冥い夜にさす光

冬空星屑

第11話 袋のネズミ


 第11話 袋のネズミ


 世界の声が響いた。
 俺は唯一個体ユニーク・モンスターに認定されたらしい。なんだそれ?

特殊個体スペシャル・モンスターと呼ばれるモンスターの中でも特に強く、またユニークスキルを持っていると多数の生物に認知された存在です。
 また、そのモンスターを表す称号を獲得することができます。
 マスターの場合は『悪夢粘体』ですね。先程の処刑行為が悪夢に思えたのでは?》

 なるほど。確かに悪夢だ。
 目の前に広がるのは暗い世界。
 光一つささない絶望の世界。
 世界は死色に染まっている。

 『教導者』?

《マスター。勝利、逃亡の確率、どちらも絶無です。故に誘導は発動できません。
 諦めて死んではいかがでしょうか? 今までもたくさん死んできましたので》

 ふむ。
 『教導者』も使えない状況というのは存在するらしい。
 例え一%でも可能性があればそこに導くことができるというのが、『教導者』の能力。
 だが、無ければ?
 光の無い絶望が物理的にやってくる。
 まあ、死んでも構わないんだが。経験値が勿体ないしな。せめてレベルだけでも上げるか?

《そのような時間は無いと推測します》

 じゃあ、俺が逃げ回っている間に、お前が『適当に』上げてくれ。

《…………可能性を確認。ステータス操作の権限を共有。了解しました。誘導を開始します!》

 へ?

 『教導者』が嬉々として答えた後、気づけば俺は光に包まれていた。

 ●

 結論から言えば、逃げ切った。

 相手は大したことのない衛兵? が十数名にレベル二だと思われるユニークスキル持ちのプレイヤーが六人。
 『教導者』がステータスを好き勝手に弄りまくったお陰で、上手く逃げ切ったのだ。
 正直状況は愚か、現在地すらわからないでいる。

《現在地はドゥーベの街の下水道の中です。HP回復のために辺りの物を手当たり次第に『溶解』し『吸収』することを推奨します》

 そう。戦闘の影響で俺の粘体カラダの半分が焼滅させられていた。スライムに広範囲の火魔法は超が付くほど効果的だった。
 まあその時の爆風のお陰で、相手の目を潜り抜けて逃げ出せたのだが……。

 それにしても、何か周りにあるものが色々と気持ちの悪い触感なんだが?

《当然です。ここは下水道ですから。周囲にはゴミか汚泥、汚水。ときどき死骸もありますね》

 …………。
 仕方ない。食えと言うなら食いましょう。どちらにしろ食わないと体積HPが増えないし。

 と言うわけで、『教導者』の能力により、とにかくヤバい六人のプレイヤーから逃亡し、初めて人間の街にやって来た。
 特にやることはないのだが、街周辺を衛兵? たちとプレイヤーが巡回及び警備しているらしく、街から出るに出られないのだ。
 この下水道は所々地上にでる穴があるので、『教導者』の周辺状況を把握する力で、ある程度の街の様子と噂話くらいならわかったのだ。
 曰く、ベータテストのトッププレイヤー達ですら倒せなかった『ユニーク・モンスター』っていうスライムがいる。
 スライムってそこまで強いのか、という疑問もあるようだが、システムアナウンスを聞いた者達は信じているようだ。

《レベリングの後、強行突破するか、このまま下水道を進んで川にでるのが良いでしょう。プレイヤーさえ少なければ強行突破も余裕です》

 いつの間にか、俺の言葉に合わせて、『レベリング』や『プレイヤー』という単語を使いだした『教導者』は現在進行形で俺のステータスを弄っている。
 そのお陰で、下水道に出現するモンスターは全て排除できている。むしろ瞬殺だ。
 戦法は簡単。
 レベル十――ほとんどのスキルの最大レベルは十らしい――に到達した『触手』を十本だして相手を拘束し、その先端から同じくレベル十に到達した『溶解液生成』と『毒生成』による溶解毒液を浴びせて、終了。
 『触手』で絞め殺しても良し。溶解毒液でじわじわ殺しても良し。実に楽だ。そしてつまらない。
 何か面白いこと無いの、『教導者』?

《常に起きる面白いことは、つまらないのと同じです。面白いことはたまに起きるから、面白いのです。よって、もう少しつまらないことに浸っていてください。私は今とても楽しいので邪魔はしないように》

 ……どうやら我慢すべき時のようだ。
 それにしても、俺のステータスを弄ることの何が楽しいのか?

《マスターと違って、私はデータを弄るのが好きなのです。また、スキルの組み合わせによってどんなことが出来るようになるのかにも興味がありますね》

 そうですか。正直ピコピコと機械を弄るのは苦手だ。『教導者』に任せるとしよう。
 あっ! そうだ、『教導者』。あんまり大量のスキルでステータス画面がやたら細かくなるようなことにはするなよ。レベル一のスキルが百個も千個もあったら困るからな?

《………………了解しました。できるだけスキルの数は少なくしましょう》
《ちなみに経験値が未だに十万以上余っていますが、何かご要望はありますか?》

 とりあえず、隠密行動なんかができる能力とMPはあるだけ良いな。それと一撃必殺みたいなものに速度上昇とか?

《すでにどれもレベルマックスです。無いのでしたら保留でよろしいでしょうか? 現在、経験値が多すぎるのと、進化先がいまいちなのとで使い道がありません》

 そうですか。じゃあいいんじゃないの?

 もはややることが無くなった俺は、ただ黙々と下水道処理を続けていた。
 逆に『教導者』は嬉しそうだ。ステータスを弄れて満足のご様子。スキルってそんなに面白いのかね?

 ●

 それからだいぶ時間が経った。
 淡々と『溶解、吸収、増殖』を繰り返していると、いつの間にか獲得していた――『教導者』が獲得させた――『増殖』の特殊派生スキル――コモンスキルだけど――『郡体Lv.1』により、増殖したスライムを自分の手足のように使うことが出来るようになっていた。
 あれだな単細胞生物がそれぞれ集まって違うことをして、まるで一つの生物のように生きる、みたいな感じ。
 このスライム達を利用して、下水道中の汚泥や汚水を掃除しているといつの間にか進化条件をみたしたらしく、進化先に『汚泥粘体スラッジ・スライム』が増えていた。
 現在、何故か進化していた『死刑執行粘体エクセキューション・スライム』よりはどんなスライムか分かりやすい。
 いや、マジで。エクセキューション・スライムってなに?

《マスターが絞殺や毒殺や斬殺を連続で何度もしたために何故か進化条件をみたせた進化先です。一撃必殺に特化したスライムと言えます。相手がどんな強敵でも急所さえ突けば殺せます。ただし『即死耐性』や『即死無効』の前には無意味です》

 なるほど。行動によって進化先が増えるんだな。良くわかった。
 つまり汚泥を食べまくったから、汚泥粘体に進化できると?

《その認識で間違ってはいません。マスターにしては良く理解した方でしょう》

 一応進化先全て教えてくれ。

《マスターの進化先はそれなりにあります
 まずオススメは『汚泥粘体スラッジ・スライム』で、ランクE-。消費経験値はありません。
 そして既存の二つ。ランクF+の『大粘体ビッグスライム』と『粘液スライム』です。消費経験値はありません。
 他の新規は三つ。
 一つ目は『郡体粘体コロニー・スライム』で、ランクF+。消費経験値はありません。
 二つ目は『触手粘体テンタクル・スライム』で、ランクF+。消費経験値はありません。
 三つ目は『殺人粘体マーダー・スライム』で、ランクE-。消費経験値はありません。
 あくまでもオススメですので、好きなのをお選びください。オススメは『汚泥粘体』です》

 お前、どんだけオススメを選んで欲しいんだよ?
 だが、下水道にいるこの状況なら『汚泥粘体』が最も無難な選択だろう。
 『郡体粘体』と『殺人粘体』も結構気になる。
 今後プレイヤーを殺っていくには、殺人というのは良さげな固有スキルを持っていそうだ。
 郡体の方も人海戦術が使えるだろう。一対多の戦闘が如何に大変かは身をもって知ったからな。
 だが、その窮地を乗り越えたのは全て……。
 『教導者』。『汚泥粘体』に進化だ。
《了解しました。『汚泥粘体』へと進化します》

≪進化の意志を確認しました。種族:死刑執行粘体から種族:汚泥粘体へと進化します。経験値消費はありません。完了まで約十分――――≫
≪――――完了しました。固有スキル『汚泥粘体Lv.1、汚泥生成Lv.1、悪臭Lv.1』を獲得しました≫

 進化した後、俺は街をでるために辺りのゴミなどを食べてHPを回復させながら、下水道を進み川を目指した。
 所々にあった分岐点には『郡体』を使って、マッピングをしていった。『教導者』曰く、街の下水道のほとんどを把握したらしい。
 食事をしながらの俺よりは、『郡体』のスライムの方が足は早いらしい。
 このスライム。さっきまでは『死刑執行粘体』を模した姿をしていたが、俺が進化したせいか、今度は『汚泥粘体』を模した姿をしている。
 能力的には『汚泥粘体Lv.1』と変わらないらしいので、何回か進化してきた俺よりは弱いが、通常の人間よりは強いらしい。
 問題があるとすれば、こいつらを生み出す度にHPの最大値が減ることか。これ、意味あるの? そろそろ汚泥やら汚水やらを食べるのは飽きました。味覚は無いけどさ!

《もちろんあります。HPは、再び彼らを取り込めば元に戻りますので問題ありません。マッピングが完了すれば、最短距離で街から出られます。
 また彼らが倒されたりすれば、その方向に敵がいると分かった上で行動できます》

 そうですか。それじゃあ後よろしく。

《ログアウトなさるのですか?》

 そうそう。愛しい妻の夕食が待っているのだよ!

《はあ。先程の『俺の嫁』の亜種ですね? 悲しい、いえ、虚しいのでやめた方が良いのでは?》

 言ってろ!
 そう言って俺は、ログアウトした。
 つまらないとは言ったが、もう一度ログインしようとしているのだから、実際には楽しんでいるのだろう。
 妹達には一応礼を言っておくか。


 ○


 日が沈み始め、空が赤く染まる頃、一人の獣人が冒険者ギルドで依頼を受けようとしていた。

「それで、急に増え出した『汚泥粘体』を減らして欲しいと?」
「はい。早朝の『唯一個体』騒動もありましたし。同じスライムですので、関係が無いとも言い切れませんし」

 周りの冒険者に聞こえないように、小さな声で話す受付嬢。内緒話なら個室を使うべきだが、個室を使えば逆に何かあると思われてしまう。
 転生者プレイヤーはこういった事態イベントに迷惑なほど敏感だ。ベストではなくとも、ベターな選択だろう。

「でも、何で転生者の私に依頼するですか? 腕の立つ冒険者ならこの街の住民にも幾らかいるでしょう?」
「もちろんいます。ですが、あなた以上に下水道の構造を把握していて、かつ『唯一個体』に対抗できる冒険者はこの街にはいません、マロンさん」
「ああ。この街は冒険者と盗賊が提携でもしているんですか?」
「さあ、どうでしょう。ですが、街の門は鼠一匹出られない厳重体制。後は、下水道くらいですね」

 この街では、裏道や下水道などの目の届きにくい場所は、盗賊ギルドが管理しているようなものだ。
 逆に領主の兵達は目の届く街中。冒険者ギルドは街の外。
 冒険者ギルドが逃がしたモンスターを他の勢力が倒すと、聞こえが悪い。だが、盗賊ギルドと敵対するわけにはいかない。だからこそのマロンだ。
 食えない笑みを浮かべる受付嬢に冒険者、否、盗賊見習いのマロンはこう言った。

「高いですよ? 窮鼠猫を噛むとも言いますし」
「噛まれないといいですね。ですが、討伐報酬ははずむそうですよ」

 冒険者ギルドに所属しているが、盗賊見習いでもあるマロンなら問題は起きないだろう。依頼をして討伐してもらったという体裁を保ちつつ、盗賊ギルドにケンカを売らずに済むのだから。
 二人は笑顔を交わす。
 依頼は受理された。
 
 そして、ベータテスター内、最強と言われたPKが動き出す。

 太陽は沈み、光のない夜がヤって来る。
 逃場の無い鼠を狩るために。








「冥い夜にさす光」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く