フォビア・イン・ケージ〜籠の中の異能者達〜

ふじのきぃ

Chart7「チミドロさん」

《チミドロさん》

 全身血に濡れ、人のカタチをしたソレは、夜に出没すると云われている。そいつに遭遇したら最期、身体の血液を根刮ねこそぎ奪われてしまうという。
 現にニュースで、血液が抜かれた変死体が発見される事件が多発している。オレは密かに[紅月アカツキのブラッドマン]と命名し、オレ達三人は奴の足取りを追っているのだ。

「これ、最新の目撃情報なんだけど」

 イトシィが広げた一枚の記事を指差す。

「なっ?! んだと……」

 そこにはブラッドマンの出現日時と場所が記載されていた。どうやら一昨日に記者が目撃し、カメラに収めたらしい。
 けれどオレが驚きを隠せないのはそこじゃなかった。

「アラタ先生の、孤児院……」

 子供ガキの頃、世話になった施設。現場はアラタ孤児院跡だった。



【追憶:アラタ孤児院跡】

 学園から離れた山の奥。辺り一面、手入れが行き届いていないむぐらの庭園跡地。
 その奥に佇むはかつての故郷であり、役目を果たし荒廃した医療施設。現在は新たな心霊スポットとして有名になっている。
 深夜、懐中電灯ライトセイバーを装備し目的地へと赴くオレ達。

「アーモンド。質問していい?」

「何だ?」

 夜間のスニーキングミッション真っ最中の為、ひそひそと会話する。

「僕達の格好に、意味があるのかい?」

「当たり前だろ。オレ達ゃ[厨二病研究同好会]部員だぞ?」

「怪しすぎる……」

「くすくす、ホントそれ」

 因みに格好についてだが、オレは右腕に包帯を巻き、黒のコートを着用。グラサンも忘れずに。
 イトシィは紫や黒がベースで白いフリルが飾られたゴスロリ服だ。護身用に杖を持っているので、魔法使いに見えなくもない。膝上までの長さで白黒の縞々しましま靴下がそそられる。

「……あんまり、見ないで欲しいな」

「あ、ああ。でもコスプレって見られるモンだろ?」

「そりゃあ、そうだけど……さ」

 自称レイヤーはもじもじしている。見られるのが恥ずかしいようだ。でもソコが良き。
 ケミスはスーツ姿……んん? 何ゆえスーツ? 社交場にでも行くのだろうか?

「アーモンド、どうかしたの?」

 ケミスは[ハニカミ]を唱えた。

(爽やかだ──じゃねえよ)

 オレは脳内でノリツッコミをした。


 道草を掻き分け、やがて『KEEPーOUT』という黒と黄色の標識が目に付く。

「懐かしい……」

 オレはバリケードの奥に対し、思わず呟き感傷に浸る。

「ここの孤児院って、アーモンドの育った場所なんだよね?」

 建物にライトを照らしたオレにケミスが質問した。

「ああ。ガキの頃からずっと……な」

 まるで教会を思わせるような外観。所々錆びた機械が剥き出しになっていた。来る途中、電子案内板を見つけていたのだが、腐食が酷く機能していなかった。
 この廃病院は、オレが幼少の頃からずっとお世話になっていたアラタ孤児院。此処の院長だったアラタさんには、学園の入学金や授業料とか色々と支援して貰ってたな。

「……」

 オレは傷み切った屋根の上を睨み付ける。今宵は満月のようだ。

(ブラッドマン──てめぇは此処に居るんだろう? てめぇがアラタさんを──)

 幼少時に親に見放され、天涯孤独だったオレを育ててくれたアラタ院長。
 突然だった。オレが3学年に繰り上がった、桜吹雪く季節。
 一通の封筒が届いた。差出人はAIロボットのアンドちゃん。
 封筒の中には、手紙と処方せんの薬。1日1回服用4ヶ月分。
 その為封筒は大きめのサイズだったが、それでも張ち切れそうなくらい詰められていた。それはもう、「まーた凝った玩具でも入っているんだろ?」と思う程に。
 だが手紙の内容により、それは場の空気を一変させてしまっていた。

《アラタ院長が殺されました》

《例の都市伝説によって》

 その後日、孤児院は廃業し、患者は他の病院に移されてしまったそうだ。
 既にアンドちゃんを含むAIロボットや精密機器は電源を落とされただろう。目処が立ち次第、建物ごと撤去だという話だったが。

(まだ、壊されてないな)

 内心ホッとしているオレが居た。束の間の安堵から決意の表情へ切り替える。

 ただ、静かに。内なる憤怒の火種が燻る。あの日の出来事、オレは絶対に忘れはしない。



【追憶:アラタ孤児院跡1階受付】

 闇と稲妻が交差する結界を乗り越え、敵の拠点に乗り込んだ。無論、学園にバレれば停学は免れないだろうな。
 最悪、退学かもしれない。それでもオレ達は進む事を止めない。此処に来る明確な理由があるのだから。
 さて、先ずは1階を攻略しようか。

「わぁ……孤児院って言うから収容所みたいなイメージだったけど、まるで病院だね!」

 イトシィが感激する。そんな女の子らしい仕草に見とれ、ちょっぴり小っ恥ずかしくなった。

「ばーろう。元々は小児科病院なんだよ。
まあ、診療所みたいなモンだったらしいが」

 そういえばアラタさんが言ってたな。身寄りの無い子供の患者が増えたから、リフォームして孤児院になったって。それに医療設備は元から最先端技術が備わってて充実していたんだし。
 金銭面においてはかなり負担が掛かったろうに。そんな素振りをも見せなかったな。今思えばアラタさんって、実は凄い人だったんじゃ?

「こほ、こほ。ちょっとホコリっぽい」

 小さな手を口元に咳込むイトシィ。ケミスが呟き、懐中電灯を片手に辺りを照らす。

「閉鎖してから、もう誰も手を付けてないみたいだね……」

 埃被り、破けて綿が剥き出しのソファ。割れた窓は時折、吹き抜ける風音。所々苔生こけむしたカーペット。肝試しの穴場に選ばれるのも無理はないだろう。
 当然、受付カウンターには誰も居ない。

「うわー、大きなクモだなあ」

「元は小せえだろ」

 カウンターの奥の壁に蜘蛛のシルエットが大きく照らされていた。棒読みなケミスの感想をオレは軽くあしらう──

「いやあああっ!!」

「!?」

 つんざくかのような悲鳴にオレとケミスは跳び上がりそうな勢いで驚いた。
 後ろを振り向くと、其処には尻餅をつき、顔を青めたイトシィが居た。

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