桜の季節に会いましょう

タツヤ

桜の少女

桜の木の下には確かに誰かがいる。おそるおそる気づかれないよう慎重に近づく。幸い着ているパーカーが緑色。しゃがんで近づけばバレそうにない。普段あまり着ないこのパーカーが初めて役に立った。さぞパーカーも嬉しいであろう。

桜の木まであと約20メートル。相手は僕と同じくらいの年頃の少女だった。バレるも何もその少女はすやすや眠ってしまっていた。こそこそしていた自分が馬鹿みたいだった。僕は草の影からすくっと立ち上がり、その少女に近づいた。

「こ、これは....!」

思わず声を出してしまった。その少女は『可愛い』というより『きれい』という言葉の方がふさわしいのかもしれない。この感覚が一目惚れか。初めての感覚に感動さえ覚えた。長いまつげに透き通るような白い肌、頬と唇はほんのりピンク色に染まっていてまるで化粧でもしているかのようだ。ツヤのある黒い髪は肩にかかるかかからないかくらいの長さ。前髪は右のおでこを見せるようにして、桜の花の形の髪止めで止められていた。胸にフリルのついた水色のワンピースを着て、白いサンダルを履いていた。左足首には丁寧に作られた桜色のミサンガを着けていた。

右手首の時計を見てみる。まだ朝の6時。この少女は昨夜からずっとここで寝ていたのだろうか。この少女を起こすべきなのか、そのままにしておくべきなのか。どうせ起こしたところでろくに話をすることもできずにその場から少女が逃げていくのがオチ。なんとなくわかっていた。こんなカッコ悪い王子様に起こされる眠り姫もそんなこと望んでいないに決まってる。そう思い、少女を起こさないでこの場を立ち去ろうとした次の瞬間、

「ねぇ、そこの君」

完全にやらかした。まずい。最悪の事態が起きてしまった。一番望んでいなかったことが。一番起きてはいけないことが。少女が起きてしまった。いや、もしかするとずっと起きていて、ただ目を閉じていただけかもしれない。返事をして振り向くべきなのか、このまま家まで走って逃げるべきなのか。というかいつから少女は起きていたんだ?タイミングからして完全に起きていたとしか考えられない。おそるおそる振り向く。彼女は不思議そうにこちらを見ながら、

「さくら、すき?」

「........は?」

予想外すぎる質問に、自分の口が半開きになっていることにも気づけなかった。ただ、彼女の質問してくる時のなんともいえない微笑みで、僕の緊張感を増していくことだけはわかった。

「好き....ですけど.....」

「ふふっ、そっか。それはよかった」

何がよかったのか、僕にはさっぱりだったけど、ふふっと笑う彼女は、朝日を浴びてキラキラ輝いていた。

「私、咲良さくらっていうの。じゃあ私のことも、すき?」

いよいよ質問の方向性がそれたところで完全に困り果ててしまった。この人は僕に何を求めているのだろうか。普通初対面の人に自分のことが好きか聞くだろうか。いや、もしかすると何か企んでいるのだろうか。

「冗談だよ、冗談。ごめんね、困らせちゃって。実は、君にお願いしたいことがあって......」

「......は、はぁ」

「君にしかできないことなの。してほしいことはたくさんあるから今はまだ何をするか言えないけど......どれも君と一緒じゃないとできないの!」

「......で、でも、ぼくにも、やらなきゃいけないことが....」

そんなことなんてどこにもなかったが、でまかせで答えてしまった。何だかこの人について行くと、ろくなことにならなそうな気がしていた。

「......お願い!わたしには時間がないのっ!」

いきなり立ち上がった彼女が、僕に近づき上目遣いでこっちを見てくる。ここまで人に頼られたのは初めてだった。いつも一人でいた僕は、人のために何かをすることの大切さを知らなかった。だがこの時の自分は、彼女のためにその何かをしてみようと思った。よく考えてみればこれはチャンスかもしれない。友達のいない自分に、神様がくれた友達を作るチャンス。このチャンスを逃したら、もう二度と友達などできずに寂しく死んでいくかもしれない。さっきから何度も「お願い!」と両手のひらを合わせて頼んでくる彼女に、

「わかりました。引き受けます。で、そのお願いとやらはだいたいどのくらいの時間があれば終わるんですかね?」

「引き受けてくれるの!? やったー!ありがとう!じゃあ君の春休み、全部ちょーだい!」

「........................え?」

彼女はいったい春休み全部を使って何がしたいのだろう。そして春休みを全部使って、僕に何をやらせる気なのだろうか。その恐怖と不安ばかりが、僕の頭の中をぐるぐる回っていた。

今年の春は、忙しくなりそうだ。

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