セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―
矛盾した能力
ウィリアムがクェンテに訪れて早2週間が過ぎ、アニータによる治癒も順調の一歩を歩んでいた。
「じゃあ、脱いでくれるかしら?」
「わかりました」
慣れとは恐ろしいもので、何日も上半身を晒しているウィリアムはアニータの言葉にすぐさま頷くと躊躇いなく服を脱いでいく。
服という布を取り払われ、徐々に姿を現す少年の上半身。
2週間での凄まじい鍛錬が功を奏しているのか、初日の治癒とは打って変わりその肉体には薄っすらと筋肉が現れ始めていた。
「始めるわね?」
「はい、お願いします」
手慣れた様子でアニータは水之治癒を顕現させ、ウィリアムの晒された胸に当てる。
現在は“呪病”を治癒しているため、ウィルンの銃口から放たれる藍の光はウィリアムの体すべてを包み込んでいく。
何か暖かいもので包まれるような感覚に捕らわれたウィリアムは、静かに瞳を閉じ治癒に体を預けた。
「…………」
「…………」
静寂だけが空間を支配する。
アニータによる治癒はいつも静かだった。
治癒を行うアニータは集中するために静かになっていたし、ウィリアム自身も自らアニータと接することはなかったからである。
「……ねぇ、ウィリアム君」
「?なんでしょうか」
だが、今日に限っては違ったらしい。
静かに治癒を行っていたアニータが口を開け、静寂を打ち破ったのだ。
一瞬どうしたのだろうかと疑問符を浮かべるウィリアムだが、すぐさま意識を切り替えると言葉を返す。
「貴方は……うん、何故『騎士』に?『騎士』に何を望んだのかしら?」
「――――」
その問いはウィリアムにとってあまりに意外で、一瞬言葉を失う。
何より『騎士』であるアニータがウィリアムにそう問う、それはあまりに不可思議なものだったから。
だがそれでも、答える言葉は変わらない。
「“全てを護りたい”。それが俺の望みです」
「そう、通りで貴方の得物は大楯なのね」
問われた質問にウィリアムはそのまま答えたのだが、当の質問した本人は浮かない顔だ。
どうしたのかと首をかしげるウィリアム。
「貴方は『騎士の力』が持つ能力は、望んだ力に反映されるっていうのは知ってるわよね?」
「はい、それがどうかし――」
「――信じられないのよ」
ウィリアムは自身の言葉を遮って両銃を強く握りしめるアニータの表情が、苦渋に染まっていることに気付く。
同時に、強く握りしめている両手が震えていることにも。
怯えているのだとウィリアムは至り、何に怯えているのか考えて……悟った。
今、彼女は自身の持つ『騎士の力』に怯えているのだと。
「私の能力は傷や病を治癒するもの、そして……」
躊躇うかのようにアニータは一度言葉を閉じる。
しかし意を決したのか、はっきりとした口調でウィリアムへと真実を告げた。
「そして、相手に傷や病を付与するものなの」
「ッ……!?」
驚くまいと決心していたウィリアムであったが、流石のその告白に動揺を隠しきれない。
それほど驚くことだったのである。
(相手を治す能力と、相手を傷付ける能力を同時に持っているのかっ!)
(普通に考えれば在り得ないことだな)
アニータが治癒の能力と同時に傷付ける能力を持っているとすれば、それは彼女の望みが大きく矛盾していることに他ならないのだ。
相手を治す能力を持つに値する望みを持っていながら、相手を傷付ける能力を持つに値する望みを持っている。
つまりウィリアムで言えば、“全てを護りたい”という望みを持っていながら“全てを殺したい”という望みを持っていることと同じ。
「流石の貴方も驚いたようね?」
「……えぇ、はい」
この事実に驚かない人がいるならば、それは余程の世間知らずか考え知らずである。
常に考えるだけの冷静さを保とうと努力しているウィリアムでさえ、かなり驚くほどなのだから。
「それにね、私が持っている得物……“巫女様”は“銃”と呼んでいたわ」
「銃、ですか?」
聞いたことのない単語にウィリアムは首を傾げた。
疑問符を頭上に出現させている彼を見て、アニータは「知らなくて当然よ」と薄く笑う。
「高名な武器商人ですら知らなかった物なのよ?ただの庶民である貴方が知っていたら逆に驚くわ」
「確かにそうですね、ですが“巫女様”は知ってる……と」
眉を潜めながらウィリアムは問い、それに対して厳しい表情を浮かべながら頷くアニータ。
未だ治癒を続ける銃の先が震えるのをウィリアムの身体は感じた。
「私の持つ得物、“銃”はどうやら“生物を効率的に殺す道具”らしいの」
「――――」
治癒を持つ者が、他人を傷付ける能力を持ち尚且つ他人を効率的に殺す道具を持つ。
気持ち悪いほど彼女の『騎士の力』は矛盾していた。
(今、俺の体に触れているのは“人を殺す道具”なのか……)
(どうする、ウィリアムよ?今すぐ逃げたとしても誰も文句は言うまい)
今、彼女が殺そうと思えばいつでも自身を殺せることにウィリアムは気付く。
バラムも同じことを考えたのか、ウィリアムへ逃走の可能性を定義した。
確かに今、剣を突きつけられているのだと思えばすぐさま逃げても可笑しくはないだろう。
――けれど、ウィリアムは“当然”の事をしない。
いや、逃げないことこそ“当然”なのだ。
「それが、どうかしたんですか?」
「え……?」
自身の体全体が藍の光で満ちているのがウィリアムには分かる。
暖かく、優しく、安心するような、そんなポカポカとした藍の光だ。
とてもではないが、この光を発することが出来る人に他人を殺すことなんて無理なのだと嫌でも判るというもの。
直観が、光に包まれる体が、何よりアニータと毎日合っているウィリアムが思った。
目の前の女性が、他人を害することは無いのだと。
だからウィリアムは不安気に瞳を揺らすアニータに、優しく微笑んで逆に問う。
「いやでも、私が今行動すれば貴方をいつでも殺せるのよ?怖く……恐ろしくないの?」
「全然」
頭に手を当てると大きくため息をついて、アニータは「一体何なのよ」と苦笑する。
それほどまでにウィリアムの返答に驚いたのだろう。
「確かにびっくりしましたし、今俺を殺そうと思えば殺せることなんてすぐに判りました。けれど、貴方の光を感じれば恐ろしくなんてないのだとすぐに理解できます。それほどまでに、アニータさんの“望み”は暖かいんですから」
「…………」
大きく目を見開いて硬直するアニータ。
きっと彼女はこの話をするのに、とても勇気が必要だったんだとウィリアムは思う。
だからこそ、今この場で本音を言わずしてどうするのか。
誰も怖がらないと、恐れないのだと理解してもらう他ないではないか。
「アニータさん、貴方は人嫌いと自ら言っていますよね?」
「……えぇ、それがどうかしたのかしら?」
固まっていた彼女だがウィリアムが“人嫌い”なのか問えば、すぐさま気を取り直し気丈に振る舞って見せる。
あぁ、確かにアニータが纏う雰囲気は人を寄せ付け難いだろう。
何故かと言われれば――
「人と接するとき、そんな優しげな笑みを浮かべる人は“人嫌い”じゃないですよ」
――こんなにも彼女の笑みは暖かいのだから。
人を寄せ付け難い雰囲気なのは、ただ言葉を掛けることすら億劫なほど彼女が美しいからだ。
人を寄せ付け難い雰囲気なのは、ただ彼女の生き方が自身にも他人にも厳しいものだからだ。
人を寄せ付け難い雰囲気なのは、ただただ馬鹿真面目で自分の意地を通しつくす人だからだ。
それと同じ位、彼女は優しく器が広い。
びっくりするほど人に厳しく、人に優しい彼女が“人嫌い”な訳がないのである。
「俺はアニータさんがどれほどの苦悩を背負ってきたのか、どうしてその得物を持つ望みを持ったのか、知りません。だから、これだけ言わせて下さい」
「これ以上、何を言おうってのよ」
文句垂れるようにアニータが呟く言葉を無視して、ウィリアムはまっすぐ目を見つめた。
「貴方は十二分に『騎士』だ。人に優しく、人に厳しく出来る器の持ち主なのだから」
「――――」
呆気にとられたようにアニータは口を開け、しばらくした後すぐさま宛がわれた銃口をウィリアムから引き離す。
流れるような速さで両銃を消した彼女は、立ち上がりこの場を去ろうと脚を進めた。
「ウィリアムく……いや、ウィリアム、これで今日の治癒は終わり。後これからは丁寧語じゃなくてもいいわ」
「……?」
首を傾げるウィリアムを置いてきぼりに彼女は言葉を続ける。
「――ありがと」
小さく紡がれた感謝の言葉。
チラリと見えたアニータの顔は、恥ずかしさからか赤く染まっていた。
そのまま去ろうとするアニータの後姿を見つめながら、ウィリアムも言葉を返す。
「また明日、アニータさ……アニータ」
ただ彼女は片手を軽く上げることで、別れを告げた。
「じゃあ、脱いでくれるかしら?」
「わかりました」
慣れとは恐ろしいもので、何日も上半身を晒しているウィリアムはアニータの言葉にすぐさま頷くと躊躇いなく服を脱いでいく。
服という布を取り払われ、徐々に姿を現す少年の上半身。
2週間での凄まじい鍛錬が功を奏しているのか、初日の治癒とは打って変わりその肉体には薄っすらと筋肉が現れ始めていた。
「始めるわね?」
「はい、お願いします」
手慣れた様子でアニータは水之治癒を顕現させ、ウィリアムの晒された胸に当てる。
現在は“呪病”を治癒しているため、ウィルンの銃口から放たれる藍の光はウィリアムの体すべてを包み込んでいく。
何か暖かいもので包まれるような感覚に捕らわれたウィリアムは、静かに瞳を閉じ治癒に体を預けた。
「…………」
「…………」
静寂だけが空間を支配する。
アニータによる治癒はいつも静かだった。
治癒を行うアニータは集中するために静かになっていたし、ウィリアム自身も自らアニータと接することはなかったからである。
「……ねぇ、ウィリアム君」
「?なんでしょうか」
だが、今日に限っては違ったらしい。
静かに治癒を行っていたアニータが口を開け、静寂を打ち破ったのだ。
一瞬どうしたのだろうかと疑問符を浮かべるウィリアムだが、すぐさま意識を切り替えると言葉を返す。
「貴方は……うん、何故『騎士』に?『騎士』に何を望んだのかしら?」
「――――」
その問いはウィリアムにとってあまりに意外で、一瞬言葉を失う。
何より『騎士』であるアニータがウィリアムにそう問う、それはあまりに不可思議なものだったから。
だがそれでも、答える言葉は変わらない。
「“全てを護りたい”。それが俺の望みです」
「そう、通りで貴方の得物は大楯なのね」
問われた質問にウィリアムはそのまま答えたのだが、当の質問した本人は浮かない顔だ。
どうしたのかと首をかしげるウィリアム。
「貴方は『騎士の力』が持つ能力は、望んだ力に反映されるっていうのは知ってるわよね?」
「はい、それがどうかし――」
「――信じられないのよ」
ウィリアムは自身の言葉を遮って両銃を強く握りしめるアニータの表情が、苦渋に染まっていることに気付く。
同時に、強く握りしめている両手が震えていることにも。
怯えているのだとウィリアムは至り、何に怯えているのか考えて……悟った。
今、彼女は自身の持つ『騎士の力』に怯えているのだと。
「私の能力は傷や病を治癒するもの、そして……」
躊躇うかのようにアニータは一度言葉を閉じる。
しかし意を決したのか、はっきりとした口調でウィリアムへと真実を告げた。
「そして、相手に傷や病を付与するものなの」
「ッ……!?」
驚くまいと決心していたウィリアムであったが、流石のその告白に動揺を隠しきれない。
それほど驚くことだったのである。
(相手を治す能力と、相手を傷付ける能力を同時に持っているのかっ!)
(普通に考えれば在り得ないことだな)
アニータが治癒の能力と同時に傷付ける能力を持っているとすれば、それは彼女の望みが大きく矛盾していることに他ならないのだ。
相手を治す能力を持つに値する望みを持っていながら、相手を傷付ける能力を持つに値する望みを持っている。
つまりウィリアムで言えば、“全てを護りたい”という望みを持っていながら“全てを殺したい”という望みを持っていることと同じ。
「流石の貴方も驚いたようね?」
「……えぇ、はい」
この事実に驚かない人がいるならば、それは余程の世間知らずか考え知らずである。
常に考えるだけの冷静さを保とうと努力しているウィリアムでさえ、かなり驚くほどなのだから。
「それにね、私が持っている得物……“巫女様”は“銃”と呼んでいたわ」
「銃、ですか?」
聞いたことのない単語にウィリアムは首を傾げた。
疑問符を頭上に出現させている彼を見て、アニータは「知らなくて当然よ」と薄く笑う。
「高名な武器商人ですら知らなかった物なのよ?ただの庶民である貴方が知っていたら逆に驚くわ」
「確かにそうですね、ですが“巫女様”は知ってる……と」
眉を潜めながらウィリアムは問い、それに対して厳しい表情を浮かべながら頷くアニータ。
未だ治癒を続ける銃の先が震えるのをウィリアムの身体は感じた。
「私の持つ得物、“銃”はどうやら“生物を効率的に殺す道具”らしいの」
「――――」
治癒を持つ者が、他人を傷付ける能力を持ち尚且つ他人を効率的に殺す道具を持つ。
気持ち悪いほど彼女の『騎士の力』は矛盾していた。
(今、俺の体に触れているのは“人を殺す道具”なのか……)
(どうする、ウィリアムよ?今すぐ逃げたとしても誰も文句は言うまい)
今、彼女が殺そうと思えばいつでも自身を殺せることにウィリアムは気付く。
バラムも同じことを考えたのか、ウィリアムへ逃走の可能性を定義した。
確かに今、剣を突きつけられているのだと思えばすぐさま逃げても可笑しくはないだろう。
――けれど、ウィリアムは“当然”の事をしない。
いや、逃げないことこそ“当然”なのだ。
「それが、どうかしたんですか?」
「え……?」
自身の体全体が藍の光で満ちているのがウィリアムには分かる。
暖かく、優しく、安心するような、そんなポカポカとした藍の光だ。
とてもではないが、この光を発することが出来る人に他人を殺すことなんて無理なのだと嫌でも判るというもの。
直観が、光に包まれる体が、何よりアニータと毎日合っているウィリアムが思った。
目の前の女性が、他人を害することは無いのだと。
だからウィリアムは不安気に瞳を揺らすアニータに、優しく微笑んで逆に問う。
「いやでも、私が今行動すれば貴方をいつでも殺せるのよ?怖く……恐ろしくないの?」
「全然」
頭に手を当てると大きくため息をついて、アニータは「一体何なのよ」と苦笑する。
それほどまでにウィリアムの返答に驚いたのだろう。
「確かにびっくりしましたし、今俺を殺そうと思えば殺せることなんてすぐに判りました。けれど、貴方の光を感じれば恐ろしくなんてないのだとすぐに理解できます。それほどまでに、アニータさんの“望み”は暖かいんですから」
「…………」
大きく目を見開いて硬直するアニータ。
きっと彼女はこの話をするのに、とても勇気が必要だったんだとウィリアムは思う。
だからこそ、今この場で本音を言わずしてどうするのか。
誰も怖がらないと、恐れないのだと理解してもらう他ないではないか。
「アニータさん、貴方は人嫌いと自ら言っていますよね?」
「……えぇ、それがどうかしたのかしら?」
固まっていた彼女だがウィリアムが“人嫌い”なのか問えば、すぐさま気を取り直し気丈に振る舞って見せる。
あぁ、確かにアニータが纏う雰囲気は人を寄せ付け難いだろう。
何故かと言われれば――
「人と接するとき、そんな優しげな笑みを浮かべる人は“人嫌い”じゃないですよ」
――こんなにも彼女の笑みは暖かいのだから。
人を寄せ付け難い雰囲気なのは、ただ言葉を掛けることすら億劫なほど彼女が美しいからだ。
人を寄せ付け難い雰囲気なのは、ただ彼女の生き方が自身にも他人にも厳しいものだからだ。
人を寄せ付け難い雰囲気なのは、ただただ馬鹿真面目で自分の意地を通しつくす人だからだ。
それと同じ位、彼女は優しく器が広い。
びっくりするほど人に厳しく、人に優しい彼女が“人嫌い”な訳がないのである。
「俺はアニータさんがどれほどの苦悩を背負ってきたのか、どうしてその得物を持つ望みを持ったのか、知りません。だから、これだけ言わせて下さい」
「これ以上、何を言おうってのよ」
文句垂れるようにアニータが呟く言葉を無視して、ウィリアムはまっすぐ目を見つめた。
「貴方は十二分に『騎士』だ。人に優しく、人に厳しく出来る器の持ち主なのだから」
「――――」
呆気にとられたようにアニータは口を開け、しばらくした後すぐさま宛がわれた銃口をウィリアムから引き離す。
流れるような速さで両銃を消した彼女は、立ち上がりこの場を去ろうと脚を進めた。
「ウィリアムく……いや、ウィリアム、これで今日の治癒は終わり。後これからは丁寧語じゃなくてもいいわ」
「……?」
首を傾げるウィリアムを置いてきぼりに彼女は言葉を続ける。
「――ありがと」
小さく紡がれた感謝の言葉。
チラリと見えたアニータの顔は、恥ずかしさからか赤く染まっていた。
そのまま去ろうとするアニータの後姿を見つめながら、ウィリアムも言葉を返す。
「また明日、アニータさ……アニータ」
ただ彼女は片手を軽く上げることで、別れを告げた。
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