《完結》虐待されてる奴隷少女を救った、異世界最強の龍騎士

執筆用bot E-021番 

第42話「再会」

 侯爵の執務室。



 それほど大きい部屋ではない。ただ、置かれている家具や、天井からつるされている家具からは高級な印象を受けた。



 他の部屋と同じようなガラス張りのケースがあった。奴隷を入れて血を採る場所だ。


 そこに――。



「ベルッ」
 生きているのかわからない。



 以前に見たときよりも、アザが増えている。顔は紫色に腫れ上がっているし、着ていたものは脱がされている。



 ほとんど裸だった。



 女性である部分は隠されているが、肉のほとんどないベルの青白いカラダが晒されていた。



「心配するな。殺してはいない。殺すと血を採っても血力にできないからな」



 声が飛んできた。
 正面。



 重厚感のあるイスに深々と座っている男がいた。はじめに見たときに気づかなかったのは、背中を向けていたからだろう。イスの背もたれに隠れて見えなかったのだ。



「スクラトア・クェルエイか」



「たしか、シラカミリュウイチロウとか言ったか。昨夜――今日の明け方のことだ。君にオレの家の奴隷が奪われたのは」



 金髪のイケメンだ。クラウスのように軽薄な感じもしなければ、ベルのような薄幸なイメージもない。



 さりとて、フィルリア姫のような華やかさもない。顔立ちは整っているが、特徴のつかみにくい白面だ。それが不気味だった。



 琥珀色の瞳がジッと、龍一郎を見つめていた。



「ベルのことを、取り返しに来たのか」
 と、龍一郎は問うた。



「その通りだ。正直、奴隷1人どうでも良いが、奪われたままではメンツが丸つぶれだからな」



「なら、もう一度奪わせてもらう」



 正直、怖い。



 クロエイを相手にするときとは、別種類の恐怖があった。



 クロエイはあきらかに人ではない。その分、純粋な恐怖を与えてくる。しかし、スクラトアは人間だ。



 クロエイを相手にしたときよりも、もっと身近な恐怖を覚える。その恐怖の底にあるのは、腕っぷしでは勝てないという自覚があるからだ。



 それでも――。
 もう一度ベルの笑顔が見たい。



 人差し指でクイッと押し上げる、あの手動式の笑顔を自分に向けてもらいたい。



 そのベルに危害をくわえるこの男には、怒りを通り越す憎悪をおぼえる。だからこそ、その琥珀色の双眸ひとみを見返すことが出来た。



「気にくわないな。他人に施しを行うことで、自己満足を得ようとしているんだろう。この偽善者め」



 偽善。
 そりゃそうだ。



 あらゆる善意は結局、自己満足につながるのだ。



 それでも――。



「オレはベルが欲しい。オレの勝手なワガママだ。善意とか悪意とかそういう話じゃない」



 くくっ――と兆して、
「ふははははッ」
 と、スクラトアは笑った。



「な、なんだよ」



 赤面をおぼえた。



 好きな女の子を、自分の手の届く距離に置いておきたいという気持は、男性にとってはいたってトウゼンのことだろう。だが、それは口に出すと顔から血が出るほど恥ずかしいことではある。



「聞いたところによると、血質値が200もあるそうだな」



「ああ」



「そんな人間が奴隷の女に恋をするというのは、酷く滑稽だよ。貴族の女ならもっと良いのがいるだろうに」



 たしかにその通りだろう。



 フィルリア姫を見ればわかる。めくるめく気品をそなえている。あの輝かしいばかりの華やかさは、ベルのような女性にはないものだ。



 それでも、龍一郎はベルに惹きつけられたのだ。陳腐なセリフだが、16歳の恋に理由なんて必要ないだろう。恋愛に理由を必要とするのは、大人だけだ。



「とにかくベルは、返してもらう」



「ここにベルの所有権を証明する権利書がある。もしも今日一晩、このオレを守りきることが出来れば、これをくれてやろう」



「な、なに?」



 ケンカでも吹っかけてくるのかと思っていたので、心構えをしていたのだ。予想外の言葉に理解が遅れた。



「侯爵の息子とやらが暗黒病にかかっていたのに、都市の中に入ってきたのだ。そのおかげで、都内はパニックだ」



「クラウスのことか」



 おそらく龍一郎と貧民街で共闘したときに、暗黒病にかかったおだろう。



「侯爵の息子がクロエイになったというのも、性質が悪い。今は明かりを灯しているが、この屋敷にクロエイが入り込んでくるのも時間の問題だ」



「もう廊下に入って来てるよ」



 ここに来るまでに、そのクラウスのクロエイに遭遇したのだ。



 スクラトアは苦りきった顔をした。



「さっき暴れるような音が聞こえていた。もう入ってきたのか。とにかく、何でも良いから、このオレを守れと言っているんだ。血質値が200もあるんなら、守れるだろ。オレを守れたら、ベルはくれてやる」



 スクラトアは早口でそうまくしたてた。



「ふ、ふざけるなッ」



 なんでこんな男を、守らなくてはならないのか。ベルを痛めつけられて、龍一郎の胸裏には今、憎悪がふつふつと煮えたぎっているのだ。



「ふざけているのはどっちだ。外を見てみろッ。クロエイに囲まれているんだ。今は、協力し合うときではないかッ」



 たしかにそれは正論だ。正論だが、急に正しいことを言われて、そのように動けるほど龍一郎は人間ができていない。



「ほら、これを使え」



 スクラトアはガラスケースに入った、銃を机上に置いた。



「これは?」



 怒りにとらわれていたが、龍一郎はふと我にかえった。その銃に見覚えがあったからだ。たしか以前に、マチス侯爵が龍一郎にくれると言っていた銃だ。



 たしか《血影銃―タイプ0》とか言っていた。



「強力な《血影銃》だ。侯爵の虎の子だ。血の消費量は激しいらしい。普通の人間であれば数発撃っただけで貧血になるそうだが、お前なら使えるだろう」



 たしかに龍一郎の血質値は高い。



 さりとて、一発撃って貧血になるような銃を使うというのは、ムリな話だ。血質値が高いからといって、血が多いというわけではないだろう。



 ただ、さすがは侯爵の銃というだけあって、装飾には凝っている。銃身には龍の絵が彫り込まれていた。



「お前が使えば良いだろ」



 スクラトアも貴族なら、血質値はそれなりに高いはずだ。



「お、オレにはムリだ。クロエイと戦うなんて――」



 スクラトアは、震える声でそう言った。

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