♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜
誓い
「うぅっ……見るでない……」
イザヨイはふらつく足取りで後退りしながら、白日の元に晒された素顔を両手で覆い必死になって隠そうとしている。
「イザヨイさん……落ち着いて……」
取り乱したイザヨイを落ち着かせようと、コハルは近づいて声をかける。しかし、彼女はその声が聞こえていないのか、両手で顔を覆ったままその場に座り込んでしまう。
「……何をぼうっとしとる、早よぅ身構えんかいっ」
安倍晴明は三人に向け叱責した後、何か呪文の様なものを小声でつぶやき始める。
気が付けば、平安京東側の羅城門そばでたむろしていたヒロキ達は、大勢の小型妖魔に取り囲まれ逃げ場を失っていた。
「やっぱり、そうだったんだ……間違いない、やっと……見つけた……」
素顔を晒したイザヨイを呆けた様に眺めていたヒロキは小声でつぶやくと、後退りしたイザヨイを追いかける様にふらふらと近づいて行く。
「しっかりして、イザヨイさんっ。ヒロキ……様? 」
座り込むイザヨイを背に庇いながら取り囲む妖魔を牽制していたコハルは、いつもと違う様子のヒロキに一瞬気を取られてしまう。
「グガアァァァッ」
「……えっ……」
その隙をついた数匹の妖魔が同時にコハルとイザヨイに飛びかかってくる。
「キャァッ……」
虚をつかれたコハルは目をつぶり、彼女の悲鳴にイザヨイは弾かれた様に顔を上げた、その刹那。
ーー紫の残光が、二人の頭上を真一文字になぎ払うーー
「……グギャアァァッ」
「……ハァッ」
ヒロキは危険の迫る女性二人との間を一気に詰めると同時に鯉口を切り、目にも留まらぬ速さで抜刀。妖しい光を放つ三日月宗近が飛びかかる妖魔を瞬く間に霧散せしめる。
振るう度に輝きを増す太刀の出現に、妖魔の群れは動揺を見せ始める。
「……陰陽道、五行相剋……土の力もて水に剋つっ。『土剋水』」
文言を唱えた安倍晴明が、両手で勢い良く地面を叩く。それと同時に、一箇所に集まったヒロキ達の周囲の地面が盛り上がり、高い壁となって妖魔の半分を吹き飛ばす。
「邪魔を……するなぁあああっ」
完全に勢いを削がれた妖魔の群れは、一振りで数匹を屠るヒロキの太刀に、次々と霧へと姿を変えていった。
「……ヒロキ様……凄い……」
一瞬で数十匹の妖魔の姿が消え、コハルは呆然と辺りを見回している。
肩で息をするヒロキの姿を、イザヨイは顔を隠すことも忘れてながめていた。
「……ハァ……ハァ……」
太刀を鞘に収めたヒロキは一つ大きく深呼吸した後、しゃがんでいるイザヨイを振り返る。
「……ぅああ……見ないで……」
傍目にも分かるほど身体を強張らせ、涙ぐむイザヨイ。そんな彼女の背中を包み込む様に、ヒロキは両手を広げて優しく抱き寄せる。
「……っ何を……」
「イザヨイさん……俺は、あんたを護る」
イザヨイの頭を抱える様に抱きしめたヒロキは、更にキツく抱きしめる。
涙目のイザヨイは呆けた様に聞き返す。
「……えっ……?」
「俺の命に代えても……キミを、護るっ」
何者をも憚る様な二人の姿を見たコハルの腕が、力無く降ろされる。
「……ヒロキ……さま……」
しばらくの間、無言で一方的に抱きしめていたヒロキは、決意を伺わせる表情ですっくと立ち上がる。
「行くぞっ……コハル、ジイさん。援護してくれ」
「……あの『がしゃどくろ』は、知り合いなのじゃろう? お主に、斬れるのか? 」
訝しむ晴明に向かって、ヒロキは迷いのない瞳を向ける。
「……もう、あの姿になってしまっては、人へは戻れないんだろ? ならば……」
ヒロキはわずかに視線をイザヨイへと向けた後、力強く答える。
「……コモチさんがこれ以上人を殺める前に……斬る」
「……後付けの理由としては、まあまあじゃな……援護は任せろ」
そう言うと晴明は、懐から人型の紙切れを取り出す。そして素早く身体の前で印を切ると、その紙をヒロキの背中に貼り付ける。
「……これは? 」
「式神じゃ。一時的に身体能力を高めてくれよう……」
「ありがてぇ」
「……イザヨイという娘の事は気にするな。妖魔には指一本触れさせぬ」
晴明の言葉にヒロキはうなずく。
「……ジイさんが言うと、今一つ信用に欠けるけど……まぁ、いいや。頼んだぜ」
「……お主は、一言多いっ」
「……ギャアァアアアアアアッ……」
右腕にあたる骨が肩まで消滅した『がしゃどくろ』は、再び耳をつんざく様な叫び声をあげる。その妖魔に向かって、ヒロキは走り出す。
「コハルッ、先行ってるぞ」
「……えっ、は……い……」
コハルは心ここに在らずといった表情でちらりとイザヨイを見た後、ヒロキの後を追って走り出す。
「……ヒロキ……様……」
鴨川に架かる橋のたもとでペタンと座り込んだままのイザヨイは、乱れた長い黒髪をそのままに、走り去るヒロキの背中をいつまでも眺めていた。
ーーーー
「……さぁて……この大きさ、どう斬り崩す……? 」
ヒロキは平安京の塀に沿って北上し、小型の妖魔を斬り進み『がしゃどくろ』の全身が見える、ギリギリの場所に到着する。
ヒロキが辺りを見渡すと、烏帽子を被った役人と思しき男性が数人、紫色の光を放つ太刀を手に小型の妖魔と戦っている光景が見受けられた。
「あれ……? あれは『オモイカネ』製の太刀だな。……そういや、検非違使にも使える奴が何人か居るって、師匠が言ってたな」
妖魔に対して絶対数が少ない検非違使は劣勢に立たされてはいるが、紫煌を放つ太刀を持たぬ検非違使は妖魔の攻撃を防ぐ事に専念しており、善戦していた。
「……あっちは任せても大丈夫そうだな」
その様子を見たヒロキはニヤリと笑う。ふと、後ろを振り返るヒロキは、遅れて来たコハルに声をかける。
「遅いぞ、コハル」
だが、コハルはヒロキの呼びかけに応じる事なく、彼を追い抜いて走り去ろうとしていた。ヒロキは慌てて彼女を呼び止める。
「……おい、コハルッ。どこ行くんだよ」
「……えっ……あれっ……? ヒロキ……さま……」
「ぼうっとしてんなっ、戦闘中だぞ」
呆れたようなヒロキの声に、コハルは慌てて謝る。
「……すいません……」
「……まぁ、いいや。
小型の妖魔はお役人に任せて、俺たちは『がしゃどくろ』を狙うぞ」
そう言ってヒロキは、月を見上げるほどに高い位置にある『がしゃどくろ』の、しゃれこうべに視線を移す。
間近に見るその暗い双眸は、哀れなその容姿と相まって悲しみを映し出している様に見える。
「……ヒロキ様……やはり、戦わなくては……いけないんですよね……」
「……さっき、聞いた通りだ。それに、お前は見たんだろ……コモチさんが、俺そっくりの人に殺される所を……」
その言葉に、コハルは口をつぐんでしまう。
「こんな姿になっても彼女の意識が有るかはわからないし、このままじゃ、沢山の人が死んでしまう」
ヒロキはコハルを見つめながら、強い口調で語り続ける。
「俺そっくりのクサナギって奴も何考えてるかわからない……止められる力を持つ俺達が、やらなきゃいけないんだ」
「……そう……ですよね……」
ヒロキはコハルに向かって力強くうなずく。
「先ずは、あの『がしゃどくろ』の体勢を崩せる場所を探ってみる。援護してくれ」
そう言うとヒロキは、三日月を抜刀しながら『がしゃどくろ』へと走って行った。
彼の背中を見たコハルは、ポツリとつぶやく。
「……ヒロキ様は……イザヨイさんの事……ううん……今は、考えないっ……」
コハルは、頭に浮かんだ言葉を振り払うかのように強く頭を振る。そして、背に担いだ弓を引き絞ると、覚悟の眼差しと共に『がしゃどくろ』へと矢を放ち始めた。
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