魔王様は異世界をジェットコースターで繋いでみたかった

桐生 舞都

邪教徒イーシャと死神クロエ1


俺は女性の声に指示されるまま洋館の中を歩く。
広い。広すぎる。
迷子になりそうだ。

「本当にここで合ってるんだよね? ……まあいいか。言われた通り、果物の絵が飾ってる部屋の前に着いたよ。それで、次は?」

「そのまま階段を降りてください。わたしも今玄関に到着いたしました」

「あ、じゃあすぐに合流できそう?」

「今、急いでそちらに向かっております。はて、他の階段を使われたのでしょうか?

イビルアイが正しければ、もうすぐそこ、一フロア下のはずなのですが――あ、見つけましたわ。どうやら行き違いだったようですね」


俺がきょろきょろと暗い廊下を見回していると、はたはたと階段を掛け降りてくる音。

ロングスカートのすそを両手で持ち上げながら階段を歩み、彼女は俺のもとに降り立った。

まるで空から舞い降りてきたようで、俺はその美しい所作に息を飲んだ。

「……やっぱりキミ、天使のたぐいだよね」

思わずそう呟いた。

色白で黒い長髪。
透き通るような白い肌をした彼女。

艶やかな髪は黒いが、その瞳はサファイアのような深い青だった。


女の子――二十歳くらいだろうか――が口を開く。

「――お待ちしておりました」

声だけではなく服装までお嬢様だった。

彼女が被るのは白のストローハット。
上はドレスのようなクリーム色の服で、下は薄紫のロングスカート。

それが美しい顔立ちをいっそう引き立てていた。

ただし、全体の服飾のデザインに、なにか違和感があった。

俺はすぐに違和感の正体に気付く。足元だ。

靴は軍靴とでも言えば良いのか、飾りと金具のついたブーツが、服装に反して異質だった。

そして、なんと腰にはドクロがぶら下がっていた。
骸骨?
それを見て、一瞬ぎょっと驚く。
よく見ると、持ち手がある。

あれは……ドクロの、杖?

彼女が腰にたずさえていたのは、握りこぶし大の頭蓋骨がてっぺんに刺さった、三、四十センチくらいの小さな杖。

人間のそれに似たその装飾は、大きさとテカテカした質感からしてレプリカのようだ。

さすがに本物じゃあないよな。

軍靴を履いた美人なお嬢様がドクロの杖を持っている……戦う少女系の漫画かなにかのコスプレか?

女の子が気をとりなおしたように言う。

「――神波ジュンイチ様ですね。突然のご無礼をお許しください」

「……君は?」

「私はネクロマンサーとして神様にお仕えしている者です」


彼女が言ったのは聞きなれない単語だった。

「か、紙井《かみい》さま? ネクロマンサー?」

勤めている会社の名前が株式会社ネクロマンサーで、上司かなにかが紙井という名前なのだろうか。

俺がボンヤリとリアクションを返すと、女の子は首を横に振った。

「か・み・さ・ま、です、神様。地母神《ちぼしん》セルキエ。私達ネクロマンサーの信仰する女神様ですわ。と言いましても彼女は、この王国では邪神扱いされているのですけどね」

「女神? 邪神? キミ、さっきからいったい何を言っているんだ……? それに、この世界って――」

「まぁ、ひょっとしてジュンイチ様の世界には神様がいらっしゃらないのですか!?」

彼女は俺の疑問を無視して食いついた。
まるでそちらの方が大事だとでも言うように。

「いや、そんなこと無いけど……たぶん」

英語でシントー・シュラインと呼ばれる場所一個一個にたくさん、それこそ八百万《やおよろず》おわしますが何か?

「すげえいっぱいいる、とされているよ、たぶん」

「へええ、つまり細かく役目の定められた、元素の神様のようなものでしょうか? 」

「ま、まあ、そんな感じなのかな?」


若い子にでたらめな知識を教えるのも忍びなかったが、向こうはいきなりネクロマンサーだの地母神だのと言ってきたのだし、俺とは違う常識があるのかもしれない。

つまり、ここがそういう場所だということ。

彼女が口にした「ジュンイチ様の世界」という言葉。そしてなにより、目が覚めた時からのこの状況。

話が脱線したので連れ戻す。


「そんなことより、君は? ここはどこなんです?」

「まあいけない、私ったら一番大事なことを忘れていました。職業柄、名前よりも神様のことが優先してしまうのですよね」


女の子はしまったというように口に手を当てる。それから胸の前に右手を持っていき、自分の名を告げた。


「私はイーシャ・アドベンと申します」

「イーシャ、さん?」

「はい」


神秘的な蒼いまなざしに見つめられ、思わずドキッとする。やはり、地母神とやらに仕えているから、こんな神聖な感じがするのだろうか。

そういえばネクロマンサーと言っていたな。
ん、RPGかなんかだと死霊や死体を操る能力のジョブだった気がするが――

こんないかにも「穢《けが》れ無き」ってフレーズの似合いそうな女の子が? 死体を?

「そしてここは、ジュンイチ様のいた場所とは違う世界、つまり“異世界”ということになりますね」


その単語に、俺の中で考えていた可能性が確信に変わった。


「異世界……その、天国、じゃなくて?」

「はい、さようでございます! ちなみに今わたし達がいるのは、ゼヴィン大陸の南東に位置するモンタランド王国ですわ」


――マジで異世界だった。

それと、イーシャの服装、コスプレとかでもなさそう。服に安っぽい布のテカテカ感とかも無くて、違和感なく馴染んでる。

いかにもファンタジー世界の魔法的な素材を、まんべんなく使って自然に仕立てたって感じ。


「あ、じゃあさ、俺まだ生きてるってことだよね!よかったー幽霊じゃなくて」

「ジュンイチ様、残念ですがその事については……」


イーシャは申し訳なさそうに頭を下げた。


「あなたをこちらにお呼びしたのは、我々市民ギルドの不手際です」

「へ? どういうこと?」

「当方のミスによりこうして転生というかたちでジュンイチ様という無関係の方を不本意に呼び出してしまったことは、決して許されるものでは――」

「え、ちょっと……」

謝罪の定型文を切り貼りしたような言い回しでしゃべるイーシャ。

俺は嫌な予感がした。


「はあ……市民ギルド式の言い回しはほんとうに慣れませんわ」

一度ため息をついてから、イーシャは続ける。

「残念ですが、ジュンイチ様はあちらの世界ではお亡くなりになられました」

「えっ」じゃあ、ここにいる自分は?

「そこでわたしが、あちらの世界のジュンイチ様を死人操術《ネクロマンス》してこちら側に復活させることになりました」

「ネクロ、マンス? 俺は死んだってこと!?」

「ええ。わたしの前の担当者が誤ってジェットコースターという乗り物ごとあなたを召喚しようとし、その上ミスで崩落させてしまったのです」

「状況がよくわからない……」

「今からお見せするのは、あちらのジュンイチ様です」


イーシャは、どこからか小さな丸い鏡を取り出して俺の前に置いた。

鏡の中を覗くと、さっきまでいた遊園地が見えた。

空色のジェットコースターの残骸が散らばっている。

現場検証を行っているのだろうか、中央にある何かを囲って警察と一般人とで人だかりができている。

見れば、事故現場からなにかが運ばれてきて、車に乗せられるところだった。


「……ブルー、シート……」

その正体に気づいた瞬間、鏡の中で風が吹いた。

「……! うっ――」

風でめくれ上がったブルーシートの内側を見て、胃の奥から熱く苦いものが込み上げ、喉を焼いた。

その吐き気は、あらわになった死体の惨状よりも、その横たわる体が自分自身にそっくりだということから来るものだった。

ガンガンと耳元で鐘が鳴るような頭痛。脳がシェイクされそうな不快感に正気を失いそうになっていると、ふと温かい手が背中に当たった。

視線を動かすと、イーシャが無言で俺の背中をさすっていた。


「……ありがとう」

少しずつ落ち着きを取り戻した俺は、なんとか声をしぼりだした。

「じゃあ俺は、一度死んで、こっちの世界で転生してリスタートってことになるのか……」

「ええ、この度は本当に――」

謝罪のことばを繰り返すイーシャをさえぎり、俺は言う。

「うん、まあ、……なっちゃったもんは仕方無いよ」

ここが天国だということ可能性すら覚悟していたので、それを聞いても思ったよりダメージは少なかった。

客観的に見れば、恋人もいない寂しい独り身。それから、俺には兄弟はいないし、両親もすでに他界している。そのうえ楽しいはずの遊園地で事故にあって死んでしまったという不運な結末ではある。

だが、今はむしろ、命があるだけ良かったという安心感のほうが不思議と大きかった。会社から無理難題を連日押し付けられて疲弊していたせいかもしれない。

「だから、今は生きてただけで結果オーライ?」

精いっぱいの強がりではあるが。

「ジュンイチ様……」俺がそう言うのを聞いて、イーシャは複雑そうな表情で言う。

「まだ、混乱して気持ちの整理がついていない段階だとは思いますが、今後のためにも早々にお伝えしなければならないことが――」

「ん、まだ何かあるのか?」

そしてイーシャは、言いにくそうに続けた。

「――ジュンイチ様はどうやら、『モンタランドの“魔王”』に仕立てあげられたみたいです」


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