♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜

道楽もん

傀儡女編 夢うつつの狭間


 ヒロキは宗近の持つ太刀を改めて眺めながら、ため息混じりに口を開く。

「三日月……そっちの方が、この太刀の呼び名に相応しい気がします。師匠には申し訳ないですけど……五阿弥切りなんて、えらく物騒な気がして……」

 ヒロキの言葉に、宗近はニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる。

「……ヒロキ。この世には名刀と呼ばれる太刀は数あれど、何をもって名刀と呼ばれるか……分かるか? 」

 ヒロキは眉を寄せてしばらく考えた後、自信なさげに答える。

「名刀の条件って事ですよね……綺麗な刃紋、とか……? 」

「それもある。見た目も重要ではあるが、一般的には『曲がらず、折れず、よく切れる』事が必要、となっておる」

 宗近はしばらく三日月宗近の刀身を眺めながら、おもむろに口を開く。

「若い頃のワシは、ひたすら名刀と呼ばれるに足るモノを作る事に必死になっておった……見た目はもちろんのこと、より効率良く人を斬れる太刀を目指して……な」

「……師匠にも、そんな時期が……」

「若気の至り……というやつじゃな。
 丁度その頃、志を同じくする者と『オモイカネ』に出会ったからのう……」

 宗近は目を伏せ、淡々と語り続ける。

「人を見る金属『オモイカネ』……これに選ばれた者は比較的容易に、しかも玉鋼よりも強靭な太刀を創り出す事ができる。ワシと同志は、益々のめり込んで行った」

「……気持ちは、何となく分かります」

「だが、この『三日月』を打ち始めた頃、一つの事件が起こった……ワシの同志が、ありもしない理由により投獄されてしもうた」

 ヒロキは宗近の言葉に眉をひそめる。

「ありもしない理由……? 」

「ワシと共に寝ずに作刀していた同志が、都で辻斬りしておるとな……ワシは一笑に付したが、検非違使けびいしに捕らえられてしもうては、どうしようもない」

 ヒロキは宗近の言葉に驚いた表情を見せる。

「どうしようもないって……師匠と一緒にいる事が、何よりの証拠じゃないですか。ハッキリと証明されれば、解放されたんじゃないですか? 」

「……ヒロキも時々、おもしろい事を言いよる……例えそうだとしても、簡単にはくつがえらん。八逆はちぎゃく相当の罪であれば、尚更じゃ」

 宗近はうっすらと、自嘲じみた笑みを浮かべる。

「何より、この『三日月』の出来は申し分なかった。悪いとは思うたがワシは一人作刀を続け、数ヶ月後にはその出来栄えを披露せねばならなかった……同志の、身体を使っての……」

「……まさか……」

 ヒロキは続く言葉を、すんでの所で呑み込む。

「途方にくれるワシを前に、奴は笑っておった……この見事な『三日月』の斬れ味を、自分の腹で味わう喜びに堪えない……とな」

 そう言うと宗近は、カチンと乾いた音を響かせて『三日月』の刀身を鞘に納める。

「奴なりに、気を遣ってくれたのだろうが……ワシは分からなくなってしもうた。本当に、斬れ味のみを追求しても良いのかと……」

「……師匠……」

「……年寄りは、話が長くなっていかんな……ほれ、コイツを使ってさっさと妖魔を退治してこい」

 宗近の差し出した『三日月』を前に、ヒロキは躊躇する様子を見せる。

「……そんな気持ちのこもった太刀を……簡単には使えません……」

 そんな様子を見せるヒロキに、宗近は『三日月』を強く押し付けながら笑いかける。

「別に人斬りに行くわけではあるまい? 
 言うたであろう? 太刀は想いを繋ぐ存在であると……その為には、世に出て人に振るわれてこそじゃ。押入れの中にしまい込んでいて良いわけではない」

 そう言って宗近は『三日月』から手を離す。ヒロキは落とさぬよう、慌てて受け取る。

「お前だから使わせるのじゃぞ。それに先程も言うたが、これは『貸して』やるんじゃ。必ず、返しに……帰って来るんじゃぞ」

「……はい」

 その目に力を宿したヒロキは『三日月宗近』を手に、工房を飛び出して行く。

 するとその直後、ヒロキと入れ違いでヨシイエとその取り巻き二人が、裏手の入り口より慌ただしく工房に入ってくる。

「オヤジ……師匠、どこにおられるか? 大変な事が……」

「……ここにおるわい。なんじゃ、騒々しい」

 宗近は呆れたような表情で三人を眺める。

「ここにおられましたか、師匠。実は大変な事が起きまして……」

「……妖魔の鳴き声であれば、ここにまで聴こえてきおったぞ。今しがた、ヒロキが討伐に出掛けて行きおったからな」

 あっさりとした表情で話す宗近に、ヨシイエは鼻息荒く詰め寄る。

「そのヒロキの事ですが……アイツは国家転覆を目論む、大変な極悪人ですぞ」

「……なに? 」

 ヨシイエの言葉に、三人に背を向けていた宗近は振り返る。

「都に向かっている……あの巨大な妖魔は、ヒロキがイケニエを殺して呼び出したモノです」

「……自分の妹であるコハルを、イケニエにしようとしておりました」

「私共は、確かにこの目で見て参りました」

 息急き切って口々に話しかけてくる三人を、宗近は険しい表情で眺める。

「……なにを馬鹿な……ヒロキは、先程までワシと共におったのだぞ……」

「……騙されてはなりませぬ。怪しげな術を使うヒロキであれば、師匠をあざむく事などわけないかと……」

不義ふぎ不道ふどう……ひいては、謀叛むほんの大罪まで……」

「このまま放っておけば、八逆総ざらいの大罪人をかくまう事になってしまいます……」

 ひたと正面から目を合わせてくるヨシイエ達三人を眺めた宗近は、額にうっすらと汗を浮かべながら目を伏せる。

「……嫌な予感が……するのぅ……」


 厚い雲により陰りを見せ始める子持月こもちづきの夜。
 けたたましい『がしゃどくろ』の叫び声に、仕事で都の路地を走っていたイザヨイも、驚いた様に覆面の奥から北東の方角を眺める。

「……まさか、またコモチとクサナギが……」

 イザヨイはそうつぶやきながら、急いで東の羅城門から外へ出る。
 丁度その時、北東の方角からふらつく足取りで走りよる人影に、イザヨイは大声で呼びかける。

「……コハル? コハルではないか。何事かあったのか?」

「……イザヨイ……さん……」

 コハルはイザヨイの足元までたどり着くと力尽きた様に崩れ落ち、大きく肩を上下させて荒い息をつく。

「イザヨイさんそっくりの……ヒロキ様が……刀でズブッと……宙に浮いて……」

「何を言いたいのか、さっぱり分からぬ。落ち着いて話してくれ、コハル」

 イザヨイはコハルの肩に手を置き、息が整うのを待つ。しばらくの後、落ち着いた様子を見せたコハルは、目の前で起きた出来事をポツリポツリと話し始める。

「……三日前、トウキチが居なくなった次の日に……一人で探しに行こうとしていた矢先、コモチさんとクサナギさんに拉致されてしまいました」

 コハルの言葉に、イザヨイはビクリと身体を震わせる。

「……クサナギに、うたのか……? 拉致されたとは、どういう事じゃ? 」

「洞窟の中で彼等の話を聴いたところによりますと、先日の『牛鬼』は牛の身体に邪気を集めたものだそうです。私は、その牛の代わりだそうです」

「……人の身を依り代に……我ら傀儡子の力を、よこしまな方法に使いおって……しかしよく無事であったな、コハル」

 コハルはイザヨイに向け力無く微笑む。

「……偶然、工房の人達がいて助けてくれました。中には、クサナギさんをヒロキ様と疑って止まない人もいましたけど……」

「コハルは、見間違えなかったのか? クサナギとヒロキ様の事を……」

「……見間違えるはず、ありません。あんな……人の命を何とも思わない様な、冷たい眼差しの人とヒロキ様は違いますっ」

 コハルはクサナギの視線を思い出したのか、少し身震いする。しかし、すぐにハッとした様にイザヨイの顔を見る。

「ごめんなさい……イザヨイさんの想い人に対して、酷いことを……」

「……構わぬよ。妾もそう思うからの……しかし、コハルが無事であったのなら、あのドクロの化け物は一体……」

『がしゃどくろ』は緩慢な動きながら既に山を降り、平安京の町並みへと向かっていた。そのドクロの腹の部分に、遠目に見ても異質な光を放つモノが輝いている。それを眺めていたイザヨイの頬に、一筋の汗が伝う。

「……まさか……あれは……」

「……イザヨイさん……気をしっかり持って、聴いてください」

 コハルは神妙な顔つきで『がしゃどくろ』に視線が釘付けのイザヨイを眺め見る。

「あれは恐らく……コモチさんです。クサナギさんは、私よりも依り代に向いていると言って、手に持った長い刀で胸をひと突きしていました……」

「……やはり……」

 そう言ったコハルの目には、みるみるうちに涙が溢れてくる。

「ごめんなさい……イザヨイさん。近くにいたのに、私……何も出来なかった……」

 むせび泣くコハルの頭を、イザヨイは優しく抱きしめる。

「妾にそれを伝える為に……よう、気張ったのぅ……コハルこそ、コモチに酷い目にあわされたというに……ありがとう、妾は大丈夫じゃ」

 二、三度コハルの頭を優しく撫でた後、イザヨイは平安京に近づいてくる『がしゃどくろ』を見据え、力強い言葉を吐き出す。

「コハルがここまで頑張ったのじゃ……妾も、逃げてばかりはおれぬ……」

 そう言うとイザヨイは、背中に担いだ木箱に視線を送る。

「……新しい人形の力を試すのに、これ程の相手はおるまいて……」


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