元勇者の吸血鬼、教師となる

妄想少年

018

 「ということで、今日は実践訓練です。これまでに教えた基本属性魔法、そして魔力障壁を上手く活用して戦ってください。もちろん、実戦を想定した訓練ですから、基本的に何をしても構いません。死なない限りは助けます」
 
 ちょいと強めに風魔法を使ってしまってから数日、今日は生徒の待ちに待った実践訓練の日であり、体育館を貸切にしている。これで怪我人が出たとしても、直ぐに助ける環境は整った。否、怪我をする程自由に出来る空間が出来上がった。今までの授業では人にぶつけなかったため、怪我することはほぼほぼ有り得ないものであったが、今日は別である。
 ゲームのような安全を完備した戦いは用意出来ない。危険は当然あり、僕に出来ることは怪我人が出たら直ぐに完治させることぐらいのものだ。そのために目は光らせておかねばならない。
 
 「……さ、二人一組を作ってください。余ったら僕との模擬戦闘です」
 
 え、怖がられていた副会長だから二人一組は嫌いじゃないのかだって? 当然嫌いだ。毎回残されるのには心からグッとくるものがある。親友は恋人と仲良くしていたし、友人は他に組んでいたし……毎回余りだったのをよく覚えている。
 しかし、だからこそ僕も同じ事をしようではないか。これは学生時代、うちのクラスだけ奇数にした糞親父に対する微かすぎる復讐である。生徒にそれを押しつけるのは間違っているが、これに関しては何の後悔も反省もしないと誓う。
 とは言っても休みの柏木が来なかった場合はこれにすると決めていたことだ。流石に、余りが出ているのに何もしないというのもどうかと思う。三人組は少し回しづらい、ということで僕とのペアに決めさせて貰った。
 
 「田中ァァ~~組もうぜーー!」
 「おうよ。イネスさんはハブる方向でいいな?」
 「もちのろんだぜ! 恨まれても……本気で逃げるしかないな」
 「流石にペアぐらいは見つけておりますわ……」
 「煽りが通じない……? 誰だお前! 高飛車な喋り方のくせにツッコミは切れるし妙に優しくて親切でツッコミの切れるイネスさんじゃないな!?」
 「何故二回言いましたの!? 私の一番良いところはツッコミなんですの!? あと誉めてくださりありがとうございますわこの野郎!」
 
 ……あのアホ共を三人組にやらせれば少しは被害が小さくなるのではないだろうか。座学の時は真剣そのものだというのにこいつらは……。あぁ、藤堂が言ってたっけ。あいつら有能な馬鹿だから頑張れって……。まぁいい。あの三人組の誰かでも無い限りは僕に被害が来ることは無い。僕は実技外の悪意ある攻撃以外はなるべくスルーするつもりだ。
 
 「--ん、決まりましたか? ではあまりの……阿久津、こっちへ来てください。先に実演を僕らでしますので。」
 「了解した。」
 
 残ったのは予想通りというかなんというか……一人でいることの多い阿久津だった。逆に、誰かと一緒にいたことを見たことが無い。はたして話しかけられないのか、それとも一人でいることが好きなのか……分からない。
 直接聞くというのもなんだかなぁ、という話である。教師として偶に誰かと一緒にいさせるぐらいはしておいたほうがいいのだろうか。後で藤堂と相談しよう。
 
 「えー、実践を想定しているので、武器も異能も使って構いません。ただ、同時に扱いきれるか、そういうことは自分で考えて戦いましょう。武器に関してはそこに纏めているので各々取ってください。」
 
 武器は剣、細剣、斧、刀、槍、棍棒、短剣、ゴム弾の拳銃、弓、大鎌を用意してある。大鎌に関しては必要性を欠片も感じられないが、藤堂がロマンだからといって学校に購入を申請したものだ。こんなものが通っていいのだろうか。
 しかも、今は大砲や鉄パイプなども申請しているらしい。この学校は何を目指すのだろう。
 
 「微調整が必要なら言いにきてください。魔法でどうにでも出来ます」
 
 付け足したり削ったり、魔法で出来る範囲のものだ。なんなら、吸血鬼特有の能力を使ってもいい。一から作ることも不可能ではない。
 
 「あぁ、数は何本とってもいいですよ。備品だけなら数百はあるらしいので。そんじゃ阿久津、先に取ってきてください。」
 「先生は如何に?」
 「もう用意しているのでいいですよ。」
 
 その場で作れるからわざわざ持っている必要はない。まぁ、能力が使えなくなった時に何も出来なくてはいけないから作ってはいるがね。ただ、殺し合いをしないのにそんなものを使う理由は無いので能力で作ればいい。
 
 ◇
 
 「あー、富樫、開始の合図をお願いします」
 「へーい。レディィィ……ファイト!」
 
 富樫の合図を持って、始めに動き出したのは短剣を十数本取った阿久津。彼の狙いはスピードで相手を翻弄することだった。短剣を一本投げ、詩季の反応を見るつもりである。
 
 対する詩季は無手。彼は吸血鬼であり、数個の能力を持っている。その中に影を操るモノがあり、予め武器は準備していなかった。人間相手に吸血鬼特有の能力を使用するつもりという大人気ない存在である。
 
 「小手調べ、ということですか?」
 「……」
 
 詩季は阿久津から投げられた短剣を足裁きのみでかわしてから阿久津に問いかける。詩季からの質問に対して阿久津は返答をしない。いや、質問に対する答えは彼のなかで決めていた。それは--
 
 「--《ファイア》」
 
 火魔法、阿久津はただの火球を作り出し、詩季に対して飛ばす。と、同時、詩季の背後にあった短剣が爆発し、その爆風が詩季へと襲いかかる。フェイントを織り交ぜ、最初から仕掛けられていた攻撃だった。その熱量はかなりのものであり、普通の人間ならば火傷は免れないものであった。
 
 --《魔力障壁》
 
 詩季は爆風を魔力の壁で防いだ。これが魔力障壁、魔力を圧縮することにより、擬似的な壁を作り出すという魔法の基本である。詩季はこれを爆風が当たるところにのみ展開し、魔力の消費を抑えた。
 
 --いきなり不意打ち、ねぇ。将来は暗殺者か何かかな。もしかして同業者になるかもしれないなぁ。生徒と教師が暗殺者……うん、面白そうだ。
 
 アホなことを考えるぐらいに詩季には余裕がある。これぐらいの手法なら慣れたものであり、来ることはなんとなく予想していたからだ。才能はなくとも経験のある詩季、彼に一度使った技は基本効かない。
 阿久津は詩季に火傷が無いことに対して驚くことはなかった。不意打ちとは言ってもやはり小手調べでしかなく、次の攻撃は決まっていたからだ。
 
 「--《ファイア》、《ウォーター》、《ウィンド》、《グランド》、《ライト》、《ダーク》、集中放火……!」
 「基本属性全部使いながら移動……っ!? あはは、この短期間でそれだけできるようになったんだ。……才能の差を感じるなぁ」
 
 魔力障壁を六枚展開し、余裕で防いでいる詩季はショックを受けている。ある意味、これが一番の精神攻撃になるのかもしれない。ただ、その構えに油断は無く、どのような攻撃にも対処出来るようになっていた。
 
 「ではこちらからも……うぉっ!?」
 「……チッ」
 
 基本属性を全て使用することによる場の異常さは、人の視界を邪魔することには充分だった。阿久津はその異常を利用し、詩季の首筋を短剣で狙った。逆手持ち、短剣術の基本であり、動きは相手を暗殺することに長けたものだった。
 
 「凄いですね。六つの魔法を同時に操りながら暗殺を狙うとは……。並行して何かを進められるというのは素晴らしい才能です。既に人間の脳を超えているといっても過言ではありませんね。」
 「余裕で裁いている癖に何を言う」
 「いやまぁ、鍛えている時間が違いますからね……? たかが数年しか鍛えてない生徒に負けるほど短い鍛錬じゃありませんよ。」
 
 無駄な会話をしている間も阿久津と詩季の攻防は続いていた。阿久津が魔法を放ちながら短剣での攻撃、それを詩季が魔力障壁や裁きでかわしている状態である。……そう、詩季は一度たりとも阿久津へ攻撃をしていなかった。
 詩季の力ならば模擬戦闘を一瞬で終わらせることが出来る。だが、それでは見せる意味が無いのだ。阿久津からの攻撃を防ぐことで、対処する方法を教えなければならない。
 
 「アドバイスをするなら動きが単調といったところですね。定跡を自分で作っているのかもしれませんが、見破られたら意味がありませんよ」
 
 魔法が全て決められたものならば定跡を作り出すことは可能だ。しかし、この世界に魔法の規定などないため、あらゆる事象を引き起こせる力がある。対応はこれしか出来ない、などというものを作り出すことは不可能といっていい。
 と、考えれば阿久津の動きは単調と考えられるものだった。この攻撃をすればこの攻撃……というように、パターンが決めっている。それでは、詩季に見破られて対処されてしまうのだ。別パターンを数十用意していれば話は別だが、阿久津は用意が出来ていなかった。
 
 「まぁ、そういうことは藤堂先生に習ってください。」
 --さて、生徒に模擬戦闘がどんなものか見せつけたことだし終わりにするとしようか。教師に負けてもプライドなんて傷つかないよね?
 
 教師に負けることは恥だろうか?--否、油断や卑怯な手を用いていない限り、教師に負けることは恥でもなんでもない。なにしろ、その分野の専門家なのだ。ふつうに考えて、教師に負けることは当然のことだろう。
 そう考えた詩季は模擬戦闘を終わらせるためにタイミングを伺う。現在阿久津の攻撃を絶え間なく受けているが、その隙を狙って距離を取ればいいのである。背後に遅延性の魔法の存在は認識していない。ならば……問題ない。
 
 「そんじゃ、一旦終わりにしようか。--《アイス》」
 「ぬぐっ……!」
 
 その刹那、阿久津の両手足は氷柱によって固定され、模擬戦闘は呆気ない終わりを迎えた。敢えて『言霊魔法』を使用したのは、まだ他二つを教えてないからである。
 
  

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