セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

『緑の騎士』が望む力

「――今のが、ブランドンさんの記憶」


 『赤の騎士』として在り続けたブランドンの過去を知り、ウィリアムは残酷さを噛みしめる。
 この過去を知ってしまえば、彼が禍族に対して“恐怖で狂う”訳も簡単に察せてしまう。


(さらに言えば、今の奥さんや娘を奪われてしまう可能性すらあるんだから、こうなるのも当然だな)


 ウィリアムは立ち上がると禍族を見上げた。
 過去を見たが、その時間はほんの一瞬のみらしく禍族は未だこちらに視線を向け続けているだけ。
 禍族が下手な事をしないように睨み続けるウィリアムの耳に、気絶しているブランドンのうめき声が聞こえた。


「おっと、宿り主が目覚めそうだ。その前に“素質ある者”、よく聞け――」


 調子付いた声色が、一瞬にして真面目になるのをウィリアムは感じ耳に意識を向ける。
 一言一句、聞き逃さないように。


「――もし宿り主が暴走したら、お前が“引き継げ”。良いな」
「“引き継ぐ”……?」


 それは何だと聞く前に、視界の端で禍族が右腕を振り上げるのを確認したウィリアム。
 驚きつつもウィリアムは即座に気絶しているブランドンの前に立つと、左手に装着している大楯を構えた。


 禍族が持つ圧倒的な腕力に体中の筋力を張りつめ耐えるウィリアムだが、下を向き踏ん張っていたのが仇となる。
 横から振るわれた左腕に気が付かなかったのだ。


「がッ……!」


 上からの攻撃を防ぐため、大楯を上に構えていたウィリアムにとって横からの攻撃は対処できない。
 いや、出来たとしてもそれは一人だけの場合だ。
 後ろにブランドンが居たため、そのまま攻撃を受けるしか他なかったのである。


 左腕の攻撃をもろに受け、ウィリアムは大きく左側へ吹き飛ばされた。
 地面に転がりながら何とか衝撃を殺し切るが、あまりの動けず痛みに悶える。


「ってぇ……!」
(痛がっている暇はないぞ、ウィリアムよ!)


 ウィリアムがバラムの声に答えて何とか体を起こすが、次の瞬間痛みを気にせず体中に力を込めた。
 未だ気絶しているブランドンを先に倒すべきと判断したのか、禍族がブランドンに対して再び右腕を振り下ろそうとしているのを見たからだ。
 しかし予想以上にあの打撃は体に負担を与えたのだろう、上半身を持ち上げることは出来ても立ち上がることは出来ない。


(また、俺は……!)


 全てを護ると、そう誓ったのに。
 また、誰かを失ってしまうのか。
 否、否!


「違う、だろぉッ!」


 大楯を装着している左腕を懸命に伸ばすウィリアム。
 始まりも同じ光景だった。
 目の前で大事な人を殺されそうになっているのを、ウィリアムはおぼろげに思い出す。


(けど、今は違う)


 あの時は何もできなかった。
 あの時は何の力もなかった。
 けど、今は力がある。


 一体その騎士は何のために、一体その大楯は何のために。
 一体自身が望んだ力は何の為に。


 ――決まってる、人々を護る為だ!


「――“風よ、纏い護れプロテクトッ!!」


 確信が在った。
 自身の中にある『騎士の力』が渦巻き、大きく反応する。
 これが、ウィリアムの望んだ力人々を護ることを叶える能力だ。


 左腕から放たれた風が今、腕が当たろうとしているブランドンに纏いつき、一つの結界と成す。
 風の結界……それがウィリアムの望む力を叶える一つ目の能力。


(一度使ったからか、俺の能力が何なのか分かるッ!)


 ウィリアムは風で体を支えながら立ち上がると、盾を大きく振り上げると地面に向けて叩きつける。


「こっちを見ろ!“守護よ、人を護れターゲット・セット”!」


 右腕の攻撃を防いだ風の結界に、更なる追撃を加えようとした禍族が異様な速度でウィリアムへ向く。
 敵の注意を他の者から逸らしてただウィリアムへ向ける能力、それが二つ目の能力だった。


「ah――――ッ!」


 振り上げた状態で停止した右腕を、禍族はそのままウィリアムへと目標を変え振り下ろす。
 巨体故かそこまでスピードに乗っていない攻撃に、戦闘経験が少ないウィリアムですら普通に躱せてしまう。
 右に避けて攻撃を躱したウィリアムだが、次の瞬間には体中に力を込め右側に盾を配置する。


「ッ……!」


 瞬間、配置した大楯から凄まじい衝撃が伝わってきた。
 予め姿勢を崩さないように力を込めていた為、何とか踏ん張ることが出来たウィリアムは小さく息を吐く。


(予想通り、上からの攻撃はブラフだったか)
(流石に同じ手は通用しないな)


 バラムの言葉にウィリアムは当たり前だと眉を潜めた。
 だが、次の瞬間には大きく顔を歪めることになる。


(“両手の振り下ろし”か!)
(防げ、ウィリアムよッ!)


 まさかの両手を使っての威力アップを図ってきた禍族に、ウィリアムは驚きつつもバラムの指示通り大楯を構えた。
 両手を使って威力を上げる、ということはその分パリィするときの姿勢も大きく崩れるということである。


「らぁッ……!」


 体中が軋み上がるのを感じながら、ウィリアムは禍族の攻撃を大きく跳ね返す。
 ほぼ最大火力の攻撃の反動がそのまま自分に跳ね返り、体制を崩す禍族を見逃すウィリアムではない。


 何度も行っている戦法だからこそ、その後の動きはスムーズだ。


 ウィリアムはそのまま左腕に装着している大楯に風を巻きつけると、体制を崩している禍族の胸元へ突撃する。
 大きく弓のように引き絞った左腕を、そのまま禍族へ放ち――


「Ga――――ッ!」
「ッ!?」


 ――自身の体が大きく右へ曲がっていることに、ウィリアムは気が付く。
 次の瞬間、ウィリアムは右方向へ吹き飛ばされ近くに在った家を破壊する。


 たった一瞬だが肺の中の空気を全て持っていかれたウィリアムは、荒い息をついて何故こうなったかの理由を見つけた。


「う、そ……だろ」
「Ah――――ッ!」
「Ga――――ッ!」


 “禍族が二体”。
 今まで殆ど二体以上にならなかった禍族が今存在している。
 一体でもかなり危ない戦い方をしているウィリアムにとって、二体同時に相手をするということは絶望以外の何物でもない。


(ブランドンさんは……いや、駄目だ。あの人を戦わせてはいけない)


 どう考えても突撃して死ぬことは目に見えている。
 それならば、今自身が時間を稼ぐことに集中した方がウィリアムにはよっぽど得策に想えた。
 痛みをまだ訴え続ける左横の腹を擦り、怪我の状況を把握する。


(この感じは内出血と、骨が数本逝ってる。内臓が潰れてないだけマシか)


 流石の『騎士』の超強化だと言うべきだろう。
 一般人なら、内臓どころか体全部が潰れてしまっても正直驚かないほどの攻撃だったのだから。
 左横腹を右手で支えながらウィリアムは立ち上がる。


(なんでいきなり禍族が増えた……なんて考えてる場合じゃないか)


 どうやら、敵は完全にウィリアムだけに集中しているらしく気絶しているブランドンには見向きもしない。
 唯一それが不幸中の幸い、だろうか。


「こいよ、化け物ども……相手してやる」


 全てを護る為に、今……『緑の騎士』は敗北の戦いに立ち上がる。

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