♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜
非日常への転移
本や映画の中では、割とポピュラーなシロモノであるタイムマシン。だが、実際に存在するかの様な物言いに、ヒロキは戸惑いを隠せない。
「……それ、本気で言ってるのか? 」
「……人が一人死にかけているこの状況で、冗談を言う気概は私にはないねぇ……。
まぁ、体験してみれば納得するさ……そうそう、これを君に渡しておこう」
そう言うとドクターウーマは自分の懐をまさぐり、小さな機械を取り出すとヒロキに向かって差し出す。
「何? これは……ガラケー? 」
「……それの使い方を含めて、君には出発の前に色々と教えておかなきゃならない事がある。まぁ、最低限のルールだね」
ヒロキは受け取ったガラケーを呆けた様に眺めると、ガックリと肩を落とす。
「……携帯持ってるんなら、ちゃんと言ってくれよ……今までの俺の苦労は一体……」
「残念ながらそれは、君達の持つ携帯電話に似せて作った物で、中身は別物だよ。カムフラージュという奴だね。
時間旅行をする際に必要な特別製で、普通のスマホなどとは通信する事が出来ないようになっている」
「カムフラージュ……? 何でそんな事する必要があるんだ? 」
ヒロキはドクターウーマに向けて、疑惑の眼差しを向ける。
「……タイムマシンといい……親父は……いや、ドクターウーマ。あんた、一体何者なんだ? 」
「……おやおや。ついには父親とも呼んでくれなくなってしまったか……寂しいねぇ」
気落ちする様な大げさなジェスチャーをしながらも、目深に被ったフードの奥からは寂しさの感じられない言葉を発する、ドクターウーマ。
「だからこそ、詳しいことはミキさんを救った後にして欲しかったのさ。いくら私を疑っても構わないが、ミキさんを救う手立てを持つのは、現状では私を置いて他にいない」
「……わかってるよ。もう、言わねぇ」
「……悪いようにはしないさ。
ついでに言うと、君が持っているであろう携帯電話は過去の世界では役に立たないから、置いていった方がいい」
ドクターウーマはそう言うと、小部屋へと歩きながら話を続ける。
「では……ガラケーの説明をしよう。
それには現在の君のあらゆる情報を記録している。それこそ細胞レベルでね」
小部屋の前にたどり着いたドクターウーマはヒロキを振り返り、フードの奥から彼をジッと見据えて言葉を続ける。
「時間の流れを、川に例えればわかりやすいだろう……渡るには、相当な激流を越えなくちゃならない。
気を抜けば君の記憶のみならず、存在まで流される事にもなりかねない」
ドクターウーマの声の圧力に、ヒロキは思わず生唾を飲み込む。
「……そのガラケーは、川底深く打ち込まれた杭の様な役割を果たす……それを持つ限り、君は君のままで居られるはずだよ。決して、失くさないようにね」
「……分かった」
ドクターウーマは小部屋へと入ると扉を閉める。窓の向こうで何かの操作を行なっている様子が見て取れる。しばらくすると、もう一つの頑丈そうなトビラのロックが音を立てて外れ、上方向へとスライドしていく。
「……それじゃあミキ、行ってきます。必ず、助けるからな」
ヒロキは、苦しそうに眠るミキの枕元に自分のスマホを置きながら小さくつぶやくと、彼女に背を向けてトビラに近づき、中をのぞく。
「……ここに、入ればいいのか? 」
トビラの向こう側には、上も下も分からないほどの漆黒の闇が、ただあった。ただの暗い部屋だとでも思ったのか、ヒロキはその闇の中へと無造作に足を踏み入れる。
「なんだ、ここ。真っ暗で何も見えないじゃないか。灯りのスイッチはどこにあるんだ? 親父」
小部屋の窓からその様子を見たドクターウーマは、焦った様子で部屋から出てくる。
「何してる、ヒロキ。説明はまだ……」
ドクターウーマが何事か伝えようとする間も無くトビラは静かに閉まって行く。
ヒロキ側から見たトビラは完全に塞がると周りの闇と同化して跡形も無くなってしまう。
「……おい、閉じ込められたぞ。どうなって……おわっ、なんだ? 」
扉が閉まると同時に、ヒロキに向かって発していたドクターウーマの声が、とんでもなくデカい音量で部屋中に反響したかと思うと、ドップラー効果のごとくものすごいスピードで遙か彼方へと遠ざかって行くような不思議な現象が瞬く間に起こる。
ヒロキは不思議な感覚に陥ってしまったかの様に混乱した表情を見せる。
「何だ……? 何処かに流されてるのか? これ……クソっ、何も見えねぇ……」
先ほどの現象が落ち着きを見せると、今度は何の物音もしない完全なる無音状態の中にヒロキは身を晒していた。手元も見えない程の暗闇の中、方向感覚を無くした様に焦った様子で辺りを見回している。
「おいおい……何処へ行けば良いんだ、これ……」
しばらく手探りで辺りを確認していたヒロキは、遙か遠くにトビラの様なアーチ状の灯りを見つけたのか、ゆっくりと立ち上がる。
「……あそこか……? 」
足元に固い地面らしきものがある事を確認したヒロキは、その灯りを目指して歩くように足を運び始める。
だが、トビラの形をした灯りは全くと言っていいほど、近づいてくる様子が見えない。
「……こう、暗くちゃ時間の感覚がわからないな……もう、丸一日歩き続けてるんじゃないかって位疲れてきたぞ……一体いつになったら着くんだよ」
ヒロキは不満を漏らしながらも、休まず足を動かし続ける。
「……素直に親父の説明聞いとけば良かったかな……あれ? あの灯り、あんなに大きかったっけ……? 」
それまで遠くに見えるだけだったトビラ型の灯りは急激にその大きさを変え、瞬く間にヒロキを飲み込んでしまう。
「近づいてくる……? うわっ……」
目を開けていられないほどのまばゆい光の中で、立ち止まったヒロキは両手で顔を覆う。光が落ち着きを見せた頃、ヒロキはゆっくりと目を開ける。
「思い立ったら即行動する性格は、相変わらずだね。
体験してみれば分かるとは言ったけれど、話も聞かずに飛び込むのは君の悪い癖だよ、ヒロキ」
ミキを寝かせた部屋と、ほぼ同じ内装の部屋にヒロキは立っていた。聞き慣れた声が部屋の壁全体から聴こえる様な気がして、驚いて辺りを見回すヒロキ。
「あれ? この部屋は……戻って来たのか?
いや、ミキと親父の姿が無い」
辺りを観察する様に注意深く見回したヒロキは、部屋の対角にあったミキが寝ていたはずの壁の段差と、小部屋の位置が真逆になっている事で別の部屋に居ることを認識したように声をあげる。
「親父? 何処に居るんだ? 丸一日待っていてくれたのか? 」
「今、君の居る部屋はミキさん消滅の原因があると思われる、過去の世界に繋がっている。既に、私やミキさんとは別の時間を生きている事になる」
部屋の壁から、ドクターウーマの抑揚の無い声が響き渡る。
「君がワームホールに飛び込んだのはつい先程、数秒前だよ……もっとも、此処では秒という単位も意味のない事かもしれないがね」
ククッと可笑しそうなドクターウーマの笑い声が、空虚な部屋にこだまする。
「そこは『時の交差する部屋』……目に見えないと思うが、その中は凄まじい勢いで時間が流れている。特殊な処置を施された者以外には、危険極まりない場所だ」
部屋中に響き渡る声に、ヒロキの額から一筋の汗が伝い落ちる。
「だが、今の君にとって未来に居る私と通信するには、その部屋に君が居る必要がある。お互いの姿は見えないけれど、唯一繋がりを持てる場所だと言う事を忘れないでくれよ」
「……お、おぅ……」
「通信する以外にも出来る限りサポートするつもりではいるがね……ここから出来る事といえば、君をこの部屋へと呼び戻す事とワームホールを開ける事位しかない」
「……親父は、こっちには来られないのか? 」
「……ワームホールは、この部屋からしか操作出来ないからね。それに、眠ってるミキさんを放って置けないだろう?
先ずは、そちらの世界で君に協力してくれる人物を探す事を、オススメするよ」
「そんな悠長な事やってる余裕、あるのかよ。……あまり、時間ないんだろう? 」
心配そうなヒロキの声に、ドクターウーマは感情の判らぬ声で答える。
「先程も言ったけれど、そちらとこちらでは、流れる時間の速さが違う。体感的には、過去の世界の一年はこちらでは数十分くらいだろう」
「……マジかよ。どちらにしろ早いとこ解決しないと……爺さんの姿でミキに会うのは、ゴメンだからな……」
ヒロキのつぶやきに、ドクターウーマは押し殺した様な声で笑う。
「見た目の心配かい? そこは心配しなくてもいい。
君に渡したガラケーは、君の身体的な情報のみ毎朝リセットする」
「……つまり、こちらで何年経とうが見た目は二十歳の頃のまま……ってこと?
記憶までリセットされたりしないだろうな……」
「心配いらないよ。記憶だけは常に蓄積されていく。そちらの生活に支障をきたす恐れがあるからね」
ヒロキは手に持ったガラケーをまじまじと眺める。
「……このガラケーを無くすなって、そう言う事なんだな……」
「理解してくれたかい?
ただし、病気や飢餓には強いけれど、外傷により即死状態になってしまったらどうしようもないから、気をつけてくれよ」
「……自分で言うのもなんだけど、体術には自信があるから、その辺は心配いらないよ」
「……昔から、身体能力は高いと思っていたけれど……凄い自信だね……では、お手並み拝見といこうかね」
心なしか、ホッとした様なドクターウーマの声を背に、ヒロキは気合いを入れる様に拳を手のひらに打ちつける。
「……よっし、行くか。
ちなみに今、どの位昔に来てるんだ? 」
「おっと……言い忘れていたね。今から、約一千年前の日本……西暦にして、ちょうど一千年。平安時代後期だよ。
一条天皇や紫式部、安倍晴明など有名人が多い時代だね」
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