不良の俺、異世界で召喚獣になる

ibis

4章11話

「……はぁ……おいアバン。私は言ったよな?私は傷を回復するために、一時いっときは戦闘ができないと」

 体の所々ところどころを黒く染めた『吸血鬼ヴァンパイア』が、美しい蒼眼を輝かせながらコキコキと首を鳴らす。

 ―――レテイン・エクスプロード。
 先日、リリアナの家をぶっ壊し、アルマを連れ去った張本人だ。
 その実力と魔法の才は、キョーガをして厄介と言わしめるほど。
 細身の体から放たれるレテインの殺気に、リリアナが思わず息を呑み……『死霊族アンデッド』が現れた事に、シャーロットが不愉快そうに顔を歪ませる。

「何を言ってるんだ?『神精族デウスロード』と戦う事を契約条件にしたのはレテインだろう?またとないチャンスじゃないか」
「それはそうだが……」
「……そう言えば、自分の娘を探すのを手伝う事も契約条件にしていたな?」
「その話はもう良いだろう……」

 大きくため息を吐き、レテインが『禁忌箱パンドラ』を睨み付ける。
 相手が『吸血鬼ヴァンパイア』だと知ったミーシャが……何故か、憎悪に満ちた表情を見せた。

「……『蒼き眼の吸血鬼』……ムカつくあいつのお父さんかー……」
「……10年前、アルマクスからボロボロにされたの『神精霊デウスロード』、『禁忌箱パンドラ』か……」
「ねーあのさー。別にミーシャはあなたに負けたわけじゃないんだよー?―――なんでお前が自慢気なのー?」

 あきらかに殺意を剥き出しにし、ミーシャが声を低くして問い掛ける。
 そんな殺意もどこ吹く風。
 腰に付けてある鞘から小さなナイフを抜き出し、その切っ先をミーシャに向けた。
 無言で構えるレテイン。対するミーシャも、身を低くして身構える。
 一触即発の空気……と、静寂を破ったのは、レテインの詠唱だった。

「『幻視覚イリュージョン』」

 レテインの足下に、灰色の魔法陣が浮かび上がり―――レテインが消えた。
 それを合図にミーシャも『種族能力』を発動させ、アバンも素早く『サイクロプス』へ指示を出す。

「『絶望を封じ込めし匣ディスペアー・ボックス』……!」
「『命令 暴れ回って騒音を立て、『吸血鬼ヴァンパイア』の援護をしろ』ッ!」
「ルルゥアアアアアアアアアアアッッ!!」

 姿を消したレテインを攻撃するべく、ミーシャが黒い箱を召喚し、レテインの気配を探る―――と、アバンの命令に従い、『サイクロプス』が大声を上げながら壁を殴り始める。
 迷宮内を騒々しい轟音が走り……心底鬱陶うっとうしそうにミーシャが舌打ちした。

 ―――レテインの使う魔法は、『幻魔法』。
 相手に直接的な攻撃をする事はできないが……姿を消したり、辺りの光景を変えたりする魔法だ。
 だがしかし、姿が見えないだけで、そこに実体は存在しているため、攻撃を与える事はできる。サリスのように、音や臭いに敏感であれば、だが。
 ミーシャもまた、音を頼りにレテインの気配を探ろうとしているのだが―――そうはさせるかと、『サイクロプス』が轟音を響かせ、レテインの足音や服の擦れる音を掻き消している。

「うるっさいなー……!ちょっと黙ってなよー、デカブツ……!」

 黒い箱がガパッと開き、そこから黒い触手が現れる。
 風を切る音と共に触手による鞭撃が放たれ―――『サイクロプス』に当たる寸前、触手が空中を舞った。
 クルクルと回転しながら触手が地面に落ち……ようやく『触手が斬られた』と認識する。
 忌々しそうに顔を歪め、ミーシャが舌打ち混じりに名前を呟いた。

「……レテイン・エクスプロード……!」

 そう。触手を斬ったのはレテインだ。
 だがしかし、触手を斬った事で、どこにいるかが大体わかってしまう。
 その位置に狙いを定め、再びミーシャが『種族能力』を発動させた。

「もっともっと絶望を……『絶望を封じ込めし匣ディスペアー・ボックス』……!」

 黒い箱から、多種多様のモンスターが現れる。
 黒狼の群れや黒騎士の軍隊。アルマが惨殺した黒岩石や、キョーガが苦戦した黒竜まで。
 スンスンと鼻を鳴らす黒狼の群れと黒竜が、何もない所に飛び込み―――そこから、苦痛混じりの呻き声が聞こえた。

「ぐ、ぬぅ……?!」
「ガルルルルルルルルゥウッ!」
「グルルァアアアアアアアアアッ!」
「―――ァァァアアアアアアアアアアッッ!!」

 姿を現したレテインが、脇腹を押さえながらナイフを振るう。
 押さえている脇腹から血が流れ出し……苦痛に顔を歪めながらも、近寄る黒狼を迎撃。
 だが―――直後、黒竜が鋭い剛爪を振るい、レテインを吹き飛ばした。

「がっ……は……」
「ふん……『吸血鬼ヴァンパイア』のくせに調子に乗るからだよー」

 一撃入れる事ができてスッキリしたのか、ミーシャが壁にめり込むレテインを見て満足そうに何度も頷く。
 そして……視線を、リリアナたちに向けた。

「く、そ……!『吸血鬼ヴァンパイア』でもダメなのか……!」
「アバンさん……」
「リリアナ!お前の召喚獣はどうした?!あいつがいれば、あんなやつ……!」

 アバンに言われて、リリアナが集中を深め始めた。
 キョーガたちがどこにいるか探すべく、どんどん集中を深めて―――

「だーかーらー、余計な事はしないでってばー」

 黒い箱が開き、再び黒い触手が襲い掛かる。
 その先にいるのは―――リリアナだ。
 両親も姉弟も、普通の『人類族ウィズダム』とは一線をかくすエリート。
 だが……リリアナは、凡人にして『無能』。
 迫る触手は目で追えず、鞭のように風を切る触手が自身の体を打つ未来を予想して、リリアナがギュッと目を閉じた。
 ―――直後の軽い衝撃と、見知った人の絶叫を聞くのは、あまりに予想外で。

「くっ―――ああぁああああああああッ?!」

 乱暴に投げ出され、リリアナが地面を転がる。
 痛む体を起こし……自分の隣に倒れる、見知った女性の姿を見た。

「う、そ……お姉様っ!」
「あ、ぐあ、ぐぅぅぅ……!」

 右腕を押さえ、苦痛に呻くシャーロット。
 押さえられている右腕はあり得ない方向に曲がっており……肘からは骨が突き出してしまっている。

「『命令 そいつを近づけさせるな』ッ!」
「ルガァアアアアアアアアアッ!」
「おー怖い怖ーい」

 アバンの命令も『サイクロプス』の咆哮も、ミーシャのふざけた声さえも無視して、姉の名前を呼び続ける。
 骨が突き出た箇所から血が流れ出しており……シャーロットの右腕は、もう二度と使えないだろう。

「ふ、くぅ……!リリアナ……大丈夫、だった?」
「私は大丈夫です、けど……お姉様が……!」
「そう……無事で良かったわ……」
「何も良くないです!なんで私なんかを庇って……!」

 ―――シャーロットは、天才だ。
 アグナムも、ユリエも、カミールも天才だ。
 ……リリアナは、凡人以下だ。
 そんな凡人以下の自分を庇い、天才の姉が怪我を……いや、怪我と言うのも生半可な傷を負うなど―――

「姉が妹を守るのは……当然の事よ……」
「意味がわかりません!そんな理由で―――」
「そう、そんな理由なの……私は、あなたの姉よ?……かわいいかわいい妹のためなら、こんなの余裕で耐えられるわ」

 左手でリリアナの頬を撫でながら、シャーロットが苦痛に歪む顔を笑みに変える。
 そして……堂々と立ち上がった。

「リリアナ、自分の召喚獣を探しなさい」
「えっ……で、ですが……」
「大丈夫……あなたの事は、私が守ってあげるから」

 安心させるように笑い―――シャーロットの左手の上に、黄色の魔法陣を浮かび上がる。
 ―――シャーロットの魔法は、『浄化魔法』。
 『死霊族アンデッド』に対しては絶対の威力を持つが……その他の種族には、デコピンほどのダメージも与えられない。
 それでも、可愛い妹のために戦おうとするその姿、なんと勇ましい事か。

「さあ……早く探しなさいッ!」
「……はい!」
「はいはいうるさいうるさーい―――死んじゃえ」

 黒い箱から触手が迫る。
 目を閉じ、気配を探るリリアナ―――と、見知った気配が、近くにいる事に気づいた。

「―――見つけたでありますッ!」
「【焼却】 『滅殺の魔光熱線ネオ・イグナイツ・レーザー』」
「『追撃の風爪エア・クロウ』っ♪」
「んー……『絶望を封じ込めし匣ディスペアー・ボックス』」

 突如、リリアナの背後から、3つの声が聞こえた。
 それと同時、全てを焼き尽くす熱線と不可視の爪撃が放たれ―――迫る触手を跡形もなく消し飛ばした。
 そのまま奥にいる『禁忌箱パンドラ』を仕留めんと迫るが―――黒箱が開き、そこから黒い盾のような物が現れる。
 黒盾が熱線と風爪をなんとか受け止め……現れた3人を見て、ミーシャがめんどくさそうにため息を吐いた。

「……『地獄番犬ケルベロス』に『地精霊ドワーフ』……それに、機械臭い女の子かー……」
「こ~のクソガキがっ♪あたしに恥を掻かせた事、後悔させてやるよ~♪」
「【安堵】 無事で良かった、リリアナ」
「マリー殿、あまり連続で砲撃を使うのは遠慮した方が良いでありますよ?少し右腕のパーツを弄って、熱線の威力を向上させたでありますが……その分、『魔力』の消費も激しいでありますから」
「【了解】 気を付けて使う」

 何に怒っているのか、ヒクヒクと引きつった笑みを浮かべるサリスが。
 右腕を見た事ない形状に変え、銃身から凄まじい熱を放つマリーが。
 2人の後ろから、こそこそと現れたシャルアーラが。
 ―――今、召喚士の元へと帰ってきた。

「さ、サリスさん?何に怒ってるんですか?」
「リリちゃんが消えて、さっきまでめっちゃ焦ってたんだから~♪……キョーちゃんにもバカにされるし……♪ほんと―――ぶっ殺してあげるよ~♪」

 ニッコリと笑い―――地獄の底から響くような声で、サリスが牙を剥き出しにする。
 そんなサリスの横を通り過ぎ、マリーがリリアナの隣に座った。
 マリーの視線の先には―――血塗れのシャーロットがいる。

「……【確認】 この者は?」
「わ、私の姉です……」
「【理解】 しかし……このままだと、マズイな」

 無表情のまま傷口を見て―――自分の着ているスカートの裾を引きちぎった。
 手早くシャーロットの二の腕部分に巻き付け、キツく縛り付ける。

「いっ、づ……!」
「【命令】 動くな。簡易ではあるが、治療をおこなう。シャルアーラ、手を貸せ」
「は……はっ!了解でありますっ!」
「お、おいリリアナ?!何がどうなっている?!」
「え、えっと……みんな、私の召喚獣です。敵ではないので……安心してください」

 リリアナの言葉を聞いたアバンは、驚愕した。
 それもそうだろう。
 自分が『無能』とバカにしていた少女が、自分より多くの最上級召喚獣と契約しているのだから。

「『地獄番犬ケルベロス』と『地精霊ドワーフ』が、お前の召喚獣だと……?!『無能』のお前が―――」
「―――ッらあああァああああああああァああああああああああああああああッッ!!」

 突如、ミーシャの背後の壁が爆発した。
 一体何が?!とミーシャが視線を向け―――表情を驚愕に染めた。
 それとは逆に、リリアナは心底安心したような表情を見せる。
 だって、そこにいたのは―――

「あァ……?んっだよオイ、最短ルート突っ走ってきたつもりだったのにィ、一番おせェじゃねェかァ」
「……壁をぶっ壊して近道をなんて、相変わらずキョーガはデタラメですよぉ」

 ひたいから『紅角』を生やす『反逆霊鬼リベリオン』が、獰猛に笑いながら。
 『紅眼』を爛々と輝かせ、黒翼をバサッと広げながら歩く『紅眼吸血鬼ヴァンパイア・ロード』が、どこか嬉しそうに笑いながら。
 ―――戦いの場に、姿を現した。

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