不良の俺、異世界で召喚獣になる

ibis

5章7話

「よォ、大丈夫かァ?」

 『蒼角』から『紅角』に戻し―――ドッと、キョーガの体を倦怠感が襲った。
 その場に座り込みたいのをグッと堪え、裸同然の少女に問い掛ける。

「スゴ、い……あのモンスターの群れを、たった一撃で……?!」
「んァ……? ……おめェ、確かァ……」

 先ほどまで騎士たちに襲われていた少女を見て、キョーガは首を傾げた。
 金髪に碧眼。可愛らしい顔。『完全記憶能力』を持つキョーガが、人の顔を忘れるはずがない。

「王女様かァ?」
「……はい……危ない所を助けていただき、本当にありがとうございます」
「まァそんなのどうでもいいけどよォ、とりあえず俺の服でも着てろォ」

 エリザベスの感謝をどうでもいいと切り捨て、キョーガは着ていた黒色のローブをエリザベスに投げ渡した。
 ようやく自分の格好に気がついたのか、恥ずかしそうにローブを着るエリザベス。
 とりあえず、エリザベスを安全な所に連れて行った方が良いか? とキョーガが考え―――次の瞬間、全身から鬼気を放ちながら振り向いた。
 突然放たれた鬼気にエリザベスが首を傾げ……キョーガの口から、小さな声が漏れた。

「……モンスター……? ……じゃねェなァ……」
「え、え……?」
「オイ王女様ァ、今すぐこっから―――」

 そこまで言いかけて、キョーガが一瞬でエリザベスに近づき、その体を抱え上げた。
 そのまま大きく横に飛び―――直後、先ほどまでキョーガのいた場所に、黒い渦が現れる。

「んー! こっちの世界は空気がうまいッスねー!」
「……時間は有限だ。手早くいこう」
「わかってるッスよー」

 黒い渦の中から、少年と男が現れた。
 雑に切られた茶髪の少年に、七三分けの赤髪の男。見た目だけならば一般人に見えなくはないが……その身から放たれる覇気は、キョーガでさえ危険を感じるほど。
 背伸びをしている少年と、姿勢正しく立っている男を見て、エリザベスがゴクリと喉を鳴らし、キョーガが目を細くして警戒を深めた。

「……ぇ……? 今、どこから……?」
「……てめェらァ、何者だァ」

 エリザベスを抱え上げたまま、キョーガが声を低くして問い掛ける。

「ん? あ、キミが『反逆霊鬼リベリオン』ッスね? 近くにいてくれて助かったッス」

 少年がにこやかに笑い、1歩、また1歩とキョーガに向かって歩みを進める。
 やがて少年が立ち止まり、両腕を大きく広げた。

「オイラの名前は『戦神アレス』。『全能神ゼウス』様に仕える、『十二神』の1人ッスよ……クロノスも自己紹介するッス」
「ふん……我は『時神クロノス』。『全能神ゼウス』様に仕える、『十二神』の1人だ」

 間違いない、『神精族デウスロード』だ。
 そう認識した瞬間、キョーガの『紅角』が『蒼角』へと変化し―――その先端に、蒼い火球が現れる。

「失せ消えろォ―――『焼却角砲ホーン・ファイア』ッ!」

 キョーガの声に従い、蒼い火球がアレスとクロノスに向かって放たれる。
 モンスターの群れも、黒竜すらも消し飛ばす一撃。今のキョーガが放てる、最強の技だ。

「クロノス、任せるッス」
「……仕方があるまい」

 アレスが大きくその場を飛び退くが―――クロノスは一歩も動かず、避ける様子もなく、ただ立っていた。
 ―――回避は不可能。直撃だ。
 そう思った直後、火球が爆発した。

「ぅわ―――?!」

 吹き抜ける強烈な爆風を受け、抱き上げられるエリザベスが思わず目を瞑った。
 一拍置いて轟音が響き……目の前には、もうもうと立ち込める砂煙。
 クロノスを倒したと思ったのか、エリザベスが肩から力を抜いた。
 それと同時、キョーガが地面に膝を突いてしまう。
 荒々しい呼吸と共に、キョーガの角が蒼色から紅色に戻り……だが一切警戒を解く事なく、目の前の砂煙に目を向けていた。

「―――なかなかの威力だ。思わず感心したぞ」

 ブワッと砂煙が払われ―――そこには、傷1つ負っていないクロノスの姿があった。

「そんな……今ので無傷なんて……?!」
「……無傷ゥ……?」
「うっはー……なかなかいい攻撃ッスね。クロノスじゃなかったら、死んでたかも知れないッス」
「……ふん……貴様程度の攻撃、傷1つ負う事すら難しい」

 絶句するエリザベスを無視して、キョーガは首を傾げた。
 クロノスの姿に、違和感を感じたのだ。
 ……何か……何かが引っかかる……何かが変だ。クソ、なんだ、このモヤモヤする感じは……?!

「さてさてそれじゃあ―――オイラの番ッスね」
「―――ッ?!」

 そう言った直後、アレスが鋭く踏み込み―――キョーガの目の前に現れる。
 凄まじい勢いを持って放たれた拳が、キョーガの眼前に迫り―――ガギッ! と鈍い音を立て、キョーガの体が吹き飛んだ。

「ゥぐッ―――らァッッ!!」

 吹き飛ぶ勢いを殺すべく、右足を地面にめり込ませた。
 そうして無理矢理体を制止させ、衝撃でクラクラする頭を振り、尋常ならざる実力を持つアレスに向かって舌打ちする。

「なんっだよそりゃァ……早すぎんだろォ……!」
「んー……おかしいッスね。確実に顔面を潰したと思ったんスけど」
「何を遊んでいる?時間は有限だぞ?」
「わかってるッスよ……次はもっと強く殴るッス」

 咄嗟に顔面を『付属魔力エンチャント』して強度を上げていなければ、今頃キョーガの顔面の形は変わっていた事だろう。
 だが、今の反応で、アレスとクロノスが『付属魔力エンチャント』を知らない事がわかった。

「王女様ァ……1人で逃げられっかァ?」

 キョーガの腕の中にいるエリザベスが、全力で首を横に振った。

「チッ……コイツを抱えながら戦うのァ無理があんぞォ……!」

 左手でエリザベスを抱え直し、右手の拳を握る。
 アレスとクロノスがエリザベスを無視するとは考えにくい。仮に無視するとしても、キョーガと『神精族デウスロード』の戦いの余波を受けて、一般人であるエリザベスが無事でいられるはずもない。
 だからこそ、1人で逃げられるか?と聞いたのだが……怖くて動けないときた。
 ならば、ここは―――!

「逃げるしかねェよなァ……!」
「おや、逃げるんスか?」
「戦略的撤退ってやつだァ。わりィが逃げさせてもらうぜェ」
「……させると思うッスか?」
「悪いが、我は時間を無駄にするのが大嫌いなのでな。手早く終わらせてやろう」

 ―――ビリビリと、辺りの空気が振動を始める。
 全身を刺すような殺気に、エリザベスがキョーガの服をギュッと握った。

「まァ、こんまま逃げんのァ無理かも知れねェなァ」
「なら諦めて殺されるッスよ」

 グッと足に力を入れ―――アレスがキョーガに飛び掛かる。
 一瞬でキョーガとの距離を詰め、拳を振りかぶり―――ドズンッッ!! と重々しい音が響いた。

「……あのなァ、あんま俺を舐めんなよォ?」

 重々しい音の正体は―――地面に顔面を埋めるアレスだ。
 『紅角』から『蒼角』へ一瞬で変化させたキョーガが、エリザベスを抱き上げたまま、突っ込んでくるアレスの頭を踏みつけたのだ。

「こんまま逃げんのァ無理だっつったんだァ……まずは片方ぶっ潰してェ、隙を作って逃げてやらァ」
「ぐ、ぶ……! るぅうううううッッ!!」

 無理矢理頭を上げ、瞳に怒りを乗せてキョーガを睨む。

「オイオイ、そんなに見つめんじゃねェよォ」
「いい、加減……! 退くッスよッ!」
「―――うっせェぞォ、ザコがァ」

 キョーガの足を掴み、頭から退かそうとアレスが力を入れるが……その前に、キョーガがアレスの頭を蹴り飛ばした。
 建物に突っ込み、さらに飛んでいくアレス。そこでようやくキョーガを『敵』として認識したのか、クロノスが全身から殺気を放ち始める。
 ―――アレスの相手は『蒼角』があればどうにかなる。だが……クロノスの相手はどうすれば良いのかわからない。まずは、無傷のカラクリを解かなければ。

「ふん……時間は有限、時間こそ至高の宝。貴様程度の『死霊族アンデッド』に時間を使うなど、我の美学に反する」
「だったらなんだァ、1分で俺を殺すかァ?」
「1分もいらん……10秒だ」
「はっ。言って―――ろォッ!」

 エリザベスを放り投げ、一瞬でクロノスとの距離を詰めて右拳を握る。
 迫るキョーガを前にしても一歩も動かないクロノス……その無防備な顔面に、『蒼角』と『付属魔力エンチャント』で強化された一撃が放たれ―――

「―――言ったはずだ」

 ―――ズッッッドォォォッッ!!
 キョーガの拳が、クロノスの顔面にねじ込まれた……が。

「貴様程度の攻撃、傷1つ負う事すら難しい、と」

 キョーガの拳を受けても1ミリも動かず、クロノスがキョーガの顔面を掴んだ。

「んなっ、クソォ……! 放しやがれェッ!」
「放すと思うか?」
「チッ……! 王女様ァ、逃げろォッ!」

 エリザベスに向かってそう叫び、自分の顔を掴むクロノスの腕をへし折らんと力を入れる。
 ……だが、ギチギチと音を立てるだけで、一向に折れる気配はない。

「……?! ……これァ……?!」
「ほう……お前、?」

 ニイッと口元を笑みに歪めるクロノスを見て、キョーガの背筋に悪寒が走る。
 『神精族デウスロード』の『時神クロノス』。コイツの能力は―――

「―――『荒狂の嵐爪テンペスト・クロウ』っ♪」
「ほう―――」

 可愛らしい声が聞こえた―――直後、不可視の斬撃が、クロノスを襲った。
 クロノスの体に斬撃が直撃し―――だが傷1つ負わす事もできず、ガギッ!と音を立てて無効化される。

「ふっ―――ゥゥうううッ!」

 一瞬の隙を突いて、グルンと身を回転し、キョーガがクロノスの手から逃れる。
 そのままクロノスから距離を取り、声の主に視線を向けた。

「……何しに来たんだよォ」
「ん~♪ 命の恩人に向かって、その言い方はないんじゃな~い♪」

 茶髪の少女が、鋭い爪を構えながらキョーガの隣に並び立った。

「……ドゥーマ家の『地獄番犬ケルベロス』……名前は確か、落ちこぼれのサリスだったか」
「おいおいお~い♪ いきなり落ちこぼれとはひどいね~♪ ……そういうあなたは、『時神クロノス』だね~♪」
「ふん。『閻魔大王デーモンロード』の犬が我の前に立つとはな……相応の覚悟があるんだろうな?」
「あは~♪ 『全能神ゼウス』の犬が偉そうな事言って~♪ ……『神殺し』される覚悟があるんだよね~?」

 静かに覇気を放つクロノスと、地獄の底から溢れ出るような邪悪な殺気を放つサリス……と、完全に会話の外となっていたキョーガが、無視するなと鬼気を放ち始めた。

「ん〜♪ ……キョーちゃん、れるよね〜?」
「愚問だなァ……5度目と6度目の『神殺し』ィ、ここで成させてもらうぜェ」

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