癒しの花園を君に

サカエ

1.見習い画家と白衣の王子①

 幼子の頬のうす桃色や、卵の黄身のこっくりした黄色。夕日の橙、たそがれの紫。
 王宮の庭園にはありとあらゆる色彩の花が、競うように咲いている。花から花へ舞い飛ぶ蝶になった気持ちで、リアネは花から花へ視線を舞わせた。

 リアネの画帳は、美しい盛りを描き止めた、鮮やかな花々でいっぱいだ。
 薔薇に菫にアマリリス、よく知られた花々もいいけれど、画帳をもっと充実させるために、めずらしい植物も描き止めたい。
 リアネは敷地の隅に足を向けた。明るい色で満ちあふれた庭園とは雰囲気のちがう、あまり人が立ち入らない地味な薬草園があるのだ。
 園芸種の華やかな草花とは異なった趣きの、つつましやかな植物たち。

 リアネが薬草園を見渡していると、リアネとおなじように画帳を抱えた少年がいた。
十四歳のリアネより、みっつよっつ年上だろう。通った鼻筋やすっきりした顎の線は上品だけれど、汚れた白衣が衣服を隠しているため、身分がよめない。

 同業者かな。宮廷画家見習い?
 そう思って、リアネは彼に親しみをこめた笑顔を向けた。
 少年はびっくりしたように目をぱちくりさせて、持っていた画帳を地面に落とした。
 風ではらはらとめくれる、分厚い画帳。あわてて拾う少年。
(うわ。へったくそ! 同業者じゃないな、絶対)
 画家見習いでなければ、こんなにたくさん植物の絵を描く理由はひとつだろう。
「それは、ここの植物の記録ですか?」
「う、うん……」
「ここの植物だけで、そんなに厚い画帳が要るんですか? すごい種類!」
「この薬草園には三千種以上の薬草が……」
「三千種! すごい! 花が咲く草や、葉の形がめずらしい草はありますか?」
「花は、今の季節だったらスナッドランやスピーディルやデネットラやコルフィッツクやチコリロやドロッパードや……」
「きいたことない花ばっかり。見たいなあ……」
「薬草なんか、見たいの?」
「めずらしい花がたくさん見たいんです」

 リアネの返事に、彼は顔を紅潮させた。前髪に半分かくれた黒い瞳も、きらりと強く光った。表情が乏しくてわかりづらいけれど、たぶん「うれしい顔」だと、リアネは思った。
「めめめめずらしい花なら、ここにはいろいろ、いろいろ、そりゃもういろいろ……」
「もしよかったら、案内してもらえませんか?」
「い、いいよ」

 彼のぎくしゃくした後ろ姿に続きながら、リアネは思った。
 薬草園に関心を示す人は、あまりいないのかもしれない。だって花が見たいと言っただけで、彼はこんなにうれしそうだもの。

 彼はきっと、この薬草園が好きなんだ。



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品