フォビア・イン・ケージ〜籠の中の異能者達〜
Chart13「カウンセラーの心情」
【とある男の日記】
──今日もまた、恐怖症患者が暴れ出す。
今日もまた、幾人もの犠牲になった。
大凡三千キロメートル程の小さき島国の中で。
新奇を追求し続け、最悪の結果に辿り着いてしまった、愚かな国ネオロード。
十五年前……国王自らが其の身を散らせ、同時に流行し始めた[恐怖症]。
或る者は其れを[不治ノ病]と言い、又或る者は[天からの贈り物]だと言う。
其れは人智を超越する可能性を秘めているからだ。
故に利便性と危険性を併せ持つ。
どの分野にも此の組み合わせは付き物なのだろう。
人は誰しも恐怖を感じる生き物だ。
其れは動植物とて同義である。
だが[恐れる]事で、[考える]事が出来る。
どうすれば怖くなくなるのか。
どうやったら克服出来るのか。
[考える]事で恐れに対策を練られるのだ。
抑も恐怖するという事は危険を察知する事。
「危ないから近づくな」
「遠ざけろ」
「逃げろ」等が一般的だろうが、此処では《取り扱いには注意しろ》が的確だろう。
寧ろ其れが此の呪われた世界において、必要不可欠なキーワードだと俺は睨んでいる。
何故なら《恐れ》は、生きる為には欠かせない感情だからだ。
だから俺は保護した恐怖症患者達にはカウンセリングを通じ、伝えるよう心の臓に誓っている言葉がある。
『恐れろ──だが臆すな』
と。
助けられなかった者達に代わり、彼等に《生きる意味》を伝えたいから。
是が非でも恐怖症を克服し、呼吸の如く使い熟して欲しい。
管理長の請売りみたいなものなんだが、な。
今日もまた、己が使命を胸に抱き……彼等の演習に赴く──
*
【PIC:トレーニング・ルーム扉前】
「さてと」
「……」
床も壁も天井も白い廊下。
眼前には無機質な白い扉。
目線の高さには電子板。
『Training room』と立体映像で色とりどりに映し出されている。
右から左へスクロールし、一文字ずつ消失しては表示される。
僅かの間その様子を伺っていると、
『Now training……』と浮かび上がる。
誰かが入室しているのなら、斯様な演出が入るのだ。
「早いな。良い心掛けだ」
「……」
左側に居る白髪の少女に目を向ける。
名前はリコリス。俺は「リィス」と呼んでいる。
無表情で無口な、今回の演習のパートナー。
俺と同じPICの管理者で、大事な──
「オ・モ・チャ♪」
「うわ?!」
背後から右の耳元で囁いたのは、同じ管理者の一人。
毒舌で高飛車でサディストな少女テトラ。
「自分の彼女が喋れないからって、ヘンな事考えてたんでしょ? このヘンタイ」
茶色の長髪少女はニヤリと意地汚く俺を変態呼ばわりし非難する。
脅かされて身を一歩引いた俺は身形を、眼鏡を整え……悪女に黒き刃を向ける。
「おい。冗談にも程度があるんじゃないか?事情は知っているだろう?」
例えるならば、鏡だろうか。
俺とリィスが背を向け合い、ヴォン……と手から禍々しい黒刃を具現化させ構え合う。
──俺がそうさせているのだ。
「し、知ってるわよ。何ムキになってんのよ!」
腰に手を当て、頰を膨らませる。
そんなに膨らんで、刺して破裂させてやろうかと思わんばかりだ。
「アンタが緊張してそうだったから、アタイが解してあげようとしたんだけどなあ」
今度はそっぽを向き口を尖らせたようだ。
まるで雀の嘴の如しだ。
鏡合わせの俺達は武装を解き、隣り合う。
「余計なお世話だ。緊張どころか歓喜に震えているくらいだな」
「へえー。いつもの能力分析? それともアンタの担当の子に興味があるの?」
にやけた顔が急接近してきた。
どうもコイツは俺を茶化すのが生き甲斐らしい。
というよりコイツの場合、他人の人物関係に興味があるのだろう。
例えば、俺がリィス以外の女性に気があるとか。馬鹿馬鹿しい。
「どちらでもある。あの文化遺産を圧し潰す程の能力だからな。それにあの小さな身体であれ程の強大な力をどうやって制御しているのかも気になる」
「……ふぅん。やっぱアンタも気になってるんだ? あの威力」
にやけた表情が段々と険しくなる。
「アンタなら大丈夫だと思うけど、無茶はやめてよね? アンタが居なくなると、PICにとって大きな損失になるだろうし。それに……」
テトラは数秒の間、虚ろな瞳の少女を横目で見遣り、再び俺へ視線を戻す。
「さっきは、ああ言ったけどね、アンタの大事な人なんだから。気を配んなさいよね?」
「……解っている」
時々コイツは、核心を突いてくる。
それでいて不器用ながら仲間想いなのだな……と。
「お前こそ、担当の患者を痛めつけ過ぎるなよ? お前の性格がアレだから、せいぜい死なせないよう程々にな?」
「う、うるさいわね。ちゃんと気をつけるわよ!」
再び頰を膨らませ、そっぽを向く。
見ていて飽きない。時折、癪に触るのが偶に傷だが。
「お互い、悔いのないようにな」
「誰に言ってるのかしらあ?」
そして擦れ違うように、各々の扉を通過した。
──今日もまた、恐怖症患者が暴れ出す。
今日もまた、幾人もの犠牲になった。
大凡三千キロメートル程の小さき島国の中で。
新奇を追求し続け、最悪の結果に辿り着いてしまった、愚かな国ネオロード。
十五年前……国王自らが其の身を散らせ、同時に流行し始めた[恐怖症]。
或る者は其れを[不治ノ病]と言い、又或る者は[天からの贈り物]だと言う。
其れは人智を超越する可能性を秘めているからだ。
故に利便性と危険性を併せ持つ。
どの分野にも此の組み合わせは付き物なのだろう。
人は誰しも恐怖を感じる生き物だ。
其れは動植物とて同義である。
だが[恐れる]事で、[考える]事が出来る。
どうすれば怖くなくなるのか。
どうやったら克服出来るのか。
[考える]事で恐れに対策を練られるのだ。
抑も恐怖するという事は危険を察知する事。
「危ないから近づくな」
「遠ざけろ」
「逃げろ」等が一般的だろうが、此処では《取り扱いには注意しろ》が的確だろう。
寧ろ其れが此の呪われた世界において、必要不可欠なキーワードだと俺は睨んでいる。
何故なら《恐れ》は、生きる為には欠かせない感情だからだ。
だから俺は保護した恐怖症患者達にはカウンセリングを通じ、伝えるよう心の臓に誓っている言葉がある。
『恐れろ──だが臆すな』
と。
助けられなかった者達に代わり、彼等に《生きる意味》を伝えたいから。
是が非でも恐怖症を克服し、呼吸の如く使い熟して欲しい。
管理長の請売りみたいなものなんだが、な。
今日もまた、己が使命を胸に抱き……彼等の演習に赴く──
*
【PIC:トレーニング・ルーム扉前】
「さてと」
「……」
床も壁も天井も白い廊下。
眼前には無機質な白い扉。
目線の高さには電子板。
『Training room』と立体映像で色とりどりに映し出されている。
右から左へスクロールし、一文字ずつ消失しては表示される。
僅かの間その様子を伺っていると、
『Now training……』と浮かび上がる。
誰かが入室しているのなら、斯様な演出が入るのだ。
「早いな。良い心掛けだ」
「……」
左側に居る白髪の少女に目を向ける。
名前はリコリス。俺は「リィス」と呼んでいる。
無表情で無口な、今回の演習のパートナー。
俺と同じPICの管理者で、大事な──
「オ・モ・チャ♪」
「うわ?!」
背後から右の耳元で囁いたのは、同じ管理者の一人。
毒舌で高飛車でサディストな少女テトラ。
「自分の彼女が喋れないからって、ヘンな事考えてたんでしょ? このヘンタイ」
茶色の長髪少女はニヤリと意地汚く俺を変態呼ばわりし非難する。
脅かされて身を一歩引いた俺は身形を、眼鏡を整え……悪女に黒き刃を向ける。
「おい。冗談にも程度があるんじゃないか?事情は知っているだろう?」
例えるならば、鏡だろうか。
俺とリィスが背を向け合い、ヴォン……と手から禍々しい黒刃を具現化させ構え合う。
──俺がそうさせているのだ。
「し、知ってるわよ。何ムキになってんのよ!」
腰に手を当て、頰を膨らませる。
そんなに膨らんで、刺して破裂させてやろうかと思わんばかりだ。
「アンタが緊張してそうだったから、アタイが解してあげようとしたんだけどなあ」
今度はそっぽを向き口を尖らせたようだ。
まるで雀の嘴の如しだ。
鏡合わせの俺達は武装を解き、隣り合う。
「余計なお世話だ。緊張どころか歓喜に震えているくらいだな」
「へえー。いつもの能力分析? それともアンタの担当の子に興味があるの?」
にやけた顔が急接近してきた。
どうもコイツは俺を茶化すのが生き甲斐らしい。
というよりコイツの場合、他人の人物関係に興味があるのだろう。
例えば、俺がリィス以外の女性に気があるとか。馬鹿馬鹿しい。
「どちらでもある。あの文化遺産を圧し潰す程の能力だからな。それにあの小さな身体であれ程の強大な力をどうやって制御しているのかも気になる」
「……ふぅん。やっぱアンタも気になってるんだ? あの威力」
にやけた表情が段々と険しくなる。
「アンタなら大丈夫だと思うけど、無茶はやめてよね? アンタが居なくなると、PICにとって大きな損失になるだろうし。それに……」
テトラは数秒の間、虚ろな瞳の少女を横目で見遣り、再び俺へ視線を戻す。
「さっきは、ああ言ったけどね、アンタの大事な人なんだから。気を配んなさいよね?」
「……解っている」
時々コイツは、核心を突いてくる。
それでいて不器用ながら仲間想いなのだな……と。
「お前こそ、担当の患者を痛めつけ過ぎるなよ? お前の性格がアレだから、せいぜい死なせないよう程々にな?」
「う、うるさいわね。ちゃんと気をつけるわよ!」
再び頰を膨らませ、そっぽを向く。
見ていて飽きない。時折、癪に触るのが偶に傷だが。
「お互い、悔いのないようにな」
「誰に言ってるのかしらあ?」
そして擦れ違うように、各々の扉を通過した。
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