セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

魅章 ―創り造る鉄槌の黄―

「あ、親方っ!」
「おう、今帰った」


 呪窟から脱出し、ウィリアムとワイアットは特に何事も無く村へと帰っていた。
 しかし二人の雰囲気はどこか堅苦しいように出迎える弟子たちは思う。


(何かあったのか?)


 何となく流れる雰囲気を察しながらも弟子たちは何故かと問う勇気はない。
 二人の微妙な空気は伝染し、弟子たちにまで被害をもたらしてしまっていたのである。


「あの、すみません。アニータはどこにいるかわかりますか?」
「あ、はい!アニータさんは今、かなり疲れているようだったのでベッドにて身体を休めています」
「案内を頼んでも良いですか?」


 ウィリアムに話しかけられた男性はコクコクと頷くと、案内するためにゆっくりと歩き始めた。
 後を追う相手をワイアットからその男性へと変えながらウィリアムは歩きはじめる。
 と、不意に後ろからワイアットが声を掛けた。


「おいヒヨっ子。アニータと会ったらワシんところに来い。約束だ、偽腕を造ってやらぁ」
「……ありがとうございます」


 結局気分も晴れぬまま、ウィリアムとワイアットは別れてゆく。
 互いの心に確かなシコリを残したまま。








「こちらがアニータさんの部屋です」
「ありがとうございます」
「お気になさらないでください。それでは私はこれで……」


 綺麗な一礼をして男性は来た道を戻っていった。


(今更だけど、随分慣れた対応だなぁ)
(それだけワイアットという『黄の騎士』は弟子の教育をしっかりしている、ということだろう)


 喧嘩別れのような別れ方をしてしまったが故に、いまワイアットの名前が出てくるのはウィリアムとしては止めてほしいところ。
 しかし、あの対立は仕方がなかったと思い直して部屋の扉を開けるウィリアム。


「あら、ウィリアム。おはよう」
「……起きてたのか、アニータ」


 扉を開けた先には上半身を起こし、窓から外の景色を見ているアニータの姿だった。
 どうやら目が覚めたらしいと安堵の息を漏らす、と同時にアニータも息を吐きだしたのを見たウィリアムは首を傾げる。


「良かったわ、ウィリアムが助かって」
「――――」


 思わず息を呑んだ。


「おい、誰が休めと言った」


 脳内にフラッシュバックする、あの光景。


「お前は“人間じゃない”んだから、もっとキビキビ動け。クズが」


 俺、は。


「あぁ……そう、だな」


 俺は助かっても良かったのだろうか。
 あの時、あの場所で死ななくて良かったのだろうか。
 わざわざワイアットさんの力を煩わせるくらいならば、俺が――


「――駄目よウィリアム。」
「ッ!」


 ふと顔を上げれば、真剣な瞳で見つめるアニータの姿が目に入る。


「何を考えているかなんて、私にはわからないわ。でも……でも、助かったのだから喜びなさいよ、心の底から」
「…………」


 アニータの視点から見れば、先ほどのウィリアムの表情は“石像”に似ていた。
 感情の一滴さえ摘出してしまい何も残っていないような、生物としてあってはならない表情をしていたのである。
 だから、何かを言う前に止めなければと思ったのだ。


「なぁ、アニータ。心の底から喜んでいいんだよな?」
「……えぇ」


 困ったような表情を浮かべながらそう問うウィリアムに、アニータはすぐさま頷く。


 心の底から喜べ。
 そうアニータは言ったのだ。
 助かったのだから、良かったのだと嬉しがっても良いのだと。


 なら、ならば――


「――心の底から喜ぶって……どうすればいい?」
「――――」


 ここにきて初めて、アニータはウィリアムのことを一つ理解した。
 まず人間としての感情すら緑の少年にとって、曖昧で意識的にしなければ表現できないものなのだと。


 ――とどのつまり、彼は“人間ではない”のだと。








「来ましたよ、ワイアットさん」
「おう、待ってたぜ。早ぇとこ終わらしたかったからな」


 その後、ウィリアムはワイアットの鍛冶場へと赴いていた。
 振り向いてウィリアムを向かい入れるワイアットは、アニータが来ていないことに気付く。


「アニータは一緒じゃねぇのか」
「……はい、もうしばらく休んでいくと」


 アニータにしては珍しいなとワイアットは思う。
 あの『藍の騎士』は他人の心配はやたらめったらするが、自身の体調はある程度悪くても気にしない性格だったはずだ。
 しかしもう少し休んでいくらしい。


(十中八九、このヒヨっ子……か)


 人を癒し救うことがアニータの望みであり願いだ。
 彼女からしてみれば、さぞこの緑の少年は歪であり最優先で救いたい対象だろう。
 ウィリアム自身がそれを望んでいないのだから、なおさら辛いはずだ。


「ならしゃあねぇな。ヒヨっ子、こっちにこい」
「はい」


(しかしまぁ、しょうがねぇよなぁ)


 彼は狂っている。
 それはワイアットにも断言できることだ。
 だが問題はその狂いの核が“ウィリアム自身”によるものだということ。


 本来の狂いは、愛する人や過去が核となって本来あるべき人の“人格”をその名の通り狂わせる。
 よって生まれるのがサイコパスだ。
 しかしウィリアムの狂いは彼自身の“人格”が狂いそのものなのである。


 元々狂っているのならば、まず本来あるべき人格すら存在しないことになるのだ。
 故にアニータではこの狂いは救えない。


「おし。ヒヨっ子、両腕と斬れた右手を出せ」
「こうですか?」


 ウィリアムは頷くと持ってきていた右手をワイアットの前に置き、巻いてある布を剥ぎ炭化した右腕と無事な左腕を見せつける。
 炭独特の異様な匂いが鍛冶場に広まり、補助の為に居る弟子たちが顔をしかめた。
 余り嗅いだことも無い匂いに、右腕が炭化しているというグロい光景を見させられているのだから当然だろう。


「ナイフを寄越せ」
「どうぞ、親方」


 大人でさえ顔をしかめるその光景にワイアットは眉一つ動かさず、ナイフを手に取る。
 するとウィリアムにある左腕の上腕筋辺りを浅く裂いた。


「ッ……!」
「わりぃな、偽腕を創る上で遺伝子情報は絶対にいるから我慢してくれや」


(遺伝子情報……?)


 不意にワイアットの口から出た単語にウィリアムは首を傾げる。
 そんな緑の少年へと弟子の一人が近づき、小声で説明をしてくれた。


「遺伝子情報っていうのは、ウィリアムさんがウィリアムさんである情報らしいですよ」
「俺が、俺である情報?」


 たった表面を浅く裂いただけだというのに、ワイアットさんは“自身が自身である情報”を理解できると言うのか。


(これも、ワイアットさんとの……アニータたちとの差か)
(アニータも銃口が触れるだけで、触れた対象の健康度や精神状態を把握できるからな)


 『本当の騎士』というのは一体何だ。
 その事ばかりが頭でグルグルと回り続けるウィリアムの視界に大槌が現れたのを見て、慌てて思考を現実へと戻す。


「砕き成せ、“原土之創造クェルマディ”。……準備していた鉄と銅を持って来い」
「「はい!」」


 せっせと弟子の人たちが持ってくる金属をワイアットは受け取ると、鉄だけを熱で溶かし始める。


「ヒヨっ子」
「……なんですか?」


 一撃、二撃。
 真っ赤に染まった鉄を淡々と撃ち続けながら、ワイアットは口を開く。


「お前が理想を追い求める人道具に成るのか、最良を追い求める人騎士に成るのか。俺にはもう口出す権利なんてねぇ」


 金属同士が響き合い、鍛冶場に甲高い音が鳴り響いた。


「それでも、“オレ”を見ろ」
「――――」


 言われるまでも無い。
 すでに目に穴が開きそうなほど、ウィリアムはワイアットを凝視していた。


「これが……“オレ”の到達点だ」


 匠の技に見惚れているのではない。
 大槌を軽々と持ち上げる腕に見惚れているのではない。
 美しいから見惚れているのではない。


 ――彼の生き様が見えるから、見惚れているのだ。


(俺とは違う、ワイアットさんの到達点)


 弟子に囲まれ、最良のものを作り出そうと腕を振るう。
 一撃一撃に想い全てを乗せて、最高を生み出そうとし続けるその背中こそが彼の望みだったのだ。


 その結果として生まれた物がこの世に少しでも良くしてくれるようにと、そう願い続けているのである。


「次、銅」
「どうぞ親方」


 ワイアットはその大槌を器用に操り、太い銅を細く長いものへと変化させてゆく。
 並みの人ではたどり着けない技に弟子たちは食い込むように見つめた。


(正直、俺はあのヒヨっ子が苦手だ)


 撃ち続けながらワイアットは思う。


(マトモに鍛えてねぇ身体をしてやがるし、その癖言ってることは一丁前だ)


 『騎士』に必要なのは揺るぎない意志。
 それ故にウィリアムは誰よりも『騎士』としてまっとうな存在だった。


(まっとう過ぎたんだ。意志が、固すぎたんだよ)


 あれではまるで道具だ。
 “全てを護る”という命令だけをこなしていく道具。
 だからワイアットはイラついた。


(こんだけ言っても聞かねぇんだ。なら、与えてやるよ――)


 全ての一撃に全力を乗せて、想いを乗せる。
 あの無鉄砲で口ばっかで大した力も持っていない緑の少年に向けて。


(――最良へ……“理想”へとたどり着けるようにってなァ!)


 今日最もいい一撃が、最後の締めくくりとして直撃した。
 甲高く、それにしては心地良い音にウィリアムの心臓は揺らぎ動く。


 無意識に緑の少年は左手を強く、強く握りしめていた。

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