先生! その異世界小説、間違いだらけですやん!
なぜ、教会や修道院が存在しているのか?
竜のヘソを引き返していると、はたと先生が足を止めた。先生が急に止まるからオレは先生の背中で、鼻を打ちつけた。
「どうしたんです? 急に立ち止まって」
「たしか、ここまでだったはずだ」
「何がです?」
「ほら、言ったであろう。私はこの物語を途中まで描いたはいいが、途中で筆が進まなくなったのだ――と」
「言ってましたね」
「それがここなのだ。勇者が伝説の剣を手に入れた先から、原稿は白紙だったはずだ」
「ってことは――」
どうなるんや?
今までは誤差はあれど、だいたいは先生の筋書き通りに物語は進行していたのだろう。だから、先生は起きるイベントを把握していた。エクスカリバーの場所も知っていた。ここから先は、先生も知らない世界なのだ。
そもそも、世界はこのまま継続するのだろうか。それともオレたちは現実に戻ってしまうのだろうか。
警戒して周囲の景色を見回してみる。切り立った岩壁は依然として存在している。消滅するような気配はない。
「世界が消えたりってことはないみたいですね」
「トウゼンよ。だって魔王さまが先生たちのことを招いたんだもの」
と、リリさんが言った。
「じゃあ、魔王がオレたちを返さへん限りは、オレたちはここにあり続けるわけか」
「そういうこと」
魔王としては、この物語を先生に完成させて欲しいのだろう。
「うーん」
と、先生は頭を抱えた。
「大丈夫ですか?」
「どう頭をひねくり回しても、この先の内容が思いつかないのだ」
こんなに必死に考えている先生を見ると、申し訳なくなってくる。今まで、無遠慮にダメだししすぎてたかもしれない。
「伝説の剣を手に入れたんですから、もう魔王を倒しに行ったらええんとちゃいます?」
適当にそう言ってみた。
オレとしては全然乗気じゃない。
伝説の剣を手に入れたことだし、この刀一本でこの世界を旅して、適当に暮らしていきたい気分だ。
「うーん。しかし、それでは単調というか、もう一ひねり欲しいというか。うーん。もうダメだ」
キュゥ――という変な声をあげて、先生は倒れてしまった。幸いにも後ろにいたオレは、先生を支えることが出来た。
「先生ッ」
「――」
どうやら気を失ってしまったらしい。ずっと強気なところしか見ていなかった。先生もいちおう人間なのだ。悩みもあるし、弱点もあるのだろう。自分が支えてやらなくちゃいけない、という使命感が宿った。
「おっ。いい目してるじゃない」
と、リリさんがオレの顔を覗き込んでくる。
オレはいまだにリリさんと目を合わせるのが気恥ずかしくて、難しかった。目をそらした。でも、あからさまに視線をそらせるのも悪いかと思って、また目を合わせた。
なんだか挙動不審になってるような気がする。照れ隠しに咳払いをひとつ落とした。
「とりあえず町に戻ろう。先生を療養できる場所に行かないと」
「でも、宿代は300ゴールドかかるよ」
「修道院とかあれへんのかな」
史実でもフィクションでも、修道院は弱きものを助けてくれる場所だ。
「うん。それならあると思う」
「じゃあ、そこに行こう」
案の定、修道院はあった。白塗りの城みたいな建造物だった。病院に見えないこともない。オレのことを勇者だと知っていたようで、わりといい部屋が与えられた。
石造りの20畳ほどある部屋だった。部屋の中央には木製の長机とイスが置かれていた。部屋の隅にはベッドが2台置かれていた。そのうちの1台に先生を寝かせた。
「薬草とか、食べさせたら効果あるやろか?」
いちおうオレは大量の薬草を保有している。町中のツボを割り散らかして回収したものだ。むろん、やったのは先生だ。
この部屋にもツボらしきものが見受けられる。先生が割らないように見張っておかなければならない。
「カラダに毒ってことはないと思うわよ」
と、リリさんが言った。
「それじゃあ――」
先生の頬をはさむようにして、口を開けさせた。先生の真珠のような歯があらわになる。歯の奥には赤黒い咽頭が見えている。なんかエロい。
薬草を放り込んだ。口を閉ざす。先生は意識のないまま顔を歪めていた。しだいに表情が安らかなものへと変わっていく。
死んだんとちゃうやろか。
呼気を確認してみる。大丈夫そうだ。
「すぐには効果ないんやろか」
「そのうち目を覚ますわよ」
たいして心配する必要はないかもしれない。なにせ、生首になっても生き返るような人だ。
オレは部屋の中央にある木製のイスに座ることにした。リリさんが隣に座ってきた。長イスになっている。こうして密着して座ると、リリさんのフトモモの感触が、オレのフトモモに伝わってくる。
何か会話をしないと気まずい。
「ところで、このサタンベルクには教会やら、修道院やらがあるけど、どういった宗教が流ってんの?」
「別に、ないわ」
「ない?」
「そういう細かい設定がないのよ。ただ、教会とか修道院があるってだけ」
「せやったら、教会も修道院も要らんやん」
「先生が配置したんだから、しょうがないでしょ。良かったら、ドメくんがその設定を考えてよ」
先生がオレのことをドメくんと呼ぶから、伝染したようだ。
「オレが?」
「後で先生に伝えておいてくれればいいから」
オレたちは、この世界を書き直すために招かれているのだ。設定を考えるのが本来のオレたちの使命なのかもしれない。
「この世界って神様がおったんやろ。魔王を封印して先に死んでもうた、アホな神様が」
「ええ」
「それを崇めてるってことにしといたら、ええんとちゃうかなぁ」
正直、崇めるに値する神様には思えない。
「でも、それだけじゃあ信者は集められないわ。この世界全体に広まっているぐらい影響力のある宗派なんだもの」
なんでそんなことオレが考えなあかんねん、と思う。それはオレやなくて先生が考えるべきどころだ。しかし、その先生がダウンしてしまってる。
「この世界って魔法が存在してるやんか」
「ええ」
「魔法を使えるのは、その神様の遺したチカラのおかげとでもしておけば、ええんとちゃうかなぁ」
「うん。悪くないわね。才能あるわよ」
「せ、せやろか」
ちょっと照れる。
オレも将来は小説家になったりしてみよか――なんて思った。将来のことを考えると、少し憂鬱になる。
もしも現実に戻れば、オレもいつかは社会という荒波に呑み込まれるのだ。別になりたいと思えるようなものもない。
「このまま異世界にとどまれたら、ええんやけどなぁ」
ここだったら、モンスターを倒しつつ、生活していくことが出来る。
「それは困るわ」
と、リリさんが嘆くように言った。
「なんで?」
「だって、ドメくんと先生が帰らないってことは、いつまでたっても物語が完結しないってことになるでしょ」
「まぁ、そういうことになるんやろかな」
「だから、さっさと完結させて、現実に戻ってくれなくちゃ」
「完結させるって言うてもなぁ」
結局、最後はあのドラゴンを倒さなくちゃいけないことになる。そんな勇気は持てそうにない。
「どうしたんです? 急に立ち止まって」
「たしか、ここまでだったはずだ」
「何がです?」
「ほら、言ったであろう。私はこの物語を途中まで描いたはいいが、途中で筆が進まなくなったのだ――と」
「言ってましたね」
「それがここなのだ。勇者が伝説の剣を手に入れた先から、原稿は白紙だったはずだ」
「ってことは――」
どうなるんや?
今までは誤差はあれど、だいたいは先生の筋書き通りに物語は進行していたのだろう。だから、先生は起きるイベントを把握していた。エクスカリバーの場所も知っていた。ここから先は、先生も知らない世界なのだ。
そもそも、世界はこのまま継続するのだろうか。それともオレたちは現実に戻ってしまうのだろうか。
警戒して周囲の景色を見回してみる。切り立った岩壁は依然として存在している。消滅するような気配はない。
「世界が消えたりってことはないみたいですね」
「トウゼンよ。だって魔王さまが先生たちのことを招いたんだもの」
と、リリさんが言った。
「じゃあ、魔王がオレたちを返さへん限りは、オレたちはここにあり続けるわけか」
「そういうこと」
魔王としては、この物語を先生に完成させて欲しいのだろう。
「うーん」
と、先生は頭を抱えた。
「大丈夫ですか?」
「どう頭をひねくり回しても、この先の内容が思いつかないのだ」
こんなに必死に考えている先生を見ると、申し訳なくなってくる。今まで、無遠慮にダメだししすぎてたかもしれない。
「伝説の剣を手に入れたんですから、もう魔王を倒しに行ったらええんとちゃいます?」
適当にそう言ってみた。
オレとしては全然乗気じゃない。
伝説の剣を手に入れたことだし、この刀一本でこの世界を旅して、適当に暮らしていきたい気分だ。
「うーん。しかし、それでは単調というか、もう一ひねり欲しいというか。うーん。もうダメだ」
キュゥ――という変な声をあげて、先生は倒れてしまった。幸いにも後ろにいたオレは、先生を支えることが出来た。
「先生ッ」
「――」
どうやら気を失ってしまったらしい。ずっと強気なところしか見ていなかった。先生もいちおう人間なのだ。悩みもあるし、弱点もあるのだろう。自分が支えてやらなくちゃいけない、という使命感が宿った。
「おっ。いい目してるじゃない」
と、リリさんがオレの顔を覗き込んでくる。
オレはいまだにリリさんと目を合わせるのが気恥ずかしくて、難しかった。目をそらした。でも、あからさまに視線をそらせるのも悪いかと思って、また目を合わせた。
なんだか挙動不審になってるような気がする。照れ隠しに咳払いをひとつ落とした。
「とりあえず町に戻ろう。先生を療養できる場所に行かないと」
「でも、宿代は300ゴールドかかるよ」
「修道院とかあれへんのかな」
史実でもフィクションでも、修道院は弱きものを助けてくれる場所だ。
「うん。それならあると思う」
「じゃあ、そこに行こう」
案の定、修道院はあった。白塗りの城みたいな建造物だった。病院に見えないこともない。オレのことを勇者だと知っていたようで、わりといい部屋が与えられた。
石造りの20畳ほどある部屋だった。部屋の中央には木製の長机とイスが置かれていた。部屋の隅にはベッドが2台置かれていた。そのうちの1台に先生を寝かせた。
「薬草とか、食べさせたら効果あるやろか?」
いちおうオレは大量の薬草を保有している。町中のツボを割り散らかして回収したものだ。むろん、やったのは先生だ。
この部屋にもツボらしきものが見受けられる。先生が割らないように見張っておかなければならない。
「カラダに毒ってことはないと思うわよ」
と、リリさんが言った。
「それじゃあ――」
先生の頬をはさむようにして、口を開けさせた。先生の真珠のような歯があらわになる。歯の奥には赤黒い咽頭が見えている。なんかエロい。
薬草を放り込んだ。口を閉ざす。先生は意識のないまま顔を歪めていた。しだいに表情が安らかなものへと変わっていく。
死んだんとちゃうやろか。
呼気を確認してみる。大丈夫そうだ。
「すぐには効果ないんやろか」
「そのうち目を覚ますわよ」
たいして心配する必要はないかもしれない。なにせ、生首になっても生き返るような人だ。
オレは部屋の中央にある木製のイスに座ることにした。リリさんが隣に座ってきた。長イスになっている。こうして密着して座ると、リリさんのフトモモの感触が、オレのフトモモに伝わってくる。
何か会話をしないと気まずい。
「ところで、このサタンベルクには教会やら、修道院やらがあるけど、どういった宗教が流ってんの?」
「別に、ないわ」
「ない?」
「そういう細かい設定がないのよ。ただ、教会とか修道院があるってだけ」
「せやったら、教会も修道院も要らんやん」
「先生が配置したんだから、しょうがないでしょ。良かったら、ドメくんがその設定を考えてよ」
先生がオレのことをドメくんと呼ぶから、伝染したようだ。
「オレが?」
「後で先生に伝えておいてくれればいいから」
オレたちは、この世界を書き直すために招かれているのだ。設定を考えるのが本来のオレたちの使命なのかもしれない。
「この世界って神様がおったんやろ。魔王を封印して先に死んでもうた、アホな神様が」
「ええ」
「それを崇めてるってことにしといたら、ええんとちゃうかなぁ」
正直、崇めるに値する神様には思えない。
「でも、それだけじゃあ信者は集められないわ。この世界全体に広まっているぐらい影響力のある宗派なんだもの」
なんでそんなことオレが考えなあかんねん、と思う。それはオレやなくて先生が考えるべきどころだ。しかし、その先生がダウンしてしまってる。
「この世界って魔法が存在してるやんか」
「ええ」
「魔法を使えるのは、その神様の遺したチカラのおかげとでもしておけば、ええんとちゃうかなぁ」
「うん。悪くないわね。才能あるわよ」
「せ、せやろか」
ちょっと照れる。
オレも将来は小説家になったりしてみよか――なんて思った。将来のことを考えると、少し憂鬱になる。
もしも現実に戻れば、オレもいつかは社会という荒波に呑み込まれるのだ。別になりたいと思えるようなものもない。
「このまま異世界にとどまれたら、ええんやけどなぁ」
ここだったら、モンスターを倒しつつ、生活していくことが出来る。
「それは困るわ」
と、リリさんが嘆くように言った。
「なんで?」
「だって、ドメくんと先生が帰らないってことは、いつまでたっても物語が完結しないってことになるでしょ」
「まぁ、そういうことになるんやろかな」
「だから、さっさと完結させて、現実に戻ってくれなくちゃ」
「完結させるって言うてもなぁ」
結局、最後はあのドラゴンを倒さなくちゃいけないことになる。そんな勇気は持てそうにない。
コメント