癒しの花園を君に

サカエ

13.若草色の画帳⑦

「アマリラの者がいるそうですね」
「な、なぜご存じなのです?」

 リアネはドアに耳をくっつけて、廊下の会話をきいていた。盗み聞きははしたないとか言ってる場合じゃない。

「その者をこちらに引き渡しなさい」
「なぜですか? 隔離を解いたら感染者が出ます」
「いいから、引き渡しなさい。すぐに臣下を寄こしますから、その者に渡すのです」
「安静が必要な病人を動かすのは反対です。理由をお伺いしたい」
「病人の安静など言っている場合ではないでしょう! あなた状況がわかっているの? 外にいる下賤な者たちが、我々が命乞いをするのを嫌らしく嗤いながら待っているのですよ! 誰が降伏など……。あんな者たちに国家を明け渡してなるものですか……! 我々は無事王宮を出て、正規の軍と合流しなければなりません。ここで反逆者に身柄を拘束されるわけには参りません!」
「王妃様……」
「浅はかな将軍にそそのかされたあの汚らしい兵士たちが、なぜ城館に踏み込まないかわかりますか? 悪魔の病が城館に蔓延していると思っているからですよ。ミュアンナの下男が発症しましてね……彼の悪魔の姿を見せつけてやったら、入ってこられなくなったのです。ミュアンナの下男はいい働きをしました。しかし死んでしまってね……。でもまだいたのですね、悪魔の病に冒された者が」

「あなたは病人を我が身を守る道具にしたのですか!」
 テオドールがらしくない尖った声で言った。
「誰に向かってものを言っているのです!」
 ぴしゃりと頬をはたく音がした。
「どうせ死病です! 死にゆく前に、簒奪者から王を守る楯になってもらったのです。名誉ある死を与えたまで」
「死病じゃない! 僕は死ななかった! 薬で治るんです!」

 ダン!と大きな音がした。

 リアネはびくりと身を縮めた。ドアの外はしんとしている。
 どうしたのだろう。なにが起こったのだろう。
 今の音はなに!

「ご退場願います。王妃様」
 セロの声だった。

「お、お、おまえ……わたくしにこんな真似をしてただですむと……」
「なにをやってもやらなくてもただですむ状況だとは思えませんので、いっそ感情に従うことにいたしました。アマリラを王宮に持ちこんだのがどなたか調べもついておりますので、口を封じたかったらいつでもどうぞ。しかし、封じる必要のある人物は私だけではありません。今回の件に関しても、十一年前の件に関してもね」

(十一年前の件? ……もしかして、テオドール様のお母様のこと?)

「死んだ下男はオウムの世話係だったそうですね。前回が子猿で今回がオウムですか。芸がなさすぎます。二度目ともなれば、誰かが動物を使って愛妾を狙ったのではないかと、いくらお人よしの王だって疑いを持つと思いませんか」
「なっ、なんのことだかわたくしにはわかりません!」
 王妃のものらしいせわしない足音が遠ざかる。

 リアネはへなへなとドアの前にへたりこんだ。解けた緊張とおどろきの事実に、足に力が入らなくなった。

 王妃様がミュアンナ様を殺そうとした。
 王妃様がテオドール様の母君を殺した。

 黄金王の愛人たちが、嫉妬からいさかいを繰り返していることは知っている。その多くはドタバタ喜劇みたいなものだけれど、裏ではこんな陰惨なことも起こっているのだ。

 王宮はこわい。

 外からやってきた反乱軍もこわいけど、中にいる人もこわい。なんとかこのこわい場所から、テオドールを連れだす方法はないものか……。

「あ」

 リアネはまだら模様の浮いた手を、ぽんと打った。



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