旦那様と執事な神様

きりんのつばさ

復帰







深草が屋敷に訪ねてきて数ヶ月後……
俺は再び例のパスワードを使い、会社の内情を見ていた。
「やっぱ荒れているな……」
会社の情勢は更に悪化の一歩を辿っており、
目も当てられない状況となっていた。
経営者が変わると会社がまさかここまで変わるという
その具体例を端的に表していた。
「旦那様、またそちらを見ているのですか?」
「あぁ、ちょっとな。一応、元だけど親父が経営して
いたからさ気になってな……まぁのクズとはもう二度と
会いたく無いんだけどな」
あの野郎、俺をバカにするどころか月詠さんを完全に
下に見やがって腹が立ってしょうがない。
……あぁ思い出したら余計にイライラしてきた。
「旦那様……?」
「ん? どうした?」
「随分お顔がしかめっ面になられているので
どうかいたしましたか? コーヒーがお口に
合いませんでしたか?」
「いやそれは無い。月詠さんが入れるコーヒーはいつも
本当に美味しいから大丈夫」
月詠さんが入れるコーヒーが不味いと感じたのは
付き合ったばかりの頃の一回だけであり
俺がその様に言うと彼女はホッとした様子で
「それは良かったです。
ですがそうなるとやはり前にいらっしゃった深草様の事を
思い出されての事でしょうか?」
「正解。あの野郎の事思い出しただけでイライラする。
あの言い方、あの性格、どれをとってもムカつく……!!
……だが会社の事が気になってね」
「旦那様……」
「親父の事もあって、あの役員どもは殺したい程
憎いけど、普通に働いている社員達が不憫でね」
正直言うと役員ではない普通の社員も憎いか憎くないの
二択だったら憎いの方に旗が上がる。
だが、彼らは普通にただ会社の為に働いているのを
考えると今の状況はかなり不憫だ。
「まぁ結局俺は非情になれないんだよな……
あの深草には強く言えたのにな」
自嘲気味にそう言うと月詠さんは優しく微笑んで
「いえ、旦那様はお優しいのですよ。
社員の方々の事を考えて憂いてらっしゃるというのは
とても素晴らしい事だと思います」
「ハハ、ありがとうね月詠さん」
「いえ、執事としてか、彼女として当たり前の事を
言ったに過ぎません」
「ちなみに彼女って言うのまだ恥ずかしい?」
月詠さんは他は普通に言えるのに“彼女”とか“恋人”などの
言葉は必ず吃る。一応付き合って1年以上は経つのだが
こんな感じである。
「は、は、は、恥ずかしいです……」
……この言い方を聞いていると余程恥ずかしいみたいだ。
「申し訳ありません。慣れる様に努力致しますので
もう少しお待ちいただけると嬉しいです……」
「いや、ゆっくり慣れていこうよ。
俺も彼氏だから慣れるまでゆっくりいるよ」
……まぁ本音を言えば、この照れている月詠さんを
見るのも結構好きなのでもう少し見ていたい。
ただ、今の発言は不味かったらしく……
「だ、だ、だ、だ、だ、旦那様!?
そ、そ、そ、そ、そ、そ、その発言はた、た、た大変
う、う、嬉しゅうご、ご、ございますが……!!
と、とりあえずお庭の手入れ行って参りますーー!!」
ピューん。
本当にそんな効果音が付くのではと思うぐらい
顔を真っ赤で走って逃げてしまった。
「……うん、次からはもう少ししっかり考えてから
言葉を話すとしよう」
そう心に決めた俺であった。
……ちなみにその日の庭の手入れはいつもの数倍以上
かかって戻ってきた。



数日後……
「おいおい何だと……!!」
「どうか致しましたか?」
「あの役員ども近々大規模なリストラを実施だとさ!!」
俺はいつものように会社の情報を見ていたらその様な
見出しがあった。
しかも役員会議で既に決定事項になっていた。
「これはあまりにも酷いですね……。
あの方々は役員の風上にも置けませんね……!!」
「あのバカどもは本当に頭のネジが数本飛んで
いるんじゃないのか……!!」
「あの方々は会社が危なくなったらまたどこかの会社の
役員にでもなるつもりでしょう。
ーー旦那様、ここで1つ申し上げていいでしょうか?」
いつも真面目な表情の月詠さんが更に真面目なトーンで
その様に言ってきた。
「許可する」
「はっ、では申し上げます。
ーー旦那様、大旦那様のご意志をお継ぎになられては
いかがでしょうか?」
「親父に意志を継ぐだと……?」
「はい、この状況を打破出来るのは貴方様しか
おられません。大旦那様も貴方様の経営の手腕は
とても絶賛されてました」
「あの親父が……」
「はい、大旦那様は“兼続は私以上に才能がある。
だから今回の件が上手くいったら私は引退する”
とまで仰っていました」
「親父や月詠さんまで買いかぶり過ぎだ。
俺はそこまでの才能があるとは思えない」
なんせ本家の位を分家の連中に奪われたのだから。
「それは旦那様の思い込みでございます。
どうか社員の為にお力添えを。
執事の立場でございますがよろしくお願いします」
と頭を下げてくる月詠さん。
俺は少し頭の中で考えた。
そして決めた。
「分かった。やろうか。俺がどこまで行けるか
分からないけどやってみるよ」
「旦那様……」
「流石に月詠さんにそこまで頼まれたら断れないって」
と苦笑して答える。
「そ、それは失礼しました……」
「いいって別に。月詠さんに頼まれるのは嫌じゃないし
……可愛い彼女から頼まれて俺個人は嬉しいからね」
滅多に頼み事をしてこない彼女が珍しく俺に
頼み事をしてきたんだから、それに応えないと
なんか男が廃れる気がした。
だが、また俺は発言を間違えたらしく
「か、か、か、か、か、か、可愛い……!?
だ、だ、だ、だ、旦那様がな、な、な、ナンパを……!?
あ、あ、あ、あ、あ、あっでも、か、か、か、彼女……」
「あ、あれ月詠さん?」
「うがぁぁぁぁーー!!」
滅多に叫ばない月詠さんが叫んだ。
「わぁ!?」
「ちょっと3時間程度、お風呂の掃除に行って
参りますーー!!」
ピューん。
またそんな効果音が聞こえてきそうな感じで
走っていく俺の彼女兼執事。
「……俺ってなんか毎回言葉を間違えている気が
するんだけど。というか風呂に3時間かける?」
その後、本当に3時間後に帰ってきた。



そしてまた数日後
「旦那様、ご準備はよろしいでしょうか?」
「あぁ大丈夫だ」
俺は久し振りに袖を通すスーツに違和感を感じながらも
そう答えた。
俺が今着ているスーツは紺色のスーツであり、
前からオーダーメイドスーツとして用意していたのだが
着る機会もなかったので初めて袖を通した。
「……」
と月詠さんが俺を無言で見ていた。
「ど、どうした? 俺なんか変か?」
まぁ普段はかなりラフな格好をしているから
俺のスーツ姿なんて見慣れていないのかもしれない。
「い、いえ……ただ……」
「ただ?」
「だ、だ、旦那様があまりにもカッコよく見えて
いまして……その……見惚れていました……」
「そ、そうか……」
そんな事を言われたもんだから言われたこっちまで
恥ずかしくなる。
「……」
「……」
「い、行こうか!!」
「は、はい!! そう致しましょうか!!」
恥ずかしくなりわざと声を出した。
というか朝から俺達は何をしているんだろうか。
まぁでもこんな事も楽しいと感じる。
「旦那様、とうとうきましたね」
「あぁ遂にこの日が来たか」
「旦那様があの会社に行く日が来るなんて執事として
私は誇らしいです……」

そうだ。
今日から俺はあの因縁の会社に戻る事になった。
まぁ正式には戻るというよりも半ば強襲をかけに
行くようなもんだから誇れたものでは無いが。
人員の確保や裏工作をしていたら予想以上に
時間がかかってしまった。

「なぁ月詠さん」
「はい、何でしょうか?」
「これからとても忙しくなると思うから
今までの様に恋人らしい事が出来なくなるかもしれない」
「はい、存じ上げております。
と言っても私のせいであまりそういう事が出来て
いない気が致しますが……申し訳ありません」
「まぁそれは今度にするとして。
ーーこれからも俺を側で支えてもらえないか?」
「はい、私の居場所は常に旦那様のお側ですから」
俺はそれを言われて安心した。
彼女がいればどんな事でも乗り越えられる気がする。
「ありがとう月詠さん。
じゃあ行こうか!!」
「はっ、どこまでもお供させていただきます」







ショートストーリー   〜出発する車の中で〜


「申し訳ありません旦那様……
初出社が軽自動車になってしまうとは……!!」
「いや良いって。軽でも大丈夫だって」
「明日までには私の貯金で高級外車を
購入してまいりますので……!!」
「いやしなくていいからね!?
買うにしても俺の金で買うって」
スッ←月詠さんがスマホを出す音
「ーーこの中でどれがお好みですか!?」
「俺の話聞いてねぇ!?」

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