セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―
服を脱げ
次の日の朝、ウィリアムは再び『藍の騎士』が住まう治療院に来ていた。
何度見ても最低限見れるだけの綺麗さを持つ建物に、ウィリアムは苦笑いする。
「あら、朝から結構な挨拶じゃない、ウィリアム君?」
「あ、えっと……おはようございます。その、アニータさん」
とてもとても清々しい笑顔を向けられた少年は、曲線を描く目の中にある“威圧”に震えあがると姿勢を正す。
完全に上下関係が構築完了したのか、傍から見ればそれはただの王女と下僕だった。
姿勢を正しながらも周りの風景を眺めたウィリアムは、笑顔を向けるアニータの奥に見える屋敷の中を見つめて気付く。
「もしかして、アニータさん一人がこの治療院を……?」
「――――」
痛いところ疲れたかの様に、アニータはその顔から笑顔を消す。
一瞬、目を逸らした彼女が次に表すのは再び笑顔。
「えぇ、そうよ。私の治癒の力さえあれば問題ないもの」
「……そう、ですか」
気高く常に真っ直ぐ前を見続ける、そんな人を体現したかのような彼女がその笑顔の淵に見せたのは“儚さ”だ。
それを見つけたウィリアムは、治療院がアニータ一人で経営しているのも何かしら理由があるのだろうと結論付ける。
けれど、その理由を問う資格はウィリアムに存在しない。
「では本題に行きましょう、アニータさん」
「――――。えぇ、どうぞ中に」
ウィリアムが“何故”を聞かないのにアニータは一瞬驚き、すぐさま気を取り直して屋敷の中へ案内する。
(どうして聞かなかったのかしら。絶対気付いているのに)
どこか抜けているようなウィリアムだが、彼が宿す瞳は全てを見透かすような雰囲気を持っていた。
僅かに見せてしまった隙をその彼が見逃しているはずもないだろう。
だが一向に聞いてくる気配を見せない緑の少年に、アニータは驚きつつも安堵する。
「どうぞ、あまりいいお茶は出せないけれど」
「ありがとうございます」
治療院である屋敷の中にある治癒室にウィリアムは連れられ、すぐにアニータは暖かな紅茶を持ってきた。
すごく美味しいとは口が裂けても言えないが、それでも紅茶の良い匂いと暖かさにウィリアムは癒されるのを感じる。
明らかに表情を緩くなったウィリアムを見ながら、彼女は彼の真正面に腰を落とす。
「じゃあウィリアム君は脱いで、上半身」
「……ぇ、脱がなきゃだめですか?」
至極真面目な表情でアニータは即座に「駄目」と言い切り、ウィリアムの逃げ口を完全に閉め切る。
急に顔が赤くなり視線を右往左往に向ける、まるで本当の少年のような仕草に彼女は多少なりとも驚く。
しかし、確かに目の前の彼は“少年”なのだと彼女はすぐに再確認した。
(あまりに彼が“非人間”らしくって忘れてたわ。確かに彼は少年なのに)
アニータがウィリアムと出会って何より感じたのは、非人間っぽさ。
人間の形をしていながら人間ではない……そう感じさせる雰囲気を彼は持っていた。
儚く、淡く、それでいて吸い込まれそうなほど純粋で半透明。
――それはまるで、ガラス細工で装飾された水晶のように。
「早く脱いで、私も準備を済ませるから」
「あっはい」
いそいそと顔を赤らめながら脱ぎ始めるウィリアムを尻目に、アニータは自らの両手に藍色の拳銃を出現させる。
「……脱ぎました」
「じゃあ始めるわよ」
完全に上半身が裸になっていることをアニータは確認すると、ウィリアムの胸の中心に右手にある拳銃の銃口を当てた。
すると、拳銃の持ち主である彼女の脳内にウィリアムの身体状況が流れ始める。
その結果を見て、アニータは目を細めるしかない。
(全身の筋肉が凝り固まってて、一部の骨は未だ繋がりきってない。カサブタもかなり多いし……)
よくこれほど自身の体を痛めつけられたな、と彼女は心の底から思う。
大楯の得物を持つということは、つまりこういう身体を一生背負っていくことに等しい。
人々を護るという使命故に自身の身体を気にしないのだ。
「“治癒よ、体を治せ”」
アニータはウィリアムの体に対して、まず大部分を支える骨の修復から始めることにする。
宛がわれた銃口が左腹に移動して藍の光を発し始め、左腹を満たしていく。
「っ!ふぅ……」
「――――」
途切れ途切れだった骨が確かにくっついていくのをウィリアムは理解したのか、大きく息を吐いた。
その時に左腹に込められた力が急速に抜けていくのを見逃さないアニータ。
思わずため息をついて仕舞う。
(なるほど、普通に動けてたように見えたのは筋肉で強制的にくっつけてたからなのね)
確かに骨で繋ぎ止めていた体を、筋肉が割増で負担すれば今まで通り動けるかもしれない。
だがそれは常に尋常ではない痛みを負い続けることになる。
一歩歩くだけでもかなりの負担になっていたはずだ。
10分ほどをかけて、ようやく左腹の骨を繋ぎきったアニータは大きく息を吐く。
ほぼ傷を負う前の状態にまで戻った骨に、流石のウィリアムも驚きを隠せなかった。
「おぉ、凄いです」
「……今日はここまでね」
額を伝う汗を右腕で拭うと、アニータは“ウィルン”を消す。
どうやら治癒というのはウィリアムの思う以上に負担のかかる行為だったらしい。
「大丈夫ですか?」
「えぇ。これ以上の治癒は私の体力が持たないし、それ以上にウィリアム君の体にも負担をかけるわ」
治癒というのは傷を治すこと。
けれどそれは摩訶不思議な能力だけで治している訳ではない。
あくまで活性化させて治しているだけなので、一日に一定以上の治癒しか出来ないのである。
「これからは良く食べて良く寝なさい。それだけ体の治癒も早くなるわよ」
「わかりました、そうします」
服を着ながら、ウィリアムはアニータの言葉に頷いたのだった。
「――ここがこの街の衛兵の訓練場よ」
治癒を受けた後、アニータの案内によってウィリアムは衛兵の訓練場に来ていた。
理由はもちろんウィリアムの基本能力を向上させ、再び“呪病”にかからせない為である。
訓練場の中へと足を運んだウィリアムは、自身たちへ……いや細かく言えば“アニータへ”視線を向けている人が多いことに気が付く。
それは下世話な視線ではなくもっと純粋な疑問の視線だった。
(何故お前がここに……という視線だな、ウィリアムよ)
(あぁ。アニータさんがここに来ることは珍しいみたいだ)
バラムと内心で会話をしていると、不意に誰かが近づいてくるのを見つける。
スキンヘッドに日焼けの肌、筋骨隆々とした身体で一見怖そうに見えるが、よくよく見れば目元は少し垂れており柔らかな雰囲気を持っている男性だった。
「おう、アニータ。お前が来るなんて珍しいじゃないか。どうしたんだ?」
「用があるのは私じゃなくて、隣にいる少年の方よ。衛兵長、エレベンテさん」
スキンヘッドの男性……エレベンテはアニータからそう言われると、隣にいる少年であるウィリアムに視線を移す。
立ち方、露出されている肌から見える筋肉量などをエレベンテは見て察する。
極々真面目な表情をして、スキンヘッドの男性はアニータに詰め寄った。
「お前、子どもを拾ってきたのか?」
「違うわよッ!」
響きの良い音を鳴らしてアニータはエレベンテの、毛一本生えていない頭を全力で殴る。
正直、ウィリアムもそう言うのは在り得ないなと思った。
……どの口が言うのか。
鋭く息を吐きエレベンテを睨みながら、アニータはウィリアムを指さす。
「例の『緑の騎士』、ウィリアム君よ」
「……初めましてエレベンテさん」
「――――」
息を呑む音が聞こえた。
こんな若い、しかもガタイの悪い少年が『騎士』だということが理解できないのだろう。
エレベンテはウィリアムをもう一度見つめ――
「ウィリアムと言ったかな、脱いでくれないか」
「……ぇ?」
――アニータと同じ言葉を放った。
二回目とはいえ、流石に男から言われるとは思わなかったウィリアムは思考回路が一瞬停止する。
そして無意識に逃げを求めたのか、恐る恐ると言った表情で問う。
「あの、上半身だけ……ですよね?」
「何言ってるんだ」
ウィリアムは大きく息を吐く。
当然だ、誰も同性のパンツ一丁姿なんて見たくも無い。
安心しきったウィリアムへ、さも当然化のようにエレベンテは言い放つ。
「全部に決まってるだろ」
「えっ」
しばらく、思考回路が停止したウィリアムであった。
何度見ても最低限見れるだけの綺麗さを持つ建物に、ウィリアムは苦笑いする。
「あら、朝から結構な挨拶じゃない、ウィリアム君?」
「あ、えっと……おはようございます。その、アニータさん」
とてもとても清々しい笑顔を向けられた少年は、曲線を描く目の中にある“威圧”に震えあがると姿勢を正す。
完全に上下関係が構築完了したのか、傍から見ればそれはただの王女と下僕だった。
姿勢を正しながらも周りの風景を眺めたウィリアムは、笑顔を向けるアニータの奥に見える屋敷の中を見つめて気付く。
「もしかして、アニータさん一人がこの治療院を……?」
「――――」
痛いところ疲れたかの様に、アニータはその顔から笑顔を消す。
一瞬、目を逸らした彼女が次に表すのは再び笑顔。
「えぇ、そうよ。私の治癒の力さえあれば問題ないもの」
「……そう、ですか」
気高く常に真っ直ぐ前を見続ける、そんな人を体現したかのような彼女がその笑顔の淵に見せたのは“儚さ”だ。
それを見つけたウィリアムは、治療院がアニータ一人で経営しているのも何かしら理由があるのだろうと結論付ける。
けれど、その理由を問う資格はウィリアムに存在しない。
「では本題に行きましょう、アニータさん」
「――――。えぇ、どうぞ中に」
ウィリアムが“何故”を聞かないのにアニータは一瞬驚き、すぐさま気を取り直して屋敷の中へ案内する。
(どうして聞かなかったのかしら。絶対気付いているのに)
どこか抜けているようなウィリアムだが、彼が宿す瞳は全てを見透かすような雰囲気を持っていた。
僅かに見せてしまった隙をその彼が見逃しているはずもないだろう。
だが一向に聞いてくる気配を見せない緑の少年に、アニータは驚きつつも安堵する。
「どうぞ、あまりいいお茶は出せないけれど」
「ありがとうございます」
治療院である屋敷の中にある治癒室にウィリアムは連れられ、すぐにアニータは暖かな紅茶を持ってきた。
すごく美味しいとは口が裂けても言えないが、それでも紅茶の良い匂いと暖かさにウィリアムは癒されるのを感じる。
明らかに表情を緩くなったウィリアムを見ながら、彼女は彼の真正面に腰を落とす。
「じゃあウィリアム君は脱いで、上半身」
「……ぇ、脱がなきゃだめですか?」
至極真面目な表情でアニータは即座に「駄目」と言い切り、ウィリアムの逃げ口を完全に閉め切る。
急に顔が赤くなり視線を右往左往に向ける、まるで本当の少年のような仕草に彼女は多少なりとも驚く。
しかし、確かに目の前の彼は“少年”なのだと彼女はすぐに再確認した。
(あまりに彼が“非人間”らしくって忘れてたわ。確かに彼は少年なのに)
アニータがウィリアムと出会って何より感じたのは、非人間っぽさ。
人間の形をしていながら人間ではない……そう感じさせる雰囲気を彼は持っていた。
儚く、淡く、それでいて吸い込まれそうなほど純粋で半透明。
――それはまるで、ガラス細工で装飾された水晶のように。
「早く脱いで、私も準備を済ませるから」
「あっはい」
いそいそと顔を赤らめながら脱ぎ始めるウィリアムを尻目に、アニータは自らの両手に藍色の拳銃を出現させる。
「……脱ぎました」
「じゃあ始めるわよ」
完全に上半身が裸になっていることをアニータは確認すると、ウィリアムの胸の中心に右手にある拳銃の銃口を当てた。
すると、拳銃の持ち主である彼女の脳内にウィリアムの身体状況が流れ始める。
その結果を見て、アニータは目を細めるしかない。
(全身の筋肉が凝り固まってて、一部の骨は未だ繋がりきってない。カサブタもかなり多いし……)
よくこれほど自身の体を痛めつけられたな、と彼女は心の底から思う。
大楯の得物を持つということは、つまりこういう身体を一生背負っていくことに等しい。
人々を護るという使命故に自身の身体を気にしないのだ。
「“治癒よ、体を治せ”」
アニータはウィリアムの体に対して、まず大部分を支える骨の修復から始めることにする。
宛がわれた銃口が左腹に移動して藍の光を発し始め、左腹を満たしていく。
「っ!ふぅ……」
「――――」
途切れ途切れだった骨が確かにくっついていくのをウィリアムは理解したのか、大きく息を吐いた。
その時に左腹に込められた力が急速に抜けていくのを見逃さないアニータ。
思わずため息をついて仕舞う。
(なるほど、普通に動けてたように見えたのは筋肉で強制的にくっつけてたからなのね)
確かに骨で繋ぎ止めていた体を、筋肉が割増で負担すれば今まで通り動けるかもしれない。
だがそれは常に尋常ではない痛みを負い続けることになる。
一歩歩くだけでもかなりの負担になっていたはずだ。
10分ほどをかけて、ようやく左腹の骨を繋ぎきったアニータは大きく息を吐く。
ほぼ傷を負う前の状態にまで戻った骨に、流石のウィリアムも驚きを隠せなかった。
「おぉ、凄いです」
「……今日はここまでね」
額を伝う汗を右腕で拭うと、アニータは“ウィルン”を消す。
どうやら治癒というのはウィリアムの思う以上に負担のかかる行為だったらしい。
「大丈夫ですか?」
「えぇ。これ以上の治癒は私の体力が持たないし、それ以上にウィリアム君の体にも負担をかけるわ」
治癒というのは傷を治すこと。
けれどそれは摩訶不思議な能力だけで治している訳ではない。
あくまで活性化させて治しているだけなので、一日に一定以上の治癒しか出来ないのである。
「これからは良く食べて良く寝なさい。それだけ体の治癒も早くなるわよ」
「わかりました、そうします」
服を着ながら、ウィリアムはアニータの言葉に頷いたのだった。
「――ここがこの街の衛兵の訓練場よ」
治癒を受けた後、アニータの案内によってウィリアムは衛兵の訓練場に来ていた。
理由はもちろんウィリアムの基本能力を向上させ、再び“呪病”にかからせない為である。
訓練場の中へと足を運んだウィリアムは、自身たちへ……いや細かく言えば“アニータへ”視線を向けている人が多いことに気が付く。
それは下世話な視線ではなくもっと純粋な疑問の視線だった。
(何故お前がここに……という視線だな、ウィリアムよ)
(あぁ。アニータさんがここに来ることは珍しいみたいだ)
バラムと内心で会話をしていると、不意に誰かが近づいてくるのを見つける。
スキンヘッドに日焼けの肌、筋骨隆々とした身体で一見怖そうに見えるが、よくよく見れば目元は少し垂れており柔らかな雰囲気を持っている男性だった。
「おう、アニータ。お前が来るなんて珍しいじゃないか。どうしたんだ?」
「用があるのは私じゃなくて、隣にいる少年の方よ。衛兵長、エレベンテさん」
スキンヘッドの男性……エレベンテはアニータからそう言われると、隣にいる少年であるウィリアムに視線を移す。
立ち方、露出されている肌から見える筋肉量などをエレベンテは見て察する。
極々真面目な表情をして、スキンヘッドの男性はアニータに詰め寄った。
「お前、子どもを拾ってきたのか?」
「違うわよッ!」
響きの良い音を鳴らしてアニータはエレベンテの、毛一本生えていない頭を全力で殴る。
正直、ウィリアムもそう言うのは在り得ないなと思った。
……どの口が言うのか。
鋭く息を吐きエレベンテを睨みながら、アニータはウィリアムを指さす。
「例の『緑の騎士』、ウィリアム君よ」
「……初めましてエレベンテさん」
「――――」
息を呑む音が聞こえた。
こんな若い、しかもガタイの悪い少年が『騎士』だということが理解できないのだろう。
エレベンテはウィリアムをもう一度見つめ――
「ウィリアムと言ったかな、脱いでくれないか」
「……ぇ?」
――アニータと同じ言葉を放った。
二回目とはいえ、流石に男から言われるとは思わなかったウィリアムは思考回路が一瞬停止する。
そして無意識に逃げを求めたのか、恐る恐ると言った表情で問う。
「あの、上半身だけ……ですよね?」
「何言ってるんだ」
ウィリアムは大きく息を吐く。
当然だ、誰も同性のパンツ一丁姿なんて見たくも無い。
安心しきったウィリアムへ、さも当然化のようにエレベンテは言い放つ。
「全部に決まってるだろ」
「えっ」
しばらく、思考回路が停止したウィリアムであった。
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