桜の季節に会いましょう

タツヤ

最初のおねがい

「ねぇ。そういえば君、名前なんていうの?」

「え、ぼく? れん、吉野蓮です」

「へぇー、蓮っていうんだ。ふふっ」

「な、なんだよ!人の名前で笑うなよ!」

「いやぁーごめんごめん。なんかつい。ふふふっ」

僕には何が面白いのかさっぱりわからないけど、彼女がとても楽しそうにしているからそれでいいと思えるようになった。ころころ笑う彼女を見ているとなんだかこっちまでうれしくなってくるようだった。
気温は少しずつ高くなってきていて、そよそよと暖かい風と冷たい風が混ざり合いながら僕らの間を通り抜けていく。春独特のこの匂いとこの風を感じながら彼女と一緒に桜を見る。なんだかそれだけで満ち足りた気持ちになれた。嫌なことすべて忘れてしまうことができる気がした。
それから僕らは、だいたい2時間くらい、桜の木の下に座りこんで自分のことや、相手に聞きたいことなど、お互いの情報交換をした。
その中の僕のした彼女への質問のひとつに、僕の興味をそそる不思議な返答があったのだ。

「ねぇ、咲良って家はどの辺なの?ここの近所?」

「........え?あ、あぁ私の家?じ、実は私、今家出中でさ、本当はもっと家は遠いんだ。ははははは......」

その動揺っぷりから僕は、最初のおねがいの内容がなんとなくわかった。

「ねぇもしかしてさ、最初のおねがいってのは......」


「......春休みのあいだ、蓮くんのおうちに、私を泊めて欲しいの....」


予想通り過ぎて返す言葉に困った。彼女は僕に向かっておねだりするように上目遣いをしてくるが、まぁ僕にそんなもの効くはずは......

「おねがい!」

彼女は僕に覆い被さるようにして四つん這いになりさらに近づいてきた。思わず後ろに手をつき、尻餅をついたような形になってしまった。二人の顔の距離は約30センチ。強い眼差しに変わった彼女は表情一つ変えずにこちらをじっと見つめている。

「わ、わかった、わかったよ。考えてみる。そのかわり、絶対母さんに見つからないでくれよ」

「え!ほんと!?やったぁー!ありがとーーー!」

彼女は両腕で、僕を強く抱きしめた。情けなかったが、飛び込んでくる彼女の体重を僕の腹筋だけで支えることができず、彼女と一緒に倒れてしまった。
僕にのしかかった彼女は、「ありがとー!助かったよ!」と、騒いでいる。
女の子特有のいい匂い、僕の胸にすっぽりと収まってしまう身体、服越しに伝わってくる肌の柔らかさ、女の子とハグなんて今までしたことなかった。初めてのハグが咲良で本当によかったのか?いや、僕みたいな生きているのか死んでいるのかわからない人間の相手には、もったいなさすぎただろう。
あぁ。僕はなんて幸せ者なのだろう。許されるのなら、いつまでもこうしていたいところだけれど、いい加減重い。

「さ、咲良?もういいかな?重い....」

「もうっ!女の子に向かって重いって言っちゃいけないんだよ。罰としてもう少しこうしててあげる!」

嬉しいのか悲しいのかわからないこの気持ちと、今夜どうやって母親にばれぬようかのじょを泊めてあげるのかという不安。色々な感情が僕の中で暴れている。こうなるともうなんだか何もかもどうでもよくなってくる。ただ、今、最初にやるべきことは、彼女をここからどかすことだということは、かろうじてわかった。

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