セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

戦いと"二人"

 警戒してただ睨み付ける禍族の前に、ウィリアムが立ちはだかる。


「来いっ!」
「――――ッ!」


 今まで警戒していた禍族は大楯を構えるウィリアムを見ると、その目の色を変え音のない咆哮を上げてまっすぐ突っ込んできた。
 丁度良いとウィリアムは笑い、大楯をしっかり構え足腰に力を入れる。


 直後ウィリアムの身体に伝わるのは衝撃。
 体全てを覆い尽くす大楯に、禍族は何も考えず攻撃したのだ。


(禍族は基本考えることをしない。だから攻撃も常に一直線……!)


 だからこそ、圧倒的な身体能力をもっている禍族に抗うことは可能なのである。
 考えないから攻撃は単純、考えないから力加減も単純なので何度か攻撃を受け続けるだけで、次の攻撃の威力が手に取るように把握できた。
 ある程度防いだところで、パターンを全て把握しきった“声”はウィリアムに語りかける。


(宿り主よ、準備は良いぞ)
(了、解……!)


 とはいっても攻撃が重いことは重い。
 精神が崩れない限り壊れぬ盾とはいえ、攻撃を受け続ければ扱う本人が潰れてしまう。
 だからこそ短期決戦でウィリアムは――


(三、二、一……今だ!)
「らぁッ!!」


 ――振るっているはずの盾に、全く衝撃が来ないことに強い危機感を持っていた。


 開けた視界に待っていたのは景色のみで、そこには禍族の姿は微塵も見当たらない。
 体中に鳥肌が立つウィリアム。


(まずいっ!?)


 大きく左上に大楯を振るった状態で、今一番隙が大きいのは右側であると瞬時に悟ったウィリアムは咄嗟に右側で体を隠す。
 瞬間、大楯越しに今までにないほどの衝撃が伝わるのを感じた。


「ぐぁッ!」


 力を入れにくい体制で強力な攻撃を受けたため、その衝撃にウィリアムの体は耐えられず大きく吹き飛ばされる。


(このままじゃ……!)


 明確な“死”のイメージが脳裏に浮かぶウィリアム。
 体が言うことを聞かず、受け身を取ることすら出来ない状況では地面に落下した際に首を打ち付け死ぬのは目に見えている。


 だが対策も取れず、死という地面にぶつかる……その一瞬に何かがウィリアムを受け止めた。


「大丈夫か、緑の小僧!」
「ブランドン……さん?」


 大きく地面を削りながらウィリアムを受け止めたブランドンは、そのまま完璧に衝撃を殺して見せる。
 受け止めたウィリアムを地面に下ろすと、爪を振るった状態で停止している禍族を睨み付けた。


「あの化け物、能無しの癖にフェイントをかけてきやがった」
「はい、簡単にはいかないみたいです」


 けれどこれは“禍族は考える事を知らない”という慢心が引き起こした、いわゆる自業自得。
 大丈夫だと括ったウィリアムにも責任があるし、それを見逃したブランドンにも責任はあるだろう。
 故に今度は慢心しないと、ウィリアムは大楯を強く握りしめた。


「もう一度、やらせてください」
「……信じていいんだな」


 真っ直ぐ見つめて確かめるブランドンに、ウィリアムは視線を返し力強く頷いて見せる。
 仕方ないなと顔を破綻させた『赤の騎士』は『緑の騎士』の背中を強く叩いた。


「おし。なら任せたぞ、緑のひよっこ」
「――はいっ」


 背中を押すブランドンの言葉に、ウィリアムは再度力強く頷くと禍族の元へ走り出す。


(宿り主よ、どうするつもりだ)
(お前はまたタイミング調整、任せたぞ)


 ウィリアムの言葉に、“声”は何か考えがあるのだと悟ると肯定する。
 唸り迫る敵を見つめる禍族は、聞こえぬ咆哮を上げるとアチラも突っ込んできた。


 振るわれる漆黒の爪。
 それに合わせるようにウィリアムは“横に傾けながら”盾を構える。
 未だ開けている視界に映るのは振り上げた爪をそのままに、身軽なステップで横に移動していく禍族の姿だ。


 大楯によって防がれる視界を未然に防ぐことで、禍族の移動先を予め把握したウィリアムはその方向に大楯を置く。
 攻撃を受けた時よりかは軽いものの、それでも強い衝撃がウィリアムを襲う。


(対処出来ているが、宿り主よ、これでは体制が悪すぎるぞ……!)
(解かっている!)


 襲い掛かる攻撃を防がれた禍族は怯むことなくウィリアムに攻撃を行い続けた。
 上下左右を自由に動き回りながら、大楯を持っていることで動きづらいウィリアムを確実に翻弄していく。
 どうにも頭が回る禍族に、何とか攻撃を防ぎながらもウィリアムは違和感を覚えていた。


(なんで禍族がこんなに頭が回る……?)


 禍族は普通の獣よりも知性が低く、人を襲い喰うくらいしか能に無いはず。
 けれど、目の前の獣型の禍族はそれとは違う。
 “まるで知性を持っているかのように”正確に攻撃を当ててくる。


(けど、それだけじゃない)


 知性があるが如くフェイントをかけたりする禍族ではあるが、それとは真逆にウィリアムしか狙っていない“能無し”でもあるのだ。
 先ほどから防御一辺倒のウィリアムにしかその敵意を見せていない。
 それよりかはブランドンの方が対処しやすいだろうに。


(次、来るぞ宿り主よ!)
(……ッ!了解)


 自身の死角から振るわれる爪に対して、体制を崩してでも防いだウィリアムは一旦体制を立て直そうと後ろに下がろうとする。
 けれどそれを見逃す敵は居らず、禍族も好機と見てか大きく爪を振り上げた。


 触れれば死ぬだろう凶悪な爪を前に、ウィリアムは『騎士の力』を呼びかける。
 奥底に眠る“緑の風”を握りしめそれを現界させると、纏わせたのは右腕。
 それと同時に大楯を真正面に構え、目の前の視界を全てカットしたウィリアムは右腕を突きの状態で構える。


(風を操ることが出来るのなら――)


 視界を防ぐ大楯に向けて全力で右腕を突くと、それと同時に右腕に纏う風を解き放つイメージを脳内で行った。
 盾をすり抜け、真っ直ぐ“フェイントで振り下ろす爪”に向けて飛び立つ風を。


(――放つッ!)


 イメージ通りに風が動き、右腕を纏う“緑の風”は盾をすり抜けて爪へと向かう。


 それは妨害の風だ。
 進むことは許されず、かといって退けるのは禍族にとって勝機を逃すことと変わらない。


 だから“力を込める”。
 剛腕に力を掻き集めてフェイントとなる攻撃を放つために、風の妨害を真正面から突破しようとするのだ。


 だから――


 ――だから、不意に妨害しているはずの風が消えたことに禍族は戸惑いを隠せない。


 “力を込めすぎた攻撃”はフェイントとなることは出来ず、それはただ本命の一撃となってウィリアムを襲う。


(……今だッ!)
「らぁッ!!」


 ――だから、それは弾くのに最も適切な一撃となった。


 まっすぐ正面に振るわれる全力の一撃を、綺麗に弾き飛ばしたウィリアム。
 開けた視界に映るのは大きく体を崩した禍族の姿だ。
 迷わずウィリアムは叫ぶ。


「ブランドンさんッ!」
「解っている!」


 瞬間、叫ぶウィリアムが目にしたのは“大剣の鍔から炎を吹き出している”ブランドン。
 鍔から炎を出すことで、自身の推進力とした高速移動でやってきたのだ。


 両手で大剣を握りしめブランドンは体制を崩した禍族に向けて、その刃を振り上げる。


「食らええぇぇぇッ!」


 振るわれる方とは真逆の刃から炎が吹き出し、それが振るわれる推進力の一部となって大剣とは思えない速度で禍族を“断つ”。
 あっさりと、簡単に――


「――――……」


 ――禍族はその命を散らした。


 声のない咆哮を、ただウィリアムは眺めている。








「あぁあああ……疲れた」
(うむ、真に面白い戦い方を思いついたな、我が宿り主)


 時は経ち数刻。
 救われた村の人々は禍族を倒したウィリアムとブランドン、そしてもしもの為の避難に駆け回ってくれたエンテに感謝し、一人一部屋の個室を用意してくれた。


 中々にふくよかなベッドに体を押し付け、ウィリアムは戦いの疲れを癒していると不意に“声”が聴こえるのを感じる。


「面白くも糞も無い。あんなのしか考えられなかったんだよ」
(だが今まで“戦い”を知らなかったのなら、逆に良くやったほうだと思うが)


 確かにウィリアムは今の今まで“戦い”というものを知らなかった。
 体験したことがあるのは、精々喧嘩程度のもの。
 命と命を取り合う……そんな行為は『騎士』と成るまで一切なかっただろう。


 『騎士』となって初めての戦いも、考える必要はなくただ“声”に従っただけ。
 “実践”という意味では今回が本当の初めてなのかもしれない。


「……俺は強く在りたい」
(うむ、期待しているぞ)
「あぁ」


 だがそれでもウィリアムは前に進まなければならないのだ。
 『騎士』として強く、『騎士』として護り、『騎士』として在る。
 その為には“戦い”と言うものをもっと知り、対処できるようにならなければならないだろう。


(俺には、“護ること”しかできないから)


 ブランドンのように、禍族を倒す戦いは殆どできない。
 ただ人を護り、人の代わりに体を捧げるだけがウィリアムに許された“戦い”だった。


(だからとことん、考えないと)


 無鉄砲に突っ込むだけじゃ、護ることすらできないだろう。
 故にウィリアムは戦いのときは誰よりも考え、誰よりも前に居続けなければならないのである。


 意志を固めたウィリアムは、そのまま睡眠に入ろうとして……はっと思い出す。


「なぁ、“声”。お前名前はなんていうんだ?」


 今まで名前が分からず、どう声を掛ければいいのかイマイチ要領が掴めなかったのだ。
 この機会に名前を聞くくらい良いだろう、とウィリアムは考える。


(……我の名前、か。そんなものは無いぞ)


 だからこの返答に、少し……いやかなり驚くウィリアム。


「お前、名前なかったのか?」
(我に名前は必要ない。ただ、我は“力”で在るべきだからな)


 ウィリアムはう~ん……と悩むと、ポツリと呟く。


「――バラムってのはどうだ?」
(……ふむ、バラムか。宿り主が呼びやすいなら、それで良かろう)


 少し欲しかった反応とは違うが、まぁいいかとウィリアムは苦笑する。
 結局ウィリアムもコミュニケーションを取りやすくする為、呼称が欲しかっただけなのだから。
 それでも、少しは喜んでも欲しかったわけだが。


「じゃあバラム、お前に頼みがある」
(……?何だ、宿り主よ)


 首を傾げているであろう声の口調に、なんとなくウィリアムはバラムに慣れてきたのだな……と感じる。
 故に、どうしてもこれだけは言っておきたかった。


「“宿り主”じゃ言いにくいだろ?ウィリアムでいい。俺もバラムって呼ぶから」
(――――)


 時が止まったように何も発しないバラム。
 どうやら絶句しているようだと気付くころに、ようやく再起動したのかバラムが言葉を発する。


(やはり面白い宿り主だな……ウィリアムは)
「あぁ、やっぱりそっちの方が、肩がこらなくていい」


 すんなり耳に“声”が聴こえるようになった気がしたウィリアムは、重い体を起き上がらせた。
 その口元は嬉しげにつり上がっている。


「じゃあ、よろしくな、バラム」
(うむ、今後も良く使ってくれ、ウィリアムよ)


 月明かりが照らす夜。
 それは“一人と一つ”が“二人”となった瞬間だった。

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