♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜
傀儡女編 乙女達の休息1
『牛鬼』との一戦から一夜明けた翌日。
前日にも増して強い陽射しが照りつける中、琵琶湖との境目にある平安京東部の山の麓、鍛冶町の一角にある屋敷に手ぶらのイザヨイが訪ねてくる。
「すまないが、ヒロキ様はおられるか? 」
屋敷で働く使用人の一人を捕まえて、ヒロキの所在を訊ねるイザヨイの姿を見かけたコハルが、トウキチを伴って駆け寄ってくる。
「あっ、イザヨイさん、こんにちは。いつも背負ってる木箱はどうされたんですか? 」
「おぅ……コハル、昨夜は世話になったな」
見知った顔を見かけたせいか、少しだけ嬉しそうな声で話しかけるイザヨイ。
「仕事道具を入れておったのだが、昨夜壊れてしまったからな……新しく作り直さねばならぬ。
ヒロキ様とコハルに一言礼が言いたくて、訪ねて来たのじゃ。ヒロキ様は、おられるか? 」
イザヨイの言葉に、コハルは申し訳なさそうな顔で応える。
「ヒロキ様は『ていれいのほうこく』とかで、お父上に会いに行かれてます。いつ帰ってくるか、わかりません」
「……そうか、留守か……」
布で覆われている為、表情はうかがい知る事は出来ないが、心なしか気落ちした様子を見せるイザヨイ。
そんな彼女に、コハルはある提案を持ちかける。
「……そうだ、イザヨイさん。
ヒロキ様からは今日一日、私とトウキチは自由にして良いと言われているんですけど……良かったら、イザヨイさんも一緒に行きませんか? 」
「……行くって、何処へじゃ? 」
コハルの言葉を計りかねたイザヨイは、あっけにとられた様子で聞き返す。
「……今の季節にぴったりの、良いところですぅ」
コハルは少しイタズラっぽい笑顔で、不安そうなイザヨイの問いに答える。
コハルとイザヨイ、そしてトウキチの二人と一匹は、半刻(約一時間)程かけて東の山中にある、湖へと到着する。
「到着です」
「目的地は湖か? 魚獲りでもするのか? 」
「水浴びするんですよ。……さぁ、イザヨイさんも一緒に」
「……水浴び……じゃと? 」
訝しむイザヨイをよそに、コハルは身につけていた小袖の帯を緩めて脱ぎ始める。
「は……裸になるのか……? 」
躊躇するイザヨイの前でコハルは衣服を脱ぎ捨て、産まれたばかりの姿になると浅瀬に足を踏み入れる。
「きゃあっ……冷たくて気持ちいぃ。おいで、トウキチ。洗ってあげる。イザヨイさんも早くぅ」
戸惑うイザヨイを尻目に、トウキチはタシタシと足音を立てながら湖へと進入して行く。
「コハル、気になっておったのだが、トウキチとやらは妖狐なのか? 昨夜は術らしいものも使っておったが……」
イザヨイの言葉に、コハルは首をかしげる。
「さあ……? でも、他の動物より断然頭が良いので、もしかするとそうかもしれないですねぇ」
「知らずに使役しとるのか? 妖狐と言えば、我等傀儡子でさえおいそれとは使役できぬほど、位の高い神の化身じゃぞ」
トウキチの体をゴシゴシと洗うコハルは、少しの間考えるそぶりを見せる。
「そうなんですか? あまり、深く考えた事ないですけど……ああ、だから強いんですかねぇ……きゃあっ」
突然トウキチがコハルに水がかかるように暴れ始める。
「……やったなぁ。待てっトウキチ」
イザヨイは暫くの間、水の中で楽しそうにはしゃぐコハルとトウキチを眺めていた。
「……水浴びなど、貴族ですら行う者はおらぬというに……此奴らには、敵わぬな……」
ポツリとつぶやいたイザヨイは、身につけていた直垂の帯を緩め始める。
「……やっと来たんですね、イザヨイさん。指がシワシワになる所でしたよ……わぁ、キレイな身体してますねぇ……」
「……あまり、ジロジロ見るでなぃ……」
イザヨイは顔を覆う布はそのままに、少し恥ずかしそうな態度を取りつつも豊かな胸を揺らして、水の中へと進入してくる。
「……その布は、取らないんですか? 」
素肌を晒してもなお、頑なに外そうとしないイザヨイの覆面を、コハルは不思議そうに眺める。
「……醜いモノは、人前に晒すべきではないからのぅ……」
少し寂しそうな声で、イザヨイは答える。
「お顔見せて下さいよぅ。腹を割ってお話し出来ないじゃないですかぁ」
「……なんじゃ、話がしたかったのか」
イザヨイはようやく納得した様に一つ息を吐くと、身体の力を抜いて水に身を任せる。
「何もワザワザこんな事せんでも……まぁ、気持ちいいがのぅ……」
「ヒロキ様曰く、『裸の付き合いをすれば、仲良くなれる』そうです。……でも、ヒロキ様が同じ様に誘ってきたら気をつけて下さいね、イザヨイさん」
コハルは漂うイザヨイの元に近づくと、声をひそめる。
「なんじゃ? 」
「ヒロキ様は変な目で胸ばかり見てくるので……あれは、何か良からぬことを考えてる目ですよ」
深刻そうな表情でのたまうコハルを見たイザヨイは、フフッと声をあげて笑う。
「何を言うかと思えば……ヒロキ様はお主の兄君であろうに……」
再び、木漏れ日の差す天を仰ぐイザヨイに向けて、コハルは一瞬だけ躊躇してから話し始める。
「……イザヨイさんには本当の事言いますけど、ヒロキ様とは本当の兄妹では無いんです」
「何? 」
イザヨイは身体を起こして聞き返す。
「私は、ここから遠く離れた村からイケニエに出された処を、ヒロキ様に助けていただいたのです」
コハルは当時を思い出しているのか、少し暗い表情で話し続ける。
「ヒロキ様にはやるべき事が……救わなければならない命があるそうです。私は、そのお手伝いをさせてもらっているので便宜上、妹を名乗っているのです」
「なんと……そうであったか……」
イザヨイは深刻そうな声色で、コハルの話に相槌を打つ。
「……まぁ、妹って言い出したのはヒロキ様なんですけどねっ」
明らかに不服そうな表情のコハルに向かって、イザヨイは複雑そうに声をかける。
「……コハルは、ヒロキ様を好いておるのか……? 」
「なっ……なんでっ……」
驚いた様な表情でイザヨイを見つめるコハル。
「なんじゃ……わからぬとでも思っていたのか? コハルの話し方では、そうとしか受け取れぬわ」
イザヨイの言葉に、コハルは顔を真っ赤にして硬直する。
「ヒ……ヒロキ様には、言わないでくださいねっ」
顔を赤くしながらイザヨイの肩を掴んで必死に懇願するコハルから逃れ、イザヨイは再び楽しそうに水に身を委ねる。
「さぁて……どうしようかのぅ……」
「ズルい……今度は、イザヨイさんの事を教えて下さいよぅ……」
心なしか愉しげにたゆたいながら、イザヨイはポツリとつぶやく。
「『裸の付き合い』か……この様な楽しい会話をしたのは、何時ぶりか……」
「……イザヨイさん……? 」
おもむろに身体を起こしたイザヨイは長い髪をかきあげ、後頭部にある覆面の結び目に手をかける。
「心の内をさらけ出してくれたコハルに対して、いつまでも顔を隠しとくのは失礼じゃしな……だが、あまりに酷いと、目を背けんでくれよ……」
イザヨイはわずかに震える指で結び目をほどき、コハルの前に素顔をさらけ出す。彼女の顔を見たコハルは、わずかに息を呑む。
「イザヨイさん……その傷は……」
額から鼻筋にかけて白く光る、痛々しい刃物傷をつけたイザヨイの姿が、そこにはあった。
彼女はあろうことか、ミキそっくりの顔をしていた。
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山椒魚
まじか…!