元勇者の吸血鬼、教師となる

妄想少年

009

 「ほ~い、それじゃあ授業初めますよー」
 「きりーつ、礼っ」


 イネスさんのはきはきとした挨拶が教室に響きわたる。流石に、あいさつにお嬢様口調は使わない様子。親御さん……かは知らないが、教えた人は一応気遣っているのだろう。まぁ、どうせなら統一しろという意見も僕の中にあったが。


 「改めまして、僕の名前は藤原詩季です。異能は無能だけど、魔法は得意だから安心してくださいね。宜しくお願いします。」


 僕が無能だと思い、疑いの目を向けている者がいることを知っているのでとりあえず言っておく。行動は大事だが、言葉で表すことも大事なのだ。


 「さて、これから魔法の勉強をみんなはしていきますが、みんなは魔法についてどう解釈しているのかを知りません。藤堂君、中学ではどう習いましたか?」
 「神がくれた非科学的な力、だったと思います」
 「なるほど、神の存在は明かしているんですね?」
 「はい。」


 少なくとも、神が人間に魔力を与えたということは知られているようだ。面識がある分、苦労が認められていて良かったと思う。魔力なんて本来人間に宿らず、体外をウヨウヨしていただけだ。エネルギーとして活用出来るようになったのも神のお陰なのだ。僕のような人外や、魔力を宿す家系は元から魔力を持っていたが、感謝はしている。
 とはいえ、あの神が魔力を宿させたのはルールだからだ。魔物がいる世界においては、人間には魔力を持たせなければならないらしい。
 そのため、異能とは違い魔力を持たない者はいない。
 異能の発現は僕からしたら謎である。神に一度問いただしてみたが、神すらも異能については分からないと聞いた。


 「……では、僕の授業で何を勉強するのかを先に言っておきましょう」


 生憎、魔法の教科書というものは存在しない。何をするのかは担当する教師によって変わるのだ。つまり、教えることは自由に決めていい。優しいことにペーパーテストは魔法はあまり関係ないようだし。


 「簡単に言えば、魔力操作から始まり基本属性魔法、特殊属性魔法と続き混合属性魔法って感じです。状況によっては他にも教えていきますが、基本はそれでいきます。」
 「先生! 特殊属性魔法ってなんですの!」
 「……え? 中学で習わなかったの……?」
 「はい、中学では魔法なんてほんのちょっぴりしか習ってないですわ!」


 元気いっぱいに告げたイネスさんの目は本気だった。……もしかして、イネスさんの国では大して習っていないのかと思い、他の生徒たちも見る。


 --めっちゃ頷いてるね。
 --うわぁ、簡単に予定立てたけど押し倒しになるよこれ。


 そういえば、自分が中学のころは魔法なんてものはないにしろ、授業は常にギリギリだった。ここみたいに専門学校でもない中学で教えるのは難しかったのだろう。
 特殊属性魔法も知らないようでは後が厄介すぎる。


 「ん~、それじゃあ、座学もやることになりますね。最初にパパっと教えて後からプリントでも配りますから勉強しておいてください。」


 途端に、生徒たちの表情が嫌そうに歪む。そこまで露骨に嫌がられたらもっと増やしたくなるではないか。……しかし、この時点で僕の仕事量ましましは確定である。
 情報を纏めた用紙、問題集、解答用紙及び解説用紙、テストに対する用紙……これだけでも相当面倒なことは間違いない。いくら何でも基本ぐらいの問題は出るのだ。


 「ってことで。まずは魔力操作についての解説です。特殊属性がなんたるかも知らないのなら魔力操作もあまり詳しくしてないですよね?」


 流石に中学の教師を舐めすぎた発言だったが、恐らく魔力操作も満足に出来ないだろう。才能のある人間といっても、教える人間が駄目なら育たないのだ。僕もあまり教えるのは得意ではないが、地球でしか生活したことない人間に負けることはないだろう。


 「魔力操作というのは、文字通り体内、体外の魔力を問わずに魔力を自由に動かすことです。これは、魔法をただ使う上では必要ありませんが、魔法を強くしたり弱くしたり、戦闘をするには必須といえる技術です。」


 魔法を使うだけでは、戦闘に役立てることは出来ない。乱れまくった火の玉を飛ばすのと、整えられた火の玉を飛ばすのでは威力に大きな違いが出る。相手の魔法を乱すというのにもこの技術は不可欠だ。


 「まず、魔力が整っているのと整ってい無いのでの差を見てください。」
 「わっ! 急に付けないでください!」
 「すみません、次は先に言います」


 右手に魔力を操作して作り上げた火の玉、左手に魔力操作を完全無視して作り上げた火の玉を用意し生徒たちに見せる。ちなみに、魔法というのは発動の仕方が色々あるが、今回のはイメージとちゃんとした魔力操作で発動させる方法を用いた。


 「右手に用意した火の玉は綺麗な球状をしているのに対し、左手に用意した火の玉は形が整っていません。これが魔力操作をするかしないかの差です。」
 「そんなに美しくすることが出来ますの?」
 「基礎の基礎です。逆に、この程度も出来ないようでは卒業も出来ません。血液とはちがって魔力は意思で動かせるんですから、後はイメージです。」


 ところがどっこい僕の種族は吸血鬼。自分の血液は勿論のこと、誰かの血液を操ることも可能である。内側から爆発させて殺すなんてことも可能なのだ。
 爆発させるには魔法技術の向上が必要だが、そこは努力でどうにでもなる。


 --考えることがエグいよね。
 --血液を足の先から沸騰させて殺していく、なんてことを考えるルディ君のほうが考え方はエグいよ。僕はまだまだマシなほうだね。


 「ちなみに、ファイヤーランスだとかファイヤーアローのような、ゲームでよくある技は魔力操作さえ覚えれば簡単に再現できます。」
 「おおっ、ちゃんとあるんですね」
 「正確には火の形を弄っただけですが……まぁ、名前を付けるのは個人の自由だと思いますよ。使えればなんでもいいんです。」


 形はなんでもいい。大事なのは特徴を持つ魔力を完璧に操作することが出来るかどうかということだ。先端を尖らせて細長くすれば槍にすることが出来るし、滑らかに扱えば鞭等も出来る。魔力に原型なんてものはないのだ。


 「気体は定まることがありません。でも、魔力は意思さえしっかりしていれば形は整うのです。技名もくそもありませんよ。」


 僕は火から形を変えて使う魔法は全て《火》、といったように性質で魔法を表している。フェイントになら使うが、形ごとに名前を付けるなんてことはしていない。
 例外と言えば、オリジナル魔法とか戦闘技術ぐらいのものだ。


 「ということで、魔力操作を練習しましょう。今から魔力を動かすために手に触れますが、訴えないでくれるとありがたいです。勿論、嫌なら口頭で説明するだけにしますが……絶対に触られたく無い人はいますか?」


 こういうのは触って感覚を掴ませたほうが早い。感覚さえ掴ませることが出来たなら後は勝手に練習して、どうぞ、という状況を作り出せるからだ。コツが分からないなら更に教えればいいだけだし、僕も口頭で説明するより楽なのだ。


 「触らずにすることは無理ですの?」
 「出来るけど……気持ち悪いですよ? どこから弄られているのか分からないまま自分の中がグネグネ動くような感覚があってですね……とにかく気持ち悪いです。それでもいいのならそうしますよ。」


 幼い頃、僕に魔力の基礎を教えようとした祖父さんは僕の魔力をかき乱した。なまじ記憶力がいいだけあって、あの感覚は忘れていない。今ならかき乱される前に防ぐことが出来るが、二度とやられないように祖父さんの挙動には目を光らせている。
 あの人、糞親父と違って性格は良いんだけど、何分訓練内容が鬼畜だった。克服し終えているから良いがトラウマになっていたことに変わりはない。


 「そ、それは遠慮しておきますわ……」
 「分かりました。では、イネスさん以外は手で触れて……」
 「違います! 遠慮するのは触れないことですわ!」
 「さいですか。」


 --精霊、今『自分から触れて欲しいって言った?』って聞いたらどうなってたかな。教師だから抑えたけど危なかった。
 --少なくともセクハラで起訴されると思う。金髪ちゃんはアホっぽいから、その分面倒なことになるんじゃないかな。でも、私も見たかった。
 --あ、やっぱり?


 「さて、記念すべき一人目は富樫君にお願いしましょう。」
 「俺ですか!? 流れ的にイネスさんなんじゃ……!」
 「いや、いくらレディーファーストでもそれは無いです」
 「酷いですわ……こんな純情な乙女に対して……!」
 「俺なんか悪いことしました!? 明らかになんも悪くないですよねぇ!?」
 「四の五の言わずに手を出してください。まぁ、酷くても五臓六部が破裂しながら無様に死んでいくだけなので大丈夫ですよ、ははっ!」
 「怖い! 内容もだけど最後の笑い方が怖い!」


 イネスさんのノリが良いことも分かったことだし、犠牲者……もとい、強制的に決められた記念すべき一人目の富樫の近くへ接近する。席が目の前というのもあって直ぐ近くだ。席を立てない富樫に逃げ場無し。
 尚、笑い方に関しては某著作権鼠を参照だ。


 「せ、先生。本当に危なくないんですよね?」
 「勿論です。危ないことはまだしません。」


 そう真剣な顔で言うと、一応は納得してくれたのか右手を出してきた。僕はそれに人差し指で触り、富樫の魔力を血液のように循環させていく。
 それもゆっくりではなく、二秒間に一周ぐらいの頻度でだ。
 それを二十秒ほど行った時点で循環を止める。魔力が体内を循環することで活性化し、魔力が富樫の肉体を満たしていることが確認出来たからだ。
 魔力の活性化というのを分かりやすく言うと、身体強化が行われたということである。


 「おぉ……なんか力が漲ってきます」
 「魔力操作のイメージはなんとなく掴めましたか? それが魔力の活性化、所謂身体強化です。それだけで肉体が強化されていますから、覚えておいてください。いえ、覚えないと駄目です。」
 「え~と、これを自分で出来るようになればいいんですか?」
 「そうです。他の人にも教えていきますからまずやってください。」


 それから、富樫の楽しそうな姿を見て、不安よりも好奇心が勝っていった生徒たちに魔力操作をさせていった。これが出来るようになるにはまだ時間外かかりそうではあるが、この授業までには終わるだろう。これが終われば、次の段階に移行する。

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