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♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜

道楽もん

過去への誘い


 ヒロキの実家と思われる家の、玄関とも言い難いような板の隙間を抜けた先には、驚くほどの別世界が広がっていた。
 あばら家の様な外観とは裏腹に、建物の中は金属の壁で覆われた頑丈な作りになっている。高さ三メートル程の位置に天井があり決して広くはないが、およそ一般的な日本家屋とは一線を画すその構造は、近未来的な印象を受ける。

 荒い息を吐きながら一足早く建物の中に入ったヒロキに対して、後を追うように入って来たドクターウーマはホッとした様な声で話しかける。

「とりあえず、この金属壁に囲まれた空間にいれば、症状の進行は抑えられる。どうにか間に合ったようだね」

「……何なんだよ、親父。ミキはどうなっちまったんだ? 」

 透明になりかけたミキを抱きかかえながら、混乱した様子のヒロキをフードの奥から眺めていたドクターウーマは、一つ小さなため息をつくとヒロキを追い抜き、壁の一部に手をかざす。
 すると、その壁は瞬く間に消失し、暗い闇の中へと続く下り階段が現れる。ドクターウーマはその階段に足をかけるとヒロキを振り返り、深刻そうな声色で話しかける。

「……まだ、油断できない状況だ。この下にある部屋で詳しい説明をしよう」

「……おい、親父……クソっ……」

 ドクターウーマにうながされ、後を追うようにヒロキは建物の地下へと続く階段に踏み出す。

「すまないねぇ、エスカレーターは故障中でね。まぁ、ヒロキは若いから大丈夫だろう」

 ヒロキは、沈鬱ちんうつな雰囲気を払拭しようとする様なドクターウーマの軽口に、応える事なく無言で降り続ける。
 地表部分よりも埋没した地下の方が広大なようであり、カーブを描きながらおよそ十数メートル程降りた先に、アーチ状の部屋の入り口が見えてくる。

「ここだよ、ヒロキ。今、明かりをつけてあげよう」

 たどり着いた部屋は暗く何も見えなかったが、ドクターウーマが壁の一部に手をかざすと部屋全体が淡く光を放ち始め、やがて全体を見渡せる様になる。

 天井の高いドーム型の奇妙な造りをしたこの部屋には、入り口として三人がくぐってきた他に二つのトビラが見える。
 一つは窓のある小部屋へと入るトビラ。もう一つはドーム型の壁に沿って湾曲した、頑丈そうなロックが備え付けられたトビラが見える。

「この部屋は……子供の頃にも俺、入った事無いな」

「ここでイタズラでもされたら敵わないからね、秘密にしていたのさ……そこの、一段高くなっている所に寝かせてあげなさい」

「……あぁ」

 ドクターウーマは部屋の壁の一部を指し示す。そこには畳一畳分の広さの段差があり、そこにヒロキは静かにミキを横たえる。

「この薬を飲んでこの部屋にいれば、取り敢えずは安心だ。さあ、飲ませてあげなさい」

 ドクターウーマは部屋の奥にある小部屋から小さな錠剤を一つ持って来るとヒロキに手渡す。

「……変な薬じゃないだろうな……」

「疑り深いねぇ……それは、今以上に身体が透けてくるのを抑える薬だよ。……さあ、早く」

 ヒロキはドクターウーマに疑惑の眼差しを送りながらもミキの身体を少し起こし、口に錠剤と持参した水筒の水を含ませる。

「全く、久し振りの再会だというのに落ち着かないねぇ。ヒロキはトラブルに巻き込まれやすい体質なのかねぇ……」

「……んなことより、ちゃんと説明してくれよ。これは何かの病気なのか? こんなの今まで見た事がない……」

 ドクターウーマの軽口を遮りながら、ヒロキは説明を求める様に詰め寄る。

「……これは恐らく『時空病』だろう。何者かが意図的に歴史を改変しようとした結果だよ」

「『時空病』? 改変? もっとわかるように説明してくれ。これが進行すると、どうなるんだ? 」

 確信は無くとも悪い予感を感じているのか、ヒロキは恐る恐るドクターウーマに尋ねる。

「彼女の存在が歴史上から文字通り、跡形も無く消えてしまうのだよ。もちろん、キミの記憶からもね」

「……そんな」

 ヒロキは青ざめた顔で、苦しそうに横たわるミキを振り返る。

「……消える……ミキが……? 」

「今はクスリの効果と部屋の影響で、消えるまでの時間をかなり遅らせている。本来なら、既に消えていてもおかしくはない。ここに来るまでにも兆候はあったと思うがね」

 淡々と語り続けるドクターウーマに対して、ヒロキは徐々に込み上げて来た様に表情を変え、怒りの言葉をぶつける。

「なんで親父はそんなに冷静なんだよっ。目の前で人が一人死にかけているってのに……」

「……あまり、感情的になると正しい判断ができない恐れがあるからね。これでも努めて取り乱さない様にしているんだよ」 

「ミキの家に預けられてから分かったよ……ここでの暮らしが、普通じゃないってこと……親父も含めてなっ」

 息子の前でさえ素顔を見せないドクターウーマは、フードの奥から感情の分からぬ声でヒロキをなだめるような声をかける。

「……ヒロキ……落ち着いて……」

「これが落ち着いていられるかよっ。デタラメな事ばかりしやがって……」

「……デタラメ、とは? 」

「高校卒業してすぐ就職しようと思って住民票取りに行ったら、本籍地が全然知らない住所で……親父との連絡手段がないから確認しようもなく怪しまれて、マトモに働く事も出来なかったんだぞ」

 ヒロキは、今まで溜め込んでいたものを全て吐き出すように、矢継ぎ早にまくし立てる。

「怪しまれたのは企業だけじゃない。一度、学校のクラスメイトをウチに呼んだら変な顔されて、仲間外れにされる事もあった……怪しい、変な親父って言われて……」

 ヒロキは崩れる様にミキの側に座り込み、冷たくなりかけている手を握りながら、震える声で彼女に話しかける様につぶやく。

「苦しい時や気持ちが負けそうになった時……ミキは、いつも俺を励ましてくれた……俺、まだミキに言えてない言葉が沢山あるのに……その想いまで消えちまうってのかよ……」

 ドクターウーマは泣き崩れたヒロキの背中を見ながら、困った様に片手を頭に当てる。

「……この女の子は、ヒロキを預けた神社の娘さんか……ちゃんとヒロキを見守ってくれたようで、感謝しないとね……」

 しばらくの間状況を見守る様に黙っていたドクターウーマは、肩を落としながら一つ大きなため息をつくと、おもむろにヒロキに向かって声をかける。

「……まだ、その子が消えると決まった訳ではない……」

 ヒロキは涙目でドクターウーマを振り返り、か細い声をあげる。

「……えっ……? 」

「……助ける方法は、勿論ある……だが、それは相当危険な方法だよ。己の存在まで消しかねない……覚悟は、あるのかい? 」

 未だに青ざめた顔をしているヒロキだったが、力強い意思が込められた眼差しでドクターウーマを見つめ返すと、ゆっくりと立ち上がる。

「……何か手を打たないと、いずれミキは消えちまうんだろう? その時をただ待つだけなんて、俺には出来ない。
 それに、俺という存在はミキが居て始めて成り立つ……何だって……やってやる」

 ドクターウーマは目深に被ったフードの奥からしばらくヒロキを眺めていたが、不意に肩を震わせククッと嬉しそうな声で笑う。

「この子はミキさんという名前なのかい。ヒロキにも大事な人が出来て、良い顔する様になった事は……親としては、喜ばしい事なのだろうが……ねぇ」

「……あとは親父やユーリって娘の事とか、なんでこの地に住む様になったかとか……隠してる事、洗いざらい話してもらうからな」

 ヒロキの言葉にドクターウーマの身体が強張る。

「ユーリ……あの子に会ったのか……? 」

「今朝方に会ったよ。俺の妹なんて言ってたけれど……本当のところ、どうなんだ? 」

 ヒロキの質問に、ドクターウーマはアゴに手を当てる様な仕草をしたまま、考え込む様に動きを止める。

「……どうなんだよ、親父……何とか、言ったらどうなんだ? 」

「……ヒロキが今、本当に知りたい事は……そんな事ではないだろう? 」

 ドクターウーマのもったいぶる様な態度に、ヒロキは焦れた様に言葉を荒げる。

「話をはぐらかすなよ。厄介者の俺をミキの家に預けて、新しい自分の家族と平和に暮らしていたんだろ? 」

「……キミは今、冷静さを欠いている。何を言っても信じてはもらえまい……」

「信じられるわけないだろ……母さんの事すら、マトモに話してくれないのに……」

「……ミキさんは、予断を許さぬ状態だ……すぐにでも行動を起こさないと、最悪の結果になり得る」

 エキサイトしていくヒロキに対して、淡々と自分のペースで話を続けるドクターウーマ。だがここまで言った後、心なしか観念した様な声色に変えて言葉を続ける。

「……ミキさんを救った暁には、今までのことも含めて全てを話すと約束しよう……虫が良いと思われるかもしれないが……それまでは、どうか信じて欲しい……」

 態度が軟化した事を感じたのか、ヒロキは苦虫を噛み潰したような顔で口を開く。

「……実際のところ、ミキを救う為に頼れるのは親父だけだ……約束だからなっ。
 具体的に、俺はなにをしたらいいんだ? 詳しく教えてくれ」

「……やる事は実にシンプルだよ、ヒロキ」

 ドクターウーマは、口調を感情の分からぬ淡々とした調子に戻してヒロキに語りかける。

「この部屋はタイムマシンになっていてね……このトビラをくぐり抜けると、時間を越えて過去の世界へとおもむくことが出来る。
 そこで、ミキさんの消える事になった原因を取り除く。それだけだよ」


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