セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―
来た理由
あれから、数時間が経つ。
総勢5人もの『騎士』が入れ混じる戦いであったにもかかわらず、幸いにして誰も致命的な負傷を負うことはなかった。
しかし、なにぶん全員が能力を使いまくったので体力の消耗が著しくそれが回復しきるのに優に数時間かかったのである。
『黃の騎士』の時の騒動よりも大分周りの被害も抑えて戦闘できたので、特に修復作業をすることなくウィリアムたちはグイドが住んでいた洞窟で暖をとっていた。
ちょうどこの森は大陸の真左に位置するので、寒いという訳ではないけれど色々と心の整理をつけるのに焚き火というのは非常に効果的なのだ。
疲れた身体を癒やすように洞窟の壁に背中を預けてぼーっと火を見ていたウィリアムは、不意にエンテに話を切り出す。
「そろそろ教えてもらえないか、エンテ。お前は俺たちの助太刀に来た時に”迎えに来た”と言ったよな?あの意味を教えてくれないか」
「ん……あぁ」
どうにも歯切れの悪い返しに首を傾げるウィリアム。
純粋な疑問を帯びた視線を向けられたエンテは、顔をしかめながら頭を掻き……一言つぶやいた。
「『青の騎士』……つまりライアンさんが魔族に襲われて致命傷を負った」
「――ッ!」
全身が雷に撃たれるような衝撃が走る。
思わず焦燥感にかられて立ち上がりかけたウィリアムを、エンテは「最後まで聞けって!」と慌てて留まらせた。
「どうやらライアンさんに緊急処置をして、アニータさんが王都に到着するまでの時間を稼いだらしい。……おかげで一命を取り留めたんだと」
「そ、そっか。……良かった。それじゃあどうして俺を?」
「あぁ、ここからが本題だ」
どうやら死んではいなかったらしいと一息ついたウィリアムは、しかしならば何故エンテが自身を迎えに来たのだろうかと疑問に思う。
エンテが言うには今までのは前座、という訳で一体どんな衝撃の事実が話されるのかウィリアムは無意識に息を呑んだ。
「ライアンさんは確かに一命を取り留めた。ただ、完治とはまではいかなかったんだよ」
「……! つ、つまり」
「あぁ、あの人は負った怪我が原因でもう戦線に復帰できない」
ある程度予測できたことではあるが、言葉が出ない。
魔族と禍族、あまりに強大な2つの存在を同時に相手取りながら必死に国民を守ろうとしていたライアンの事実上『騎士』の引退。
何より、最もウィリアムに響いたのは場所が場所だけに護りにいけなかったことだ。
(俺は、また取りこぼしたのかっ)
(あまり気にするな、と言っても『緑の騎士』たるお前には無理な相談、か)
バラムの言葉に心の中でウィリアムは頷く。
彼の理想は”全てを護る”ことであり、それを成し遂げることが彼の人生に他ならない。
ならばこそそれを違えることは決してあってはいけないことだし、違えないように最善を尽くし続けなければならないのだ。
(俺は……どうして弱いんだ)
知りようがなかった。
場所が遠すぎた。
護る術がなかった。
そんな言葉で納得できるほど、彼は真っ当な人間ではない。
他の誰よりも強く、強く”全てを護る”と想っているから『緑の騎士』なのだ。
故にウィリアムは心の底から悔やむ。
――もっと強ければよかった、と。
「…………アム。……ィリアム。おい、ウィリアム!」
「! あ、あぁ。悪い」
エンテに肩を揺さぶられウィリアムの意識は現実へと引き戻される。
気づかぬ間にどうやら自身の心に閉じ籠もってしまっていたらしいとウィリアムは顔をしかめた。
後悔しきっているとエンテは理解しているらしく、わかりやすい大きなため息をつく。
「お前のやるせない気持ちはよくわかるぜ。でも、辛気臭い面して後悔してるよりもこれからを考えたほうがよっぽど建設的……そうだろ?」
「あ、あぁ。……そうだな。うん、サンキューな、エンテ」
完全にナーバスに成っていた自身を吹っ切れさせてくれたことに感謝して、ウィリアムは砕けた笑みを見せる。
そんなウィリアムを見たエンテも、不敵な笑みを浮かべた。
「いいってことよ、何年お前の親友やってると思ってんだ」
「そうだったな」
ひとしきり互いに笑い合うと、エンテは真面目な表情へと戻りウィリアムを見据える。
「んでよ、それでお前に依頼が来たんだ。ライアンさん自身から」
「ライアンさん自身から……?」
コクリと頷くエンテは勢い良く人差し指でウィリアムを指をさした。
「――お前に、自分の娘を『青の騎士』に導いてほしい……ってな」
「…………は?」
思わず間抜けな声が出たウィリアム。
色々説明がぶっ飛びすぎて全く理解が追いついていないのだ。
「ま、待て待て。なんでわざわざ自分の娘を『青の騎士』に?」
「ほら、代々『青の騎士』って血縁者が引き継いできたって話があったじゃないか」
言われて思い出す。
確かに『騎士』へと成る過程として大きく分けられた内の一つが”先代『騎士』に託され『騎士』へと成る者”のはずで、それを儀式的に行っていたのは『青の騎士』だった。
つまり今『青の騎士』としてライアンは戦えない状態にある以上、次の世代に『騎士の力』を託すほかない。
「だから娘、か」
「あぁ。だが結構なお転婆娘らしくて、『騎士』に成りたくないと拒否りまくってるって話だ」
なるほど、とウィリアムは思う。
『騎士』というのは物語に登場するヒーローみたいなもので、人々のために禍族や魔族と戦うことが決定づけられているのだ。
それをカッコいい、羨ましいなんて言われて崇められており小さな子どもたちからの将来の夢として在り続けている。
しかし、それはただの出まかせ。
大人になればなるほど『騎士』の責務や背中に掛かる重荷を知り、憧れではあるものの成りたくはない存在として認知されてゆくのだ。
ウィリアムたちのようにある程度現実を知っていたとして、それでも『騎士』に成りたいと想い続けている方が逆におかしい。
何より最も決定的なのは、心に秘める理想だろう。
”全てを護る”、”全てを救う”……そんな強い想いと馬鹿げた理想を掲げ続けなければ、『騎士』と成る権利すら発生しない。
成れたとしてもきっとブランドンのように、本心を押し殺しながらになってしまうはずだ。
心を押し殺しながら戦う『騎士』は、”本当の騎士”へと至れない。
「まぁ俺としてはわからなくもない話なんだが……ライアンさんは、自分の娘こそ『青の騎士』に相応しいって考えてるみたいでな」
「曲がりなりにも『七色の騎士』である俺と会ったらってことか」
「正解」
本当にそんなことをしても良いのだろうか、とウィリアムはなんとなく思う。
『騎士』に成りたくない人を無理矢理『騎士』にしても、結局”本当の騎士”に至れず自らの心がすり減っていくだけだ。
ならばいっそのこと別の誰かを『青の騎士』に選定しても良いのではないのだろうか、とウィリアムは考える。
「まぁ、どちらにせよ王都に行かなきゃいけないしな……。会うだけでも会ってみるよ」
「それで良いんじゃないか? 『七色の騎士』も無理って言ったらライアンさんも諦めるだろうしな」
「わかった」
テキトーな雰囲気で肩をすくめたエンテに、ウィリアムは頬を緩めながら頷いた。
と、そこに外で食料を集めに励んでいたグイドが洞窟内に戻ってくる。
両手で持っているつる桶には今日の夕飯だと思われる果物や野草がこんもりと盛られていた。
「戻ったよ、二人共」
「あ、あざっす。グイドさん」
エンテが礼を述べながら立ち上がると、つる桶をグイドから受け取りに行く。
「敬語は、いらないよ。同じ仲間、だろう?」
「あー、すみません。気ぃ使ってもらって」
仲良さげに話すグイドとエンテを見てウィリアムは感慨深いものを感じる。
あれほど対人での会話を苦手としていて、単語ごとに躓いていたグイドが今ではスローペース気味ではあるもののしっかりと喋っているのだ。
(にしても、グイドがまさか20歳だったなんて……)
(まぁ精神の弱さに肉体が引きづられていたようだからな。仕方ないだろう、ウィリアムよ)
常日頃からフードを頭にかぶっており、顔が全く見えなかったのも大きな要因ではある。
どちらにせよ、4歳も年上の男性を思いっきり殴り飛ばしたウィリアムからすればその事実に肝が冷える思いだ。
まぁグイド自身が殴ったことに関して目が覚めたと感謝してくれていたから別段問題はないのだが、そこら辺は加害者側のよくある心境だろう。
申し訳なさげに頭をポリポリと掻いていたウィリアムは、ふとあることを思い出してグイドに尋ねる。
「そういえばグイド。あれからツィラペ……『騎士の力』と話せているのか?」
「……ううん。もう、駄目みたい、だ」
彼女のことを思い返すように目を細めるグイドだが、しかしその表情からは決して悲しみは伺えなかった。
「きっと俺が、”本当の騎士”に至ったから、本来あるべき場所に、戻ったんだと、思うよ。だから、俺は大丈夫」
「そっか」
出会った初めの頃は自身よりも幼いんじゃないかと思わせられるくらいに、意地っ張りで頑固だったグイド。
けれど先の戦いで精神的な年齢が一気に自身を飛び越えたんだなと、その優しげな顔を見てウィリアムは痛感する。
「俺も一つウィリアムに聞きたいんだけど、良いかな?」
「あぁ、全然構わないけど」
「その右腕のこと」
先程まで流れてた穏やかな雰囲気が一気に冷めたものになった。
いや、少なくとも聞かれた側であるウィリアム本人は全く変わっていない。
聞いた側であるグイドと、2人の話を静かに見守っていたエンテの纏う雰囲気が真剣なものへと変化したのだ。
「右腕っていうと、この偽腕のことか?」
「……そうだよ」
ウィリアムは前腕の半分ほどまで折ってある袖を、一気に上腕までめくりあげる。
そこには生物では到底ありえない金属の前腕が顕になった。
「ヘンリーと、魔族側の『橙の騎士』と戦ったさいに出来た傷だ。別にこの姿でも普通に動くからあんまり意識してないけど」
「逃したのやっぱり間違いだった……!」
悔しげに両手を握りしめるグイド。
しかし対照的にエンテは静かにその右の前腕を眺め続けている。
真剣な眼差しがやけに気になったウィリアムはエンテに視線を向け、首を傾げた。
「どうしたんだよ、黙り込んで」
「……ウィリアム。それは”誰かを護って受けた傷”だよな?」
あくまで確認するような口調で淡々とエンテに問われ、ウィリアムはすぐさま頷く。
これは呆けてしまっていたアニータを護るため、そして目を覚まさせるために受けた傷でありそれ以外の理由はない。
茶色の少年はウィリアムの肯定を見ると、ようやく真剣な表情を崩して安心したかのように息を吐いた。
「なら、良い」
「怒らないのか? 自分をもっと大切にしろーとか」
少なくともアニータならばそういうはずだ。
彼女の根底は底なしに優しいから。
だがエンテは違ったようで、ウィリアムの言葉を聞いて面白げに笑う。
「怒んねーよ。お前の理想を叶えるための犠牲なんだろ?じゃあしょうがない」
「そういうものでしょうか……」
「そういうもんっすよ、グイドさん。こいつは他者を助けるためなら腕でも、脚でも、命でも支払える奴だから」
でもな、とエンテは言葉を続けると目をパチクリさせている緑の少年へと詰め寄り顔を限界まで近づけた。
「死ぬなよ。腕がなくなっても、脚がなくなっても、目が潰れても良い。俺は怒ったりしないさ、でもな――」
その瞳は何より真剣で。
「――お前の命がなければまず、”全てを護る”なんてこと出来やしない。だから死ぬな、絶対に」
「……あぁ、善処するよ」
その瞳を真正面から返せるほど、ウィリアムは自分を重く見てはいなかった。
総勢5人もの『騎士』が入れ混じる戦いであったにもかかわらず、幸いにして誰も致命的な負傷を負うことはなかった。
しかし、なにぶん全員が能力を使いまくったので体力の消耗が著しくそれが回復しきるのに優に数時間かかったのである。
『黃の騎士』の時の騒動よりも大分周りの被害も抑えて戦闘できたので、特に修復作業をすることなくウィリアムたちはグイドが住んでいた洞窟で暖をとっていた。
ちょうどこの森は大陸の真左に位置するので、寒いという訳ではないけれど色々と心の整理をつけるのに焚き火というのは非常に効果的なのだ。
疲れた身体を癒やすように洞窟の壁に背中を預けてぼーっと火を見ていたウィリアムは、不意にエンテに話を切り出す。
「そろそろ教えてもらえないか、エンテ。お前は俺たちの助太刀に来た時に”迎えに来た”と言ったよな?あの意味を教えてくれないか」
「ん……あぁ」
どうにも歯切れの悪い返しに首を傾げるウィリアム。
純粋な疑問を帯びた視線を向けられたエンテは、顔をしかめながら頭を掻き……一言つぶやいた。
「『青の騎士』……つまりライアンさんが魔族に襲われて致命傷を負った」
「――ッ!」
全身が雷に撃たれるような衝撃が走る。
思わず焦燥感にかられて立ち上がりかけたウィリアムを、エンテは「最後まで聞けって!」と慌てて留まらせた。
「どうやらライアンさんに緊急処置をして、アニータさんが王都に到着するまでの時間を稼いだらしい。……おかげで一命を取り留めたんだと」
「そ、そっか。……良かった。それじゃあどうして俺を?」
「あぁ、ここからが本題だ」
どうやら死んではいなかったらしいと一息ついたウィリアムは、しかしならば何故エンテが自身を迎えに来たのだろうかと疑問に思う。
エンテが言うには今までのは前座、という訳で一体どんな衝撃の事実が話されるのかウィリアムは無意識に息を呑んだ。
「ライアンさんは確かに一命を取り留めた。ただ、完治とはまではいかなかったんだよ」
「……! つ、つまり」
「あぁ、あの人は負った怪我が原因でもう戦線に復帰できない」
ある程度予測できたことではあるが、言葉が出ない。
魔族と禍族、あまりに強大な2つの存在を同時に相手取りながら必死に国民を守ろうとしていたライアンの事実上『騎士』の引退。
何より、最もウィリアムに響いたのは場所が場所だけに護りにいけなかったことだ。
(俺は、また取りこぼしたのかっ)
(あまり気にするな、と言っても『緑の騎士』たるお前には無理な相談、か)
バラムの言葉に心の中でウィリアムは頷く。
彼の理想は”全てを護る”ことであり、それを成し遂げることが彼の人生に他ならない。
ならばこそそれを違えることは決してあってはいけないことだし、違えないように最善を尽くし続けなければならないのだ。
(俺は……どうして弱いんだ)
知りようがなかった。
場所が遠すぎた。
護る術がなかった。
そんな言葉で納得できるほど、彼は真っ当な人間ではない。
他の誰よりも強く、強く”全てを護る”と想っているから『緑の騎士』なのだ。
故にウィリアムは心の底から悔やむ。
――もっと強ければよかった、と。
「…………アム。……ィリアム。おい、ウィリアム!」
「! あ、あぁ。悪い」
エンテに肩を揺さぶられウィリアムの意識は現実へと引き戻される。
気づかぬ間にどうやら自身の心に閉じ籠もってしまっていたらしいとウィリアムは顔をしかめた。
後悔しきっているとエンテは理解しているらしく、わかりやすい大きなため息をつく。
「お前のやるせない気持ちはよくわかるぜ。でも、辛気臭い面して後悔してるよりもこれからを考えたほうがよっぽど建設的……そうだろ?」
「あ、あぁ。……そうだな。うん、サンキューな、エンテ」
完全にナーバスに成っていた自身を吹っ切れさせてくれたことに感謝して、ウィリアムは砕けた笑みを見せる。
そんなウィリアムを見たエンテも、不敵な笑みを浮かべた。
「いいってことよ、何年お前の親友やってると思ってんだ」
「そうだったな」
ひとしきり互いに笑い合うと、エンテは真面目な表情へと戻りウィリアムを見据える。
「んでよ、それでお前に依頼が来たんだ。ライアンさん自身から」
「ライアンさん自身から……?」
コクリと頷くエンテは勢い良く人差し指でウィリアムを指をさした。
「――お前に、自分の娘を『青の騎士』に導いてほしい……ってな」
「…………は?」
思わず間抜けな声が出たウィリアム。
色々説明がぶっ飛びすぎて全く理解が追いついていないのだ。
「ま、待て待て。なんでわざわざ自分の娘を『青の騎士』に?」
「ほら、代々『青の騎士』って血縁者が引き継いできたって話があったじゃないか」
言われて思い出す。
確かに『騎士』へと成る過程として大きく分けられた内の一つが”先代『騎士』に託され『騎士』へと成る者”のはずで、それを儀式的に行っていたのは『青の騎士』だった。
つまり今『青の騎士』としてライアンは戦えない状態にある以上、次の世代に『騎士の力』を託すほかない。
「だから娘、か」
「あぁ。だが結構なお転婆娘らしくて、『騎士』に成りたくないと拒否りまくってるって話だ」
なるほど、とウィリアムは思う。
『騎士』というのは物語に登場するヒーローみたいなもので、人々のために禍族や魔族と戦うことが決定づけられているのだ。
それをカッコいい、羨ましいなんて言われて崇められており小さな子どもたちからの将来の夢として在り続けている。
しかし、それはただの出まかせ。
大人になればなるほど『騎士』の責務や背中に掛かる重荷を知り、憧れではあるものの成りたくはない存在として認知されてゆくのだ。
ウィリアムたちのようにある程度現実を知っていたとして、それでも『騎士』に成りたいと想い続けている方が逆におかしい。
何より最も決定的なのは、心に秘める理想だろう。
”全てを護る”、”全てを救う”……そんな強い想いと馬鹿げた理想を掲げ続けなければ、『騎士』と成る権利すら発生しない。
成れたとしてもきっとブランドンのように、本心を押し殺しながらになってしまうはずだ。
心を押し殺しながら戦う『騎士』は、”本当の騎士”へと至れない。
「まぁ俺としてはわからなくもない話なんだが……ライアンさんは、自分の娘こそ『青の騎士』に相応しいって考えてるみたいでな」
「曲がりなりにも『七色の騎士』である俺と会ったらってことか」
「正解」
本当にそんなことをしても良いのだろうか、とウィリアムはなんとなく思う。
『騎士』に成りたくない人を無理矢理『騎士』にしても、結局”本当の騎士”に至れず自らの心がすり減っていくだけだ。
ならばいっそのこと別の誰かを『青の騎士』に選定しても良いのではないのだろうか、とウィリアムは考える。
「まぁ、どちらにせよ王都に行かなきゃいけないしな……。会うだけでも会ってみるよ」
「それで良いんじゃないか? 『七色の騎士』も無理って言ったらライアンさんも諦めるだろうしな」
「わかった」
テキトーな雰囲気で肩をすくめたエンテに、ウィリアムは頬を緩めながら頷いた。
と、そこに外で食料を集めに励んでいたグイドが洞窟内に戻ってくる。
両手で持っているつる桶には今日の夕飯だと思われる果物や野草がこんもりと盛られていた。
「戻ったよ、二人共」
「あ、あざっす。グイドさん」
エンテが礼を述べながら立ち上がると、つる桶をグイドから受け取りに行く。
「敬語は、いらないよ。同じ仲間、だろう?」
「あー、すみません。気ぃ使ってもらって」
仲良さげに話すグイドとエンテを見てウィリアムは感慨深いものを感じる。
あれほど対人での会話を苦手としていて、単語ごとに躓いていたグイドが今ではスローペース気味ではあるもののしっかりと喋っているのだ。
(にしても、グイドがまさか20歳だったなんて……)
(まぁ精神の弱さに肉体が引きづられていたようだからな。仕方ないだろう、ウィリアムよ)
常日頃からフードを頭にかぶっており、顔が全く見えなかったのも大きな要因ではある。
どちらにせよ、4歳も年上の男性を思いっきり殴り飛ばしたウィリアムからすればその事実に肝が冷える思いだ。
まぁグイド自身が殴ったことに関して目が覚めたと感謝してくれていたから別段問題はないのだが、そこら辺は加害者側のよくある心境だろう。
申し訳なさげに頭をポリポリと掻いていたウィリアムは、ふとあることを思い出してグイドに尋ねる。
「そういえばグイド。あれからツィラペ……『騎士の力』と話せているのか?」
「……ううん。もう、駄目みたい、だ」
彼女のことを思い返すように目を細めるグイドだが、しかしその表情からは決して悲しみは伺えなかった。
「きっと俺が、”本当の騎士”に至ったから、本来あるべき場所に、戻ったんだと、思うよ。だから、俺は大丈夫」
「そっか」
出会った初めの頃は自身よりも幼いんじゃないかと思わせられるくらいに、意地っ張りで頑固だったグイド。
けれど先の戦いで精神的な年齢が一気に自身を飛び越えたんだなと、その優しげな顔を見てウィリアムは痛感する。
「俺も一つウィリアムに聞きたいんだけど、良いかな?」
「あぁ、全然構わないけど」
「その右腕のこと」
先程まで流れてた穏やかな雰囲気が一気に冷めたものになった。
いや、少なくとも聞かれた側であるウィリアム本人は全く変わっていない。
聞いた側であるグイドと、2人の話を静かに見守っていたエンテの纏う雰囲気が真剣なものへと変化したのだ。
「右腕っていうと、この偽腕のことか?」
「……そうだよ」
ウィリアムは前腕の半分ほどまで折ってある袖を、一気に上腕までめくりあげる。
そこには生物では到底ありえない金属の前腕が顕になった。
「ヘンリーと、魔族側の『橙の騎士』と戦ったさいに出来た傷だ。別にこの姿でも普通に動くからあんまり意識してないけど」
「逃したのやっぱり間違いだった……!」
悔しげに両手を握りしめるグイド。
しかし対照的にエンテは静かにその右の前腕を眺め続けている。
真剣な眼差しがやけに気になったウィリアムはエンテに視線を向け、首を傾げた。
「どうしたんだよ、黙り込んで」
「……ウィリアム。それは”誰かを護って受けた傷”だよな?」
あくまで確認するような口調で淡々とエンテに問われ、ウィリアムはすぐさま頷く。
これは呆けてしまっていたアニータを護るため、そして目を覚まさせるために受けた傷でありそれ以外の理由はない。
茶色の少年はウィリアムの肯定を見ると、ようやく真剣な表情を崩して安心したかのように息を吐いた。
「なら、良い」
「怒らないのか? 自分をもっと大切にしろーとか」
少なくともアニータならばそういうはずだ。
彼女の根底は底なしに優しいから。
だがエンテは違ったようで、ウィリアムの言葉を聞いて面白げに笑う。
「怒んねーよ。お前の理想を叶えるための犠牲なんだろ?じゃあしょうがない」
「そういうものでしょうか……」
「そういうもんっすよ、グイドさん。こいつは他者を助けるためなら腕でも、脚でも、命でも支払える奴だから」
でもな、とエンテは言葉を続けると目をパチクリさせている緑の少年へと詰め寄り顔を限界まで近づけた。
「死ぬなよ。腕がなくなっても、脚がなくなっても、目が潰れても良い。俺は怒ったりしないさ、でもな――」
その瞳は何より真剣で。
「――お前の命がなければまず、”全てを護る”なんてこと出来やしない。だから死ぬな、絶対に」
「……あぁ、善処するよ」
その瞳を真正面から返せるほど、ウィリアムは自分を重く見てはいなかった。
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