♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜

道楽もん

いびつな日常


 ヒロキは何か違和感を感じた様に、険しい顔つきになる。ミキは二人を見つめるイカツイ男性の視線に禍々しいモノを感じ、ヒロキの背後に身を隠す。

「どうしたんですかい? アニキ……おほぅ、あっちにも女がいますぜ」

 遅れて二人に気付いた長身男性は、コンクリート製の橋をズカズカと渡るとヒロキ達の目の前に立ちはだかる。

「さすが、アニキは目ざといっすねぇ。顔はまあまあだけど……デカい胸が、たまんねぇなぁ」

 ヒロキを無視してミキの姿を値踏みする様に眺める長身男性。ミキは、その視線から逃れる様にヒロキの背後で縮こまる。
 その傍若無人な振る舞いを見かねたように、ヒロキは長身男性を見上げながら口を開く。

「……こんな早朝から、大声で騒ぐのはやめて下さい。御近所の迷惑になりますから」

「……あぁん? 」

 長身男性は煩わしそうな表情で、頭二つ分くらい上からヒロキを見下ろしている。

「なんだぁ? オメェ……小さ過ぎて見えなかったぜ」

「……ミキっ」

 ヒロキをからかう様な長身男性の笑みにも眉一つ動かさず、ヒロキは冷静な様子で背後のミキに声をかける。

「親父さんに呼ばれてただろ。早く、家に帰らないと……」

「……えっ……」

 突然ヒロキからかけられた言葉の意味が理解できなかったのか、一瞬あっけにとられた表情をするミキ。

「……境内の掃除、途中なんだろ」

 ヒロキは話しながら後ろ手に『この場を去れ』とでも言うかの様に、ミキを押し出す様な仕草をする。

「……あ……あぁ、そうね。でも……」

 躊躇するミキは、チラリと長身男性を盗み見る。未だにいやらしい目つきの男性を見とめると、怯えた様に後ずさりしながらゆっくり境内へと歩を進める。

「俺は大丈夫。早く、行けっ」

「なんだオメェ……この女の騎士ナイト気取りか? ハンパな自信は……ケガの元だぜ、優男やさおとこ

 おもむろに伸ばされた長身男性の左腕は、ヒロキの胸ぐらを掴んで引き上げる。その様子を見ていたミキは足を止め、再びヒロキの元へと駆け寄ろうとする。

「……ダメっ、ヒロキ君。怪我しちゃう」

「大丈夫、俺は怪我なんかしないよ」

 ヒロキは胸ぐらを掴まれながらも、余裕の表情をミキに見せる。

「……身を守る事に、専念するから」

 そう言うが早いか、ヒロキは長身男性の左肘に、拳を軽く握り込んで突き出た尖っている部分を、手首のスナップを利かせて打ちつける。

「……ウオッ……」

 急に腕に痺れが走った様に、長身男性は掴んでいたヒロキのTシャツをパッと離してしまう。ヒロキは長身男性が腕をさすっている間にミキの元まで退がる。

「近いと巻き添えくっちゃうからさ、安心してミキは掃除していてくれよ」

「でも……相手は二人だよ。警察に連絡した方が……」

「警察は後が面倒だし、まぁ……なんとかなるっしょ。とにかく、ミキは離れていてくれよ」

 それだけ言うとヒロキは、再び長身男性に向き直る。その背中を見たミキは、顔を曇らせながらも赤い鳥居の側まで走って行く。

「キサマ……俺をコケにする気か? 」

「そんな事しないよ。ただ、お互いこんな事しても損するだけだしさ、大人しく帰ってくれる……」

 ヒロキの言葉を最後まで聞かず、長身男性は鬼の形相で距離を詰める。勢いに任せて拳を振りかぶり、ヒロキの顔めがけて打ちおろす様に殴りかかる。

「……わけ、ないよね……」

 拳が当たりそうになる瞬間、ヒロキは左手で攻撃を受け流すと同時に拳をつかむ。そして、右肘を長身男性の身体に当てながら上手くいなし、反時計回りの回転に巻き込むようにして背後へと投げ飛ばす。

「……よっ……っと」

「ゲフッ……」

 ヒロキは掴んでいた左手を引き上げ、上手く背中から落ちる様に調節する。したたか背中を打ち付けた長身男性は、陸に打ち上げられた魚のごとく口をパクパクとさせると気を失ってしまう。

「一丁上がりぃ」

「……なかなかやるな」

 ヒロキと長身男性の戦いを、離れた場所から黙って見ていたイカツイ男性は、ようやくヒロキに話しかける。

「……アンタもやるのか? この無駄なケンカを……」

「俺はやめておこう」

 イカツイ男性はそう言いながら、伸びている長身男性の元へと近寄って行く。ほとんど頭がブレる事なく歩くその姿に、ヒロキは緊張した面持ちで眺めている。

「……だが、貴様とはいずれり合う事があるような気がするな。それこそ、血で血を洗うような……心の奥から昂ぶる事の出来る死合しあいを……」

「俺は、そんなのはゴメンだけれど……」

「……その日まで、充分に腕を磨いておく事だ。失望させてくれるなよ……」

 地面に伸びている長身男性を担ぎ上げると、イカツイ男性は悠然とした態度で立ち去っていった。
 黒ずくめの二人組の姿が見えなくなると同時に、ホッとしたようにヒロキは長く息を吐く。

「ケガは無い? ヒロキ君」

「ああ。しかし、これだけ大騒ぎしたっていうのに、野次馬も来ないなんて」

 心配そうにヒロキの元に近づき声をかけたミキは、懐からスマホを取り出しながら眉をしかめる。

「うん……それに、さっき警察に電話しようと思っていたんだけど、急に圏外になってたみたいで……」

「……あの二人組といい、なんか気味悪りいな……」

 不思議そうな表情をしながら、二人は神社の境内に至る赤い鳥居へと足を向ける。
 するとそこへ、待っていたかの様に白い袴を身につけた、壮年の白髪の男性が鳥居をくぐって近寄ってくる。

「二人とも、おはよう。青春しとるか? 」

「あ……おはよう。お父さん」

「おはようございます。
 すいません、神社の前で騒がしくしちゃって……」

 ヒロキはミキの父親である白髪の男性に挨拶した後、申し訳なさそうにこうべを垂れる。

「ん……? 何か、あったのかね? 」

「何って……すぐそこであんな騒ぎになっていたのに、気づかなかったの? 」

「いやぁ、ミキと女の子の言い争いは聴こえて来たけれど、痴話喧嘩は犬も食わないって言うしねぇ」

 父親の言葉にミキは顔を赤くする。

「痴話喧嘩って……そんなんじゃ……」

「いやいや、ミキ。反応する所はそこじゃ無いって」

 顔の前で『違う、違う』と言うように、ヒロキは苦笑いしながら手を左右に振る。

「ん? 違うのか? 
 二人共成人したんだ……そう、恥ずかしがらんでも良かろう」

 顔を赤くして文句を言うミキをからかうように、彼女の父親はニヤケながら話し続ける。

「中学生のヒロキ君をお預かりしてから、ミキとひとつ屋根の下で生活して来たんだ……当然、そうなるものと思っていたがね」

 食い違うミキの父親の話に、二人は不思議そうな顔で声をひそめる。

「どうも、あの乱闘騒ぎは聞こえていないみたいだな」

「なんでだろう……」

「……分かんね。まぁ、二人とも無事だったんだし、気にしない事にしよ」

「……相変わらず軽いわね」

 父親を無視するような二人の態度を見て、ミキの父親はがっくりと肩を落とす。

「……やはり、年頃の娘となると父親より彼氏優先なんだなぁ……父さん、悲しいっ」

 大げさな態度の父親に、ミキとヒロキは苦笑いする。

「はは……俺、ちょっとこれから親父の所に行ってきます。聞いておきたい事が出来たんで……」

「んっ、親父さんに会いに? しばらくぶりだろうに、ずいぶん急だね」

 ヒロキの言葉にミキの父親は、驚いたように顔を上げる。

「あはは……親父には、今までも色々と問い正したい事があったんですけどね。今日はさすがに我慢の限界に達したんで」

 ヒロキの言葉にミキの父親はニヤケ顔を辞め、両手を腰の後ろに回す。

「ふむ……あまり立ち入った事を言うのもなんだが、久しぶりに息子が訪ねて来れば、親父さんも喜ぶだろう」

「……喜ぶかどうかは、分かんないですけどね……変わり者ですから、親父は……」

 ミキの父親は、先ほどとは打って変わって優しげな表情でヒロキに話しかけている。

「……喜ぶさ。
 君の親父さん……ドクターウーマに、宜しく言っておいてくれ」

「はい。
 じゃあ、ちょっとお風呂借りますね。汗がすっかり冷えちゃったんで……」

 神社の境内を通り、社務所の裏手にあるミキの家へと向かうヒロキを、ミキと彼女の父親は見送り続ける。

「ヒロキ君をお預かりして早七年……もはや家族も同然なのに遠慮せんでも……お前達二人の結婚式は、もちろんウチでやるんだろ? 」

「……お父さんっ」

 中断していた掃除を再開しようと、近くの樹木に立て掛けていたホウキを手にしていたミキは、からかうような父親の言葉にホウキを握る手に力を込める。それを見たミキの父親は、慌てて話題を変える。

「ところで、ミキ。変な事を尋ねるが……お前、彼の父親であるドクターウーマの顔、覚えてるか? 」

「なあに? 急に……」

 ミキはジト目で、隣に立つ父親を眺める。

「いや……彼とは家族ぐるみの、長い付き合いだったと思うのだが……」

 ミキの父親は記憶を呼び起こすように、頭に手をあてる。

「ヒロキ君がウチに来るようになった経緯を含めて、何故か頭の中に霞みがかった様に思い出せないんだよ」

「さっきまでの気取った言葉は何だったのよ、もう……でも、そう言われれば私も、そうかも」

 父親の言葉を受け、ミキも思い出を辿る様に空を見上げ、顔を曇らせる。

「ミキ。掃除なんかいいから、ヒロキ君に同行してさりげなく彼の父親の写真撮ってきてくれ。得意だろ、そういうの」

「ええっ、私も行くの? お邪魔にならないかしら……」

「大丈夫、お前ら最近デートとかしてないだろ。良い機会じゃないか」

「ちょっ……別に私達、そういう関係なんかじゃ……」

「新郎の親の顔が分からないなんて、失礼な事ないからな。ほら、行った行った」

 ミキの父親はそう言うとミキをグイグイ押して行く。

「しんろうって……ちょっと、お父さんっ……あぁ、もう。分かったわよっ」

 ミキはひとつ大きく溜め息をつくと、観念したように自宅へと向かう。



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