♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜
傀儡女編 不穏な気配
挑発する様なイザヨイの言葉にもヒロキは動じず、羨望の眼差しを送り続ける。
「イザヨイさん凄えな。正直、正面から戦りあいたいとは思わないね。
はぁ……イザヨイさんと組みたいなぁ」
無意識につぶやいたヒロキの一言に動揺したのか、尻込みした様に後ずさるイザヨイ。
「な……何を言うておる、ヒロキ様……醜女ゆえ、顔を出せぬ様な妾と組むなどと……忌み嫌われるだけじゃ……」
「強いんだもの、そんな事関係ないでしょ。大量の妖魔を一網打尽にできたら、すごく仕事が楽になるだろうなぁ……」
かぶりを振りながらポツリと漏らすヒロキ。そんな彼等の元に、壁に貼り付けた札を回収し終えたコモチが合流する。
「それができるのも、この私めの結界術があってこそ……ですわよ。組むならば、是非私めと……」
コモチは腰まで届く、ツヤのある長い黒髪をなびかせながら、自身の腕をヒロキの腕に絡めて擦り寄って来る。
コモチの能面の様な顔立ちに下膨れた頬は、食糧の乏しいこの時代に似つかわしくない……ふくよかな体型を想像させるが、水干から覗く首や手首は明らかに痩せ細って見える。
「これ、コモチ……殿方の腕を取るなど……恥知らずな」
「……どっちが……? 」
コモチは細い目を更に細め、イザヨイに見せびらかす様にヒロキに密着する。
「お優しいヒロキ様の事ですもの……貴女が視界に入れば、否が応でもお世辞を言わざるをえない事くらい……お分かりでしょう? 」
コモチの言葉にイザヨイは布で覆われた顔をうつむかせ、ヒロキとコモチに背を向ける。
「そんな事……分かっておる……」
「お世辞じゃないよ、イザヨイさん。
……それにコモチさん、くっつき過ぎ……香の匂いが……ちょっと強い……」
ヒロキはコモチの身体から立ち昇る、むせかえる様な香の匂いに辟易とした表情を見せる。
「貴族様にお会いする事が多いもので、キチンとした身だしなみは常識ですわよ。でも、ヒロキ様がおられると分かっていたら……もっと、特別な香を焚いてきたのですけれども……」
「いや……もう、充分……ハハッ……」
ヒロキは精一杯の苦笑いをコモチに向ける。
そんな彼を取り巻く状況を見たコハルは、口を尖らせながらヒロキに食ってかかる。
「……すいませんね、簡単な仕事も大変にしてしまう子供みたいな相棒で。イザヨイさんでもコモチさんでも、お好きな方と組んだらいいんじゃないですか? ヒロキ様」
急に口を挟んだコハルに、コモチはあからさまに驚いた様な表情を見せる。
「……あら……いらしたんですか? 目に映りませんでしたわ」
「そんなわけ無いでしょうがっ。さっきまで、普通に会話してたクセに……ワザとらしい……」
「気になる方のお側にいる時は、その方しか目に入らなくなるもので……申し訳ありません……」
「なっ……なにおぅっ……」
ヒロキにしなだれかかりながら話すコモチを見て、コハルは頰を膨らませる。
「でも……一つ屋根の下で、寝起きから共に暮らすことのできる……貴女の事は、とてもうらめしく思っていますわ……ヒロキ様の妹君……」
笑顔で話すコモチの言葉とは裏腹に、彼女の眼は笑ってる様には見えなかった。
度重なる魑魅魍魎の襲撃に加え、疫病や飢饉などによって美しかった京の町並みはすっかり変わり果ててしまっている。
そんな平安京の東側の塀の外、琵琶湖との境界を走る山の麓には、一般的な農民の暮らす物とは別格の大きさを誇る竪穴式住居が建ち並んでいる。『鍛冶町』と呼ばれるその場所に向かうヒロキとコハルは、ガックリと肩を落としながら歩いている。
「……結局、コモチさん達に全報酬持っていかれちまった……いろんな意味で疲れたな、コハル……」
肩を落としトボトボとぼやきながら歩くヒロキは、返事が無い事を不思議に思ったのか、後ろを歩いているはずの妹を振り返る。
「……コハル……? 」
見るとそこには、ヒロキと目を合わせない様にソッポを向きながら歩いているコハルがいた。
「返事しろよ、コハル……何、そんなにむくれてるんだよ」
ヒロキからの問いかけに、コハルはリスの様に頬を膨らませる。
「……むくれてなんか、いません」
「むくれてるじゃねぇか……何がそんなに気に入らないんだよ。何かあるなら、俺の方を向いてハッキリ言ってくれ」
ヒロキはそう言うと立ち止まり、腰に手を当ててコハルの前に立ちはだかる。その態度にいら立ちをみせたコハルは、ヒロキに食ってかかる。
「……何が気に喰わないって言うとですね」
「……やっぱりあるのかよ……何だよ」
呆れたような表情で、言葉を促すヒロキ。
「……私がヒロキ様の妹だって事ですよ。会う人全てに軽々しくそう紹介しちゃうから、私はずぅっと妹のまんまになってしまったじゃないですか」
コハルのその言葉に、ヒロキは面倒くさそうに頭をかく。
「……仕方ないだろう? 会う人全てに『コハルはイケニエにされそうな所を助けた、赤の他人なんです』なんて、説明する気かよ。妹が嫌なら、なんて言えば良かったんだ? 」
「それは……」
ヒロキの言葉に言いよどむコハル。しばらく考え込むと唇を尖らせて頬を赤らめ、目を逸らしながらつぶやく。
「……妹で……いいです」
「なんじゃ、そりゃ」
押し黙ってしまったコハルの様子を見てヒロキは呆れた様な表情をみせるも、強引に彼女の手を取り歩き出す。
「……あっ」
「……もう、とっくに日が暮れているんだ。ぼぅっとしてると、化け物共の餌食になっちまう……帰るぞ、コハル」
「……はい」
うつむきながら手を引かれて歩くコハルの足取りは、心なしか軽く弾んでいる様に見えた。
霞みがかった月の照らす暗い夜道。
ヒロキとコハルの二人は、鍛冶町の中でも一際広い敷地を有する家の門をくぐり抜ける。
「……すっかり遅くなってしまったな……皆んな寝ちゃっただろうから、静かに寝床に戻るぞ、コハル」
「……わかりました」
二人は静かに庭を抜け、長屋のような建物に入ろうとしたその時、向かいの建屋の玄関から何者かに声をかけられる。
「……ずいぶん遅くまで、ご苦労さん」
その声にヒロキとコハルは身体が跳ね上がるほど驚き、暗闇の中目を凝らして声の主を確認する。
「……ヨシイエさん」
「……ぅわ」
ヨシイエと呼ばれた人物はヒロキと同じような直垂姿で、玄関口の柱に寄りかかりながら半眼でヒロキ達を見つめている。コハルは彼の姿を見ると、急いでヒロキの背後に隠れる。
「……魑魅魍魎退治に刀剣造り……親父のお気に入りだけあるな、恐れ入る」
「……そんな事は……」
ヨシイエの言動にヒロキは困ったような表情を見せる。すると、それまで皮肉な笑いを浮かべていたヨシイエの顔つきが変わる。
「……『オモイカネ』を扱えるのが自分だけだからって、調子に乗って好き勝手やってるんじゃないぞ、ヒロキ。
親父の跡を継ぐ資格がある者は、俺一人だと言うことを……いずれ、わからせてやるからな……」
ヨシイエは青白い表情でそれだけ言うと、長屋の自分の部屋へと戻っていく。彼の姿が完全に見えなくなると、コハルは押し殺した声でヒロキに話しかける。
「……イヤミしか言わない、嫌なヤツ。ヒロキ様、あんな奴に言いたい事言わせてて良いんですか? 」
「……仕方ないよ、彼の家に居候させてもらっているんだから」
ヒロキは疲れたような表情で、苦笑いしながら答える。
「俺達の目的を達成するまで……ミキの病気の原因を特定するまでは、ここを……三条宗近師匠の工房を、拠点として活動した方が都合が良いからね」
「……私はあの人を相手にするなら、怨霊だけ相手にしてる方がずっと気楽ですね……」
コハルはヒロキ以上に疲れた顔でぼやく。
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