癒しの花園を君に

サカエ

7.若草色の画帳①

 朦朧とした記憶の中で、リアネはテオドールの言葉を思い出していた。
 薬草園でのおだやかな日々の中で、いつだったか聞いた植物の名前。
 これはコルフィッツク。本来なら熱帯にしか自生しない植物なんだけど――。
 彼はいつも、朴訥とした調子で薬草の説明をしてくれた。サロンで恋の即興詩を披露するほうが似合いそうなやさしい顔立ちなのに、話すことは薬草と薬品のことばかりだ。その隔たりがおかしくて、おとなしげな話し方もかわいらしくて、リアネはすぐに彼のファンになったのだ。

「乾燥コルフィッツクとサクフリッジの煎じ薬だよ」
 夢なのか現実なのか、過去なのか現在なのかわからないぼんやりした意識の中で、テオドールの声がきこえた。

 敷布と首の間に腕がさしこまれ、身体を起こされる。うっすらと目を開けたけれど、視界は霧がかかったようにかすんでいた。
「すこし苦いけど」
 口元に冷たい感触。あてがわれた小皿に入った液体を飲み下す。
「す……」
 すこしどころじゃないですよ、テオドール様。そう言いたかったのに、口がうまくまわらなくて言葉にならない。どうしちゃったんだろうわたしと思っている間に、ふたたび寝床に横たえられた。
「……ごめん、リアネ。前を開けるよ」
 前を開けるってなんですか? やはり質問は声にならない。けれど、胸が解放され空気にさらされる感覚に、ドレスはおろかシュミーズの前紐までが解かれたのだとわかった。
(ええっ? なにするんですかテオドール様やめてそんなのテオドール様じゃないうそうそいやいやこんなのってあんまりです――――)

「リアネ……。絶対助けるから……」
 リアネの身体を確認した彼の声は、ふるえていた。

 下着の前紐は元にもどされ、上掛けの感触が顎を覆う。
(そうだ、わたし、病気だった。おかしな想像してごめんなさい。それにしても、なぜテオドール様がわたしなんぞの看病を? さっきの薬は熱さましですか? もったいない、熱なんて寝てれば治りますよ……)
「テォド……」
「無理してしゃべらないで。眠って。大丈夫、君を守るから。安心して眠って」
 テオドールの手がリアネの額をそっとなでる。
 幼いころ父母がしてくれたのとおなじ、いたわるようなやさしい手。リアネは胸がつまる思いだった。
 父母は流行り病で死んでしまった。
 以来リアネは、熱を出したらひとりぼっちで寝て治す。誰も薬なんか飲ませてくれないし、上掛けを直してもくれないし、額をやさしくなでて励ましてもくれない。
「テオ……ルさま……」
 リアネが伸ばした手を、テオドールはそっと握った。

 ああそういえば、人の体温のあたたかさを、両親を亡くしてから長いことじっくり感じてなかったなあ――リアネはそんなことを考えながら、眠りとともに過去の思い出に落ちていった。



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