠が異世界から来たことも、世界を平和にしたことも、ノールドという名は師匠の師匠の名前だと…」

「そうじゃ、ワシらは7人の英雄での、ヴァントもその1人じゃ…ッと!」

 飛んでくる攻撃を弾きながらも師匠は語り続ける。

「…状況が状況じゃ…掻い摘んで説明するぞ、ワシらは魔王を倒して世界を平和にした」

 ……掻い摘みすぎではないでしょうか。

「じゃが、あのクソガキは、魔王の魔力を持っておる!理由は分からんが、これから起きる事としては!ぐっ…!魔王の、復活の可能性も、あるッ!!」

「師匠ッ!」

「大丈夫じゃ…この、くらい…ケント…お前にこんな事を頼むのは、申し訳ないが…ワシはあのクソガキを止められるのは同じ異世界転生者のお前さんしかおらんと思っておる…」

「そんな!僕が!?」

 信じられなかった。僕みたいな弱い人間が、そんなこと…

「だが、お前さんはまだ弱い!だから…この場は生き延びよ、ワシという屍を乗り越えるのじゃ…」

「そんな…でも…」

「頼む、一度はワシらが守ったが、もうワシも歳じゃし、仲間も寿命で死んだりして、もうおらん…後生じゃ、この通り…」

 師匠が頭を下げる。が、すぐに戦いへと戻る。どうするべきなんだ…僕に、出来るのか…?いきなり異世界に飛ばされて、いきなり魔法だのなんだの言われて、そして挙句は世界を救え?こんな僕に?

「…ぐ…ぉ、しつこい影どもめ!ワシ、を…舐めるなッ!」

…僕は…僕は…

「ぐおぉッ!!」

影からの攻撃を受け、師匠が吹き飛ぶ。

「…ッ!僕はッ!」

走り出していた。飛んできた師匠を滑り込んで受け止める。

「すまん…な、ケントや…」

「…師匠、僕やるよ。よくわからないけど、でも…!後悔したくない!!」

「…!…すまんな…」

「でも…逃げるのは…!」

「…すまんな、言い方が悪かったな。逃げるのではなく、勝てる日までは戦わない。じゃ、いつか彼奴に勝てる日が来るまでな」

 そう言うと師匠は「ぬおりゃあぁッ!」と影達を薙ぎ払い、僕の頭に手を当てた。

「…お前さんのクリスタルダストは2、3分。じゃが、ワシが魔力を分け与えれば、4時間程長く保つ、その間に街道まで逃げるのじゃ、そしてブルーメへと行きヴァントを訪ねよ、あとは奴がなんとかしてくれる」

「…わかり、ました」

「…ケント…短い間であったが、お前さんがいて楽しかったぞ」

「僕だって…師匠から、師匠から魔法…お、教わった、りっ……!」

  僕は涙を流していた。師匠は、今までつらくて苦しかっただけの人生を変えてくれた恩人だ。その恩人を置いて、僕は行かなければならない。

「これこれ、男じゃろう?泣くでない…さあ、これから先お前さんが見た事の無い世界が広がっておる。たくさん学んでこいケント…」

「うっ…うぅ…グスッ!は、はい…!」

「さあ、行け。ワシの元から飛び立つのじゃ…振り返らず、ただまっすぐとな…!」

「グズッ!う、うぅ…お、お世話にッ!なりまじだッ!!」

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら頭を下げる。そして、師匠に背を向け走り出す。
 走り出したその瞬間に、背後で爆発が起こる。

「ぐあああぁぁぁ!!」

「し、師匠!」

 咄嗟に師匠の元へ向かおうとした。だが…

「…振り、返るな!!行け、ケントォ!」

「あ…あ、ぁぁ…」

「行けッ!行かんかー!!」

「う…ぐうぅ…ッ!」

 …気持ちをグッと抑えこみ、再び走り出す。

「1人逃げたぞ!追え!」

 当然のことながら帝国兵が追いかけてくる。だが、こちらには、

「…ッ、クリスタルダスト!」

 水晶の塵が舞い、光を反射させ僕の姿を見えなくさせる。帝国兵達は「消えた!?」「まだ近くにいるはずだ、探し出せ!」と捜索を始める。そんな中僕は重たいリュックを背負い、涙を堪えきれず零しながら山を駆け下りて行くのだった…




…ケントが行った後、まるで風船から空気が抜けたかのように、崩れて地面に足を付いてしまう。

「…弟子が居なくなって、気が抜けたかい?」

 クソガキに剣を突きつけられる。先程とは真逆の状態だ。

「…その、よう…じゃのう…」

「帝国が全てを正しく導くんだ。安心して眠れ」

「へっ…クソガキが…そう上手く、行くわけないだろう…」

「…それが最後の言葉にしてやるっ!」

 剣が振り下ろされる…あぁ…今度こそ、終わる。

 ………長い、旅だった。


すまんな、ケント…後を頼むーーー






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