癒しの花園を君に

サカエ

16.ふたりで癒しの花園を③〈最終回〉


 ゾンビ軍団。悪魔の行進。地獄の道行。
 王宮からの大脱出は、そんなおどろおどろしい言葉で国中に伝えられた。

 あの怖気の立つ大行進を思い出すたび、王宮に囚われたほぼ全員に発疹が描かれるとは思わなかったと、リアネはなんだか痛快な気分になる。

 リアネが描き起こした発疹の原画は、恋人の官僚とともに王宮に留まっていたエステル師匠の手によって、高貴な人々の顔や手に描き写されることとなった。
 モデルの特徴はそのままに、さらに美しくあでやかに描くことに秀でたお師匠様は、発疹の特徴はそのままに、さらにおぞましく気味悪く描くことにも天才的な腕の冴えを見せた。あの豪華なアトリエで、貴婦人の顔をキャンバスに、いつもの気取った調子で筆を動かすエステル師匠。
 想像すると素敵だ。

 反乱軍の兵士たちはおびえきって、城館から大挙して出てきた悪魔の病の患者たちに手を出すことができなかった。上官が「捕えろ!」と叫んでも、兵士たちは散り散りになって逃げてしまった。

 そのどさくさにまぎれて、なんとか走れるくらいまで体力が回復したリアネたちも脱出したのである。
 ほかの人に感染させるとまずいので、主流からはなれて出てきたためにすこし目立ってしまったけれど、こっちは絵の具ではなく迫力の本物である。目まで血走っている少女ふたりと、同行の発疹青年ふたりに縄をかける者はいなかった。

 あの悪魔の大行進は、カランジェラ宮最後の祭りだった。
 不気味な発疹で顔を彩った人々には、苦しそうな演技をしながらも、どこかやぶれかぶれな明るさがあったようにリアネは思う。

 悪魔の行進の中に、王と王妃はいなかった。

 黄金王とその正妃は、発疹を描かれることなく、宮殿に残ったのである。
「余がここに残って反乱軍の気を引けば、皆が逃げやすいであろう? 余は最初で最後の女であるマリアンジェさえいればよいから、皆の者遠慮せずに逃げればよい」
 王はそう言って、王妃に笑顔を向けたそうだ。

 さめざめと泣く王妃に「最初と最後の間にいろいろあったことは……ふたりきりになってからいくらでもあやまるから」と小声で言って。

 黄金王はたくさんの罪を犯したけれど、民が王を憎みきれないのは、最後のときまでしめっぽくならない、彼の底抜けの明るさのためだろう。そんな王様に王妃様は恋い焦がれ続けたのだ。

 別れのとき、王妃様はしあわせそうだったとテオドールは言った。
 母君の仇である王妃をそんないたわりの目で見ることのできる王子に、リアネは心うたれた。





 時は経ち。
 王と王妃は処刑され。

 年々大きくなる王制廃止の声に押し切られ、ゼルダス将軍は周辺のどこの国も成功していない、民主政治に踏み切った。

 王族はもういらない。テオドールは「王子様」ではなくなった。

 ゾエの提案した「おしおき」を受け、ゾエの故郷で薬師をやらされている。
 ゾエの故郷はど田舎で、医師も薬師もいないから、「おしおき」は当分……もしかしたら一生続くねと、リアネとふたりで笑い合っている。村長さんが薬草畑にしろと土地までくれたから、もう逃げられない雰囲気だ。

 セロは出世に血統が関係なくなった世の中に、意気揚々と乗り込んでいった。
 時々風のたよりに、ゼルダス将軍の腹心の部下となったセロの活躍を聞く。
 テオドールが田舎でのんびりしていられるのも、セロの暗躍あってのことだろう。

「セロの度胸と才覚があれば、きっともっとのし上がれますね」
「口と態度を慎めばなあ」
「心配なんですか? テオドール様」
「様はいらないってば」
「テ……テオドール」

 リアネはテオドールにそっと手を引かれ、並んで草の上に腰を降ろした。

 ふたりの頬を、そよ風がなでる。
 目の前の野原がやがて癒しの植物でいっぱいになったら。


 若草色の画帳の、続きを描こう。



           <おわり>


コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品