ダイヤモンドより硬く輝いて
第5話 練習
「何?ロックボルトが撃てなかったじゃと?」
 買い物が終わって家に帰ってきてから僕は師匠に、スライムとの戦いのときに何も出来なかった事を話した。
「ふぅむ…小さい石すら出来んとなると…考えられるのは魔法に『慣れてない』からじゃろうな」
「はぁ…『慣れ』ですか?」
 師匠は「そうじゃ」といいながら椅子に腰掛ける。
「それともう1つ。初めの時に黒曜石が混じった石を作り出したじゃろ?」
「はい…黒曜石の尖ったのが出来ればいいなと思ったんです」
「なら、黒曜石100パーセントのロックボルトを覚えればいい」
「え?いや、ロックボルトですら出来ない僕が…そんな…」
「いや、1つ1つの魔法には人それぞれ向き不向きがある。お前さんが地属性じゃからといって全ての地属性魔法が使える訳ではない…お前さん、石が好きと言っておったが、おそらく全ての石でなく、鉱石や宝石の類が好きなんじゃろう?」
「えっ…分かるんですか?」
「いや、すぐに黒曜石に反応したからなんとなくじゃが」
 あー、なるほど。でも確かに僕は鉱石や宝石が好きだ。物によってはキラキラしてなかったりもするが、透き通っていたり色鮮やかだったり、そして何よりパワーストーンだったりすると、こんな僕でもその石の力が貰えそうでワクワクするからだ。
「鉱石や宝石を作れる魔法ってあるんですか?」
「あるにはあるが、ずっとそのままの形にしとくには魔力が掛かり続けて負担になるぞ?まぁ、熟練ともなればさほどの負担にもならんじゃろうがの」
「…僕、使えるようになりたいです!」
 使えるようになりたい。僕でもあんな輝きを生み出せるなら…!それに、せっかく僕の魔法は地属性なんだ、覚えるのなら、自分の好きな鉱石や宝石の魔法がいい!
「…ふむ、言っとくがのうケントや、この世界の自然にも鉱石や宝石の類はある。じゃが大体みな大気や大地のマナを吸って結晶化した石なんじゃ、言わば魔力の塊。それをお前さんは自分で生成する事になる。当然魔力の消費は激しい、下手すりゃ命に関わることもあるじゃろう。それでもいいのか?」
「………」
 …そう言われて自分の考えが浅はかだったのかもしれないと思った。僕が使いたい理由って輝きを生み出したいから?地属性だから?なぜ僕は石に執着するの?
 僕は石が好きだ。いつまでたっても変わらない石。キラキラして綺麗で、人間と違って死んだりしない。そう、父さん母さんと違って死んだりしない。僕が失くさない限り亡くならない。僕を傷付けたりしない。僕の側には石しかなかった。「変な奴だ」と言われたこともある。でも眺めていれば僕は癒された。恥ずかしい話にはなるけれど、石を握ったまま寝たり、お風呂に持って入ったりもした。それくらい僕にとって大事な存在だった。だから、だからこそ………
「僕は、鉱石や宝石を自分の魔法で使ってみたいんです…!」
 説明になっていない。それは自分でも分かっている。
 理由になっていない。それも自分でも分かっている。
でも、何かが僕を駆り立てる。つらい道だと分かっていても、やってみたいと初めて自分の意志でそう思えた。
「…ふむ…」
師匠はしばらく黙ったあと、
「ちょいとだけじゃが、スッキリした顔になったのう」
と笑った。
「ええじゃろう、やってみい。明日から練習じゃ、ビシバシいくぞ?」
「はい!」
 嬉しかった。初めて誰かから自分がやりたいと思って提案したことを認めてもらえた。
 すると師匠が「そういえば」と立ち上がり、僕に待っているように言うと書斎の方に行き、握り拳程の小さな箱を持ってきた。
「…それは?」
「いや、若い時に手に入れたもんなんじゃが…ほれ」
 そう言って師匠が箱を開けるとそこには丸くて赤い石のついたペンダントが入っていた。
「これをお前さんにやろう」
「えっ…いいん、ですか?」
「あぁ、構わん。そいつには一度だけ消費する魔力を肩代わりしてくれる効果があった筈じゃ、その後は砕け散るだろうよ。まぁ何かあった時の保険じゃよ、保険」
「…!ありがとうございます!」
「さて、今日はもう夕方じゃ、晩飯にするかの…今日は、魚を焼いて食うか」
 そうしてその日の晩御飯には焼き魚が並んだ。御飯を食べながらも、僕の頭の中では、明日からの練習の事と、ペンダントの石は何の石だろうという疑問で一杯であった。
……………
………
…
 そして次の日…
「さて、まずはこの本を渡しておくかの」
 と、元の世界で言うところの大判サイズで辞書よりも太い本を師匠が手渡してきた。
「…もしかして、魔導書ですか?」
「いんや、鉱石や宝石の辞典じゃ、お前さんはある程度の知識はあるようじゃが、これでまずは…黒曜石を調べる所からやるのじゃ」
「えぇ!?」
 こ、この分厚さの中から!?…気が重くなってきた…
「まーそう嫌そうな顔をするな、探すクセをつけておけば後々役立つ。それに辞典の後ろに索引が載っておる。それを見ればどのページにあるか分かるぞ」
 そう言われて辞典の後ろ側から数ページめくり、索引から黒曜石のページを調べ、開く。
〔黒曜石:オブシディアン、火山岩なので黒曜岩とも。火山から吹き上がった溶岩が時間をかけて冷え、固まって出来た天然のガラスのような物で、外見は黒く(茶色、また半透明の場合もある)割れやすく持ち運ぶ際には厚手の布などに包んで優しく持ち運ぶ方がよい、硬度5〕
 と、黒曜石のページを一通り読み込んだ。元々知っていたということもあるが、改めて見返すとつい見入ってしまう。
「へぇ…この世界では魔力を帯びていて、魔法具や錬金術の材料としても流通してるんだ…」
「うむ、装飾品としても重宝されておるなぁ、そういえば帝国兵の証のバッジにも黒曜石が使われておったな」
「そうなんですか」
「ああ、軍服自体が真っ黒じゃからな、それに合わせたかったんじゃろう…さてケント、じっくりと読み込んだところで、ロックボルトの要領でイメージをして黒曜石を作り出してみるのじゃ」
 言われた通り、手を突き出しロックボルトの要領で、かつ辞典で見た黒曜石の性質、外見をイメージする。
パキパキパキ……
 するとどうだろう、混じり気のない黒いガラスのような、そう、人差し指程の大きさの黒曜石が僕の手の先で形成されていく。
「…で、出来た…?」
「うむ、だからといって気を抜くでないぞ、次はソイツを撃ち出すんじゃからな!」
「はい!」
 そう、出来たからといって終わりじゃない。まっすぐ、まっすぐ目標に…!
「初めてじゃからな、よぉく狙うんじゃ。ゆっくり深呼吸して…」
息を吸って、吐く。吸って吐く。落ち着け、大丈夫。落ち着くんだ、僕…
「あとは、撃ち出すだけじゃ!勢いよく押し出すんじゃ!」
「はい!」
行け!
「うりゃあぁぁぁ!」
行けぇ!
バシュゥッ!
 黒曜石は勢いよく手の先から離れ、まっすぐと目標の練習台である岩へと飛んで行く!
「おお!」
パァン!…パラパラパラ
 黒曜石は見事に岩に命中、だが、硬度の問題からか、黒曜石はバラバラに砕け散る。
「…やった?」
「見事じゃ!ようやった!」
 信じられない、僕が…僕がやったんだ…すごい…!だが僕はすぐに…
「う…あ、れ…」
 足がガクガクと震えて膝から崩れ落ちてしまう。師匠がすぐに駆け寄り僕を支える。
「大丈夫か?おそらく魔力の消費の負担がきたのじゃろう、いやしかし、ようやったわい」
「僕…出来たんですよね…魔法」
「ああそうとも!お前さんの魔法じゃ!喜べ!」
「…はい!」
 フラフラで意識が途切れそうになりながらも、僕は喜びを実感していた。だがこの後すぐに意識が途切れ、気がつけばベッドの上で眠らされていたのだった。
 起き上がって自分の手を見る。この手の先に黒曜石を作り出すことが出来たんだ。その喜びが改めて込み上げてくる。
「…やった…!ちゃんと出来たんだ!」
こうして僕は初めての魔法である『黒曜弾』(名付けは師匠)を習得したのだった。
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