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♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜

道楽もん

傀儡女編 三日月宗近


 真っ白な水干が見る間に赫く染まってゆく。目の前で繰り広げられた惨劇を認識するのに時間がかかったのか、コハルは思い出した様に悲鳴をあげる。

「……ヒャァ……イ……イヤァァァッ……」

 静寂を切り裂く様なコハルの悲鳴に、その場の全員の時が再び動き出す。

「ああ……あいつ……やりやがった……」

「あわわゎ……」

 腰を抜かしてしまった取り巻き二人を尻目に、ヨシイエは口元に笑みを浮かべている。

「やっぱり……俺の考えは、間違っていない……俺は正しいんだっ」

 コハルは必死になってその場を逃げようと、芋虫の様に地面を這ってコモチとクサナギから離れようとしている。

「……クサナギ……様……何故……わたくし……を……」

 コモチは口の端から血を流しながら、目の前の出来事が信じられぬという様子でクサナギに問いかける。
 クサナギはコモチが前に倒れる様に力を加減しながら刀を引き抜く。二、三歩前につんのめる形で、コモチは地面に描かれた図形の中心に身を投げ出す。

「貴様も知っていると思うが、依り代となる存在はその死の瞬間に絶望しているのが望ましい」

 クサナギは地面に描かれた図形から離れる様に後ずさる。

「その絶望感がそのまま誕生した妖魔の力になるからな……故に、より強く生まれる可能性のある依り代を選んだまで……」

 クサナギの言葉がその耳に届いたかわからないが、コモチは苦悶の表情を浮かべて血溜まりの中で動かなくなった。

「……出でよ、『がしゃどくろ』……その身に宿し数々の怨念……晴らして参れ」

 コモチの遺体を中心に、渦を巻く様に強い風が巻き起こる。息を潜めていた森の動物達も、我先にとその場を逃げ出して行く。
 コハルは風に飛ばされてヨシイエ達の元に転がって来る。

「コハル……無事か? 」

「い、今……縄を解いてやる」

「えっ……あっ……工房の……」

 自由を取り戻し、痛みを和らげる様に手首をさするコハルに向かって、ヨシイエは歪んだ笑顔を向け勝ち誇る様な声をかける。

「コハルッ、貴様の兄はとんだ悪党だな。自らの野望の為に俺達や師匠、都の人々をたばかっていたのだからなっ」

 その声に、コハルはむくれて言い返そうとする。

「違いますっ。あの人はヒロキ様じゃありません。あの人は……」

「よく似た別人とでも言うのか? 冗談も休み休み言えっ」

「本当ですっ……」

 言い合いを続けるコハルとヨシイエを他所に、風は勢いを増して行く。やがてコモチの遺体が宙に浮かび上がる様を見た取り巻きの一人が、二人の間に割って入る。

「ヨシイエさんっ、言い合いをしている場合じゃないですよっ……逃げないと。あれっ、あれ……」

 その場の全員が状況を把握するのに時間はかからなかった。ヨシイエ達三人は一目散にその場を逃げ出そうとしたが、コハルは思い出した様にその場に留まる。

「あっ……弓矢。洞窟の中に……」

 コハルは一人洞窟へと引き返し、入口の近くにまとめて立て掛けてあった自分の得物を手に、再び洞窟の外へと出る。
 巻き起こる風の中でも微動だにせず、邪悪な表情を浮かべながら宙に浮かぶ肉塊を見上げるクサナギを目にしたコハルは、何を思ったのか矢をつがえ狙いを定め始める。

「……よくも、コモチさんを……」

「……むう……? 」

 直ぐにその気配を感じたクサナギはチラリとコハルを眺める。宙に浮かぶ肉塊の向こう側にいるクサナギと目があったことで、コハルは更に弦を引き絞ろうとする。

「……クッ……」

 コハルは激しくなびく髪の奥で、悔しそうにギリリッと歯をくいしばると矢を仕舞い、ヨシイエ達の後を追って山を降り始める。

「……フンッ……」

 クサナギは口の端を上げたままつまらなそうに鼻を鳴らすと変異して行く肉塊をその場に残し、樹々の闇に溶け込む様に同化して消えて行った。

 やがてコモチの遺体の表面に、ボコボコと沸騰する様な泡が湧いてくる。泡は徐々に大きさと数を増し、遺体は原型を保っていられなくなって行く。しばらくすると急激に泡が小さくなり、全身の肉がドロリと溶け出して行く。地面に垂れ流れた肉はひどい匂いを放ちながら蒸発し、後には水干姿の骨格のみが浮かんでいる。

「……グゥ……」

 それまでコモチの遺体から吹き出していた風が急激に止み、逆に全てを吸い込むかの様に風と黒い闇が集まりだすと共に、骨は水干を破きながら大きく肥大して行く。
 やがて六丈(約十八メートル)程まで肥大したコモチの頭蓋骨には、眼球が溶けて無くなってしまった空洞の奥に不気味な光が灯り始め、『がしゃどくろ』へと変異したコモチは空気をつんざく様な咆哮をあげる。

「……グワァァァオォォォッ」

 世にも恐ろしい咆哮を背に山を降りるヨシイエ達三人は、やっとの思いで森を抜けると鍛冶町へ向けて全力で走り続けている。

「ヨ……ヨシイエさんっ……あの化け物、ど、どうしましょう? 」

「コハルとも……はぐれてしまったし……」

「ウルサイッ……つべこべ言わず走れっ」

 ヨシイエは取り巻き二人を叱責しながら走り続け、嬉しそうな表情を浮かべている。

「ヒロキ……デカイ顔をしていられるのも、今日限りだっ」

 その三人の後を追い、遅れて森を抜け出て来たコハルは、足が絡んでつんのめりそうになりながらも全力で走り続ける。

「イザヨイさんに……伝えなきゃ……」

 コハルは息を切らせながらも都へと進路を決めると、右手に見える塀に囲まれた平安京へ向けて駆けてゆく。

 『がしゃどくろ』の咆哮は、京都盆地全域に響き渡るかと思われる程遠くまで轟いた。それは鍛冶町で作刀を続けるヒロキと宗近の耳にも届く。

「なんだ? この叫び声は……」

「……取り乱すな、ヒロキ……」

 馬鹿でかい叫び声に驚いて辺りを見回すヒロキを、宗近はたしなめる。

 宗近はほぼ刀の形をした赤い塊をかまどに入れ、ふいごによってかまどの中へと風を送り温度を上げていた。

「焼き入れは刀に命を吹き込む、重要な作業だ……刀の良し悪しはここで決まる。乱れた心は、そのまま刀に表れてしまうぞ」

「……しかし、あれは妖魔の叫び声……ただ事じゃない……」

 宗近はかまどから出し入れしながら、赤い塊の最適な温度を色で判断している様である。

「……例え、工房が壊されようとも……背後から切られようとも、目の前の一振りに集中せい……それが刀鍛冶師の生き様じゃ」

 ヒロキは未だにかまどの火を睨み続ける宗近を眺め見ている。宗近は言葉を続ける。

「今は武器としての斬れ味ばかり追求する様になってしもうたが……刀は本来切るためのモノではない……想いを繋ぐ為のものじゃ」

「想いを……繋ぐ……? 」

 宗近の言葉の意味を計りかねる様に、ヒロキは聞き返す。

「古来より刀は神への捧げ物として納める為に、鍛えておった……作物の豊穣を願い、豊かな生活を送る事の出来るように……な」

 かまどからひと時も目を離さずに宗近は語り続ける。

「ワシらと違い、何百年という年月を越えることの出来る太刀へと込めた想いは、子々孫々……親から子へ、子から孫へ……ひいては我ら人間の未来へと繋げて行く……それが、刀の本来の役割じゃ

「未来へ……想いを、繋いで行く……」

 ヒロキはかまどの火を眺めながら、握った拳に力を込める。

「これは正に、命を賭けるに足る一振りとなろう……行くぞっ」

 赤色より黄色に近くなる程熱され続けた棒状の塊をかまどの中から一息に抜き出し、宗近は細長い水桶に張った水を断つ様に勢いよく水没させる。
 ジュウッという音を立て、水の中で一気に冷めて黒ずんで行く刀を、片時も目を離すことなく睨み続ける宗近。モウモウと立ち込める水蒸気の中で、ヒロキと宗近は刀の行く末を眺め続けている。

「……そろそろ、良いだろう」

 宗近はそう言って水桶から刀を引き抜く。表面には焼刃土やきばつちによる盛り土がなされ、厚みの差によって刀身が見事に反り返っている。

「どうですか? 師匠……」

「ふむ……まぁ……悪くはない」

 宗近の言葉に、ヒロキは少し残念そうな表情を見せる。

「……失敗、ですか? 」

 そんなヒロキに向かって、宗近はニヤリと笑う。

「フフッ……完璧な太刀など、そうはお目にかかれぬわ……割れぬだけまだマシ、というところじゃな」

「……命を賭けたにしては、評価が低すぎないっすか? 」

 呆れた様な表情を見せるヒロキに、宗近は諭す様な声をかける。

「太刀も人と同じよ……完璧な物などこの世に存在せん。だからこそ、生涯を賭けて追い求める価値がある。ワシのこの想いも、数百年後誰かに繋がっているかも、しれぬからのう……」

「……そういうモノっすか……」

「……お前はまだ若い。いずれ分かる時も来よう……さて……」

 話終わると宗近は工房の外を眺め見る。『がしゃどくろ』の咆哮は、徐々に大きくなっている様に聞こえる。

「次はこちらじゃな……」

「この間の『牛鬼』より馬鹿でかい叫び声だな……そういや、得物がねぇや。どうしよう……」

「ふむ……ヒロキ、ついて来なさい」

 おもむろに宗近は立ち上がると、工房の奥にある六畳間へと入って行く。

「……どうしたんですか? 師匠……それは……」

 遅れて六畳間へと入ろうとしたヒロキは、宗近の持つ一振りの太刀に目を奪われる。

「……この太刀は、ワシがまだ若い頃……初めて『オモイカネ』を……奴と、鍛えた時の一振りじゃ……」

 そう言って宗近は鯉口こいくちを切る。ゆっくりと鞘から引き抜かれたその刀身は、紫色の淡い光を帯びており、刃文には雲間から三日月の紋様が並んで浮かび上がっている様に見える。

「……凄く、綺麗だ……師匠、その太刀は……? 」

「銘は無い……ワシは『五阿弥切り』と呼んどるがな……」

 ヒロキは太刀を眺める宗近の顔をジッと見つめる。懐かしむ様な、後悔している様な複雑な表情を浮かべている。

「奴は……三日月……『三日月宗近』と呼んでいた……これを、お前に貸してやろう」


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