元勇者の吸血鬼、教師となる

妄想少年

035

 ピーンポーン! ピーンポーン!
 
 「ん? うちに客……?」
 
 それはとある1日のことだった。現在の僕は、教師としても活動しながら、不良君に稽古をつけている生活を送っていた。不良君には特別待遇をしてしまっているが、そういうことは気にしない精神で教えている。
 見る見るうちに成長していったものだ。うまいこと筋肉が膨張しないように調整しているから見た目にあまり変わりは無いが、恐ろしいまでに強化されている。それに親友の教えも加わることで、ハイブリッドな少年になり始めていた。
 
 「はいは~い。ちょっと待っててくださいね~。」
 
 でもって今日は休日、珍しく誰かが家にやってきた。
 ちなみに、あの子についてはまだ家で匿っている。何時まで匿うことになるのかはルディに一任しているのが、見ている限り終わりそうにない気がする。
 尚、仮面をつけているというのは流石にあれなのでマスクだけにしておいた。仮面という意味のマスクではない。ただの生活用品のマスクだ。
 
 「どちらさまですか?」
 「--突然お訪ねして申し訳ありません。私は柏木貞夫と申します。あなたがこの家の家主でよろしいでしょうか?」
 「いえ? 今家主は留守にしています。宜しければご用件を伺いますが?」
 
 なんかアジア魔術協会の幹部が来たんですけど。
 咄嗟に嘘をついたが、内心少しだけ驚いている。まぁ、ここに来る理由なんてあの子のことぐらいしか考えられないから直ぐに落ち着いたが。
 むろん、表情には出していない。マスクはしていてもニコニコお兄さんフェイスは崩していないのだ。鼻毛すら動いていない。
 
 「……ふむ、留守でしたか。ちなみに、いつ頃帰られるのかお聞きしても?」
 「さぁ、年中どこかを飛び回っているので分かりかねます。して、ご用件はいかがなさいますか? 家主に伝えて欲しいというのなら私が代役いたしますが。」
 
 代役もくそも家主は僕なのだからそのまま伝わるぞ。
 だから存分に話せばいい。僕を害するつもりならば闇討ちぐらいはする覚悟だし、もしも家族に手を出したり人質にしようものなら即殺す。
 さて、返答は如何に?
 
 「失礼ながら、あなたは何が何でも守秘すると誓えますかな?」
 「初対面の人にそれは無いかと思いますが? 別に、私が誰も来なかったと言えば家主に伝わることはありませんし、敢えておかしな伝え方をしても宜しいのですよ? 要件があるのならば早くお願いします。もしくはお帰りください。」
 
 面倒くさい人間だと分かったので適当にあしらうことに決めた。
 こいつの話を聞かなかったら僕が困るということは無い。やらかしていることの証拠も揃えているのだから何時でも豚箱に送り込める。
 泳がせているのは不穏な会話をしていたからだ。
 そもそも、僕と変態の侵入を許す程度の腕前なら、同じ土俵にすら立てていない。僕だって心はあるので、下に見られたら見返すぐらいのことはする。
 
 「では……此処に世話になっている少女の身柄を引き渡していただきたい。彼女は私の保護下にありますので。もちろん、謝礼はしましょう。」
 「え? すみません、何の話ですか?」
 「……一週間後、返答を聞きにきます」
 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 柏木さん!?」
 
 とりあえず、『お前頭おかしいんじゃねぇの?』と言外に伝えそのまま放置した。かまかけならともかく、この家にいると分かっているのなら物凄くイライラしただろう。
 こちらは本当に分からないような態度で問いただしたのだ。
 少なくとも、『あれ? もしかして来る家間違えた? ……うわ、恥ずかし』みたいな疑心が芽生えているころだろう。
 そうだったら嬉しい。僕の心も救われる。
 ……まずはあの子とのお話しになるね。ふざけていられる話じゃなさそうだ。
 
 ◇
 
 「ってことで、君の保護者を名乗る柏木貞夫がやってきました。君のことをボコしていた人ってのは分かってるけど、どんな人か話してくれる?」
 『分かりました。』
 
 一旦全員を集めて、柏木貞夫に対することを話し合うことにした。
 一方的に集めた上に美雨ちゃんには話せと恐喝していることになるが、こればかりは話してもらわないと分からないので仕方ない。
 後ろにルディを配置してある。精神的にやられて吐きそうになったとしても、優しいオカンスライムのルディが受け止めてくれるだろう。
 さて、第一関門はクリアだ。美雨ちゃんは少し躊躇いがちに魔法を使い始めた。
 
 「じゃあまず、何をしている人なのかな?」
 『どこかの組織で働いていたと思います。どこの組織かは分かりません。どんな役職なのかも知りません。すみません。』
 「いや、別に謝ることじゃないよ。一応、あれの情報は集めておいたからねぇ。君の証言が違ってたらちょっと困るしね」
 「まぁだ信用仕切ってないんですか? そろそろ素直になりましょうよ」
 「やかましい。僕が人を信用する条件はウルトラ厳しいんだよ。あとさ、いつも言っているけど言い方考えようよ。なんで僕を犯罪者とか変態として扱いたいの? シャルってもしかして僕のこと嫌い? 泣くよ?」
 「いえいえ、家族として愛していますよ」
 「逆に異性としてだったら精神状態疑うわ。……近親相姦は……ちょっと……きついよねぇ。そんなことするのゼウスのじいちゃんぐらいだよ。」
 『あの、いいですか?』
 「あ、ごめんごめん。真面目にするよ。」
 
 近親相姦のワードは子供の前では少しまずかった。
 一歩間違えればセクハラであり、僕の名が面白おかしく使われることになる。外見が外見だから素材として扱われるようになっても仕方ない。
 否、素材として扱わなかったおかしいほど奇抜である。
 なにより、教育者的にまずかった。まぁいいや。
 
 「んじゃあ、君はあれに何をされてきた?」
 『魔術での攻撃です。あれ自身は私の両親にされたことをそのまま返すだけだと叫んでいました。ですな、理由は分かりません』
 「なるほど。ご両親は?」
 『既に--』
 「あぁ、いや、言い方が悪かったね。抽象的でもいいから、どんな人たちだったのかを教えてくれるかな?」
 
 柏木貞夫の家族関係を洗いざらい調べるまではしていない。
 ということで、この子の両親は名前すら知らない。たぶん、そっちの情報は龍牙のほうが調べているだろう。
 まぁ、一応知っておきたいだけだ。やむを得ない事情もしくは、子供に八つ当たりしても仕方のないような仕打ちをする人間だったのかもしれない。見た限り柏木貞夫の思考はまともなようだし、あちらが全面的に悪いのかは分からない。
 この子にしたことな別で、もちろん悪いけどね。
 
 『私の記憶している限りでは、両親は厳しいけど優しい人でした。理不尽に暴力を振るわれた覚えはありません。過去がどんな人たちだったのかは知りませんが、あれを痛めつけるような人たちではないと思います』
 「少なくとも表面上はいい人なんだね。うん、厳しさの中に優しさがある両親ならいいじゃないか。君がひねくれきってないのは両親のおかげだろうね。」
 『そうですね。』
 「ん? どうしたの?」
 『いえ、なんでもないです。』
 
 なんとなくはっきりしていない様子だ。
 まぁ、両親がまともだったという事は分かったので構わない。
 本来ならばこの子が生まれる前について知りたいのだが……そこはたぶん、誰かに依頼することになるだろう。
 ……フィリップでいいか。余計なことを考えずに働いていたほうがあいつも幸せだろう。幸せなまま過労死したらまずいけど。
 
 「さて、そんじゃあこれからのことだね。柏木貞夫は一週間後にまたここに来ると言ったよ。君のことはとっくにバレていたらしい。ということで、君はこれからの行動を決めなくてはならないね。」
 「主人、このまま匿うって選択肢はあるのかな?」
 「あるよ? でも、僕らがこの家にいないときはどうなる? たぶん見計らって来るよ。その時に僕らが守れるかと聞かれれば答えはいいえだよ。もちろん、四六時中誰かが側にいるってのなら話は別だけどね。」
 「《分身》でどうにかならない?」
 「気力が持つかってところだねぇ。ピンポイントで消えたらどうにもならないよ。」
 「……なるほど、このまま匿うってのは無理みたいだ。」
 「そうなるね。」
 
 このまま匿うのは正直難しくなる。能力をフル活用するば護りきることは出来なくも無いが、ここまで特定した魔術師だ。ある程度の実力はあるのだろう。
 生憎、ゴーレム作りやホムンクルス作りはあまり得意では無いので、それらを設置して護らせることも難しい。建築馬鹿の勇者に頼めばいけるだろうが、所在が掴めないのでどうしようもない。厄介だ。
 
 「一時的に誰かの家に預けるというのはどうですか?」
 「う~ん、それだと根本的な解決にならないんだよねぇ。預けている間に柏木貞夫を潰せばいいっていう簡単な問題でもないし……」
 
 宛ならある。親友の家、フィリップの店、リベリオンの本部、祖父さんの家、実家、悪魔族の住んでいる場所、天界、神界、鬼の里--と、探せばもっとあるだろう。
 しかし、預けるのが終われば意味を成さない。
 柏木貞夫を殺したとしてもアジア魔術師協会に特定されることは目に見えているし、この子の精神的な問題もある。
 恐らく、ルディが側にいることが精神安定剤になっている状態だ。転々と移動させるというのも精神的に危険だろう。
 
 「……やるとしたら、協会単位での破壊になるね。」
 
 極論、協会自体をぶち壊せばいける。残党すらもいなくなるように徹底的に殺し尽くし、この子の存在を知るものを消せば問題ない。
 だがそれは、罪もない人間も殺すということであって、たかが一人の少女のためにする事ではない。やれと言われても報酬次第だ。
 
 「それはまずいですね。流石にやりすぎでしょう。」
 「うん。まぁ、やろうと思えばやれるけどね。」
 
 さて、どうしたものか。

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