セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

『騎士』になり得る条件

「で?『赤の騎士』様がこの町に来たのは本当に助ける為“だけ”なんですか?」
「それもある。が、多分国が最も重視しているのは――」
「――俺の保護……ですよね?」


 あぁ、そうだとブランドンはウィリアムの言葉に頷く。


 真面目な会話だ。
 ……それが“全員の頭にタンコブ”さえなければ。


 ブランドン、エンテ、ウィリアムの三人でこっそり治療院を抜け出し昼飯を食べた後、またこっそり戻ろうとしたのを止めたのは治療院の職員。
 頭に青筋を立てて、傭兵の息子と騎士の二人の頭を思いっきり殴りつけたのだった。
 あの場の中では、戦いに身を置く人ですら職員に逆らうことは出来ないのかもしれない。


 ともあれそのまま引きずるような形で部屋に連行された三人は、出入口である扉の廊下側に監視を置かれた状態で真面目な話をしていた。
 恰好がつかないが、流石に状況整理は最も重要な案件だから当然である。


「そうだ。『緑の騎士』として覚醒したお前さん……ウィリアムは確認の為、王城へ招待されてもらう」


 招待なんて可愛い言葉を使うが、ウィリアム自身に拒否権はない。
 それがどこかの貴族などではまだ分からないが、招待しているのは王城である。
 普通に考えて断るなんてあり得ないどころか処刑ものだ。


「それって、拉致と何が変わらないんです?」
「拉致ほど酷くはないぞ。お前さんが抵抗しなければな」


 結局、拉致と変わらないじゃないかとウィリアムが思いながらため息をつく。
 だがそれでも、確かめたいことがあった。


「……なら、俺が今から抵抗したらどうしますか?」
「――ほう?」


 同席しているエンテはこの会話の瞬間、一気に部屋全体の温度が下がったような気になる。
 エンテの父親であるアルタから訓練中に幾度も“殺気”を受けたが、これほど濃密な圧力は初めて受けた。
 体中が震えあがるのをエンテは止められずに、ただ二人を見つめるしかない。


「おい坊主、少しばかりおじさんに対して失礼じゃないか?」
「まだあなたが『赤の騎士』だという証拠を見せてもらっていませんので」


 ウィリアムの挑発にもとれる言動にブランドンはただ口角を釣り上げる。


 確かにまだブランドンは『赤の騎士』だという証拠を見せていない。
 だから信じるに値しないのだと、ウィリアムは言っているのだ。


「そういやそうだったな、悪い悪い」
「――いえ、面倒なことをしてもらい申し訳ありません」


 瞬間、二人の間から圧力が消えるのをエンテは感じて腰を抜かす。


 あれは“殺気”ではない。
 ただ『騎士の力』を少しばかり解放しただけなのはエンテも理解していた。
 けれど……いやだからこそ『騎士』の凄まじさを改めて実感する。


(ただの“力”をぶつけ合っただけでこれかよ)


 プラス“力”を解放したのは『騎士の力』のほんの少しだけ。
 はっきり人種が、住む世界が違うのだとエンテは嫌というほど痛感した。


「んじゃ、これでいいかい緑の坊主?」
「はい、ありがとうございます」


 “力”の解放を止めたブランドンが、白い歯を顕わにしながら右手の甲を見せる。
 そこに描かれるは炎とそれを纏う剣の紋章。


「では、一応俺のも見せましょうか?」
「いや良いさ。俺は『緑の騎士』がお前だってこの茶色の坊主から聞いたしな」


 禍族との戦闘のとき、ウィリアムが『緑の騎士』となったのを朦朧とした意識でエンテは見ていた。
 考えても普通じゃない“緑色の風”を宿し、左腕に匠が作ったのだと一目で分かるほど意匠を凝らした大楯を身に着けて、立っているのを。


 結果、ウィリアムは禍族に勝利して見せた。
 “あの”運動を嫌がり本ばかり読みふけって、ただ口だけの正義感を持つ青年が。


(悔しくないと言えば、嘘になる)


 エンテだってただの青年。
 小さいときは『騎士』にだって憧れたし、今も『騎士』に成れたらいいなぁと心のどこかで思っていた。
 元々、傭兵の息子であり戦うことに関しては誰よりもエンテは才能がある。


(……でも、なんでだろうな)


 悔しい。
 嫉妬もしている。
 ウィリアムに見知らぬイラつきもしている。


 ――けれど、エンテは彼が『騎士』に選ばれて納得もしていた。


 苦笑しながらエンテは緑の青年を見る。


(アイツは俺に持っていないものを持っていた)


 それは“覚悟”だ。
 それは“意志”だ。
 それは“決意”だ。


 ただ何となく『騎士』になりたいと願っていたエンテに対して、ウィリアムはきっと心から“人を護りたい”と想っていた。
 自分の力が足りずとも、自分に関係ないことだとしても、ウィリアムは常に弱者を護ろうと行動する。


 力が強くても“心”が弱いエンテ。
 力が弱くても“心”が強いウィリアム。
 どちらが『騎士』に選ばれるのなら、それは間違いなく心が強い者ウィリアムだ。


(俺はただ応援しよう、アイツの心の在りようを)


 内心、決意するエンテの鼓膜を不意に誰かが揺らす。


「――おい、エンテ!」
「んぁ……?」


 誰だと思い目を向ければ、眉を潜めウィリアムがこちらを見ていることにエンテは気が付く。


「で、どうするんだよお前は」
「俺?」


 話聞いてなかったのかよと溜め息をつき、ウィリアムは首をブランドンへ振る。


「お前も付いてくるのか?王都に」
「――――」


 その問いにエンテはすぐには答えられなかった。
 今までなら即答で行くと決めていただろうが、今は行きたい気持ちと行きたくない気持ちがせめぎ合う。
 それは単純に、ウィリアムに嫉妬してしまう自分を見たくなかったから。


 拳を握りしめてエンテはせめて作り笑いをする。


「いや、良いよ俺は。町の復興もしなきゃなねぇし、それに――」
「――エンテ」


 震える声で紡がれる“言い訳”を聞き、ウィリアムは冷めた声でエンテを制止した。
 ただ呼ばれただけなのに、エンテは怒られた子供のように顔を伏せて目を合わそうとはしない。


「俺の持つ“力”に嫉妬してるのか、お前」


 どうしようもなくウィリアムの言葉は、エンテの心を表す。
 それを認めたくなくて、認めたら負けたような気がしてエンテは首を横に振る。


「……してねぇよ」
「嘘だな」


 間髪入れずウィリアムはエンテの否定を否定した。
 大きくため息をついて、「お前とどれくらい友人やってると思ってるんだよ」とウィリアムはやれやれと首を振る。
 何となくそれにイラついたエンテは顔を歪め叫ぼうとして――


「知ってるよ、お前の“願い”」


 ――ウィリアムの言葉に、文字通り言いかけた醜い叫びが消散するのを感じた。


「『騎士』、目指してるんだろ?」
「…………」


 “目指していた”ではなく“目指している”。
 エンテはため息をついて笑う。
 もちろん笑う相手はウィリアムではなく、自分自身に。


(コイツ、知ってたのかよ)


 勇敢に禍族や魔族と戦い、常に前を向いて戦う七人の戦士……『セブンスナイツ』。
 それに憧れない男子なんて世の中に殆どいない。
 戦いに身を置く家庭に生まれ、戦いの残酷さを知ってなおその憧れは消えないだろう。


 ウィリアムの言葉を聞いて、ブランドンは黙って目をつむる。


(きっとこの二人は、もう『騎士』の席は全て埋まっていることを知らない)


 全て埋まっている中、誰かが死亡しエンテが『騎士』になることなんて殆ど在り得ない確率の話だ。
 今現実を話し「君には無理だ」と教えてあげるのが“大人の役目”。


(……そんなのクソ食らえ)


 だからブランドンは「ちょっといいかな」と前に出る。


「ウィリアムが『緑の騎士』となったことで、『セブンスナイツ』の席は全て埋まった」
「ッ……!」


 知りたくなかった現実を知り、その表情を悔しさで塗りたくるエンテ。
 友人のその表情を見てウィリアムはブランドンに声を上げようし、「けど」という『赤の騎士』の言葉で口を閉じた。


「けど、お前さんにはまだ“可能性”がある」
「――――」


 “可能性”。
 あくまで可能性だが、それでも可能性だ。
 信じなければ一生その“可能性”が現実に成り得ないし、努力しなければ“可能性”すら失う。


「きっと諦めるのが一番楽だ。普通の人ならきっと諦めるだろう」


 ブランドンはそこまで言って、俯くエンテの両頬をガッチリ掴み無理矢理引き上げた。


「茶色の坊主、お前さん“も”諦めるのかい?」
「嫌に決まってますッ!」


 煽るように語られた質問にエンテは即答で答える。
 顔を怒りで染め、ただ一心に憧れる『騎士』の姿を瞳に映した。
 それを聞きたかったと、ブランドンは笑う。


「なら諦めるな。常に憧れの背中を追い続けろ。『騎士』に必要なのは“力”じゃない」


 力なんて、『騎士』になってしまえば幾らでも手に入る。
 運動したくない病にかかっていたウィリアムでさえ、禍族と同等以上に渡り合えるほど強くなったのだ。


 一番必要なものを示すように、ブランドンは親指で自身の胸を叩く。


「“意志”だ」
「――――」


 言葉を聞いたエンテの表情は知っていると語っていた。
 確かにエンテは何故ウィリアムが『騎士』となったのか、よく把握しているのだろうなと思う。
 ウィリアムが気を失っている間に、そこらへんの話はエンテから聞かせてもらっていたのである。


 でもエンテが把握しているのは、あくまで“ウィリアムが選ばれた理由”だ。
 “自身が選ばれる可能性のある理由”ではない。


「お前さんは、何故『騎士』になろうと思った?」
「……俺の、憧れだから」


 確かに憧れなのは確か。
 だがその“憧れ”へと発展した理由があるはずなのだ。
 それを把握できなければ、きっとエンテは『騎士』になる可能性はないとブランドンは思う。


「何故、憧れた?勇敢だからか?護ってくれるからか?それとも――」
「――強かったから」


 エンテは自身の両手を見て、強く握りしめた。


「あの時、助けてくれた『騎士』はただ強かった。親父でも歯が立たなかった禍族を、一瞬で薙ぎ払って見せたんだ。だから俺は『騎士』の強さに憧れた」
「あぁ、それでいいさ」


 強いからカッコいい。
 強いから憧れる。
 存外、男の“憧れ”なんて基本そんなものだろう。


 特に傭兵の息子なら、強さが憧れとなるのは必然と言って良い。
 なら、その“強さへの憧れ”は可能性になりうる。


「お前さんは強くなりたい。そうだろう?」
「はいっ」


 ブランドンはさっきとは打って変わって力強いエンテの返事に、頬を緩ませると両腕にウィリアムとエンテを巻き込んだ。


「なら決まりだ、緑の坊主と茶色の坊主は連れてく。これは決定だ」
「……はいッ!」


 治療院に響き渡るような二人の返事にブランドンは大きく笑う。
 王都への招待チップは、この二人で決定だ。








 ――なお、その後うるさくて職員にまた殴られた。

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