無人機械化都市

宮乃諾菜

1-3

 ファイルには、何も入っていなかった。空っぽ。
 ファイル内を誰かに消された痕跡はなく、ただ、ファイルだけが作成された状態だった。もしかしたら、博士からは何もなかったのかもしれてない。愛されていたと感じてきたものはぽろぽろと崩れ去った。
「アリナ……」
 ユウナはアリナの反応がないのを心配し、名を呼ぶ。アンドロイドは感情の振れ幅によっては脳のシステム部分がフリーズする。動作が止まるのだ。
「……あ、ユウナ。だ、大丈夫。それより、博士のパソコンの中、なんもなかったね?」
 数秒、タイムラグがあったがアリナは笑いながら、ユウナを振り返って言った。
「あ、そう言えば主人が発表論文について何か言ってたよね。……えっと、論文の著作権放棄を発表」
 アリナは記憶エリアにリスト化した映像のものを思い出して、引っ張り出す。博士が発表した論文は一つしかない。表題は『専門道具と企業の関係性と問題[Relationship and problem between expert machines and companies]』。
「アリナ、知っていますか、著作権法」
「知ってる」
「そうですか」
 しばらくの沈黙。
 アリナは黙ってパソコンに向き直ると、インターネットにアクセスする。そして公式な論文の発表の場でもある、ネットサイトに繋ぐ。
「アリナ、著作権法というのはですね、」
「知ってるってば」
 アリナは申請ページで申請フォームの入力をしながら、返答した。少しイラついた声だった。
 パートナーツールは基本的にインターネットに接続されており、たとえ一般的知識として組み込まれていない情報でも、検索して学習することができる。アリナも例外ではない。
「守るためにあるんです、人の意思と努力を」
「え?」
 アリナは驚いて振り返った。
「著作権法がどういう法律で、作用するかっていう話じゃなくて?」
「そういう話ではないです」
「そっか、それで?」
 続きを促すと、ユウナはまた話し始めた。
「結論から言うと、論文の著作権放棄は最後にしませんか」
 アリナもフォームの入力作業に戻ろうとしたが、ユウナの言葉に動きが止まる。
「先に、遺品データをみませんか」
 ユウナはホログラムからパソコンの画面へと移動し、アリナの視界に入る。丁度、サイトとアリナを阻むように。
 二人がにらみ合っていると、ダンからアリナに、直接通知連絡がきた。内容はアップデードのための再起動で、研究所の発電部分以外の電源が三十秒後に一度落ちるとのことだ。おそらく、研究所内の職員全員に同じ連絡がいっているだろう。
アリナはインターネットの接続を解除し、ユウナにまた後でと声をかけた。
「ええ」
 ユウナも返答すると、画面から消えた。


 少しした後、研究所内の灯りが消えた。

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