冥い夜にさす光

冬空星屑

第5話 巨人の斧


 第4話 巨人の斧ジャイアンツ・アックス


 大地を揺るがす大戦斧の一撃は見事にスライムを叩き切った。
 見るも無惨に粘体を辺りに撒き散らし、地面を這いずっている。
 そう。這いずっている。つまりまだ死んでいない。
 そして、気になる点が一つ。

「HPが、減って、ない……?」

 そう。この世界においてプレイヤーには、相手のHPとMPの最大値と残りの割合が、神の加護の力によって見える――他にも効果は様々――のだ。
 数値で見えるわけではないので詳細は不明だが、そられHPバーとMPバーの本数で大雑把になら量がわかる。
 ベータテストにおいて、フィールドボスと称されるモンスターのほとんどはHPバー二本があり、かの『守護竜』はHPバーが三本あった。
 たとえ、HPバーが一本のフィールドボスでも、そこらにいるバーが一本のモンスターより遥かにタフだった。だが、ダメージは確実に通っていた。
 そのことから考えれば、HPバーが一本しかないスライムがエクレールの一撃を喰らって、全くダメージが無いのはおかしい。

「物理攻撃無効……? 違う。しっかり、叩けた……」

 そう。物理攻撃無効ならば、攻撃を全て跳ね返されたり、空を切るような感覚がしたりする。

「なら、魔法、試す」

 エクレールは、森の奥に逃げようとしているスライムに向かって水魔法の詠唱を始める。
 ベータテストでは水属性と土属性の魔法のレベルをあげると木属性を獲得できるようになると言われている。
 だからエクレールもこの二つの魔法をそれなりに鍛えていた。
 本来なら斧の一撃でオーバーキルをしてしまう相手スライムに魔法を使うのは初めての経験なので、自分の持つ最大威力の魔法を放った。

水球ウォーター・ボール!」

 属性の特徴で言えば、水属性よりも土属性の方が威力は高いが、エクレールは水属性の方がレベルが高い。また土属性よりも水属性の方が速いため、逃げる相手には適切な選択と言えるだろう。

 相手がスライムでなければ……。


「……? 魔法、も、効かない……?」

 エクレールはとうとう困惑した。
 自慢の一撃も頑張ってきた魔法も一切が効いていない。
 かの『守護竜』ですらエクレールの渾身の一撃を受ければダメージを受ける。
 では、なぜ。

特殊個体スペシャル・モンスター……? それなら、あり、得る……?」

 特殊個体スペシャル・モンスター
 それは稀に生まれる異常個体の一つだ。
 通常個体の討伐難易度は変わらないはずなのに、通常個体よりも遥かに強い場合があるモンスターだ。
 スキルの組み合わせによる嵌め技や、特定条件下におけるほぼ最強の能力だったりと様々だ。
 放っておけば、さらに強くなってしまう。
 だから人間たちは見つけ次第即座に討伐することを推奨しており、討伐を証明すればそれなりの額が支払われるようになっている。
 だが、それにしては二つ名が表示されていない。
 特殊個体スペシャル・モンスターのようなモンスターは頭上に必ず二つ名が表示される。
 それ以外のモンスターもコモンスキル『識別』を使用すれば種族名やレベルなどが見えるようになる。
 残念ながらエクレールに『識別』はないが。
 それでも分かることはある。

「物理も、魔法も、効かない、のは、ありえない。何か、理由が……」

 全ての攻撃を完全に無効化にするのはシステム上不可能だ。そんなことはユニークスキルでもできはしない。
 つまり何か種がある。

『それを推理して、検証して、また推理して。殺し合いの緊張感の中、そうやって相手を倒すから楽しいんじゃない』

 不意にトーナメント戦の決勝戦の相手の言葉を思い出した。
 エクレールは理解はしても、自分はやりたいとは思わなかった。

「叩き潰す……! これが、シンプルで、一番、分かりやすい……」

 自慢の一撃により、地面に突き刺さっていた斧を持ち上げ、軽く空を薙ぐ。
 それだけで周囲にいた働き蜂ウォーカー・ビーは地に落ちる。
 叩き潰す。その決意を胸に巨人は走り出した。


 ○


 なんだ。なんなんだ! なんなんだよ!!
 ちっくしょう。痛くはないのに、何故か痛いと思ってしまう。
 当たり前だ。
 何せ、半身が持っていかれたんだからな。
 視界のHPバーだって、最大値・・・が半分以下にまで減ってやがる。
 このことから考えれば、きっとスライムは、HP=体積、なのだろう。
 って、何を冷静に考察しているのか。一刻も早く逃げなければならないと言うのに。
 まぁ、すでに全力疾走なわけだが。

 ――っ!

 再び『危険探知』に反応! 避けきれな…………えっ?
 粘体カラダに衝撃。しかし、HPは減らない。むしろ回復したくらいだ。
 なんで? え? 水を投げた? それとも魔法?
 あぁ~、もう! 訳わかんねぇ!
 だが、そんな悠長なことを言っている暇は無い。
 後ろからは何か巨大な物を振るった時に生じる風が起き、地面は地震と間違えるほどに揺れている。
 さっきから『危険探知』は発動しっぱなしだ。
 視界が血に染まり、やがて絶望に染まり、避けなければ『死』に染まる。
 だが、避けるのが精一杯だ。
 見えない。相手がどんなやつなのか。体格は、武器は、表情は?
 聞こえない。相手がどんな状態なのか。声は、場所は、様子は?
 デカイのだろうか? 叫んでいるのだろう? 何を振るっているのだろうか? どこから振るっているのだろうか? どんな表情なのだろうか? 怒っているのだろうか?
 何もかもがわからない!
 それじゃあ、どうの仕様もないじゃないか!!
 誰でも良い。誰でも良いから、この状況を教えやがれ!
 何も見えない。何も聞こえない。闇黒から出られないこの俺を、導いてくれよ!!

≪願いを確認しました。ユニークスキルを発現させます。…………完了しました。ユニークスキル『教導者Lv.1』を獲得しました≫

 ……へ?
 ユニーク、スキル?
 あっ。

 
 俺の願いを叶える、俺だけの能力。

 
 すっかり忘れていた。それに詳細はおろか、大雑把な能力も知らない。
 だけど、何故か《使って》とそう言っている気がする。

 ――ユニークスキル、発動。

 瞬間、光が溢れ出した。
 永遠の闇の中、何も見えない、聞こえない。
 そんな冥い夜に光が差し込んだ。

 熱があるわけじゃない。
 実体があるわけじゃない。
 それでも包み込みような、それでいて安心感がもたらされるようなそんな温もりを感じる。

《なぞって》

 また声が聞こえる。
 よく見れば、光は一本の線を描いている。
 くねくねと曲がりくねっていて、一瞬頼りなく思ってしまう。それでも――

《導いてあげる》

 ――俺はこの言葉を信じよう。

 巨大な何かはまるで嵐のような勢いで、武器を振るっているのだろう。
 だが、どんな嵐でも構わない。
 俺はもう、灯台みちしるべを見つけたから。


 ○


 巨人はひた走る。
 轟音を立てながら走り、強風を生み出す斧を振るう。
 巨体からは想像しにくい速度で振るわれた斧は、地面に罅を走らせ、土を掘り返す。
 その速度、その膂力。どちらも巨人のレベルの高さを示していた。
 しかし、スライムには当たらない。
 ギリギリではあるが確実にかわされていた。

「なんで、当たらない……?」

 エクレールは苛立っていた。
 難易度:F
 どこがだ!?
 相手は逃げるだけ。確かにダメージは一発も喰らっていない。
 相手は避けるだけ。確かに相手が僅かに遅れるだけで当たる。
 でも、それが遠すぎる。
 Fランクのスライムなんて所詮はレベル一桁の雑魚だ。
 それなのに『巨斧』エクレールは、自慢の斧の一撃を当てることさえ出来ずにいる。

「もう、被害が、どう、とか、言ってられない……!! 使う!」

 それを合図にエクレールの斧に雷が纏わり付いた。

 巨人種単眼族、名を『エクレール』。

 お菓子のエクレアが好きだからという理由で付けられた名前と、ランダムで転生した種族はあまりにも雷を彷彿とさせる物であり、何を間違えたかユニークスキルまでもが雷の名を冠した。

 ユニークスキル『雷神之一撃Lv.3』

 ベータテスターは、ユニークスキルをそのままにキャラクターだけ変えるか、キャラクターもそのまま――レベル一からやり直しだが――で正式サービスをプレイするかを選べるようになっていた。
 そして彼女・・は、ベータ時代からの二つ名『巨斧』からも分かる通り、キャラクターもそのままで正式サービスを始めている。
 そんな彼女がベータテスター最強である由縁は、そのユニークスキルにある。
 知られている限りでは唯一レベル三に到達したプレイヤーが、彼女なのだ。
 トーナメント決勝戦で使ったユニークスキルの力は、舞台を粉砕したほど。
 そして、それをスライムに放つ。

「――『大雷嵐斧』!」

 雷を纏った二本の大戦斧の攻撃が嵐の如し勢いを持って――

≪討伐クエスト『森を荒らす粘体スライムを倒せ――難易度:F』が変更されました≫
≪討伐クエスト『森を荒らす粘体スライムを倒せ――難易度:C-』に修正されました≫

 ――放たれた。

 木々は倒れ、地面は陥没し、まるで雷が何本も落ちてきたかのような惨状が、そこにはあった。
 巨神の雷斧による災害。
 『巨斧』と恐れ戦かれる理由がそこに在った。
 それは森も地面も関係なく、効果範囲内の全てを粉砕しつくした。
 ――――ただ一つ、スライムを除いて








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