先生! その異世界小説、間違いだらけですやん!
なぜ、はじまりの町は宿代が安いのか?
大きな塔があった。その塔が都市の出入り口となってるらしかった。クロスアーマーと言うのだろうか。布の鎧を着た兵士たちが門番をしていた。外に行きたいと言えば、「お気をつけて行ってらっしゃいませ」と丁寧に頭を下げてくれた。
「なんかヤケに、門兵の物腰が低いですね」
通行手形とか必要なのかと思っていた。
「トウゼンであろう。ドメくんは勇者なのだ。この物語の主人公なのだからな。有名なのだよ」
自分の姿を見る。学生服姿で木の棒をぶら下げているだけだ。えらく貧相な勇者もいたものだ。
「自分が有名だって思うと、なんか照れ臭いですね」
考えてみれば都市の中にいるときも、人々の視線が集中していた。学生服だから注目されていたのかと思っていた。勇者だから憧憬のマナザシで見つめられていたのかもしれない。そう思うと照れ臭い。
「良かったではないか。毎日、パッとしない生活を送っていたのであろう。私の世界の主人公になれたことを光栄に思うが良い」
先生は大きな胸を張ってそう言った。黒いローブの内側で乳房が揺れるのがわかった。
この世界ってブラジャーとかあるんやろか。考えただけで、顔が熱くなってくる。下腹部に熱がこもってきたから、これ以上変なことを考えるのはやめた。
「たいていの人はパッとしない人生送ってますよ。人生はクソゲーやって、それイチバン言われてるんですから」
「そうだ。人生とかいうクソゲーをつくった神様に、もっと文句を言ってやれ。作品の文句を言われるのが、作者としてはイチバン傷つくのだからな」
わははは、と先生は笑う。
この人はどこの世界に言っても、悩みなんてなさそうだ。
両親が心配してないかが、多少気がかりだ。オレの父も母も中小企業で働いている。父は紳士服の工場で、母はネジをつくる会社だと聞いたことがある。
2人とも忙しいから、あまり家にはいない。オレが寝ている頃に帰ってきて、朝起きたときにはもう出勤している。
オレが帰らなくても、あまり心配しないかもしれない。先生のことはオレの両親も知っている。先生とどこかで遊んでいるのだろうと思ってくれていれば良い。
っていうか、異世界転移をしてる小説の主人公って、両親のこととか気にならんのやろうか――と、関係のないことを思った。
「おっ。ドメくん。正面を見たまえ」
緑の海とも言える平原が広がっている。そこに石畳によって舗装された通路が伸びている。通路の左右には木造の柵が設えられている。柵に青い粘液がへばりついていた。
「もしかして、あれがスライムですか」
「どう見てもそうだろう」
「モンスターって、ダンジョンとかじゃなくて。こういう平原に普通にいるんですね」
民衆もふつうに行き交っている。
兵士と思われる人たちが、スライムのことを槍で突いていた。いちおう、モンスターを倒すことには積極的なようだ。
「うむ。だから商人なんかは、兵隊を連れて都市を行き交うという設定にしたはずだ」
あれなら、オレでも倒せそうだ。
「ヒノキの棒で突いてみましょうか」
「そうしたまえ」
木の柵にへばりついてるスライムに、ヒノキの棒の先端を当ててみる。スライムは怯えたようにカラダを縮こまらせた。
「なんか、カワイイんですけど」
こんなのを倒すんだろうか。
ゲームや小説の主人公は、平気でスライムを蹂躙していく。
いったいどんな神経をしてるんやろうか。生物を殺すことに罪悪感はないんか。
もしも、これが地球なら動物愛護団体によって、たちまちスライムは保護されるに決まってる。勇者がスライムを倒してるなんて知られたらツイッター炎上間違いなしだ。
「モンスターっていうからには、もう少し獰猛そうなのにしたほうがええんとちゃいます?」
これだったらただの動物虐待だ。
「じゃあドメくん、最初から急に10メートルぐらいある一つ目の巨人なんかが出てきたら、戦えるのかね」
「スライムで良かったです」
そうであろう、と先生は満足気にうなずいた。
「さあ、抹殺してゴールドをいただこうではないか」
「はぁ」
南無阿弥陀仏。
いや。
中世ヨーロッパを意識してるらしいから、アーメンのほうがええか。
ヒノキの棒でスライムを貫いた。スライムは大きく痙攣すると、木の柵から落ちていった。液体となり地面に溶け込んでいった。あとには、金貨が2枚残されていた。
「宿代って、どんなもんなんですかね」
「たしか最初の町の宿泊費は5ゴールドだったはずだ」
「安ッ」
思わずひっくり返ってしまった。
焼き鳥1本と、同じ料金で部屋を提供してくれることになる。
「トウゼンであろう。最初の町は宿泊費が安いものだ」
「何でもっと早くに言ってくれへんかったんですかッ。わざわざスライム倒しに来なくても良かったやないですか!」
ヒノキの棒を振り回して訴えた。
「まぁ、落ちつきたまえ。装備とか薬草とか食費もかかるだろう。宿泊費が5ゴールドでも、モロモロのものにお金がかかるではないか」
「だいたいなんなんですか。5ゴールドの宿って。そんな宿を経営してる主人は儲かってるんですか。お客さん泊めて、焼き鳥1本分の収入しかありませんやんッ。ゼッタイ赤字ですやん。経営破綻ですやん」
「こらッ。ドメくん」
叱責されて、オレは委縮した。
「はい」
「君も融通がきかないなぁ。こういうのはお決まりではないか。最初の宿代は安いものだ。実家から離れるたびに、宿代というのは高くなるものなのだ」
「どういう理屈なんです」
「それは、最初は敵が弱くモンスターが落とすお金が少ないであろう。宿代を稼ぐとなると大変だから、最初を安くしておいてやろうという、主人公への配慮ではないか」
そんなことは聞いていない。
「それはゲームの話でしょう。これって先生が描いた小説の世界なんでしょう」
「いかにも」
「せやったら、そんなゲームテイストにせんでもええですやん。最初の町の宿代が安いとか意味わかりませんって」
先生は泣きそうな顔になってしまった。眉を「八」の字にして、唇をすぼませた。
「意味。わからんであろうか?」
「そんな顔せんといてくださいよ。冷静になって日本で考えてみてくださいよ。どこの宿もだいたい同じような値段でしょう。そりゃ高級なところとかは、別格ですけど」
「ふむ。たしかにな。これはリアルに戻ることがあれば、原稿を書きなおしておく必要があるか」
いや、普通はもっと早く気づくだろう。これ以上、突っ込むのは止めておいてあげよう。もう少しでホントウに泣きだしてしまいそうだ。それに、宿代が安いのは実際に助かる。
「なんかヤケに、門兵の物腰が低いですね」
通行手形とか必要なのかと思っていた。
「トウゼンであろう。ドメくんは勇者なのだ。この物語の主人公なのだからな。有名なのだよ」
自分の姿を見る。学生服姿で木の棒をぶら下げているだけだ。えらく貧相な勇者もいたものだ。
「自分が有名だって思うと、なんか照れ臭いですね」
考えてみれば都市の中にいるときも、人々の視線が集中していた。学生服だから注目されていたのかと思っていた。勇者だから憧憬のマナザシで見つめられていたのかもしれない。そう思うと照れ臭い。
「良かったではないか。毎日、パッとしない生活を送っていたのであろう。私の世界の主人公になれたことを光栄に思うが良い」
先生は大きな胸を張ってそう言った。黒いローブの内側で乳房が揺れるのがわかった。
この世界ってブラジャーとかあるんやろか。考えただけで、顔が熱くなってくる。下腹部に熱がこもってきたから、これ以上変なことを考えるのはやめた。
「たいていの人はパッとしない人生送ってますよ。人生はクソゲーやって、それイチバン言われてるんですから」
「そうだ。人生とかいうクソゲーをつくった神様に、もっと文句を言ってやれ。作品の文句を言われるのが、作者としてはイチバン傷つくのだからな」
わははは、と先生は笑う。
この人はどこの世界に言っても、悩みなんてなさそうだ。
両親が心配してないかが、多少気がかりだ。オレの父も母も中小企業で働いている。父は紳士服の工場で、母はネジをつくる会社だと聞いたことがある。
2人とも忙しいから、あまり家にはいない。オレが寝ている頃に帰ってきて、朝起きたときにはもう出勤している。
オレが帰らなくても、あまり心配しないかもしれない。先生のことはオレの両親も知っている。先生とどこかで遊んでいるのだろうと思ってくれていれば良い。
っていうか、異世界転移をしてる小説の主人公って、両親のこととか気にならんのやろうか――と、関係のないことを思った。
「おっ。ドメくん。正面を見たまえ」
緑の海とも言える平原が広がっている。そこに石畳によって舗装された通路が伸びている。通路の左右には木造の柵が設えられている。柵に青い粘液がへばりついていた。
「もしかして、あれがスライムですか」
「どう見てもそうだろう」
「モンスターって、ダンジョンとかじゃなくて。こういう平原に普通にいるんですね」
民衆もふつうに行き交っている。
兵士と思われる人たちが、スライムのことを槍で突いていた。いちおう、モンスターを倒すことには積極的なようだ。
「うむ。だから商人なんかは、兵隊を連れて都市を行き交うという設定にしたはずだ」
あれなら、オレでも倒せそうだ。
「ヒノキの棒で突いてみましょうか」
「そうしたまえ」
木の柵にへばりついてるスライムに、ヒノキの棒の先端を当ててみる。スライムは怯えたようにカラダを縮こまらせた。
「なんか、カワイイんですけど」
こんなのを倒すんだろうか。
ゲームや小説の主人公は、平気でスライムを蹂躙していく。
いったいどんな神経をしてるんやろうか。生物を殺すことに罪悪感はないんか。
もしも、これが地球なら動物愛護団体によって、たちまちスライムは保護されるに決まってる。勇者がスライムを倒してるなんて知られたらツイッター炎上間違いなしだ。
「モンスターっていうからには、もう少し獰猛そうなのにしたほうがええんとちゃいます?」
これだったらただの動物虐待だ。
「じゃあドメくん、最初から急に10メートルぐらいある一つ目の巨人なんかが出てきたら、戦えるのかね」
「スライムで良かったです」
そうであろう、と先生は満足気にうなずいた。
「さあ、抹殺してゴールドをいただこうではないか」
「はぁ」
南無阿弥陀仏。
いや。
中世ヨーロッパを意識してるらしいから、アーメンのほうがええか。
ヒノキの棒でスライムを貫いた。スライムは大きく痙攣すると、木の柵から落ちていった。液体となり地面に溶け込んでいった。あとには、金貨が2枚残されていた。
「宿代って、どんなもんなんですかね」
「たしか最初の町の宿泊費は5ゴールドだったはずだ」
「安ッ」
思わずひっくり返ってしまった。
焼き鳥1本と、同じ料金で部屋を提供してくれることになる。
「トウゼンであろう。最初の町は宿泊費が安いものだ」
「何でもっと早くに言ってくれへんかったんですかッ。わざわざスライム倒しに来なくても良かったやないですか!」
ヒノキの棒を振り回して訴えた。
「まぁ、落ちつきたまえ。装備とか薬草とか食費もかかるだろう。宿泊費が5ゴールドでも、モロモロのものにお金がかかるではないか」
「だいたいなんなんですか。5ゴールドの宿って。そんな宿を経営してる主人は儲かってるんですか。お客さん泊めて、焼き鳥1本分の収入しかありませんやんッ。ゼッタイ赤字ですやん。経営破綻ですやん」
「こらッ。ドメくん」
叱責されて、オレは委縮した。
「はい」
「君も融通がきかないなぁ。こういうのはお決まりではないか。最初の宿代は安いものだ。実家から離れるたびに、宿代というのは高くなるものなのだ」
「どういう理屈なんです」
「それは、最初は敵が弱くモンスターが落とすお金が少ないであろう。宿代を稼ぐとなると大変だから、最初を安くしておいてやろうという、主人公への配慮ではないか」
そんなことは聞いていない。
「それはゲームの話でしょう。これって先生が描いた小説の世界なんでしょう」
「いかにも」
「せやったら、そんなゲームテイストにせんでもええですやん。最初の町の宿代が安いとか意味わかりませんって」
先生は泣きそうな顔になってしまった。眉を「八」の字にして、唇をすぼませた。
「意味。わからんであろうか?」
「そんな顔せんといてくださいよ。冷静になって日本で考えてみてくださいよ。どこの宿もだいたい同じような値段でしょう。そりゃ高級なところとかは、別格ですけど」
「ふむ。たしかにな。これはリアルに戻ることがあれば、原稿を書きなおしておく必要があるか」
いや、普通はもっと早く気づくだろう。これ以上、突っ込むのは止めておいてあげよう。もう少しでホントウに泣きだしてしまいそうだ。それに、宿代が安いのは実際に助かる。
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コメント
執筆用bot E-021番
ありがとうございます。公募の新人賞に応募したものなので、最後まで書き上げています。推敲しつつ投稿してゆきます。m(_ _)m
アッキー
おもろいです。頑張ってください。