♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜
傀儡女編 イザヨイとの出会い
東方に琵琶湖を臨む、三方を山で囲われた自然の恵み溢れる京都盆地。その広大な平地部を流れる二つの河、桂川と鴨川に挟まれた政治の中心地、平安京。
整然と区画整備された美しい都の姿は、この地へと還都された後約二百年の年月を経て、無残にも変わり果てていた。
都の象徴とも言える南の大門・羅城門は二度、建て直しを図るも現在は潰れたままになっており、幾度となく襲ってくる天災は人々から笑顔と食料を奪って行く。
そんな時代の山中で出会ったヒロキとコハル。二人の出会いから、約一年が経とうとしていた。
薄暗くなりかけた黄昏時。
暮れなずむ京の都で人々は我先にと自宅の門をくぐって行く中、実体を持たない暗い影の様なモノが、幅広くとられた路上を這うように通り抜けて行く。その後を追う様に、悪態をつきながら駆け抜ける者の姿が見える。
「クソッ、動きが速いな……早くケリをつけないと、日が暮れちまう」
袖口の広い上衣と袴の様な下衣に別れた、この時代でよく見かける衣装、直垂を身に付け、太刀を腰に携えたヒロキである。
「コハルッ、そっち行ったぞ」
動きやすいように袴の膝下をヒモで結わえていたが、草履に慣れていないのかヒロキと暗い影の様なモノの間隔は開き続けている。それでも追いかけ続けるヒロキは、街路の先で待ち構える様に立つコハルに向かって叫ぶ。
「了解ですっ」
膝丈くらいの浴衣に似た衣装、小袖に身を包んだコハルは、裾をひるがえしながら街路の交じる十字路を背に身構える。その手には、紫色に妖しく光る小刀が握られていた。
「ここまで追い詰めるのに数日かかりましたけど、それも今日で終わりです。縊鬼、観念なさいっ」
縊鬼と呼ばれた暗い影の様なモノは、コハルの持つ小刀にひるむ様子を見せる。動きの止まったそれに向かい、コハルは腰まである長い黒髪をたなびかせ走る。
「くらえっ」
コハルは逆手に持った小刀で斬りつけようとしたが、縊鬼はヒラリと身をかわす。
「このっ、当たれっ」
その後も数回にわたり斬りつけたが、縊鬼はあざ笑うかの様にかわし続ける。
現場に遅れて到着したヒロキは、焦った様な表情でコハルに向かって叫ぶ。
「逆手に持って振り回すなって、何回言ったら分かるんだ? どけっ、コハルっ」
ヒロキはコハルが離れた一瞬の隙を突き、抜刀しながら縊鬼に斬りかかったが、紫色の軌跡を描きながら振り下ろされた太刀は妖魔を捉えること叶わず。
すんでのところで逃げ延びた妖魔は二人の背後にある十字路へ向けて、慌ただしく飛んで行く。
「だから言ったろうが。小刀を逆手で扱うのは難しいんだって……普通に振れっ、普通に……」
「……だって……見た目がカッコいいじゃないですか、ホラッ」
苦い顔で文句を言うヒロキに向かって、目線の位置まで逆手に持った小刀を上げながら、ポーズを決める様に構えるコハル。
その様子を見たヒロキは、大きく肩を落としてため息をつく。
「……子供か、お前は……いや、子供だったな……えぇい、紛らわしいっ。
コハルの方が足速いんだから、早く追いかけろっ」
「むぅっ……人使いが荒いんだから、もう」
コハルは口を尖らせながら、再び縊鬼を追いかける。ヒロキは頭をガシガシとかきながら、一人ごちる。
「くそぅ……忍者の話なんか、しなけりゃ良かった……」
縊鬼は人の形を成していないが、慌てふためきながら逃げる様子がかろうじて分かる。朱雀大路に抜ける街路を低空飛行で蛇行しながら十字路に差し掛かる。
「あぁん、また逃がしちゃうぅ……待てっ」
コハルは後悔をにじませた表情で縊鬼を追いかける。
「あらあら、お嬢さん……危ないですわよ」
突然、何者かがコハルに向かって声をかける。ヒロキはその声に心当たりがあるのか、慌てた様にコハルを引き留める。
「……コハルッ、止まれっ。そっち行くなっ」
「……えっ? 」
直後、十字路の四隅の壁が妖しく光り始める。壁には札が貼り付けられており、十字路を通り抜けようとした縊鬼とこれから十字路に侵入しようとしたコハルはそろって、まるで見えない壁に遮られる様にその場に留まってしまう。
「痛だっ……なんでずが、ごれ……」
見えない壁に遮られたコハルは、顔をしたたか打ち付けた様子で、涙目で鼻を押さえながらヒロキに尋ねる。
「……ここまで誘い込んでくれた事、礼を言いますわ。ヒロキ様……」
十字路の向こう側には、白い水干に烏帽子を身に付けた人物が立っている。本来、水干を身に付ける者は主に男性であるが、その人物は姿形と声色から女性の様に見える。
「……やっぱりアンタか、コモチさん……」
ヒロキは太刀を鞘に収めながら、軽くため息をつく。
「まさかこの依頼に、あんたらも関わっているとはな。しかも、縊鬼は一匹じゃない様だし……」
よく見ると街路の交わる十字路は、塀の角を四隅として透明な壁の様なもので四角く封鎖されており、その中には先程までヒロキ達が追っていた一匹も含め、おびただしい数の縊鬼が閉じ込められていた。
「……どうやら、お困りの貴族様はお一方ではなかった様でして……我等傀儡子も、総出で退治に出向いたのですわ。
それに、愛しいヒロキ様にお会い出来る事を楽しみにしておりましたので……」
「……よく言うぜ。 結局、報酬は丸ごと持っていくつもりなんだろ」
「そんなぁ……今日こそ、美味しいご飯にありつけるかと思ったのにぃ……」
ガックリと肩を落として落胆する様子のコハルに向かいコモチと呼ばれた女性は、腰まで届く長い髪を揺らして下ぶくれた能面のような顔でニヤリと笑う。
「あら……それは残念でしたわね。
縊鬼に取り憑かれた人は、無意識に自殺衝動に駆られてしまいますから……私共に依頼された貴族様は、一刻も早い解決を望まれていましたわ」
「……俺らがもたついてたから、仕方ないってか……」
「むぅ〜」
コハルは面白くなさげにむくれていたが、ふと何かに気づいたようにコモチに話しかける。
「……けど、これじゃ縊鬼を閉じ込めただけで、貴女達も退治出来ないじゃない。どうするの? 」
「……案ずるな」
忽然とヒロキ達の背後から、木彫りの人形を携えた覆面の人物が現れ、二人は驚いた様にその場を飛び退く。
「おわぁっ……イザヨイさん、いつの間に……」
イザヨイと呼ばれた人物は、ヒロキと同じような直垂姿に烏帽子をかぶっている。声色と胸の部分が大きく膨らんでいる事から女性のようであるが、その顔は布で覆われ表情はうかがい知ることはできない。
「……この、特殊な術を施した人形であれば、結界を自由に出入りする事が出来るのじゃ……このようになっ」
そう言うや否や、イザヨイは大きく両手を広げる。すると、一尺(三十センチメートル)程の大きさの人形が、まるで息を吹き込まれたかのように動き出し、コハルに向かって駆け出して行く。
「ちょっ……何? キャァ……」
人形はコハルの傍を物凄い速さで駆け抜け、あっという間に十字路の中心まで移動する。結界の様なものの内部でたむろする無数の縊鬼の群は、慌てた様に身を翻えし始める。
「……フンっ」
イザヨイの両手の全ての指には、髪の毛のような細い糸が巻きつけられている。彼女はそれを握り込み、頭上から一気に引き下げる。
「……行けっ」
すると、その動きに呼応するかの様に人形は急激に向きを変え、縊鬼を追いかける。
「……すごい……」
「……なんて技術だ……」
呆気にとられたヒロキとコハルの二人を尻目に、イザヨイは両手指から伸びる糸で人形を巧みに操り、縊鬼の群れを細切れにする。やがて黒い煙の様なものを上げて、次々と霧散して行く。
「……ヒロキ様は、剣の腕なら一流かと思うが……こと、結界の中で勝負したとなれば、どうなりますかのぅ」
羨望の眼差しを向けるヒロキ達を振り返り、イザヨイは表情の分からぬ布の奥で、そう得意げに言い放つ。
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