♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜

道楽もん

旅立ち、前夜

 
 空には煌々こうこうと輝く満月。
 人工的な灯りに邪魔される事のない山々は、月の光を浴び風に吹かれて、心なしか愉しげに踊っているように見える。

 見渡す限り自然が溢れる山並みの中腹、鬱蒼うっそうとしげる樹木の中にポッカリと空いた広場の中央。そこには満月に照らされたドーム型の、鈍く光りを放つ無機質な建物が見える。

「……親父の話が本当なら、ここは一千年前の日本なのか……確かに、空気が澄んでる気がする……月の光も明るいんじゃないか? 」

 『時の交差する部屋』から出て来たヒロキは、警戒する様に周りを見渡す。
 ヒロキは山を降りる道を探しているのか、建物の周りに生い茂る腰の高さまであるやぶを掻き分けながら、暗い影を落とす樹々の側まで近づいていく。

「……さすがに、この山の中で一人きりは心細いな……そうだ」

 周りにある茂みを探し回るヒロキ。そこで、手頃な長さの木の枝を見つけ、手に取る。

「山賊とかに出会ってしまったら、武器が無いと太刀打ちできないからな」

 木刀替わりの枝を手に、開けた広場のような場所から、樹々の生い茂る森に差し掛かった時、小さな悲鳴のような声にヒロキは身体を硬直させる。

「誰だ? 早速お出ましか? 」

 ヒロキは真っ暗な森の中を目を凝らして警戒していると、突然白い小さな塊が飛び出してくる。

「なんだっ……? 」

 白い小さな塊は裾をはためかせながら藪を掻き分け、ヒロキに向かって真っ直ぐ向かっていく。

「あれは……子供? 」

「あ……う……」

 白い布をまとった子供は、ヒロキの姿に気がついた様に立ち止まると、青ざめた顔のまま立ち尽くす。

「こんな夜に一人でどうしたんだ? 何かに追われているのか?」

 ヒロキは優しい口調で話しかけようとしたが、子供は更に身体を縮こませながら青白い顔のままその場を動こうとしない。
 すると突然、その子供の背後の薮から小さな影が二つ飛び出してくる。

「……なんだ? あれは……」

 ヒロキの声に子供は慌てた様子で背後を振り返る。ヒロキと白い布をまとった子供の目の前に、全身真っ黒の子供の様な影が現れる。

「ギギッ、エモノがフエタゾ」

「ハラヘッタ……」

「なんだ、コイツら……」

 よく見るとそこには、全身が紫色に変色した子供の様な生き物が二体、ヨダレをたらしながら立ちはだかっていた。
 まるで栄養失調の子供の様に、全身あばらが浮く程痩せ細っているが腹だけ異様に膨れており、感情を映さぬ両のまなこは異様な光を放っている。

「イタダキマス……」

「何っ……うわっ」

 ジリジリと数歩後ずさっていた白い布の子供が、怯える様に目をつぶってしゃがみこむと同時に、得体の知れない生物が突然ヒロキ達に向かって飛び掛かる。
 不意を突かれた様に一瞬たじろいだヒロキだったが、反射的にしゃがんだ子供を庇う様に一歩踏み込むと、持っていた木刀替わりの木の枝を力一杯薙ぎ払う。

「グギャッ」

 運悪く木の枝が当たった一匹は、全身から煙を上げて文字通り霧散してしまう。

「やった……痛えっ」

 しかし、もう一匹はしつこくまとわり付くと、一瞬の隙をついてヒロキの腕にかじりつく。

「こんのっ……」

 木刀替わりに握っていた木の枝の柄頭つかがしらにあたる部分を、ヒロキは渾身の力で得体の知れない生物に叩きつける。

「グゥッ……」

 得体の知れない生物は顔を歪めて後ずさる。その様子を見たヒロキは、足元で震えながらしゃがみ続ける子供に向かって、力強く言葉をかける。

「早く逃げろっ」

 白い布をまとった子供は青ざめた表情のままうなずくと、広場の中央に位置する建物へ向かう様に走り始める。
 ヒロキは振りかぶる様に木の枝を構えると、ひるんだ様に後ずさる生物との間合いを一気に詰める。

「コイツで最後だっ……消えろっ」

 ヒロキは勢いよく掛け声をかけ、得体の知れない生物の脳天に木の枝を打ち下ろす。木の枝はまるで紙を裂く様に、相手の身体を通り抜ける。

「……なにっ……」

 あまりにも手応えが無かったのか、ヒロキは一瞬戸惑いの表情を見せたが、目の前の生物は先程の個体よろしく霧散してしまう。

「なんなんだ、コイツら……気配がほとんど感じられない。人間じゃないのは確かだけど……」

 しばらくその場で息を整えたヒロキは、何かを思い出した様に辺りを見回す。そう遠くない場所で両手を握りしめた格好で、ヒロキを見守る様に立ち尽くす子供に目を向けると、ホッとした様な息を吐く。

「あの子は……無事みたいだな」

 ヒロキはゆっくりと子供に近づいていく。子供は未だに警戒の眼差しをヒロキに向けている。

「……余程、怖い思いをしたんだろうな……もう、大丈夫だ」

 フッと微笑み、子供の頭を優しく撫でながら話しかけるヒロキ。初めは身体を強張らせていた子供も、徐々に緊張を解いてゆく。

「……年齢は、五歳位かな? ははっ、良い子だ。あっ……痛ててて……」

 得体の知れない生物に噛み付かれた左腕に手を添え、痛みに顔をゆがめたヒロキを見て、子供はまとっていた麻布を眺め始める。布の綻びを見つけだし、そこから裂いて細長い布を作り出すと、それを包帯替わりにヒロキの腕に巻きつけてゆく。

「……手当てしてくれたのか? ありがとう、優しいな」

 そう言ってヒロキが子供の頭を撫でると、子供は嬉しそうにはにかむ。

「しかし、参ったな……この子をこのまま、放って置くわけにいかないし……」

 子供の扱いに困った様に腕組みをして考え込むヒロキは、何かを思い立った様に建物に向かって子供を連れて行く。
 ヒロキの腰の高さ位の身長の子供は、目線と同じくらいの高さのある藪を掻き分けながら、必死になってついて行く。やがて二人は建物に到着すると、ヒロキは子供の頭を撫でながら優しい口調で話しかける。

「ちょっと待ってな、何か食べ物がないか聞いてみるから。
……えぇっと……確か……」

 ヒロキはドクターウーマから聞いたばかりの方法でぎこちなくトビラを開け、二人は建物の中へと入る。室内の灯りに照らされた短髪の子供は、震える身体を止める様に麻布を身体に巻きつけ、ヒロキのシャツの裾をキュッと握りしめながら大人しくついてくる。

「親父、聞こえたら返事してくれ」

 ドクターウーマとの明確な通信手段を知らないのか、ヒロキは部屋の中央で天井に向かって大声で呼びかける。だが、何回か呼び掛けるも返事はない。

「どうしたんだ……? サポートするとか言っといて、トイレかな……勝手に探しちゃうぞ」

 ヒロキの真似をする様に天井を見上げ続ける子供をその場に残し、ヒロキは小部屋へと向かい中を覗く。しばらく室内を物色しているうちに、抑揚の無い声が部屋の壁全体から聞こえてくる。

「……どうした? ヒロキ。もう戻って来たのかい? 」

 突然の大音量で聞こえてくる姿なき声に女の子は飛び跳ねる様に驚くと、身にまとった麻布がはだける事もいとわずヒロキの側に駆け寄る。小部屋にいたヒロキもドクターウーマの声が聞こえた様で、広間へと戻ろうとした所で駆け寄ってきた女の子を抱きとめる。

「大丈夫、怖くないよ」

 ヒロキは、震える身体を密着させる様にしがみつく女の子の肩に手を添え、腹の辺りに埋めてきた頭を優しく撫でながら天井に向かって話しかける。

「山の中で小さな迷子に出会っちゃってさ……怖くて震えてるみたいだから、安心させる為にも腹ごなしさせようかと思って……」

 ヒロキの言葉を最後まで聴かずに、ドクターウーマは大きなため息で遮る。

「ヒロキ……私の言っていることがよくわかっていなかったようだね。この部屋は時間の流れが違うと言っただろう?  
 その迷子の姿を、もう一度よく見てみるがいいさ」

「……えっ? 」

 ドクターウーマの言葉の真意を測りかねる様に、天井を見上げたまま眉をひそめるヒロキ。だが、女の子の肩に置いた手の位置に違和感を感じたのか、長い髪の掛かった華奢な肩から腕にかけて、さする様に二、三度上下させる。

「あれ……? 」

 驚きの声を上げたヒロキがふと目線を下げると、唇が触れそうなほど近寄っている十五、六歳の少女と目が合う。
 一糸まとわぬ姿のその少女は、背中まである長い黒髪を揺らし豊満な胸を押し付ける様にしがみつきながら、透き通る様な美しい瞳を固まるヒロキに向けている。

「あっ、柔らけぇ……じゃない、君は誰? あの子供は、何処に行ったんだ? 」

 混乱する様に叫ぶヒロキに、ドクターウーマは呆れたような声をかける。

「出かける前に言ったろう……この部屋は凄まじい速さで時が流れていると。
 ガラケーに生体情報をインプットしてあるヒロキは影響ないけれど、過去の世界の住人であるその子供はモロに影響を受ける」

 淡々とした抑揚の無い声で話すドクターウーマ。

「とんでもない速さで成長する事になるだろう。具体的に言うなら、出逢った時が子供だったのならもう大人になって、今も成長し続けているのではないかね? 」

「えっ……じゃあ、キミが迷子の子供……」

 ヒロキは驚いた表情で、自分の身体から引き離した少女を眺める。あどけない顔をした少女は彼の目の前で、恐ろしい早さで成長していく。

 たわわな胸は更に膨らみを増し、見る間に女性らしい身体つきになってゆく。背中の長さまであった美しい黒髪も、更に十数センチ伸びて正に腰に届かんとしている。

「うわっ本当だ。どうしよう……」

「何してるヒロキ、部屋から出すんだ。急いで」

 ドクターウーマの言葉に弾けるように女性を抱きかかえ、部屋の外へと飛び出すヒロキ。
 呆気にとられた様な表情でヒロキを見上げ続ける女性を、建物の玄関先にあたる階段に座らせると、ヒロキは自分の着ていた厚手の長袖シャツを彼女に羽織らせ、引きつった笑顔で頭を撫でる。

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