セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

与章 ―創り護る守槌の黄―

「――良いのね? “素質ある者”」


 声があった。
 ワイアットの右肩に光り輝く紋章、そこから声が伝う。


「引き継ぐということは、貴方が逃れられぬ道を辿ることが決定するということ。そして、宿主の想いが打ち砕かれるということ」
「っ……!」


 “最高を創り出す”というワイアットの望みを、理想を打ち砕き自分の力とする。
 『騎士の力』が無くなると言うことは最高を目指すことがほぼ不可能となり、それは正にウィリアムのエゴでワイアットを殺すことに等しい。


 思わず、欠片に望む可能性を捨てそうになる。


 これでいいのか。
 間違っていないのか。
 もっと良い道があるのではないか。


 自身の理想の為に、他人の理想をぶち壊す。
 それが、正しいと誰が言えるのか――。


「良い、ぜ」
「ワイアット、さん……?」


 顔を上げる。
 息が上がってかなり辛そうにしながらも、真っ直ぐに強く見つめる瞳がそこにあった。
 『黄の騎士』は笑いかける。


「お前に、俺の力をくれてやる」
「…………」


 震える手で、ワイアットはウィリアムの肩を掴んで握りしめた。
 痛みはない。
 肩に痛みを感じ取れるほど、今は握力がないのである。


「だから、だからアイツをぶっ飛ばせ!お前の理想を、貫き通して見せろッ!」
「――ッ!」


 最後にワイアットは「頼んだぜ」と言い残し、気を失った。
 良く意味も分かっていないだろうに、現状も把握していないだろうに、自身の理想が砕かれると言うのに。
 『黄の騎士』は自らの力を与えると言ってくれたのだ。


「『騎士の力』。早く寄越せ」
「……えぇ。我が力を貴方に――」


 慈悲深い声で、優しい声で、『騎士の力』は呟く。


「――素晴らしい宿主でした」


 その言葉を最後にワイアットの右肩にある紋章は消滅し、ウィリアムの右肩に移った。
 左手でその紋章を握りしめて、ウィリアムは誓う。


(俺が、ワイアットさんの理想を“引き継ぐ”。この世界を、“最高にする”!)


 右手は無い。
 だから左手を使う。


「砕き成せ、“原土之鉄槌クェルマディ”」


 違う。
 それじゃあ足りない、一歩も及ばない。
 なら、ならば――


 象られ始めた大槌をウィリアムは握り潰し、更に叫ぶ。


「舞え、“風之守護ウィリクス”ッ!」


 左手に舞う土を覆うように、風が舞い始めた。
 あの一撃を防ぎ、あの剣を貫くのなら一で無く、複数を重ねるべきなのである。


 ――ならば、重ねるまでだ。


「創り守れ、“風土之守槌ウィス・クェル”」


 風纏う土の守槌。
 砕くのではなく、守るためにこの槌は存在する。
 護るのではなく、創るためにこの槌は存在する。


「行くぞ、魔族」
「あぁ、来いよ新米『七色の騎士セブンスナイト』」


 振り上げた守槌を、全身の体重をかけて地面に叩きつけるウィリアム。
 それだけで地面は裂け岩が露出し、守槌を纏う風が巨大な岩を複数魔族へと吹き飛ばした。
 弾丸にも負けぬ速さで魔族へと突き進む岩の数々。


「つまらない小細工だ」


 禍族でさえ怯むであろうソレを魔族は一瞬で砕いて見せる。
 しかし、その陰から現れるのは主槌を構えたウィリアムだった。


「っらぁぁぁぁぁ!」
「面白い小細工だったという訳か」


 左手の盾で守槌から身を守ろうとする魔族を見たウィリアムは、左手を握りしめて言葉を吐く。


「“創造よ、飾り象れデコレーション・クリエイト”ッ!」
「っと……!」


 守槌が一瞬にして崩壊。
 風と砂が魔族の顔へと襲い掛かり視界を封じる。


「面白いが面倒なことを……。風よッ!」


 しかしその視界を封じる手も、魔族から現れた風によって一瞬で吹き飛ばされた。
 だが、ほんの数瞬稼げればそれで良かったのである。


「ぐッ、つぅっ!」
「一体何を……?」


 視界が開けた魔族の目に入り込んだのは、炭化した右腕を肉切り包丁で切り落としたウィリアムの姿。
 流石の魔族もこれには動揺を隠せない。
 けれどもウィリアムの近くにある物を見て全てを察する。


 あの爆破でも傷一つつかなかった、精巧に作られている偽腕を左手に持ちウィリアムは切断した肉へねじ込むように着けた。
 グチャリ、というグロい音が鳴り響き人生で味わったことのないレベルの痛みが襲うが関係ない。


「“創造よ、飾り象れデコレーション・クリエイト”ォ!」


 本来、アニータの能力で綺麗に塞ぐはずだった傷口と偽腕の間を、無理矢理近くにある鉄で固めて固定する。
 この際に綺麗さを重視できるはずもないのだ。


 最後に懐から保存されている右手を取り出して、偽腕に装着する。
 その際に能力で固定することを忘れない。
 しっかり動くことを確認して、ウィリアムは両腕を左右に展開した。


「もう終わったか?言ってくれれば待ってたぞ?」
「敵の言葉を信用できるか」


 イメージするのは二つの武具。
 上手くいくかはわからない、しかし必ず出来ると言う確信だけは何故か存在した。


「砕き守れ、“風土之破槌ウィス・クェル”」


 一つは“粉砕するための”大槌。


「創り護れ、“土風之護盾クェディ・ウィクス”」


 一つは“全て護るための”大楯。


 今できる、“最高”の武具だ。


「……面白い。なるほど、そういう使い方もあったのか」
「行くぞッ!」


 吹き飛ぶ。
 今までよりもスムーズに動くのがウィリアムには分かった。
 『黄の騎士』の力を引き継いだ影響か、右腕が直った影響か、はたまたその二つともか。


 大槌を振り上げ、構える盾に向けて全力で振り下ろす。
 今までは簡単に防がれていた攻撃が、ズッシリと圧し掛かるのがウィリアムにはわかった。
 だが、すぐさま圧倒的な腕力によりウィリアムははじき出される。


(まだ真正面からじゃ無理かッ!)


 右腕が上がったことにより出来た隙を突き、魔族はウィリアムへと剣を下段から振り上げて切り裂こうとする。
 すぐさま左手の大楯で妨害し、力勝負では歯が立たない為に斜めへと逸らし力をギリギリまで流していく。
 その短い間に右腕を立て直して息つく間もなく横から薙いだ。


「――ッ!」
「おっと」


 だがその攻撃でさえも掠ることは無く、魔族は軽く後ろに飛び退き体制を立て直す。


(駄目だ、さっきよりも全然マシだけど戦闘にならない……!)


 改めて相手との差を思い知らされるウィリアム。
 悔しげに表情を歪ませる緑の少年に、魔族は口元が緩むのを抑えられない。


(あぁ、良い。技術も肉体面もまだまだだが、何より意志が良い)


 『騎士』という存在は肉体、技術がかなり必要とされるが、何よりも大切なのは精神力……つまり意志の力だ。
 攻撃方法も荒々しいの一言に尽きるし、それにしては肉体はまだまだ発展途上。


 ――なのに、折れることのない意志だけは備わっている。


(本来なら何年も何十年も戦い続けて備わるはずの意志を、こんな若い少年が持っている。だからこそ選ばれた……か)


 魔族はひとしきりウィリアムを観察すると、一つ頷き口を開く。


「今日はここまでにするとしよう。見たい者は見れたし、確認したいことは確認できた」
「……何?」


 どういうつもりだと目を細めるウィリアムに、魔族は「あぁそうだ」と思い出したと言わんばかりに礼をする。


「お前には名乗っておこう。俺の名はカスティ、魔族側の『七色の騎士セブンスナイト』だ」


 魔族がウィリアムを見つめた。
 お前の名前は何だ、と強い意志を持った瞳が聞いてくる。


「……俺はウィリアム。『緑の騎士』だ」
「あぁ、そして人間お前たち側の『七色の騎士セブンスナイト』でもある」


 漆黒の剣と盾を消滅させると、魔族……カスティは背中を向けた。
 余りに無防備な姿に思わず攻撃しかけるが、すぐさまそれが意味ないのだと悟り戦闘態勢を維持したまま睨み続ける。


「おめでとう。君は『七色の騎士』候補から新米『七色の騎士』へと成った――」


 カスティの足元から闇が現れ始め、自らの身体を包んでいく。
 あまりに不思議な光景に、ウィリアムは戦闘態勢を維持することも忘れ呆然と眺めつづけてしまう。
 そうして、最後に全てが闇に溶ける瞬間にカスティは一言、こういった。


「――ここからが本番だ」
「――――」


 次の瞬間には崩れた鍛冶場と、多くの倒れ込む人々……『七色の騎士』と成ったウィリアムだけが、この場に残っていた。








 かくして物語は動き出す。


「道のりはまだまだ、ですね――」


 しかし、その物語の全貌を知る者はたった一人のみ。


「――待っていてください。和斗カズト様」

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