無人機械化都市

宮乃諾菜

1-1

 主人マスターがいなくなってから、早五十年が経った。


 自室兼研究室のベッドで寝返りを打つ。眠たいという欲はなかったが、ふかふかなベッドの中でしばらくごろごろしていたかった。壁に組み込まれたコンピュータが静かに起動したのが見えた。五秒となく起動完了し、枕元にホログラムが現れた。
「アリナ、規定時間です。起きてください。博士がお呼びです」
 見上げると、自分の補佐官のユウナが普段と変わらない姿で立っていた。茶色の髪を後ろで束ね、白衣姿。
「うーん、わかった」
 起き上がって、声をかけると、ユウナはブゥンと消え、すぐに壁のスクリーンに姿が映し出された。同時に通信映像のウィンドウが表示される。少しのロードの後、映像が流れ出した。中央には、主人の博士だ。ブラウンの髭を生やし、三十代後半の外見である。
「何でしょう、主人。昨日送った資料に問題ありましたか」
『今日、映像を送ったのは、もう何もしなくてもいいと伝えるためだ』
「主人、それはどういう……」
『おそらく今までずっと資料を送っていたと思うが、もういらない。受け取る人間がいないからな。それと、』
「主人? 聞こえますか。……補佐、音声通信機能はどうなっていますか」
 すぐにユウナが前に現れ、機能は正常だと答える。この間にも博士は一方的にしゃべり続け、データの消去などを指示している。指示を記憶しながら、電子キーボードを打ってシステムにアクセスする。システム、音声ともの異常なし。
「アリナ、これは、現在の通信映像ではありません」
「補佐、どういうこと?”記憶”では、今日は通信映像で研究方針について話す予定でしょ?」
「正確には、博士の遺品整理となります。映像は、四十七年前に録画されたものです」
 補佐が言い終わるころに主人の映像がブツンと切れた。とても短いものであった。
「では、主人はすでに死んでいたと? いつ?」
「死亡時刻は三千八百八十八年十二月二十四日二十二時三十四分、別荘の寝室で遺体発見されました」
「……!?私の”廃棄”規定期間を過ぎてるじゃない!! 何で教えてくれなかったの? このままでじゃ、主人が死後刑罰法を受けることになる」
 アリナは補助道具パートナーツールのアンドロイドである。人間一人ないし二人に希望制で、その人に生まれてから死ぬまで、補助的に仕えるロボットなのだ。もちろん、主人がいなくなればお役御免で、資源確保のために一定期間内に処分しなければならない。その法律が、「死後刑罰法」である。ちなみに再利用可能部品は現役ロボットの修理などに使われる。
「アリナ、博士の遺品整理を」
「だーかーら! どうして、こうなったか教えてよ!」


暫くの沈黙。


「…遺品の中にアリナの知りたいことがある、と博士は研究所を出る前におっしゃってました」
「遺品データは?」
「こちらに」
 電子画面に研究所の地図が表示され、1ヶ所が赤く光っている。部屋の中ではなく、ある一室の壁の中。
「補佐、現在地も表示して」
「了解しました」
 指示を出すと、赤い丸とは離れたところに水色の丸が出現した。壁の中ではない。
「うむむ、直接アクセスできないか……」
 研究所は五つの区画に分かれている。正方形で、中心に円状の部屋「第零区画」と右上から時計回りに一から四の数字が振られており、それぞれ別のコンピュータが壁に埋め込まれている。研究チームもまた、一から四区画に分かれている。
 アリナの部屋が第二区画で、遺品データは、第一区画の壁内に存在した。
「……、データ取ってくるわ」
「了解しました」


 研究所、第一区画。
 研究所内で比較的優秀な研究者が集められており、AIの機能制限についての研究が進められている。主人の所属は、第二区画。主に、身体の機能改善と専門機械エキスパートマシーン用の動作プログラミングである。
  なぜそんな所にあるのだろう。
  ホログラムのユウナもついてきている。博士が研究所からいなくなってからというもの、二人はセットで扱われていた。
「こちら側ですね」
 壁間際まで来て、目線より少し高いところに手をかざす。手の中に認証チップがあり、アクセス許可が瞬時に出される。ピッという音ともにロックが解除されて、電子の端末が出てきた。
「あ、結構古いタイプのバージョン……」
 今の時代、壁自体が大きなタッチパネル式のスクリーンとなっていて、直接操作するものが主流である。端末式は三世代ほど前になる。
「博士が亡くなったのは四十五年前ですから、当然でしょう」
「それもそうね……、でも何故これが残ってたのかしら……」
 研究所自体、百年以上前からあり、建物の改修を繰り返しているので、一部残っていたとしてもおかしくはない。が、コンピュータのアップデータにより機械が使えないものもある。
 電子端末を操作し、無線でアリナの記憶エリアに保存する。かなり容量が多く、データ移行に五秒ほどかかる。プロパティを表示させると、約50GBほどの容量があった。
「補佐、本当に主人が何故こんなことをしたのか分かるんでしょうね?」
 横にいたユウナを見ると、ユウナは電子端末を見て泣きそうになっていた。感傷に浸るような、そんな感じ。
「……、データ番号〔AR_0046〕ユウナ・ロイ。返答せよ」
 アリナが言った途端、ユウナはハッとしてすぐに真顔に戻る。
「……どうしました?」
 何か、隠している。アリナは生返事をして、直接聞こうか考えたが結局は、遺品データ出すからといってすたすたと部屋を出てて、元来た道とは反対側に歩き出した。ユウナも戸惑いながらだがついてきたが、部屋に戻らないとわかると、どこに行くか聞いてきた。
「部屋のモニターじゃ、映しきれないかもしれないから」
 研究所の中心、電気の供給から監視カメラまで、全区画と繋がっている「第零区画」に行く。アリナはそう言った。

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