元勇者の吸血鬼、教師となる

妄想少年

026

 「すまん、さっきは取り乱した。」
 「気にしなくていいと思うよ。部下で悩むのは上司として当然のことさ。能力はあっても人間の感情や都合を考えるのはその人を見ないとまったく分からないからね。過ぎたことはスルーしておこう。うん。」
 
 結局、フィリップがまともな状態に戻るまでに五分ほどかかった。これで何かがあった場合、責任はフィリップに全て押し付けよう。
 組織の当主だから悩んでいるらしいが、気軽に引き受けたフィリップが悪い。祖父さんだって予め注意はしていたのである。完全に自業自得だ。
 
 「……で、魔物が活性化してるからなんだって?」
 「結論を出す前に一度考えを合わせておこう。そちらのそうが混乱しないだろうからな。さてゼクス、エレボス、お前らにとって魔物の活性化とはなんだ?」
 「その名の通りじゃないの? 繁殖期を迎えたとか?」
 「……大量発生と凶暴化、そんなところかな。」
 「うむ、どちらも正しい。繁殖期を迎えたかどうか……いや、そもそも魔物が繁殖するのかどうかは知らんがな。ちなみにエレボス、魔物とはどうやって生まれてくるのだ? お前はそちらの専門家であろう?」
 
 僕やフィリップはどちらかといえば対人に慣れている。知識もそちらよりであり、魔物とは戦い方やちょっとした習性ぐらいしか知らないのだ。どのようにして生まれるのか、繁殖はするのか等、想定は出来るが真実は知らない。
 その点、エレボスは魔物や幻獣のエキスパートである。妖怪に関しては日本古来のものなので詳しくないだろうが、あっちの生物については詳しい筈だ。
 考えられる生まれ方は大きく分けて二つ。母体から生まれてくることと、自然発生することだ。魔物はよく分からない生物だし、幻獣は災害のような現象といったほうがいい。幻獣は自然発生のほうが考えられるだろう。
 
 「色々あるよ。自然発生したり、繁殖したり、人工的に作られたり、無から生み出されたりね。自然発生するのはかなり化け物だったり、生殖能力が無い種族だったり、不老不死だったりする場合だね。繁殖はそのまま。人工的にってのは色んな魔物を組み合わせたり、人と魔物を組み合わせたりだね。無からってのは人為的且つ何もない場所から、分かった?」
 「僕はオーケー。」
 「ちょっとまて。少しメモをとっておく。……よし。」
 「はや。十秒かからなかったね。」
 「……だって、仕事早くないと……」
 「あーよしよしよし、先生ェー! また傷えぐるなよ! フィリップちゃん泣いてるよ! ほらぁ! 謝りなよォ!」
 「これは理不尽だと思う」
 
 書くのが早いことを褒めるだけで怒られるのは酷いと思う。エレボスには苛ついた。あとで腹パン決定である。
 いつかのも含めて計五回ぐらい殴っておこう。
 
 「うわ、なんか寒気が……」
 「ん? 燃やしてあげようか? 今なら本気が出せると思うよ。灰になっても、死ななかったら構わないよね? つか一旦死ねよ」
 「な、何に怒ってんのさ……」
 「自分の胸に聞いてみたらいいよ。それぐらい理解しろよボケ」
 「シャルよりも口悪いよこの人。」

 弄られ担当なのに理不尽言うのが悪い。大人しく弄られていればいいのだ。
 ……これ異常言うとブーメラン刺さりそうだなら止めておこう。
 ということはおいておいて、祖父さんとは何なのかちょっと考えてみる。あの人は無から生まれて、不老不死で、あらゆる神権や能力を持っていて、生殖機能があって……と、正真正銘の化け物だ。まったくもって意味が分からない存在である。
 
 「フィリップ、今回の魔物の活性化は、どういう状態なのかな?」
 「凶暴化と数の増加が主な内容だ。ディランの奴がロシアに行っているのは知っているだろう? あれは凶暴化により暴れ出した巨大な魔物のせいだ。ちなみに、暴れ出したから手を出してもいいという理由で嬉々として駆けつけていたな。きっと強い魔物と戦いたかったのだろう。ゼクスも簡単な組み手ぐらい付き合ってやれ」  
 「やだよ面倒くさい。……ロシアが云々ってそこに繋がってたんだね。」
 「ん? ロシアに行くことがおかしかったりするの?」
 「北方領土問題から考えて見ろ。日本とロシアが友好国だと思うか? 政府が最大戦力をみずみず手放すことを許すと思うか?」
 「リベリオン自体は政府とはあまり関係ないけどね。命令を受けることは無いけどあまり勝手なことも出来ないんだ。つまり、序列一位を必要とするほどの化け物が現れたってことだよ。国際的なこと絡んでいて面倒だよね。」
 「ロシアで殺せなかったら日本に来ることも考えられるからな。被害を出す前に外部で殺しておきたかったのだろう。それ故に奴が出ることを許可したのだ。これが飛行しない魔物且つ広大な海を跨いでいなかったら無視だったであろうが……」
 
 政府としては正しい判断である。公式に日本で最強なのはあいつなのだ。それをみすみす国外に手渡す重鎮はいないだろう。死んでもいい雑兵なら代わりは利くが、あいつのような巨大戦力は他に少ないのだ。無論、強者ならば他にもいるのだが、それらに依頼を出したり使いつぶすには情報が欠落している。
 本来ならば防衛のために首都においておきたい筈である。侵略のために外に出すのは嬉々として行うが、防衛のためとなると渋り出すのが人間、正確には権力ある弱者である。
 恐らく、これが日本とロシアの更なる友好に繋がることは無い。むしろ、日本がロシアに対して貸しを作ったことになるのだろう。まったくもって日本政府は活躍していないが、それで図に乗るのが馬鹿な議員などである。聡明なものもいるだろうが、厄介なことになるのは間違いない。……友好代わりに交換留学などが起こらないことを願うばかりである。
 
 「……なるほどね、大体理解したよ。友好国ならまだしも内心嫌い合っている国ならではの問題ってことか。結果的に防衛になるから仕方なく……相変わらず人間社会は大変だねぇ。武力でどうにかなる僕らとは大違いだ。」
 「流石、武力で頂点まで上り詰めた者のいうことは違うな」
 「あはは……1対1ではもうかなり負けてるけどね。」
 「鍛えればいいだろう。さて、話は戻すが活性化についてだな。私がゼクス……《灰燼の勇者》だけではなく、《王位の邪神》であるエレボスを呼んでもいいと言った時点で、何となく察しているだろう?」
 「ちょ、恥ずかしいからそういうの止めてよ。一度も自分で名乗ってないし、それがついた由来も由来なんだからさ。」
 「フィリップ君、頼むから止めてくれる!? 昔は割と気に入ってたけど今じゃ邪神王でも無いんだから! ……もう中二病とか言われたくないんだよぉ」
 
 僕の恥ずかしい名前に関してはスルーしておくとして、大事なのはエレボスの立場だ。
 その名から考えられる通り、エレボスは邪神と呼ばれる存在の王位に座していた者である。僕らがあちらの世界に行く原因になったのがこいつである。何の因果で今同居しているのか分からないが、エレボスは邪神だったのだ。
 そして、邪神が云々から導き出される答えは単純明快--
 
 「この問題、我らアサシンは邪神軍の残党が引き起こした物だと考えている。これを伝えることになった理由はゼクスが勇者であったことと、他の勇者との面会は難しいと判断したためだ。所在が分かるのはお前ぐらいだからな……」
 「自由奔放な馬鹿、あちこち動き回る社蓄、建築に命を懸ける変態、もう訳わかんないね。全員が魔力隠蔽出来るから真面目にどこにいるのか分かんない。どんな勇者だよ」
 「唯一所在が安定している勇者はとても勇者といえる性格ではないからな。」
 「さり気なく失礼だね、この野郎。」
 「邪神だと考えている理由はやはりあの日であるな。直接私は見ていないが、組員の一人が逃げ出したことを知っておる。」
 「……無視か。」
 「考えてみれば当然のことだがな。日本の研究者如きがあちらの手助け無く魔法的現象を起こせるわけがない。何名か器になっていることは間違いないだろう。恐らく、邪神は器の中にいながらも自由に移動し、因子をばらまいているのだ。現に証拠となる映像を撮影することに成功した。今からデータを送るが、スマホは持っているか?」
 「僕は持っているよ。エレボスは?」
 「一応ね。でも回線悪いからちゃんと届くか分かんないよ?」
 
 スマホは常に持ち歩くようにしている。使用する機会なんてものはほぼほぼ無いのだが、簡単に調べ事をするのには便利なのだ。
 友達? 所在不明番号不明がほとんどですが?
 知り合い? 五年前から消息不明がほとんどだよ。
 決して友達がいないわけではない。十人ぐらいはいるだろう。……使わないのは仕方がない。基本的にやりたいことがないのだ。
 日に一回振動すれば普通である。三回でもう珍しい。
 
 「む、そうか。では送るぞ。ちなみに私の連絡帳は五百人ほどだ。」
 「うわぁ、嫌みったらしい。流石暗殺者、煽りスキルは十分だね。喧嘩なら買うよ?」
 「遠慮する。お前と戦おうだなんて欠片も思わん。……と、これでいいな。どうだ? ちゃんと送られているか?」
 「……うん、この動画が?」
 「これって見たらヤバいような……まぁいいか。」
 「無論ヤバい代物だ。なにしろ、近年最大の汚点であるからな。持っていることを知られたら天皇直属の部隊やらから四六時中狙われるであろうよ。……あぁ、安心しておけ。情報を取り締まる所には私の部下を派遣している。それに、様々なことを弄ってあるからバレることは無いだろう。バレてもお前らなら無事だろうしな。」
 「どこにでもいるよねフィリップの部下。うちの学校にもいたり?」
 「……さぁ? 知りたければ金を払えばいいだろう? ……あぁ、そういや派遣したやつ高校生好きの変態だったな……あれも扱うの嫌……ほんと……」
 
 変態がどうこうについては聞こえていない。吸血鬼の並外れた聴覚で確実に耳に入っているが、情報は一切伝わっていない。
 さぁ映像を見よう。うん、大事なのは話だ。フィリップの愚痴に関しては酒でも呑ませて忘れさせてやろう。
 ……今度からちょっとぐらい優しくしようかな。
 
 「あ、ハッキングとかのこと含めて三万上乗せするぞ。」
 
 --やっぱ止めよう。
 それから僕らは映像を見て、これからどうするかを話していった。
 

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品