セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―
待ち侘びた日
褐色の肌と金の髪を持つ青年は、闇に包まれた視界が晴れるのを確認する。
と同時に腹部に感じる衝撃に思わず視界を向けた。
「おかえりなさーい、ごしゅじんさまー」
「あぁ、ただいま」
金の青年の腹部に思いきりしがみ付いていたのは、赤い髪と瞳を持ったまだ齢二桁も行っていない幼い少女。
“ごしゅじんさま”と呼ばれた青年は優しげに言葉を返すと軽く頭を撫でて、しがみ付く少女をゆっくりと引き離す。
「ちゃんと仕事していたか?」
「うん!きょうはねー、アナがごはんつくるのてつだわせてくれたのー!」
拙い言葉で今日の出来事を嬉しげに喋る少女に、金の青年は短く「そうか」とだけ返す。
だが彼が放つ言葉の全てが、優しさに満ち満ち溢れていたのは誰が聞いても明らかだった。
「さ、まだ仕事が残ってるはずだろう?やっておいで」
「わかった!じゃあまたね、カスティ!」
軽い足音を立てながら少女は扉を抜けて姿を消していく。
その後ろ姿を見送った後、カスティと呼ばれた青年は一気に纏う雰囲気を頑ななモノへと変化させ後ろを振り向いた。
「おやおやおや、カスティ様のことを呼び捨てなどと……あの子は有能ですが、たまに主従関係を忘れるのが難点ですねぇ」
「……ヘンリーか」
カスティは鋭い目線をヘンリーへと向けながら、どこか怒気を纏った声で名前を呼ぶ。
主である金の青年が怒っているのだとすぐに察したヘンリーは、頭上にクエスチョンマークを浮かび上がらせた。
記憶をどれだけ探っても主が怒る理由が皆目見当つかないのである。
「どうしたのです、そんなに苛立って?ボクが見た所、結果は上々だと思いましたが」
「どうしたもこうしたもない――」
一つため息をつき、カスティは殺気籠った声でヘンリーに問う。
「――お前、“アイツ”の右腕を切断したな?結果的に偽腕で擬似的な修復をしたようだが、それは結果論だ。どう責任をとる?」
「あれは事故ですよ、事故」
やれやれと両肩を竦めるヘンリー。
正直、ヘンリー自身もあの場面であのような行動に移るとは思っていなかったのだ。
「普通、まだ会って1ヶ月ほどの人を助ける為に自らの身体を盾にします?そんな馬鹿げたことをするのは、物語だけですよ」
「だからこそ、アイツは選ばれたんだろう」
誰しもが思いはすれども行動は出来ないことを行ってしまうが故に、あの緑の少年は『七色の騎士』の候補となったのだろう。
ならばあの時、あの状況で自身の身を捧げることなど難しくもないはずだ。
(だが、右腕が損失したからこそアイツは候補から成り上がった……と思えば状況は悪くない)
それに、とカスティは自身の胸の中心部にある紋章に手を当て、もう一方の手を空にかざす。
瞬間、金の青年の視界に移るのは強い輝きを放つ光たち。
赤、藍、黄、紫が強く瞬いているが、反面に橙、青、緑の光が薄く弱い光を放っている。
「後は橙と青……そして緑だけ、か」
「おかしな話ですよね」
カスティが呟いた言葉の意味を理解しているのか、ヘンリーは嫌らしい笑みを浮かべた。
「『七色の騎士』が、まだ“真”になっていないだなんて」
事実、おかしな話らしくカスティも口元を緩め――
「――カスティ様!」
「……どうした」
普段ならばノックをしてから入ってくるはずの男性が、大きく息を切らして部屋に飛び込んでくる。
「実は、また……!」
「ッ……!忌々しい奴らがッ!」
まだ“この世界”に戻ってきて間もないと言うのに、と舌打ちを鳴らしたカスティはすぐさま漆黒の騎士と化す。
「ヘンリー、お前はアイツの監視に戻れ。もし“真”へ至りそうな状況なら――」
「――えぇ、分かっていますとも」
それだけ言い残して姿を掻き消したヘンリー。
(本当、相変わらず便利なもんだな……魔法ってのは)
金の青年は軽い嫉妬の目線を掻き消えたはずのヘンリーへと送ったのち、すぐさま部屋から飛び出す。
何年も待ち侘びた日を、祝うことすら出来ずに。
「――何年、何十年……何百年待ち侘びたことか」
ここにも一人、待ち侘びた日を祝う女がいた。
「今まで“候補”は現れたものの、すべて自らの望みの重みに潰れ消えていきました」
気が遠くなるような日々を過ごし、気が狂うような怠惰の日々を過ごした女は語る。
始めはあの緑の少年も候補のまま終わってしまうのではないか、と考え絶望し続ける日々だった。
だが、違ったのだ。
「けれど……けれどここにようやく“真の存在”が現れた」
女は語る。
これでようやく物語を進めることが出来ると。
止まっていた時間を動かせることが出来ると。
願望の瞬間が少しずつに近づいているのだと。
「和斗センパイ……。ようやく、私は貴方を再び出会えます」
女は顔を綻ばせる。
ふと耳を澄ませば彼の声が届く。
ふと目を凝らせば彼の顔が映る。
ふと研ぎ澄ませば彼の肌を想う。
「■■■」
「はい、待っていてください――」
女は決意で心を漲らせる。
聞こえぬはずの声を。
見えないはずの顔を。
感じないはずの肌を。
すぐそばに在ると想うが故に。
「――数千年続く戦いを、必ず終わらせますから」
平和の為でなく、平穏の為でなく、平等の為でない。
ただ、女は彼の為だけに……。
と同時に腹部に感じる衝撃に思わず視界を向けた。
「おかえりなさーい、ごしゅじんさまー」
「あぁ、ただいま」
金の青年の腹部に思いきりしがみ付いていたのは、赤い髪と瞳を持ったまだ齢二桁も行っていない幼い少女。
“ごしゅじんさま”と呼ばれた青年は優しげに言葉を返すと軽く頭を撫でて、しがみ付く少女をゆっくりと引き離す。
「ちゃんと仕事していたか?」
「うん!きょうはねー、アナがごはんつくるのてつだわせてくれたのー!」
拙い言葉で今日の出来事を嬉しげに喋る少女に、金の青年は短く「そうか」とだけ返す。
だが彼が放つ言葉の全てが、優しさに満ち満ち溢れていたのは誰が聞いても明らかだった。
「さ、まだ仕事が残ってるはずだろう?やっておいで」
「わかった!じゃあまたね、カスティ!」
軽い足音を立てながら少女は扉を抜けて姿を消していく。
その後ろ姿を見送った後、カスティと呼ばれた青年は一気に纏う雰囲気を頑ななモノへと変化させ後ろを振り向いた。
「おやおやおや、カスティ様のことを呼び捨てなどと……あの子は有能ですが、たまに主従関係を忘れるのが難点ですねぇ」
「……ヘンリーか」
カスティは鋭い目線をヘンリーへと向けながら、どこか怒気を纏った声で名前を呼ぶ。
主である金の青年が怒っているのだとすぐに察したヘンリーは、頭上にクエスチョンマークを浮かび上がらせた。
記憶をどれだけ探っても主が怒る理由が皆目見当つかないのである。
「どうしたのです、そんなに苛立って?ボクが見た所、結果は上々だと思いましたが」
「どうしたもこうしたもない――」
一つため息をつき、カスティは殺気籠った声でヘンリーに問う。
「――お前、“アイツ”の右腕を切断したな?結果的に偽腕で擬似的な修復をしたようだが、それは結果論だ。どう責任をとる?」
「あれは事故ですよ、事故」
やれやれと両肩を竦めるヘンリー。
正直、ヘンリー自身もあの場面であのような行動に移るとは思っていなかったのだ。
「普通、まだ会って1ヶ月ほどの人を助ける為に自らの身体を盾にします?そんな馬鹿げたことをするのは、物語だけですよ」
「だからこそ、アイツは選ばれたんだろう」
誰しもが思いはすれども行動は出来ないことを行ってしまうが故に、あの緑の少年は『七色の騎士』の候補となったのだろう。
ならばあの時、あの状況で自身の身を捧げることなど難しくもないはずだ。
(だが、右腕が損失したからこそアイツは候補から成り上がった……と思えば状況は悪くない)
それに、とカスティは自身の胸の中心部にある紋章に手を当て、もう一方の手を空にかざす。
瞬間、金の青年の視界に移るのは強い輝きを放つ光たち。
赤、藍、黄、紫が強く瞬いているが、反面に橙、青、緑の光が薄く弱い光を放っている。
「後は橙と青……そして緑だけ、か」
「おかしな話ですよね」
カスティが呟いた言葉の意味を理解しているのか、ヘンリーは嫌らしい笑みを浮かべた。
「『七色の騎士』が、まだ“真”になっていないだなんて」
事実、おかしな話らしくカスティも口元を緩め――
「――カスティ様!」
「……どうした」
普段ならばノックをしてから入ってくるはずの男性が、大きく息を切らして部屋に飛び込んでくる。
「実は、また……!」
「ッ……!忌々しい奴らがッ!」
まだ“この世界”に戻ってきて間もないと言うのに、と舌打ちを鳴らしたカスティはすぐさま漆黒の騎士と化す。
「ヘンリー、お前はアイツの監視に戻れ。もし“真”へ至りそうな状況なら――」
「――えぇ、分かっていますとも」
それだけ言い残して姿を掻き消したヘンリー。
(本当、相変わらず便利なもんだな……魔法ってのは)
金の青年は軽い嫉妬の目線を掻き消えたはずのヘンリーへと送ったのち、すぐさま部屋から飛び出す。
何年も待ち侘びた日を、祝うことすら出来ずに。
「――何年、何十年……何百年待ち侘びたことか」
ここにも一人、待ち侘びた日を祝う女がいた。
「今まで“候補”は現れたものの、すべて自らの望みの重みに潰れ消えていきました」
気が遠くなるような日々を過ごし、気が狂うような怠惰の日々を過ごした女は語る。
始めはあの緑の少年も候補のまま終わってしまうのではないか、と考え絶望し続ける日々だった。
だが、違ったのだ。
「けれど……けれどここにようやく“真の存在”が現れた」
女は語る。
これでようやく物語を進めることが出来ると。
止まっていた時間を動かせることが出来ると。
願望の瞬間が少しずつに近づいているのだと。
「和斗センパイ……。ようやく、私は貴方を再び出会えます」
女は顔を綻ばせる。
ふと耳を澄ませば彼の声が届く。
ふと目を凝らせば彼の顔が映る。
ふと研ぎ澄ませば彼の肌を想う。
「■■■」
「はい、待っていてください――」
女は決意で心を漲らせる。
聞こえぬはずの声を。
見えないはずの顔を。
感じないはずの肌を。
すぐそばに在ると想うが故に。
「――数千年続く戦いを、必ず終わらせますから」
平和の為でなく、平穏の為でなく、平等の為でない。
ただ、女は彼の為だけに……。
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