フォビア・イン・ケージ〜籠の中の異能者達〜

ふじのきぃ

Chart1「高所恐怖症の少女」

《高所恐怖症》

 高所に留まる事を嫌悪する症状。
 高層ビル、マンションの渡り廊下、学校の屋上、断崖や橋の上、飛行機の中や絶叫マシーン等。
 高所を体感する事でトラウマを植え付けられ、恐怖してしまう。
 事例は様々だが、多くの場合は高所からの地表を"見た"事で発症したと云われている。

 もしも高所恐怖症患者アクロフォビックに接触する場合は、可能な限り高所から遠避ける事だ。
 さもなくば……患者の恐怖衝動に巻き込まれ、オチてしまうであろう。

【Side:ファー/
 PIC:カウンセリング・ルーム】

 辺り一面真っ白な空間。
 そこには見た事のない植物が生い茂っていた。
 揺れ動く草木。香り漂う花々。
 そう──感じてしまうのは、きっと、わたしだけ。
 なぜなら、その庭園は『造られた映像』なのだから。
 危険なチカラを持ってしまった人達を暴走させない為の──『嘘』。

「ファー・ミルフィーユ……年齢13、
恐怖症フォビア名[高所恐怖症アクロフォビア]──か」

 偽りの庭の中央。わたしは椅子に腰掛け、トバリノ先生からカウンセリングを受けていた。

「高い所が苦手なのかい?」

「苦手……です。足がすくんで……動けなくなってしまいます」

「そっか……その場で身動きが取れない程怖くなるんだね」

 思い出したくない。けれど、いつまでも留まる訳にはいかない。

「そのキッカケになった出来事は覚えているかな?」

 出来事──思い当たる記憶を一つ一つ探り、掘り起こす。
 重くなった口を恐る恐る開いた。

「パパとママと一緒にスカイピアッサータワーを登った時、透明な床があって──」

 震える声を落ち着かせる為、一息ついて話を続ける。

「その時、下を覗き込んでしまって……気持ち悪くなって……怖くなってしまいました。それ以来、夢で自分が高い場所から落ちていく場面を見るようになりました」

 自分でも驚く程に自身の恐怖体験を無我夢中で話していく。

「──成程。スカイピアッサータワーか。あれは我が国で最大の高さを誇っていた建造物だからな。が事の発端ほったんと言う訳か」

 わたしの体験談を真剣に聞いて下さるトバリノ先生。
 眼鏡の銀色のふちを中指の先でクイと微調整し、納得した様子。
 ふと、先生は何かに気付いた素振りを見せる。

「ファーさん、その左てのひらは一体……? 前に怪我でもしていたのかい?」

「これは……その、生まれつきで……」

「そうか。済まない。言えない事だよね。無理に話さなくていいよ。」

 口籠もってしまったわたしを先生は気を遣ってくれたようだ。

 でも、言えない。

 これは大事なモノだから。

 今は、まだ──

 しん……と静まり返る空間。
 先生は自分の顎を左の拳と親指で添え、しばらく考え込んだ後、「それじゃあ」と別の質問に切り替え問い始める。

能力チカラに目覚めたのはいつ?」

 能力……そう、多分あの時。

「タワーの頂上で、
両親に──突き落とされた時です」

「なん……だって?!」

 突然、トバリノ先生が叫び出す。

「ひぅっ!?」

 怒鳴り声のように聞こえ、思わず悲鳴に近い声を上げ身を縮めてしまう。

「度々申し訳ない! まさか君の両親の仕業だとは思わなくて……!」

「い、いえ……」

 頭では解っていても身体は強張ってしまい、ふるふると震えが止まらない。

「済まない! この通りだ!」

 先生が激しくぺこぺこ頭を下げて謝っている動作が、なんだか面白可笑しい。
 わたしは段々と落ち着きを取り戻す。

「あ……」

 先生と目が合い、身体の内で心臓が跳ねる音が響く。
 眼鏡を外した先生の瞳はとても綺麗な黒色。
 ほんの少しだけ、わたしは耳が熱くなった。ほんの少しだけ。

「怖がらせて悪かった。良かったら話の続き、聞かせてくれるかい?」

 眼鏡を掛け直し、充分過ぎる程にお詫びを下さったトバリノ先生。
 よくよく見直すと、先生は顔立ちの良い男性だという印象を受ける。
 俗に言うイケメンの部類に入るのだろうか。
 世の中の女性から注目されるのを脳内再生出来そうだ。

(いけないカウンセラーさんです……)

 今思えば、カウンセリングというものを初めて体験したんだと思う。
 先生のように、言いにくい事を深く追及しない点は、カウンセリングの良いところなのかもしれない。
 もちろん、全てのカウンセラーがそうだとは限らないのだけれど。

 でも……トバリノ先生なら、きっと。

「はい……」

 体験談の続きを打ち明ける事にした。

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