癒しの花園を君に
12.若草色の画帳⑥
良薬口に苦し。病は気から。
優秀な薬師が調合した薬のおかげか、はたまた「治ってやる!」という気合のおかげか、翌朝目覚めたリアネの身体は、前日より格段に軽くなっていた。まだ熱っぽいが、窓から外を見る体力くらいある。
眼下に見る庭園には、兵士がうようよいた。もう彼らは城館に踏み込んで、王族を捕えてしまっただろうか。テオドールは無事だろうか。
庭に王族の姿はないかと目をこらして外を見ていると、兵士のひとりが階上の窓のリアネに気づいた。おどろいた顔をし、こちらを指さしてなにか叫んでいる。周囲の兵士たちもリアネを見上げ、一様におびえた顔になった。
リアネは窓枠の下にしゃがみこんで、彼らから隠れた。見つかってしまってまずかっただろうか。
それにしても、悪魔でも見たかのようなあのおびえた顔はなに?
ふと、明るい朝の光の中、自分の手が視界に入る。
手? たしかに手だけれど、赤黒くて気持ち悪いまだら模様が……。
「ひっ……!」
リアネはひきつった声をあげた。
ふるえる手で夜着の前を開け、胸元をのぞきこむ。
赤と黒を主に使って、肌一面の無数の虫刺されを表現したらこうなる……というような、凹凸感のある赤黒い混沌がそこにあった。人の肌の色合いと質感では、断じてない。
部屋に鏡がないのは幸いだった。顔がどんなことになっているのか、想像だけでこわい。
「リアネ。起きたの?」
ノックの音と、王子様の声。
「いやっ! だめっ! テオドール様だめっ! 入ってきちゃ……」
リアネは寝台にもぐりこんだ。頭まで上掛けをかぶる。
かちゃりと鍵の開く音。
「具合はどう? 薬、持ってきたよ」
「良好です! 薬はひとりで飲めますから、おねがいこっち見ないで……」
「見ないと診断できない」
テオドールは上掛けをひっぺがした。意外と力が強い。
「あ、すこし顔色よくなってるね」
「顔色なんかわかるんですかっ」
リアネは両手で顔を覆った。
「わかるよ。はい、薬」
「……あっち向いててください」
リアネは起き上がって小皿を手にした。テオドールに背を向け、茶色い液体を飲み下す。
「うえっ。にっが〜」
「はい、水」
「ありがとうございま……こっち見ないでくださいってば!」
「そんな今さら……」
「今さらかもしれませんけど。だってきっとおそろしい顔……。そうだ、ゾエ! ゾエもこんなになっちゃったんですか? ゾエは大丈夫なんですか? 逃げてる途中で倒れたんでしょうか……」
「彼女は君を追ってきたんだ」
「えっ」
「一緒に逃げようとしてたんだろう? なのに君だけ城館にきてしまったから、連れもどしにきたんだそうだ。……いい友達だね」
リアネは両手で口元を覆った。
ゾエ。ああ、ゾエ。ごめんなさい。
「ゾエ……助かるんですか?」
「助けるよ」
「ゾエ、わたしなんかに構うから……。ゾエのほかにも、わたしの病気がうつった人、いるんじゃないでしょうか。逃げようとしてたとき人混みだったもの」
「そのことなんだけど……。この病気――アマリラっていうんだけど――潜伏期間が三日あるんだ。熱帯の病気だから、寒い地方ではもっとかかることもある。でも発疹が出る前の感染力は弱い。発疹がひどくなる前なら、普通に接したくらいじゃ感染しないはずなんだ。君とゾエは、三日以上前に、こういう発疹が出た人に会ったの?」
「会ってません」
「……じゃあ、熱帯の動物に触れた? 猿とか、鳥とか」
「鳥……」
オウム。
あのオウムは数日前から毎日、下男の手で屋根裏のアトリエに持ちこまれた。
「わたし、オウムを描いてたんです。オウムがめずらしいから、ゾエも見にきたの……」
「そのオウムは?」
「死にました。死骸はわたしの部屋に」
テオドールは納得したようにうなずいた。
そのとき、ドアがノックされた。
「セロ?」と王子がたずねたけれど、返事がない。かわりにノックの音がせわしなく繰り返される。
リアネは無意識に、テオドールの袖をつかんだ。城館は反乱軍に囲まれているのだ。
「テオドール様……」
しっというように、王子は唇に指をあて、ドアに近寄った。
「誰だ」
「わたくしです」
リアネの知らない女性の声だったが、テオドールが漏らしたつぶやきで、相手が知れた。
「王妃様……」
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