♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜
薄れゆく鼓動
今昔の建物が混在しながらも、美しく賑やかな街並みとは対照的に、京都盆地を囲うように連なる山並みは昼間でもひっそりとしており、薄暗い。
シャワーで汗を流し終えたヒロキは、神社を取り囲む森の一角から、実家のある山奥を目指し歩き始める。
「……本当に、ついてくるのか? ミキ。
実家までは結構距離あるぜ」
やぶ蚊に刺されぬよう厚手の長袖シャツとジーパン姿のヒロキが、息も絶え絶えのようすで後ろをやっとついてくるミキに向かって話しかける。
「……これくらい、大丈夫、なんだから……」
似たような服装のミキは、木の根が張り巡らされたデコボコの地面に悪戦苦闘している。
「昔からミキの家に通い慣れてるから俺は楽勝だけど、ミキにはキツイだろ。今からでも戻った方が良くないか? 」
「大丈夫、私も、慣れてきた、ところよ……」
「……そうは見えないけどな。だから無理するなって言ったのに……」
ヒロキは困った様に頭をかく。ミキは両膝に手をついて荒い息を整えようと立ち止まる。
「……だって、昔は子供だからって、一度もヒロキ君の家に行ったことないんだもの……」
「そりゃあ……こんな道の無い所、ミキには歩かせられないよ」
その言葉にミキはビシッとヒロキを指差し、苦しそうな表情ながら言葉を続ける。
「その言い方が引っかかるのよ。私には出来ないみたいな、そんな言い方がね」
「……実際、今だって半分くらいの道のりで息切らしてるじゃないか……子供の頃なら尚更だろ……」
「それでも、よ。お父さんに言われたからじゃないけど、いずれ御挨拶に行かなきゃいけないのに、弱音吐くわけには……」
「……御挨拶にって……ウチの親父に、ミキが? なんで……? 」
眉をひそめるヒロキを見たミキは、慌てたようすで取り繕う。
「あ……違う違う、その……挨拶じゃなくて……ダイエットしなきゃと思って……なんて……」
「……なんで急にダイエット? 全然、必要無いと思うけど……まぁ、一度言い出したら聞かないからな、ミキは……」
ヒロキは苦笑いしながらミキのそばまで戻り、彼女に向かって手を差し出す。
「手……引いてやるよ」
「えっ……あっ……ありがと……」
心なしかミキは顔を赤くしながら、おずおずと目の前に差し出されたヒロキの手を掴む。
ペースを落としてしばらくの間歩き続けた二人は、森を抜けて砂利の敷かれた山道に出る。
「……ここからは、しばらく楽に歩けるぜ、ミキ。少し休憩していこう」
「……そうね」
二人は適当な木の根に腰掛ける。それと同時に、ミキは大きく息を吐く。
「はぁ……疲れたぁ……」
「参ってるじゃないか、ミキ」
「……まだ、大丈夫よ。
はぁ……ヒロキ君も、急にお父様に会うなんて言い出すんだもの……」
「もういい加減、親父には堪忍袋の緒が切れたからな」
ミキの言葉に、ヒロキは明らかに面白くなさそうな顔をする。
「……やっぱり、あのユーリって娘のこと? 」
「……ああ、そうだよ。もしあの娘の言ってる事が本当なら、俺の事は放って置いて、ヤル事やってるって事だろ? 」
ミキは困った様な表情でヒロキを見上げる。
「……でも、血は繋がっていないって言っていたじゃない? それに、ヒロキ君とあの娘の言い分にも食い違いがあるような気がして……」
「まぁ……そうだとしてもさ、俺の事はミキの家に預けて、あっちはあっちでヨロシク暮らしてたって事だろ? 」
「……そうとも、言い切れないじゃない? 確証があるわけじゃ、ないんだし……」
「どうだかね。まぁ、言いたい事はそれだけじゃないけどね」
面白くなさそうな顔で腕組みするヒロキを見て、ミキはため息を一つつくと小さくつぶやく。
「……こんなの、写真撮れるような雰囲気じゃないじゃない。お父さんのバカ……」
やがて二人は登山道らしき道を抜け、再びけもの道とも言い難い道を歩き始める。
休憩中の険悪な雰囲気を払拭する様に、冗談を交えながら楽しそうに歩き始めた二人だったが、頭上を屋根の様に覆う木々は徐々に濃さを増し、午前中にもかかわらず暗い山道を登って行くうちに、さすがのミキも言葉少なになって行く。
「ミキ、大丈夫か? 」
「うん……まだ、平気。でもヒロキ君、本当にこんな所に住んでたの? 」
ミキは行く手を遮る様に張り出した、植物の茎を手の甲で払いながらヒロキに尋ねる。ヒロキは懐かしい記憶を辿るように、頭上を見上げながら答える。
「ああ、懐かしいよ……でも、この様子だとあの親父、最近手入れしてないな……」
「……なんか、ヒロキ君嬉しそう。お父様には、あまり会いたくないんじゃなかったの? 」
「そりゃあ……親父には会いたくないけど、生まれ育った場所は別だよ。なんか、ワクワクして来る」
「そういうものなの? 」
「親父は忙しそうにしてたから、いつも一人で遊んでたからね。そこら中、思い出だらけさ」
足元に絡みつく草木に手間取りながら、しばらくの間歩き続けていたヒロキは、唐突にミキに向かって声をかける。
「……着いた。一応、あれが玄関になるかな」
そう言ったヒロキが指差した先には、赤く錆びた鉄製の格子状の門が現れる。その両脇には網状のフェンスが立ち並び、まるで来るもの全てを拒むかのような雰囲気を醸し出している。
「……あれが、玄関……? 」
それの放つ異様な雰囲気に気押される様に、ヒロキの上着をギュッと握りしめるミキ。心なしか、その表情は青ざめて見える。
そんなミキを元気づけるように笑いかけてから、ヒロキは鉄格子のそばへと近寄って行く。
「あの親父の事だから、鍵の隠し場所は変えてないだろうな……あった、あった」
腕一本が余裕で通る格子の間に手を差し入れたヒロキは、地面にあった大きめの石を持ち上げて覗き見る。そこには小さな鍵が少し土をかぶるようにして隠されていた。
「……錆びついて、開かないなんて事無いようにしてくれよ……」
鉄格子は鎖でゆるく繋がれ、南京錠で閉じられている。ヒロキは格子の向こう側にあったそれをこちら側へと回し、鍵を差し込み慎重に回す。鍵はガチャリと重い音を発して、アッサリと外れる。
「よしよし。さあ、行こうぜミキ」
興奮しているのか、鉄格子を通り抜けたヒロキはミキを置いて、どんどん奥へ向かって歩いて行く。
「ヒロキくん……待って」
ミキは胸の辺りを苦しそうに押さえながら、重い足を引きずるようにして追いかける。
樹々に覆われた山の中腹に、突然ぽっかりと拓けた場所に出る。陽の光に照らされた広場の中央に、膝下くらいまで伸びた雑草に埋もれる様に一軒の平屋の家屋が現れる。
外観は板を寄せ集めただけの掘っ建て小屋で、風が吹けば崩れ落ちそうなほど荒れているように見える。
「……数年ぶりだけど……変わらねぇな」
ヒロキは立ち止まり、感慨に浸る様にあばら家を見つめている。その顔には懐かしさだけでなく、苦い思い出も混じっている様な、複雑な表情が浮かんでいる。
「おや? ヒロキかい? ずいぶんと久しぶりだねぇ」
あばら家の前に姿を現わした男性を見て、ヒロキは身体を強張らせる。
男性はまるで魔法使いのような薄汚れたローブを身にまとい、深くフードを被っている為、表情は窺えない。まともに風呂にも入っていないのであろう、彼の周囲には異様な臭いが漂っている。
「久しぶりだな、親父。……いや、ドクターウーマ。
相変わらずの生活を送っているみたいだな。風呂ぐらい入れよ……」
顔を背けながら毒づく彼を見て、ドクターウーマは目深に被ったフードの奥から、クククッと感情の分からぬ声を上げて笑う。
「分かっているだろう? ヒロキ。こんな私でも忙しくてねぇ……おや、女の子と一緒に来たのかい? ずいぶん、具合が悪そうだが……」
「……ミキ? 」
ドクターの指摘に、ヒロキは慌てて振り返る。視線の先には苦しそうに胸の辺りをつかみ、雑草に埋もれる様にうずくまっているミキがいる。
ヒロキは慌てて駆け寄ると、彼女の肩に手を当てて話しかける。
「ミキ、どうした? 疲れたのか? 」
「ヒロキ君……怖い……」
ミキは大量の汗をかき、下を向いて小さく震えている。
「やっぱり、驚かせちゃったか? ゴメンな、ミキ。今時、携帯も持たない親父だから連絡つかなくて……今からでも身だしなみを正すように言って聞かせるから……」
「違う……違うの」
ミキは必死に何かを訴えるようにヒロキの服をつかむ。驚いた事にその手は徐々に薄く、透明になってゆく。
「ミキ……? お前、身体が……」
「自分が……消えて無くなりそう……助けて……ヒロ……キ……」
驚きのあまり声も出せずうろたえるヒロキの側に、ドクターウーマが近寄ってくる。
薄れゆくミキの症状を一目見た彼は唸り声をあげる。
「いかん、早く家の中に運びなさい」
ヒロキは見たことのないドクターウーマの剣幕に事の重大さを感じたのか、無言でうなずくとミキをかかえてあばら家まで全速力で走り出す。
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