癒しの花園を君に

サカエ

6.反乱のあしおと③

 優雅。ほほえみ。
 機知に混ざったすこしの辛辣。
 それが、カランジェラ宮で最も尊ばれていたもの。

 王族と高位貴族の人たちは、武力ではなく優雅さですべての上に立っていた。けれど「優雅」はもうじき、「武力」に踏みにじられる。優雅の象徴であった城館は、召使いの集団逃亡でガランとしていた。

 人気のない城館に、ときおり動転した貴婦人のヒステリックな叫び声が響く。
「一体どういうことなのよおおお……」
優雅さなど微塵もない泣き声が、高い天井に吸いこまれてゆく。
 天井画の天使だけがほほえんでいる。

(夢を見てるみたい)
 熱で頭もぼうっとするし、足も鉛みたいに重い。こんな夢を見たことがある気がする。
 けれど夢ではない証拠に、テオドールの研究室の前には彼の従者であるセロがいる。
(いや、やっぱり夢? 夢でしょこの彼にそぐわない道具)
 主人である王子よりずっと優雅さで勝る美形のセロが、きこりが持つような無骨な大斧を構えて、今まさにドアを破ろうとしている。

「セロさん! どうしたんですか」
「リアネ。いいところに」
「テオドール様は……」
「テオドール様! リアネが来ましたよ。まだ彼女逃げてないんですねぇ、あなたが心配してやまないリアネはまだここにいるんですねぇ、どうします反乱軍はあらくれの傭兵も混じってるってうわさですよ。なのにこんなかよわい乙女が残ったまま! どさくさまぎれに彼らは美術品工芸品の掠奪もするでしょうけど、たおやかな乙女だって彼らにとっては素敵な御馳走かも」

 ドアがいきなり開く。
 セロは猫のように器用に、外開きのドアをよけた。

「リアネだめだ、はやく城を出て――」
 テオドールが言いきらないうちに、セロは主人の背後に回りこみ、背中から彼を羽交い締めにした。
「あっ、くそっ」
「セロさん、どういうこと……」
「自害しようとしてたんですよ、この馬鹿王子は。勘弁してください、主人に死なれたら私の名折れです」
 セロは研究室の中をひょいとのぞきこんだ。
「……首つりですか。私はてっきり毒杯をあおぐかと」
「薬を命を奪う道具にしたくない」
「縄だって自害の道具になんてなりたくないと思います。さあ逃げますよ」
「僕はだめだ! 僕が生きてたら国の混乱がますます大きくなる!」
「反乱がどう転ぶかなんてまだわかりませんよ」
「僕は九歳のときに死んでおくべきだったんだ、あの病で」
「でも死ななかったんだからここも是非生きといてください。ぐだぐだ言ってないで逃げますよ。あなたの愛しのリアネと一緒に」
「愛しって……わっ、ぎゃっ、リアネちがっ……。あれ、リアネ? リアネ!」

 リアネはぐったりとその場に横たわっていた。

 早い呼吸に、尋常でない高熱。
 意識はない。

 リアネの顔や手にうっすらと浮き上がる赤黒い斑点を目にしたテオドールは、セロの手をふりほどいて彼女に駆け寄った。
 追って近寄ろうとするセロを、いつものテオドールとはまるでちがう厳しい身ぶりで止める。

「セロ」
「なんでしょう」

「自害も逃走も中止。リアネを隔離する」



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