先生! その異世界小説、間違いだらけですやん!
小説家の先生
城の外に放り出された。
城の前には長い下り坂が続いていた。どうやら城は台地の上にあるらしかった。下には町が広がっている。赤い瓦屋根と、白い漆喰と木造の建物が多く見受けられた。こういうのを都市と言うのだろう。
都市の向こうには、緑色の平原が広がっている。日本とは思えない景色だ。その景色を見ていると、異世界転移のような現象が起こったのだということをあらためて実感させられた。
異世界に来られたのは嬉しい。ほとんど毎日、フィクションの中に逃げ込みたいと思っていたぐらいだ。これで学校の期末テストを気にする心配もないし、将来のことを考える必要もないわけだ。なにより、学校に行かなくてもいいというのが最高だ。
しかし――だ。
イキナリ勇者にさせられても困る。
魔王を倒して来いと言われても、オレは運動オンチだ。まぁ、さりとて勉強が出来るわけでもないんだけども。
どう考えても城の騎士たちで軍隊を組んで、魔王を倒したほうがいいに決まってる。
異世界を吹く風がさわさわと、オレの頬を撫でた。
行く当てもない。
目の前の勾配を下ることにした。そう言えば、酒場に行けと言っていた。酒場では仲間が雇えると言っていた。
1人で見知らぬ世界にいるのも心細い。あわよくば可愛らしい僧侶とか仲間になるかもしれない。この世界についてはまだよくわかってないことが多いが、とりあえず、仲間が欲しい。
都市の人たちの話を聞きながら、酒場へ行った。
都市の各地に酒場はあるらしかった。城の勾配を下ったところにも一軒あった。A型看板にビールの絵が描かれていた。木造の建物だった。
未成年だけど入ってええんやろか――なんて懸念があった。
トビラを開ける。
チリンチリン。ベルが鳴った。
巨木を一刀両断にしたような長机が、いくつも置かれていた。そのテーブルに精悍な男たちが腰かけていた。オレの胴回りぐらいある腕だ。その腕で顔ほどもあるビールジョッキをブツけ合っていた。
あきらかにオレより強そうな人たちばっかりだ。なんでオレが勇者に選ばれたのか、首を傾げてしまう。
さらに奥。
巨木を輪切りにしたような丸テーブルが置かれていた。
あ、と思った。
知ってる顔があったのだ。
「先生ッ」
「ん。おおっ。ドメくんではないか」
百目鬼シレン。そこからコネくりまわされて、ドメくんに変身してしまった。なんだかパッとしない名前だったが、別に嫌いな呼び方ではない。
「先生も異世界転移したんですか?」
知ってる顔があったので、安堵の気持がふくらんだ。
「まぁ、座りなさい」
「はい」
オレは、とある書店でバイトをしていた。毎日学校の帰りに立ち寄っていた。個人経営の小さな書店だったから気楽だった。カウンターに立ってるだけのバイトだ。
その書店の主人はもう御老体だったが、若い孫娘がいた。その孫娘が小説家の先生だった。今、オレの目の前にいる西園寺九里子先生だ。
筆名だ。本名は知らない。
まだ20歳を少し過ぎたばかり。美しい人だった。髪はプラチナブロンドのショートボブ。モミアゲだけは長く伸ばしている。猫目で、鼻が高い。唇は硬く結ばれている。一見、不機嫌そうに見えるのだが、怒ってるわけじゃない。凛然とした美しさがある。
言動にやや不気味なところがあるのが玉に瑕だ。たとえばネズミの死骸をどこからともなく拾ってきたり、立ったままヨダレを垂れ流して眠ったりする。この先生を一言で言い表すならば、美しき奇人だ。
「ドメくん」
「はい」
先生は、お酒と思われるものを飲んでいた。真っ白い頬に朱がさしている。いつもより色っぽくてドキッとしてしまう。
「ここは異世界ではないのだよ」
先生はテーブルを人差し指でコツコツと叩いてそう言った。
「違うんですか」
「ここは、サタンベルクという世界だ」
さっきの王様もそう言っていた。
「地球じゃないですよね? 異世界やないですか」
ちっ、ちっ、ちっ――と先生は舌を鳴らす。
「どういう仕掛けかはわからないが、どうやら私とドメくんは、私の世界に入ってしまったようなのだよ」
「先生の世界?」
「うむ。私はつい先ほどまで小説を執筆していたのだ」
「新作ですか?」
「うむ」
胸が高鳴る。
いつも書籍化される前の生原稿を読ませてもらっている。気になるところがあれば指摘してくれとも言われている。誤字脱字なんかのチェックをさせられたりもしている。先生のアシスタントになったみたいで嫌いな役割ではなかった。
「また、読ませてもらえるんですか?」
「落ちつきたまえ。私は行き詰ったのだ。筆が進まなくなった」
「スランプってヤツですか?」
そうだ、と先生はうなずく。
先生の声音は女性にしてはやや低めだ。低すぎるわけでもない。声に媚が帯びていないところがオレは好きだった。
「物語をどう進めるか必死に悩んだ。悩みぬいた。そして気づいたら、この世界に入り込んでいたわけだ」
「はぁ」
「この世界が、すなわち私が悩んでいた世界なのだ。まぁ、つまり、その書きかけの小説の中身だな」
すぐには理解が追い付かなかった。
「えっと……。じゃあこの世界は異世界やなくて、小説の中ってことなんですか?」
「うむ」
しばらくオレも先生も黙った。
店内でひときわ大きな笑い声が響く。
「じゃあ、オレと先生は、小説の中のキャラクターってことなんですかね?」
「そうなるのであろうな」
先生はジョッキに残っていた酒をいっきに飲み干した。お酒なんか飲んでる場合やないんとちゃいますかねぇ。
でも、先生が泰然としてくれているおかげで、オレもそんなに焦燥を感じることはなかった。
「せやけど、なんで小説の中なんかに入ってもうたんでしょうか」
「さあな。まぁ、そういうこともあるのだろう」
「いや、普通はないと思いますけど」
城の前には長い下り坂が続いていた。どうやら城は台地の上にあるらしかった。下には町が広がっている。赤い瓦屋根と、白い漆喰と木造の建物が多く見受けられた。こういうのを都市と言うのだろう。
都市の向こうには、緑色の平原が広がっている。日本とは思えない景色だ。その景色を見ていると、異世界転移のような現象が起こったのだということをあらためて実感させられた。
異世界に来られたのは嬉しい。ほとんど毎日、フィクションの中に逃げ込みたいと思っていたぐらいだ。これで学校の期末テストを気にする心配もないし、将来のことを考える必要もないわけだ。なにより、学校に行かなくてもいいというのが最高だ。
しかし――だ。
イキナリ勇者にさせられても困る。
魔王を倒して来いと言われても、オレは運動オンチだ。まぁ、さりとて勉強が出来るわけでもないんだけども。
どう考えても城の騎士たちで軍隊を組んで、魔王を倒したほうがいいに決まってる。
異世界を吹く風がさわさわと、オレの頬を撫でた。
行く当てもない。
目の前の勾配を下ることにした。そう言えば、酒場に行けと言っていた。酒場では仲間が雇えると言っていた。
1人で見知らぬ世界にいるのも心細い。あわよくば可愛らしい僧侶とか仲間になるかもしれない。この世界についてはまだよくわかってないことが多いが、とりあえず、仲間が欲しい。
都市の人たちの話を聞きながら、酒場へ行った。
都市の各地に酒場はあるらしかった。城の勾配を下ったところにも一軒あった。A型看板にビールの絵が描かれていた。木造の建物だった。
未成年だけど入ってええんやろか――なんて懸念があった。
トビラを開ける。
チリンチリン。ベルが鳴った。
巨木を一刀両断にしたような長机が、いくつも置かれていた。そのテーブルに精悍な男たちが腰かけていた。オレの胴回りぐらいある腕だ。その腕で顔ほどもあるビールジョッキをブツけ合っていた。
あきらかにオレより強そうな人たちばっかりだ。なんでオレが勇者に選ばれたのか、首を傾げてしまう。
さらに奥。
巨木を輪切りにしたような丸テーブルが置かれていた。
あ、と思った。
知ってる顔があったのだ。
「先生ッ」
「ん。おおっ。ドメくんではないか」
百目鬼シレン。そこからコネくりまわされて、ドメくんに変身してしまった。なんだかパッとしない名前だったが、別に嫌いな呼び方ではない。
「先生も異世界転移したんですか?」
知ってる顔があったので、安堵の気持がふくらんだ。
「まぁ、座りなさい」
「はい」
オレは、とある書店でバイトをしていた。毎日学校の帰りに立ち寄っていた。個人経営の小さな書店だったから気楽だった。カウンターに立ってるだけのバイトだ。
その書店の主人はもう御老体だったが、若い孫娘がいた。その孫娘が小説家の先生だった。今、オレの目の前にいる西園寺九里子先生だ。
筆名だ。本名は知らない。
まだ20歳を少し過ぎたばかり。美しい人だった。髪はプラチナブロンドのショートボブ。モミアゲだけは長く伸ばしている。猫目で、鼻が高い。唇は硬く結ばれている。一見、不機嫌そうに見えるのだが、怒ってるわけじゃない。凛然とした美しさがある。
言動にやや不気味なところがあるのが玉に瑕だ。たとえばネズミの死骸をどこからともなく拾ってきたり、立ったままヨダレを垂れ流して眠ったりする。この先生を一言で言い表すならば、美しき奇人だ。
「ドメくん」
「はい」
先生は、お酒と思われるものを飲んでいた。真っ白い頬に朱がさしている。いつもより色っぽくてドキッとしてしまう。
「ここは異世界ではないのだよ」
先生はテーブルを人差し指でコツコツと叩いてそう言った。
「違うんですか」
「ここは、サタンベルクという世界だ」
さっきの王様もそう言っていた。
「地球じゃないですよね? 異世界やないですか」
ちっ、ちっ、ちっ――と先生は舌を鳴らす。
「どういう仕掛けかはわからないが、どうやら私とドメくんは、私の世界に入ってしまったようなのだよ」
「先生の世界?」
「うむ。私はつい先ほどまで小説を執筆していたのだ」
「新作ですか?」
「うむ」
胸が高鳴る。
いつも書籍化される前の生原稿を読ませてもらっている。気になるところがあれば指摘してくれとも言われている。誤字脱字なんかのチェックをさせられたりもしている。先生のアシスタントになったみたいで嫌いな役割ではなかった。
「また、読ませてもらえるんですか?」
「落ちつきたまえ。私は行き詰ったのだ。筆が進まなくなった」
「スランプってヤツですか?」
そうだ、と先生はうなずく。
先生の声音は女性にしてはやや低めだ。低すぎるわけでもない。声に媚が帯びていないところがオレは好きだった。
「物語をどう進めるか必死に悩んだ。悩みぬいた。そして気づいたら、この世界に入り込んでいたわけだ」
「はぁ」
「この世界が、すなわち私が悩んでいた世界なのだ。まぁ、つまり、その書きかけの小説の中身だな」
すぐには理解が追い付かなかった。
「えっと……。じゃあこの世界は異世界やなくて、小説の中ってことなんですか?」
「うむ」
しばらくオレも先生も黙った。
店内でひときわ大きな笑い声が響く。
「じゃあ、オレと先生は、小説の中のキャラクターってことなんですかね?」
「そうなるのであろうな」
先生はジョッキに残っていた酒をいっきに飲み干した。お酒なんか飲んでる場合やないんとちゃいますかねぇ。
でも、先生が泰然としてくれているおかげで、オレもそんなに焦燥を感じることはなかった。
「せやけど、なんで小説の中なんかに入ってもうたんでしょうか」
「さあな。まぁ、そういうこともあるのだろう」
「いや、普通はないと思いますけど」
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