フォビア・イン・ケージ〜籠の中の異能者達〜

ふじのきぃ

Chart8「蜘蛛嫌いの少女」

 カラン……と木製の杖がタイルの床に落下し、破損する。
 震える身体を両手で抱え、顔にしわが出来る程に目を瞑るイトシィ。

「駄目……クモはホント、無理っ!」

 フリルのスカートが絶対領域までまくり上がってしまい、M字にへたり込んだ太腿の素肌があらわになっていた。
 身形みなりを整える余裕すら無い程、恐怖していたのだ。

「お前、蜘蛛が苦手なのか?」

 オレがそう質問すると、イトシィは弱々しくコクリと頷く。
 イトシィとは3学年からの付き合いなのだが、こんなにも腰抜かして怯えているのは初めて見た気がする。

(まさか──いや、そんな訳無いか)

 ふと、一つの仮定が思い浮かんだが、直ぐに考察を中止し邪念を捨てる。
 流石にこのままにしておく訳にはいかないので、オレは丁度身近の朽ちた観葉植物から枝を手折たおり、器用に蜘蛛の巣ごと絡め取った。

「追い払ったぞ。イトシィ」

「立てるかい?」

 オレとケミスは気を配り、手を差し伸べる。

「う、うん……」

 恐る恐る手を取り立ち上がる。
 声も手も身体も震えながら。

「もう、居ないよ……ね?」

 なんだか、いつものイトシィとは違ったので、ちょっとだけ脅かしてやろうと思うオレが居た。
 思えば悪い癖が出てしまったんだろう。
 制御しようにも時既に遅く、さり気無く背後に回り込み──

「カサカサカサ〜!」

「ひぃあっ?!」

 予想通りの反応だ。しかし、やはり後悔する事になったのは言うまでも無い。

「アーモンド! ふざけないでよっ!」

「ぐひゅっ?!」

 イトシィの殺人エルボーがオレの鳩尾みぞおちにクリティカルヒット!
 オレが発した不快音を振り払おうと勢いよく身体を捻り、偶然にも肘鉄が命中したのだろう。
 為す術無くオレは背中を丸めたまま突き飛ばされる。
 受付カウンター台に打つかると、反動で上半身が仰け反り、脚が弧を描きながら全身一回転。
 そのままカウンター内へダストシュート。

「げふっ」

 オレは胸を押さえながらうずくまり、力尽きた。

「アーモンド。流石にそれは素で引いちゃうよ」

「わ、悪りぃ」

 ケミスがドン引きしてしまったようだ。
 カウンター台にしがみ付き、顔だけを覗かせたオレはコツンとこうべを垂れて深く反省する。

                                      
 そっぽを向いたイトシィが頰を赤らめ、そう呟いた気がした。


【追憶:アラタ孤児院跡1階廊下】

「随分と荒れているね……」

「どうせ肝試しにやって来た連中の仕業だろ? 派手にやりやがって」

「……」

 壁には『うらめしや』と描かれた赤い落書き。
 スプレー缶を用いたのだろうか。
 ひしゃげて横倒しになった車椅子。潰れた点滴パック。
 飛び散ったであろう血糊ようなシミが目立つ。

(クソッ! 胸くそ悪りぃ)

 まるで血液のように赤く染まった廊下。
 徐々に息が荒くなっていくのを感じ、赤いモノから視線を逸らす。

「……」

 さっきから大人しいイトシィがオレの包帯の先を掴んで離さないのだが。

「おいイトシィよ。包帯を引っ張るなし。封印が解けちまうだろが」

「だ……だってこの孤児院、如何にもクモが出てきそうな雰囲気……醸し出しているから」

 ブラッドマンよりも蜘蛛が怖いのだろうか。怯えた小動物みたいに震えて。

「ったく仕方ねぇな。この包帯、手に巻き付けて繋いでおきゃあ迷子にならねぇだろ。まだまだお守りが必要だとは、困ったお嬢様だぜ」

「なっ?! ボクは子供じゃないんだから!」

「手ぇ、貸しな」

「ちょっと、なんなのさ! もぅ」

 観念したのか、耳を赤く火照らせながら右腕を差し出した。
 オレは右腕の包帯を緩め、イトシィの細い腕に巻き始める。

「きつかったら言ってくれな?」

「うぅ……」

 なんか、オレまで身体が熱くなりそうだ。
 他人が身に付けていた包帯を巻くって、どんな気持ちだろう。

(今更だけど恥ずいヤツだな。これは)

 その光景をニヤニヤしながら眺めている爽快スーツ男子。

「なんだよケミス。気持ち悪ぃな」

「ああ、微笑ましいなと思って」

「ンだよそれ」

 揶揄からかってるのかと思っていたが、どうも違うようだ。
 見透かしてるような、そんな眼差し。
 ケミスの悪い癖だとオレは思うし、正直なところ、この時のケミスはしゃくに障る。

「うし! これでいいだろ」

「なんだか、犬みたいだね」

「仕方ねぇだろ? ワガママ言うなよ」

 包帯がまるで手綱に見えてしまい、犬の散歩でも始めるかのような絵面だ。
 言っておくがオレにそんな趣味はない。
 首は首でも、手首に巻いたからまだマシな方だろ。うん。

「さてと」

 パチンと両手を叩き、行動を開始しようとした矢先、くいっと包帯が引っ張られてしまう。

「ぅお? まだ何か用があっ──」


「──」


 互いの唇が──重なった。

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