《完結》虐待されてる奴隷少女を救った、異世界最強の龍騎士
第42話「再会」
侯爵の執務室。
それほど大きい部屋ではない。ただ、置かれている家具や、天井からつるされている家具からは高級な印象を受けた。
他の部屋と同じようなガラス張りのケースがあった。奴隷を入れて血を採る場所だ。
そこに――。
「ベルッ」
生きているのかわからない。
以前に見たときよりも、アザが増えている。顔は紫色に腫れ上がっているし、着ていたものは脱がされている。
ほとんど裸だった。
女性である部分は隠されているが、肉のほとんどないベルの青白いカラダが晒されていた。
「心配するな。殺してはいない。殺すと血を採っても血力にできないからな」
声が飛んできた。
正面。
重厚感のあるイスに深々と座っている男がいた。はじめに見たときに気づかなかったのは、背中を向けていたからだろう。イスの背もたれに隠れて見えなかったのだ。
「スクラトア・クェルエイか」
「たしか、シラカミリュウイチロウとか言ったか。昨夜――今日の明け方のことだ。君にオレの家の奴隷が奪われたのは」
金髪のイケメンだ。クラウスのように軽薄な感じもしなければ、ベルのような薄幸なイメージもない。
さりとて、フィルリア姫のような華やかさもない。顔立ちは整っているが、特徴のつかみにくい白面だ。それが不気味だった。
琥珀色の瞳がジッと、龍一郎を見つめていた。
「ベルのことを、取り返しに来たのか」
と、龍一郎は問うた。
「その通りだ。正直、奴隷1人どうでも良いが、奪われたままではメンツが丸つぶれだからな」
「なら、もう一度奪わせてもらう」
正直、怖い。
クロエイを相手にするときとは、別種類の恐怖があった。
クロエイはあきらかに人ではない。その分、純粋な恐怖を与えてくる。しかし、スクラトアは人間だ。
クロエイを相手にしたときよりも、もっと身近な恐怖を覚える。その恐怖の底にあるのは、腕っぷしでは勝てないという自覚があるからだ。
それでも――。
もう一度ベルの笑顔が見たい。
人差し指でクイッと押し上げる、あの手動式の笑顔を自分に向けてもらいたい。
そのベルに危害をくわえるこの男には、怒りを通り越す憎悪をおぼえる。だからこそ、その琥珀色の双眸を見返すことが出来た。
「気にくわないな。他人に施しを行うことで、自己満足を得ようとしているんだろう。この偽善者め」
偽善。
そりゃそうだ。
あらゆる善意は結局、自己満足につながるのだ。
それでも――。
「オレはベルが欲しい。オレの勝手なワガママだ。善意とか悪意とかそういう話じゃない」
くくっ――と兆して、
「ふははははッ」
と、スクラトアは笑った。
「な、なんだよ」
赤面をおぼえた。
好きな女の子を、自分の手の届く距離に置いておきたいという気持は、男性にとってはいたってトウゼンのことだろう。だが、それは口に出すと顔から血が出るほど恥ずかしいことではある。
「聞いたところによると、血質値が200もあるそうだな」
「ああ」
「そんな人間が奴隷の女に恋をするというのは、酷く滑稽だよ。貴族の女ならもっと良いのがいるだろうに」
たしかにその通りだろう。
フィルリア姫を見ればわかる。めくるめく気品をそなえている。あの輝かしいばかりの華やかさは、ベルのような女性にはないものだ。
それでも、龍一郎はベルに惹きつけられたのだ。陳腐なセリフだが、16歳の恋に理由なんて必要ないだろう。恋愛に理由を必要とするのは、大人だけだ。
「とにかくベルは、返してもらう」
「ここにベルの所有権を証明する権利書がある。もしも今日一晩、このオレを守りきることが出来れば、これをくれてやろう」
「な、なに?」
ケンカでも吹っかけてくるのかと思っていたので、心構えをしていたのだ。予想外の言葉に理解が遅れた。
「侯爵の息子とやらが暗黒病にかかっていたのに、都市の中に入ってきたのだ。そのおかげで、都内はパニックだ」
「クラウスのことか」
おそらく龍一郎と貧民街で共闘したときに、暗黒病にかかったおだろう。
「侯爵の息子がクロエイになったというのも、性質が悪い。今は明かりを灯しているが、この屋敷にクロエイが入り込んでくるのも時間の問題だ」
「もう廊下に入って来てるよ」
ここに来るまでに、そのクラウスのクロエイに遭遇したのだ。
スクラトアは苦りきった顔をした。
「さっき暴れるような音が聞こえていた。もう入ってきたのか。とにかく、何でも良いから、このオレを守れと言っているんだ。血質値が200もあるんなら、守れるだろ。オレを守れたら、ベルはくれてやる」
スクラトアは早口でそうまくしたてた。
「ふ、ふざけるなッ」
なんでこんな男を、守らなくてはならないのか。ベルを痛めつけられて、龍一郎の胸裏には今、憎悪がふつふつと煮えたぎっているのだ。
「ふざけているのはどっちだ。外を見てみろッ。クロエイに囲まれているんだ。今は、協力し合うときではないかッ」
たしかにそれは正論だ。正論だが、急に正しいことを言われて、そのように動けるほど龍一郎は人間ができていない。
「ほら、これを使え」
スクラトアはガラスケースに入った、銃を机上に置いた。
「これは?」
怒りにとらわれていたが、龍一郎はふと我にかえった。その銃に見覚えがあったからだ。たしか以前に、マチス侯爵が龍一郎にくれると言っていた銃だ。
たしか《血影銃―タイプ0》とか言っていた。
「強力な《血影銃》だ。侯爵の虎の子だ。血の消費量は激しいらしい。普通の人間であれば数発撃っただけで貧血になるそうだが、お前なら使えるだろう」
たしかに龍一郎の血質値は高い。
さりとて、一発撃って貧血になるような銃を使うというのは、ムリな話だ。血質値が高いからといって、血が多いというわけではないだろう。
ただ、さすがは侯爵の銃というだけあって、装飾には凝っている。銃身には龍の絵が彫り込まれていた。
「お前が使えば良いだろ」
スクラトアも貴族なら、血質値はそれなりに高いはずだ。
「お、オレにはムリだ。クロエイと戦うなんて――」
スクラトアは、震える声でそう言った。
それほど大きい部屋ではない。ただ、置かれている家具や、天井からつるされている家具からは高級な印象を受けた。
他の部屋と同じようなガラス張りのケースがあった。奴隷を入れて血を採る場所だ。
そこに――。
「ベルッ」
生きているのかわからない。
以前に見たときよりも、アザが増えている。顔は紫色に腫れ上がっているし、着ていたものは脱がされている。
ほとんど裸だった。
女性である部分は隠されているが、肉のほとんどないベルの青白いカラダが晒されていた。
「心配するな。殺してはいない。殺すと血を採っても血力にできないからな」
声が飛んできた。
正面。
重厚感のあるイスに深々と座っている男がいた。はじめに見たときに気づかなかったのは、背中を向けていたからだろう。イスの背もたれに隠れて見えなかったのだ。
「スクラトア・クェルエイか」
「たしか、シラカミリュウイチロウとか言ったか。昨夜――今日の明け方のことだ。君にオレの家の奴隷が奪われたのは」
金髪のイケメンだ。クラウスのように軽薄な感じもしなければ、ベルのような薄幸なイメージもない。
さりとて、フィルリア姫のような華やかさもない。顔立ちは整っているが、特徴のつかみにくい白面だ。それが不気味だった。
琥珀色の瞳がジッと、龍一郎を見つめていた。
「ベルのことを、取り返しに来たのか」
と、龍一郎は問うた。
「その通りだ。正直、奴隷1人どうでも良いが、奪われたままではメンツが丸つぶれだからな」
「なら、もう一度奪わせてもらう」
正直、怖い。
クロエイを相手にするときとは、別種類の恐怖があった。
クロエイはあきらかに人ではない。その分、純粋な恐怖を与えてくる。しかし、スクラトアは人間だ。
クロエイを相手にしたときよりも、もっと身近な恐怖を覚える。その恐怖の底にあるのは、腕っぷしでは勝てないという自覚があるからだ。
それでも――。
もう一度ベルの笑顔が見たい。
人差し指でクイッと押し上げる、あの手動式の笑顔を自分に向けてもらいたい。
そのベルに危害をくわえるこの男には、怒りを通り越す憎悪をおぼえる。だからこそ、その琥珀色の双眸を見返すことが出来た。
「気にくわないな。他人に施しを行うことで、自己満足を得ようとしているんだろう。この偽善者め」
偽善。
そりゃそうだ。
あらゆる善意は結局、自己満足につながるのだ。
それでも――。
「オレはベルが欲しい。オレの勝手なワガママだ。善意とか悪意とかそういう話じゃない」
くくっ――と兆して、
「ふははははッ」
と、スクラトアは笑った。
「な、なんだよ」
赤面をおぼえた。
好きな女の子を、自分の手の届く距離に置いておきたいという気持は、男性にとってはいたってトウゼンのことだろう。だが、それは口に出すと顔から血が出るほど恥ずかしいことではある。
「聞いたところによると、血質値が200もあるそうだな」
「ああ」
「そんな人間が奴隷の女に恋をするというのは、酷く滑稽だよ。貴族の女ならもっと良いのがいるだろうに」
たしかにその通りだろう。
フィルリア姫を見ればわかる。めくるめく気品をそなえている。あの輝かしいばかりの華やかさは、ベルのような女性にはないものだ。
それでも、龍一郎はベルに惹きつけられたのだ。陳腐なセリフだが、16歳の恋に理由なんて必要ないだろう。恋愛に理由を必要とするのは、大人だけだ。
「とにかくベルは、返してもらう」
「ここにベルの所有権を証明する権利書がある。もしも今日一晩、このオレを守りきることが出来れば、これをくれてやろう」
「な、なに?」
ケンカでも吹っかけてくるのかと思っていたので、心構えをしていたのだ。予想外の言葉に理解が遅れた。
「侯爵の息子とやらが暗黒病にかかっていたのに、都市の中に入ってきたのだ。そのおかげで、都内はパニックだ」
「クラウスのことか」
おそらく龍一郎と貧民街で共闘したときに、暗黒病にかかったおだろう。
「侯爵の息子がクロエイになったというのも、性質が悪い。今は明かりを灯しているが、この屋敷にクロエイが入り込んでくるのも時間の問題だ」
「もう廊下に入って来てるよ」
ここに来るまでに、そのクラウスのクロエイに遭遇したのだ。
スクラトアは苦りきった顔をした。
「さっき暴れるような音が聞こえていた。もう入ってきたのか。とにかく、何でも良いから、このオレを守れと言っているんだ。血質値が200もあるんなら、守れるだろ。オレを守れたら、ベルはくれてやる」
スクラトアは早口でそうまくしたてた。
「ふ、ふざけるなッ」
なんでこんな男を、守らなくてはならないのか。ベルを痛めつけられて、龍一郎の胸裏には今、憎悪がふつふつと煮えたぎっているのだ。
「ふざけているのはどっちだ。外を見てみろッ。クロエイに囲まれているんだ。今は、協力し合うときではないかッ」
たしかにそれは正論だ。正論だが、急に正しいことを言われて、そのように動けるほど龍一郎は人間ができていない。
「ほら、これを使え」
スクラトアはガラスケースに入った、銃を机上に置いた。
「これは?」
怒りにとらわれていたが、龍一郎はふと我にかえった。その銃に見覚えがあったからだ。たしか以前に、マチス侯爵が龍一郎にくれると言っていた銃だ。
たしか《血影銃―タイプ0》とか言っていた。
「強力な《血影銃》だ。侯爵の虎の子だ。血の消費量は激しいらしい。普通の人間であれば数発撃っただけで貧血になるそうだが、お前なら使えるだろう」
たしかに龍一郎の血質値は高い。
さりとて、一発撃って貧血になるような銃を使うというのは、ムリな話だ。血質値が高いからといって、血が多いというわけではないだろう。
ただ、さすがは侯爵の銃というだけあって、装飾には凝っている。銃身には龍の絵が彫り込まれていた。
「お前が使えば良いだろ」
スクラトアも貴族なら、血質値はそれなりに高いはずだ。
「お、オレにはムリだ。クロエイと戦うなんて――」
スクラトアは、震える声でそう言った。
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